第2話

「手合わせ」

お互いに至近距離で攻撃を繰り出している。
防御は少しもやってない。むしろ、攻撃を攻撃で防いでいるみたいだ。
やがて、京子からの激しい攻撃になるが、孝太郎は苦もなく回避していた。
孝太郎は目を閉じて京子の連続攻撃を風の流れに身を任せるように動いて回避していく。
そして、京子の攻撃が少し怯んだ一瞬のスキを突いて孝太郎の反撃が始まった。
孝太郎は手足を使った連続攻撃を次々に繰り出し、京子は腕や足で防ぐのに精一杯になった。
その状況を見て驚かなかった者はいない。わずかに京子の防御が怯んだ隙を突いて孝太郎は掌で京子の胸の部分に何かを押すように一撃を当て、京子の体はわずかに浮き上がり、その後に床に倒れてダウンした。
「そ、それまで!」
沙羅は驚きながら言い、孝太郎と京子の手合わせは終わった。
京子が元気に立ち上がったのを見て周囲はまた驚く。
「ふぅ…またやられたわね。本当にどんな方法で立ち向かっても一度も勝てないんだから…」
「俺はいつもどおりにやってるんですけどね」

この後、京子は何を考えてか、孝太郎一人に対して部員全員が一斉にかかるようにした。
部員たちは一斉にかかったが、孝太郎は怯むことなく一人一人を次々に倒していった。その中で孝太郎には一撃も当てられていない。
「なんて強さだ…」
「こっちは20人以上いるのに、総攻撃でかかっても一撃も食らうことなくぴんぴんしてる」
「でも、私たちは攻撃を受けても痛みが全くないわね」
「うん。なんだかサンドバッグで押されたような感じで…」
部員たちが話している中、京子がそれを止めて言った。
「静かに。今日の部活はこれで終わり。ということで解散。また明日ね」
こうして部員は全員帰っていった。沙羅一人を除いて…。

そして、沙羅はメットをかぶってグローブをはめ、京子の審判の下で孝太郎と手合わせを始めた。
だが、京子との手合わせを見たためか、少し震えている。
「その震えは興奮か怯えかはわからないけど、体中スキだらけだぜ?」
孝太郎が言うと、沙羅ははっとなり、同時に震えが一瞬で治まった。
そして、沙羅はダッシュしながら鋭い右ストレートを繰り出したが、孝太郎はあっさりと回避した。
沙羅はそれをわかっていたかのように左足で上段蹴りを当てようとする。しかし、孝太郎はしゃがんで回避し、同時に足払いを軸になっている右足に当て、沙羅は転倒した。
「くっ…まだまだよ」
「その意気だ。遠慮なくかかってこい!」
沙羅が体を起こしながら言うと、孝太郎は不適に微笑んで言った。
沙羅は体勢を立て直し、京子直伝の連続攻撃を繰り出す。だが、孝太郎は京子のときと同じように回避した。違うとすれば、目を開けていることである。
そして、沙羅の右足上段蹴りがもう少しで当たるというところで、孝太郎は左手で受け止めてコマのように回転し、その反動を利用した右手の裏拳を放ったが、沙羅はこうなることがわかっていたかのように自分が倒れるのを覚悟で裏拳をかわすために左の足払いを繰り出したが、孝太郎は両足で軽く飛んで足払いを回避し、右足を真っ直ぐに伸ばして蹴りを沙羅の頭部に当てた。
沙羅はよろけ、体が浮いていたこともあって背中から落ち、孝太郎は両足で着地したが、すぐに飛びのいた。孝太郎が飛びのくまでいたところには沙羅の蹴りが繰り出されていたからだ。
京子は孝太郎のかわし方と沙羅の成長ぶりに驚かずにいられなかった。
「どうする?まだやるか?」
「もういいわ。私の負けよ。ありがとう」
孝太郎が冷静に聞くと、沙羅は肩で息をしながら微笑んで言った。
「負けたのに笑ってられるんだな…それに礼を言われる憶えはない」
そう言いながら手を伸ばす。
「嬉しかったの。女の私を相手にして、力加減はしても手加減はしてないことがわかったから」
沙羅は孝太郎の手につかまって立ち上がる。
「俺はたとえ相手が女子供でも手加減はしない。それが格闘するときの礼儀だと思う。負けても悔いを残さないようにしたいから、力加減しかしない」
「へぇ、じゃぁ一度でいいから何の加減もしないで戦ってるところを見たいな」
沙羅は孝太郎に興味を持ち出したみたいだ。京子もそれに感付いた。
「やめとけ。俺が本当の意味で本気になったら、怖くて見てられなくなるぞ」
孝太郎は言い終わると、一瞬だけ悲しげな表情になった。
「でもさすがね。手合わせしてるときもそうだったけど、見てて興奮したのは久しぶりだわ」
しばらくは3人で雑談を交わし、孝太郎は一言言って体育館を後にした。

そして、武道館の更衣室で着替え終わり、更衣室から出たときに数人の男たちが立ちはだかった。
「俺に何か用か?」
孝太郎は怯むことなく聞いた。
「特に用はねぇ。お前を倒して“最強の格闘家”という称号を手に入れるだけだ」
男の一人が不気味に笑いながら言った。
「へっ。くだらねぇ…俺は最強の格闘家なんかじゃない。俺より強い奴なら世界中にいっぱいいるじゃないか」
孝太郎は冷静に反論したが、別の男が反発した。
「その態度が気に入らねぇんだよ。強いくせに謙遜して、その性格で人気まで集めやがって」
「なんだ。ただの嫉妬か…話にならんな」
「なめるな!」
また別の男が怒鳴りながら言い、一斉に襲い掛かろうとしたときだった。
「待ちなさい!」
男たちの後ろから女性の声がする。孝太郎も含めてみんな一斉に振り向くと、そこには京子がいた。
「矢神先生…どうして?」
孝太郎は少し驚いたような表情で聞いた。
「海原君が体育館を出て行ってから、不吉な気配を武道館に感じたのよ。気になって来て見れば…」
「今回ばかりは先生がいても容赦しないぜぇ?」
「いいわ。海原君に代わって私が相手するわ」
これを聞いて男たちは驚いたが、孝太郎は落ち着いて言った。
「先生が手を汚すことはありません。こんな雑魚連中は俺一人で十分です」
孝太郎が言うと、男たちはカチンときて一斉に襲い掛かった。
だが、孝太郎は攻撃を全て回避しながら一人づつ倒していき、残りは3人になった。
3人は孝太郎の前と横に立ち、前にいた男がストレートを繰り出すと孝太郎は両腕をクロスさせて防ぎ、そのすぐ後に両腕を広げて裏拳を横にいる男二人に当てて吹っ飛ばし、その直後に両手ストレートを前にいる男の額と胸に当て、男は気絶した。
京子はその一部始終を驚きながら見ているしかできなかった。
「凄い…あの状況で後先考えて的確に…」
「先生、こいつらどうします?」
孝太郎の声を聞いてはっと我に返る。
「そうねぇ…このままにしておきましょうか」
京子の返事に孝太郎はただ苦笑した。
その後は何もなかったかのように武道館を後にした。
「…なんて強さだ…あいつらを相手にしても無傷で…」
影から見ている一人の男が呟いた。

その夜のこと。孝太郎は夢にうなされていた。
「…何の真似だ…」
呟き声だったが、隣の部屋でまだ起きていた翔にははっきりと聞こえた。
気になった翔は孝太郎の部屋に入り、様子を見た。
「なんだ…寝言か…」
そう言って部屋を去ろうとしたときだった。
「…そんな下らん目的のために、俺を殺すのか…」
この寝言を聞いて、翔は驚きながら振り返って孝太郎の寝顔を見た。その表情は苦しそうに、または何かを憎むようだった。
「…はっ!」
しばらく苦しみながら何かを呟いた後、急にがばっと起き上がる。全身に汗をびっしょりとかいており、呼吸も荒かった。
「孝太郎、大丈夫か?」
「…翔…どうしてここに…?」
最初は目の焦点が合ってなかったが、翔の声を聞いてはっとなり、荒い呼吸をしながら見て聞いた。
「妙な呟き声が聞こえたから気になってな…それに尋常じゃないぐらいうなされてたぞ」
「そうか…心配かけてすまんな。大丈夫だ…夢を見ただけだから…」
翔はその“夢”が気になりながらコップに水を汲んで孝太郎に差し出した。
「とりあえず飲めよ。それだけ大量に汗をかいて、水分補給しなかったら脱水症状になるぞ」
孝太郎は素直に礼を言って水を飲んだ。
「過去に何かあったのか?そうでなかったら夢であんな苦しみ方しないぞ」
「…」
「俺にも言えないことか?無理には聞かないが、お前は一人で背負いすぎだ」
「それぐらいが丁度いいんだ。あの時の事は俺自身が背負うべきものだから…翔、俺は無関係なことにお前や他の人を巻き込みたくない。だからこれ以上聞かないでくれ」
そういい終えて一息つくが、翔は引き下がらなかった。
「お前の気遣いは理解した。だけど、さっきの寝言を聞いた時点でもう巻き込まれてる。だから聞く権利が俺にはあると思うぜ?」
呼吸が少し収まって翔の顔を見る。その表情から興味本位などではないことがわかった。
「わかった…だけど、このことは俺が自分の口から言うまで誰にも話さないって約束して欲しい」
「あぁ…」
そして、孝太郎は自分の過去を語った。

「…そういうことか…」
翔が呟き、孝太郎は俯いて黙った。
「本当なら、俺には部活どころか、中国拳法を使う資格もないんだ」
「正当防衛だったんだろ?話を聞いた俺もそう思える。だからお前が背負う罪は何もない」
「みんなそう言う…」
「お前の気がすまない気持ちもわかるぜ。俺もお前の立場になれば同じことを考えるだろうな」
「…」
「とにかく、もう寝ろ。相談なら乗ってやるぜ」
「すまんな…」
孝太郎が横になって一言言うと、翔は笑顔で「気にするな」と言って部屋を出て行った。

数日後、部活の最中に悲惨な出来事が起こった。孝太郎はいつもどおりに練習をしていたのだが、左腕を動かすたびに痛みが生じた。
だが、孝太郎は筋肉痛だと思っていたためにほとんど気にせずにいたのだが、手合わせのときに限界になった。
相手の上段蹴りを左腕でガードしたときに激痛が走り、孝太郎は左腕を押さえながら倒れた。
「大丈夫か!?」
手合わせの相手をしていた先輩が攻撃態勢を解いて駆け寄る。
「は、はい。少し前から痛みがあったのですが、筋肉痛だと思って…」
先輩が袖をまくると、左腕は赤く腫れ上がっていた。それを他の部員も見ている。
「この腫れ方は…もしかしたら、骨に亀裂があるかもしれない。とにかく病院で診てもらおう」
「わかりました。お騒がせしてすいません」
「気にするな」
そんなこんなで、孝太郎は学校の近くにある病院で検査を受けた。レントゲンで左腕の骨にわずかながら亀裂があることがわかった。
悪化を防ぐため、石膏で腕を固め、しばらくは部活をすることを禁じられた。
「鋼鉄と同じぐらい頑丈な骨なので驚いてます。が、無理はしないほうがいいでしょう」
医師が言うと、孝太郎は納得するしかなかった。
「わかりました。見学ぐらいはいいですよね?」
他の部員が聞くと、医師は黙って頷いた。

病院を後にし、学校に戻ると、孝太郎は左腕を三角巾で吊るした状態で京子に会いに行った。
「矢神先生」
「あ、遅かった…ど、どうしたの!?」
京子は背を向けていたが、声で孝太郎だとわかり、振り向くと驚いて駆け寄った。
「練習中に激痛が走りまして…さっき病院で診たら骨に亀裂が生じてました」
「そう…骨折じゃなくてよかった」
「それはいいですけど、しばらくは手合わせはお預けですね」
孝太郎は苦笑しながら言ったが、京子はいつもの態度に安心した。
「そうね…ま、二度とできないってわけじゃないからいいけど。治ったらまたやりましょうね」
「いいですよ」
「それじゃぁ、今日は早く帰りなさい」
「はい。では」
こんなやり取りをして孝太郎は帰っていった。

それから3週間ほどの間、孝太郎は何も考えたくなかったために教科書とノートを広げていた。
京子は京子で、孝太郎とまた手合わせができる日を楽しみにしていた。
沙羅は孝太郎と話したかったが、近寄り辛かったために、すれ違いはしても声をかけることはなかった。

やがて、孝太郎の左腕は完治し、いつものように部活をできるようになった。
治療中に一度も丹河に襲われなかったのは奇跡かもしれない。

ある日の夕方。部活が休みということもあり、久しぶりに翔との手合わせを軽くやっていた。
最初はあまり強くなかったが、孝太郎と手合わせをし、その度に助言などをしてもらってるためか、誰もが驚くほど早く成長していった。
「やっぱりお前との手合わせが一番やりがいがあるぜ」
翔はタオルで汗を拭きながら笑顔で言った。
「その調子で行けば、きっと俺より強くなるんじゃないかな?」
「それは嫌だぜ」
さっきまで笑顔だったのが真面目になる。
「え?」
孝太郎は意外な返事に目を少し大きく開いた。
「お前みたいに強くなりたいとは何度も思ったけど、お前より強くなりたいとは思わないし、思いたくない」
「…」
「人は手に余る力を持っちゃぁいけない。だからお前と同じぐらい強くなったらそれで留めておこうと思うんだ」
「そうか…」
「にしても、お前本当に強いなぁ…それで3段なんて信じられないぜ」
「師匠がそう言ってるんだから間違いないと思う。お前も今は7段になったんだろ?」
「あぁ…だけど、お前の強さと比べたら全然違うぜ。お前本当はもっと上じゃないのか?」
「まさか…」
しばらくは雑談を交わしていたが、翔は何気なくある話題を振った。
「そう言えば、矢神先生の妹で、沙羅さんて言ったっけ?」
「あぁ、その矢神さんがどうかしたのか?」
「相変わらず、色んな男子生徒に告白されてるんだ。彼女は断りまくってるけど、その内容がある日を境に変わったんだ」
「変わったって?」
「前は「どう考えても知り合い以上に見ることはできない」って言ってたけど、いつからか「好きな人がいるから」って言うようになってな…」
「ふ〜ん」
翔は興味ありまくりに言ったが、孝太郎は無関心だった。
「その好きな人ってのがな、お前じゃないかって噂されてるんだ」
これを聞いて孝太郎は驚く。
「な、なんでそうなる!?」
「彼女の仕草だ。何をしていても、お前の姿を見ると一瞬だけど足が止まるらしいんだ。他の男の前ではそんな反応はないのにな」
「ふ〜ん」
「…って、お前気付かなかったのか!?よくすれ違ってるだろ!?」
孝太郎が今まで全然知らなかったかのような反応だったので、翔はつい驚いた。
「ここ最近、何も考えたくなかったから勉強に没頭しててさ。矢神さんの反応がどうこうなんてわかんねぇよ」
「はは。相変わらず異性に関心が全くないんだな」
「そういうお前だって、恋沙汰に全く興味がないから彼女を作らないんだろ?」
色んな部分で似ている二人だった。
「そう言えば、もうじき夏休みだなぁ。孝太郎、お前何か予定あるか?」
「う〜ん…そうだなぁ、宿題のパターンが去年と同じなら、休みを利用して一人旅にでも出てみようと思うんだ」
孝太郎は夕日で赤く染まった空を見ながら言った。
「でっかい計画立てたなぁ…ところで、宿題のパターンって何だ?」
「去年は休みになる2週間ほど前から各科目の教師が宿題を出したんだ。だから休みまでにやり終えてしまう生徒がいっぱいいたんだ」
「へぇ…」
翔は感心した。宿題の目的はおそらく、早めにやって残りの分は満遍なく楽しんで欲しいからだろう。
ちなみに期末試験は余裕で突破した。勉強はしなくても、人並み程度に学力はあるから補習の心配は全くなかったが、今回は少し上のランクだった。


<あとがき>
京子との手合わせで絶大な強さを見せた孝太郎。
何を思ったのか、孝太郎に手合わせを頼んだ沙羅。
結局負けたが、その中で何かを感じたみたいだ。
次回、孝太郎は予定通りに旅に出たが、その先々で様々な出会いが待っていた。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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