第5話
「予想外の出来事」
3限目の最中。開いている窓からはそよ風が吹き込んできて気持ちよく感じている生徒がいた。
だが、遠くからバイクのエンジン音らしい爆音が聞こえ、少しづつ近づいてきたと思うと、学校の校庭に派手な塗装をしたバイクが10台ぐらい止まった。乗っていたのはガラの悪そうなチンピラばかりだった。
各教室の窓から生徒が見る。昇降口からは丹河が木刀を持って校庭に出た。
教室からも何人かの生徒が姿を消したことには誰も気付いていない。
ついにチンピラ数人が襲い掛かったが、剣道4段の丹河に適うことなく、何人かは倒されたが、チンピラの一人が昇降口に向かい、丹河はおとり作戦だったことに気付いて苦虫を潰したような表情になった。
だが、昇降口に入ろうとしたチンピラは入ることなく、逆に校庭に戻されるように吹っ飛ばされた。
チンピラたちと丹河は驚いた。
「こんな強烈な一撃を繰り出せるのは…」
丹河が呟いた後、心当たりのある生徒が普通の歩調で出てきた。
「俺がいることを忘れてもらっちゃぁ困るぜ」
「海原…」
丹河が孝太郎に気を取られたとき、チンピラに木刀を取られて一撃を当てられ、気絶した。
「今度はお前の番だ」
チンピラのリーダーと思われる男が孝太郎に言う。
「怪我をしたくなかったら大人しく失せろ」
「ナメんじゃねぇ。無敗のチンピラとして恐れられてる俺たちに大口を叩くとは、いい度胸してるじゃねぇか」
リーダーは威圧を賭けるように言うが、
「当然だろ?だって、無敗ってのは嘘だってことを知ってるからな」
孝太郎は怯え一つ見せず平然とした表情で言う。
「黙れ!そんな証拠が何処にある!?」
ついにリーダーは怒り出したが、孝太郎も負けない。
「たわけ!青森での出来事と、俺の顔を見忘れたか!?」
「青森とお前の顔だと?」
孝太郎が怒りながら言うと、リーダーは孝太郎を見ながら顔をしかめる。が、しばらくしてはっとなった。
「ま、まさか、あの時の…空手の達人を打ち負かした青い龍…」
リーダーと周りの連中は驚きながら思い出す。孝太郎の目の前にいるチンピラたちは、青森で孝太郎と留美に倒された連中だった。
「もう一度言う。怪我をしなくなかったら大人しく失せろ」
孝太郎は冷静に言ったが、リーダーは引かなかった。
「くっ…このまま引き下がれるか…かかれぇ!」
リーダーが言うと、連中は一斉に孝太郎に襲い掛かった。
だが、青森のときのように吹っ飛ばされたりその巻き添えになったりして倒れていった。
数が減ったかと思ったが、校門の影にまだ数十人と潜んでおり、二度目をおとり作戦が開始され、昇降口にかけていった。
孝太郎はしまったと思う。だが、チンピラは誰も校内に入れず、入り口近くで倒れた。
「孝太郎、後ろは俺たちに任せてくれ!」
「海原君にだけいい格好させないわよ」
「教師には生徒を守る義務があるわ」
「私だって、こんなときに黙っていられないのよ」
翔、留美、京子、沙羅が入り口を守るように立っていた。
「みんな…わかった。そっちは任せたぞ!」
『OK!』
こうして5人は戦いだした。校内にも格闘部の顧問や部員が警戒しているのを付け足しておこう。
そうしているうちに残りはリーダー一人になった。
「くっそぉ…」
「観念するんだな」
孝太郎は重みのある声で言ったが、リーダーは不適に笑っていた。
「いいのかな?お前がこうしている間にも、校内には生徒になりすました仲間が日本刀を持って暴れてるだろうよ」
「なに!?」
孝太郎が驚くと、沙羅が悲鳴を上げた。振り向くと、翔、留美、京子は倒れており、沙羅が後ろから捕まって日本刀を向けられていた。
「へっへっへ。女を助けたかったらここで膝まづけ!そして俺の靴をなめて洗ってもらおうか」
「くっ…卑怯な…」
孝太郎は苦虫を潰したような表情になる。
「駄目よ!私のことはいいから倒して…うっ」
沙羅が言うと、刃を当てられ、苦しそうになる。
孝太郎は観念(?)し、しゃがむと足元にある自分の手より少し小さめの石を手にとって投げた。
その石は見事に沙羅を人質に取っている男の手に当たり、持っていた日本刀は足下に落ち、沙羅はそのスキをついて逃げ、孝太郎にかけよった。
「何でこっちにくる!?」
「海原君の傍にいるのが一番安全そうだからよ」
これを聞いて孝太郎は少し呆れる。
リーダーは襲い掛かったが、青森での出来事と同じように吹っ飛び、仰向けに大の字になって気絶した。
だが、沙羅を人質にとっていた男が日本刀を持って襲い掛かった。
沙羅は足が震えて構えることもその場から逃げることもできなかった。
それを見た孝太郎はいつの間にか沙羅の前に立ち、男が振り回した日本刀を手に持った拳大の石で防ぎ、そのスキに男の腹に蹴りを入れて吹っ飛ばして気絶させた。
その後、チンピラたちは校長が呼んだ警察に逮捕され、翔たちはただ気絶していることがわかって孝太郎は安心した。
だが、かなり大きな不安なことがあったのも否めないのだった。
「海原君、学校と生徒たちを守ってくれたことを代表して礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
戻る途中、校長が孝太郎を見つけて礼を言った。
「礼なら俺だけじゃなく、翔たちにも言ってあげてください。あいつらが昇降口で頑張ってたおかげで誰も校内に入られずに済んだのですから」
「わかった。だが、これで一安心だな」
「まだわかりません。あいつらの仲間の一人がいつの間にか姿を消しました。本当の戦いはこれからかもしれないです」
これを聞いて校長は驚いた。
「きっとまた来るでしょう」
孝太郎はそれだけを言って歩き去った。
放課後、本当なら校庭は野球部やサッカー部の練習で賑やかなのだが、午前中のこともあって部活は全て緊急で休みになった。
そんなこともあって孝太郎は真っ直ぐ帰ろうとした。だが、昇降口で靴を履いて外に出ようとしたときに呼び止められた。
「海原君、ちょっと待って」
振り向くと、そこには留美が立っていた。どうやら走ったらしく、少し荒い呼吸をしている。
「ん?どうした?」
「せっかく部活が休みになったんだから、この町を案内してもらおうと思って」
「それなら同じクラスの矢神さんに頼めばいいんじゃない?」
「そうしようと思ったんだけど、他の友達と約束してるからって断られちゃった」
そう言いながら舌を出す。
「じゃぁ翔は?あいつ結構色んなところ知ってるからいいと思うけど」
「日向君も探したんだけど、何処にも見当たらなくて…」
「変だな…さっきまで教室にいたんだけど…」
どうやら翔はこうなることがわかっていたらしく、どこかに姿を消したようだ。
「だからね、海原君が案内してくれないかな?」
「パス」
孝太郎は間髪を入れずに言うと、留美は抗議した。
「どうしてよぉ」
「第一にめんどい」
「ぶぅぅ」
孝太郎が本音を言うと、留美は膨れたが、孝太郎は気にせずに続きを言った。
「それに俺もこの町のことはよく知らないから」
「え?」
孝太郎の意外な返事に留美の膨れが解けた。
「俺の生まれ故郷は別の場所だ。小学校を卒業と同時に親の都合でこの真月町の東区に引っ越してきたんだ。翔を勧めた理由は他にもある。あいつは生まれは東区だけど、小さい頃から何度もこの西区に遊びに来てたらしくてよく知ってるから」
留美は諦めるしかなくてため息をついた。
「まぁ、今度の休日にでも矢神先生に案内してもらえば?教師と生徒ってことで立場は違うけど、女同士のほうが盛り上がっていいと思うぜ?」
「そうね…」
ついに留美はがっくりとうなだれる。孝太郎はこれ以上ずるずると引きずられないようにと思いながら背を向けて歩き出した。
「拒絶されてるのは私たちだけじゃなかったんだ」
さっきまでの一部始終をこっそり見ていた京子が言った。
「あいつは拒絶してるんじゃない。女性との関係が友達以上になるのが嫌なだけなんだ」
傍にいた翔が言う。
「どうしてなの?」
ずっといた沙羅が聞く。
「それに関しては俺も知らない。あいつは俺と出会うまでの自分のいろいろなことを教えてくれたけど、それだけは絶対に喋らなかった」
これは本当のことだ。話したとすれば、女性とは友達以上の関係にはなりたくないということだけだった。
そうなるまでに至った理由は今となっては誰も知らない。
孝太郎は今まで何人かの生徒に告白されたが、その全てを「友達以上に見ることはできない」と言って断っているのだった。
中には納得できずに理由を追求した者もいたが、その時には「好きな人がいるから」と嘘を言って跳ね除けた。
時には京子に告白されたときみたいにきっぱりと断ったときもあった。
それから数日ほどして、11月頃に行われる武術大会の話しが流れ込んだ。
武術を身に付けている者なら初心者から達人を問わずに出場できる。
しかも剣道やフェンシングといった武器を使った武術をやっている者も出場はOK。
ただし、細身剣は目に入るから危ないということで使用は禁止。
時間無制限のノックアウト制ということだ。
翔たちや他の格闘部員たちは是非出たいと言って早速応募した。
しかし、孝太郎は断固として出場を拒否した。前にも同じことがあったためか、誰も説得しなかった。
それとは裏腹に、孝太郎にはどうしても会ってみたい人物がいた。
最近話題になっている、東京に住んでいる山下 英次(やました えいじ)である。
どんな相手に対しても楽しむ心を持って格闘をしていることから『微笑みの武道家』と言われている。
いつだったか、翔が東京に行ったときに見たことがあるらしく、ご丁寧に写真まで撮ってきた。
そのときの写真を見て孝太郎は驚いた。何故なら、英次の姿は中学生と思わせるぐらい小柄だったからだ。
しかも自分より一つ上の学年と聞いて驚きは増すばかり。翔も噂で聞いたときは孝太郎と同じようになったそうだ。
夏休みに一人旅をしたときに東京に行ったが、英次は合宿で京都に行っていて会うことはできなかった。
「何としてでも、彼には会う必要があるな…」
昼休みの誰もいない屋上で、孝太郎は呟いていた。
実は、孝太郎は8月頃にも東京に一人で行ったのだが、英次は孝太郎と同じように北海道へ修行の旅に出ていて会えなかった。
そのことでガッカリしたが、そのときのあること思い出して苦笑した。
東京に着き、以前に旅をしていた時のように当てもなく歩いていたときだった。
「なんやお前らは?」
後ろから声が聞こえ、孝太郎は何気なく振り向くと、チンピラが何人かいた。
どうやら取り囲んでいるようだが、取り囲まれている一人の男も同じぐらいガラが悪そうだった。
孝太郎は苦笑し、チンピラたちが入っていったビルの間にこっそりと後ろから入っていった。
「オラオラオラオラ!!!」
一人の関西弁の男が威勢のいい声を出しながら連続でパンチを放っていく。
取り囲んだ男たちは次々に倒され、残りの一人が襲いかかろうとした。
だが、後ろから肩を軽く叩かれて止められる。
振り向いたとき、腹に強烈な一撃を当てられ、吹っ飛んで連続でパンチを放っていた男の頭の上を通り過ぎ、ビルの壁に当たってその真下にあるごみために落ちた。
「余計なことすんなや!」
「誰がどうしようと人の勝手だ」
関西弁の男は孝太郎に向かって怒鳴り散らしたが、孝太郎は平静さを保っていた。
「ほぉ、この『関西の牙』と言われとるわいに口答えするとは、ええ度胸しとるやないか」
「『関西の牙』…へぇ、あんたが大阪で有名なタフでパワフルなチンピラの中村 誠司(なかむら せいじ)か…最近全然耳にしなくなったと思ったら、東京にいたのか…」
「チンピラは余計や!けどわいを知っとるってことは、おんどれも格闘をやっとるようやの…ん?その青いバンダナ、まさか!?」
誠司は孝太郎を品定めするように見ていたが、額の青いバンダナに気付いて驚いた。
「そのまさかだ。もう知らない人はいないだろうね」
「そうか…おんどれがあの『青い龍』か。前から一度戦ってみたいと思っとったんや」
「悪いが、俺にはそんな暇はない。人探しの最中でね」
「誰を探しとんのや?」
「微笑みの武道家の山下英次君だ。あんたも知ってるだろ?」
「知っとるも何も、あいつはわいの友人や」
これを聞いて孝太郎は頭の中で、「何てガラの悪い友人だ」と思わずにいられなかった。
「けど一足遅かったな。英次は今、修行のために北海道へ一人で行ったわ」
これを聞いて孝太郎はガックリとして下を向いてしまう。
「確か、北海道からこの東京まで行ってくるって言っとったような…」
これを聞いて孝太郎は驚いて顔を上げた。
「それって、先日、俺が一人旅したときと同じ道順じゃないか」
「なんやと!?」
今度は誠司が驚いた。
「だけど、先日来たとき、彼は京都に行ってて会えなかった」
「はは…すれ違いばっかやっとるのぉ。ま、あんさんが来たってことは伝えといたるわ」
「あぁ、よろしく頼む」
「あいつは根は真っ直ぐで純粋無垢な奴やが、格闘技と学校の勉強以外のことはあまりに無知でな…わいはそれに何度ずっこかされたことか…」
二人でしばらく苦笑していた。
この後、公園で一戦交え、途中で分かれて孝太郎は帰っていった。
ちなみに誠司との対決が一分もしないうちに終わったのは余談だ。
その終わらせ方というのが…。
誠司は連続でパンチを放ったが、孝太郎は掌で全て受け止め、一瞬のスキを突いて掌で一撃を当て、誠司はその場で少し浮かんで倒れた。
誠司が痛みを全く感じなかったことを不思議に思っていたことを付け加えておこう。
「『関西の牙』から『関東の牙』になったか…」
そう呟き、教室に戻って言った。
<あとがき>
いきなりの殴り込み。
それが無事(?)に終わって、留美から町の案内を頼まれたが、それを拒否した孝太郎。
そして、東京で英次を二度も探したが、その二回とも会えなかったショック。
その代わりに誠司に会ったが…。
果たして、孝太郎が英次に会うときは来るのだろうか?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。