第6話
「数年ぶりの再会」
ある日、孝太郎はいつものように学校から帰ってくると、郵便受けに二通の手紙が入っていた。
一つ目は武術大会の会長からの手紙だった。
内容は大会にぜひ出て欲しいと言うこと。
その手紙には会長の家の住所も書いてあったこともあり、孝太郎はすぐに出場拒否の返事を書いてアパートから少し離れた所にある郵便ポストに入れた。
「そんなに俺に出て欲しいのかねぇ…」
孝太郎は帰り道を歩きながら愚痴を言った。
3日後。学校全体は朝から大騒ぎだった。そんな中、その原因を知らない生徒が約一名。
だが、掲示板を見て納得する。
『中国拳法の青い龍、武術大会の出場を即答で拒否』
そして、細かい字を見ると、会長が直々に出場願いの手紙を孝太郎に送ったが、昨夜送られてきた返事に出場をする気がないことを記した手紙が届いたことが書かれていた。
「大げさなことを…」
孝太郎は呆れながら教室に向かった。
「まさか僕と同じことをするとは…一体何を考えてるんだ?」
孝太郎が姿を消した後に一人の男が記事を見て呟いた。
孝太郎は周りのことは全く気にしていなかった。それとは別に、いつか必ず英次に会おうという気持ちと、他にももう一人会いたい人物が出てきた。
京都に住んでいる『無敵の小林』と言われている小林 春江(こばやし はるえ)。今はもう誰から見てもお婆ちゃんという年齢だが、強さは今でも健在だそうだ。
その春江から、3日前の手紙で、京都に来ないかと誘われたのだった。
その頃、中国拳法部と空手部と日本拳法部で合同合宿の話が出ていた。
場所は京都。明々後日ぐらいから4日間ほどの日程でするとのこと。
孝太郎はまぁそれならと思ってOKした。翔たちも参加することになり、一時的に盛り上がった。
そして、当日になり、みんなで京都に着き、とある旅館に着いた。
「大勢で遠いところからご苦労じゃったの」
出入り口に着くと、一人の老婆が出迎えた。
「今日から4日間お世話になります」
京子が丁寧に挨拶をする。
「おや?お主は…」
「お久しぶりです。中学のとき以来ですね」
みんなを出迎えた老婆、春江は孝太郎に気がついて聞いた。孝太郎は丁寧に挨拶をする。
このやり取りを見てみんなが驚く。
孝太郎は中学1年のときに会ったことがあり、手合わせもした。
当時の孝太郎は中国拳法を習い始めたばかりということもあって呆気なく敗北。
これを聞いてみんなは関心した。
「外見はほとんど変わっとらんからすぐにわかったわ」
孝太郎は苦笑し、みんなで旅館に入っていった。
「まさか、あのときから数えてたった5年でわしの愛弟子を倒すぐらいに強くなっとるとは…」
外に一人残った春江は呟いた。
男女別に分けられた部屋にそれぞれ荷物を置き、自由時間ということもあって孝太郎は一人で散歩をしていた。
孝太郎は散歩を続けているうちに神社の長い石段を見つけた。その石段の丁度真ん中には手すりがある。
何となくと言う気持ちで石段を一段づつ踏み込んで行き、最上段についても呼吸は全く乱れていなかった。
庭の掃除をしている巫女姿の少女がいたが、背を向けており、気付かないのか、そのまま掃除をしていた。
孝太郎は気にすることなく賽銭箱の前まで行き、10円玉を親指でピンと飛ばして賽銭箱に入れ、大きめの鈴をガラガラと鳴らして手を二回叩き、目を閉じて必死な気持ちを込めて願い事を口にした。
「探している人に必ず会えますように」
言い終わってもしばらくは手を合わせて目を閉じていた。そして、目を開けて手を離し、神社から出ようとして振り返ると、掃除をしていた巫女姿の少女がほうきを持って立っていた。
「それだけ必死な気持ちを込めていれば、必ず会えますよ」
「そうですね…何としてでも、会う必要がありますから…会おうと思って2回ほど東京に行きましたが、すれ違いばかりやってまして…」
「世の中とはそんなものです。これからも時々行ってみれば必ず会えますよ」
「そのつもりです…!」
一言言ってその場を去ろうとしたとき、何かを感じた。
孝太郎がいるところに孝太郎の斜め後ろから竹刀が振り落とされたが、竹刀に当たったのは孝太郎ではなく石畳だった。
「うっ」
竹刀が石畳に当たったときの衝撃が強かったのか、持ち主の手はビリビリしていた。
「竹刀は人に向けて振り回すものじゃないだろ?」
孝太郎は竹刀の届かない先にいた。
竹刀の持ち主は諦めることなく今度は突きを放ったが、それも回避され、同時に引き抜かれるように竹刀を取り上げられた。
「なかなかの腕だけど、まだまだだ」
孝太郎はそう言って竹刀を投げるようにして剣道着姿の少女に返す。
「なるほど、真月西高校の中国拳法部の青い龍の名は伊達じゃないわね。私は剣道部の小林 夏目(こばやし なつめ)」
「へぇ、あなたがあの有名な青い龍ですか…私、この神社の娘の真田 歌穂(さなだ かほ)です」
夏目は知ってたように言って自己紹介し、歌穂も感心して自己紹介する。孝太郎は何となく二人が友人同士だと思った。
「俺、海原孝太郎。流派は中国拳法だけど、ほとんどは我流です」
「丁寧に喋らなくてもいいわよ。学年は私たちのほうが一つ上だけど、歳はほぼ同じなんだから」
夏目は何処となく活き活きしている。そして、孝太郎に手合わせをしてみないかと聞いた。
孝太郎はまぁいいかという気持ちでOKし、夏目はもう一本の竹刀を孝太郎に渡していつも剣道をやっているように構えた。
孝太郎も竹刀を両手でしっかり握り、武士のような構えを取った。夏目は少し驚いたが、幸いにもそれが顔に出ることはなかった。
先手を取ったのは夏目だった。夏目は大きく竹刀を振り上げてから真下に振り下ろしたが、孝太郎は最初の状態から竹刀を右上から左下へ斜めに振り下ろして夏目の竹刀をはじき、その直後に左から右へ振り回して胴に当てた。夏目は驚くと同時に少しよろけて何とか体制を整えた。
「そんな…剣道で無敵の強さを誇っているなっちゃんがこんなにあっさり負けるなんて…」
歌穂も驚いていた。夏目の剣道の強さをよく知っているだけに衝撃的だったようだ。
「剣道はやったことなかったんだけどな…」
「じゃぁなんなの!?さっきの武士のような構えは?」
孝太郎が独り言のように言うと、夏目が驚き混じりに聞いた。
「ある時代劇を見たことがあって…そのときの見よう見まねで…」
「もしかして、『暴れん坊将軍』ですか?」
歌穂が聞くと、孝太郎は無言で頷いた。しばらくして夏目と歌穂はくすくすと笑い出す。
夏目が大の剣豪好きで、歌穂もつられて見ていたらしい。歌穂曰く、夏目はチャンバラシーンになると目を光らせるとか…。
実は数日前に、チンピラが殴りこみに来たとき、孝太郎はこの番組の名場面の真似をしたのだった。
この後は3人で雑談を交わし、孝太郎は旅館に戻ろうとしたが、夏目が場所を聞くと、春江の孫だと言い、一緒に帰ることにした。
だが、夏目と歌穂は信じられないものを見た。孝太郎が両手を広げて飛び上がったと思うと、手すりに乗って滑るように降りていったのである。
あっという間に孝太郎は石段の最下段に到着。夏目は急いで石段を降りた。
二人で旅館に着き、二手に別れた。
だが、何やら道場のほうが騒がしかった。気になって行ってみると、10人を超えるチンピラが殴りこみのごとく乱入しており、その真ん中にいたのは春江だった。
しかし、春江は怯え一つ見せずに静かに立っており、いつでも戦闘状態に入れるみたいだった。
だが、孝太郎は春江に違和感を感じ、加勢することにした。
「余計な手出しは無用じゃ」
「そうはいきません。合宿先を荒らされるのを黙って見てるほどお人好しじゃありませんから」
―――それに、今のお婆ちゃんには全員を撃退できないから…。
そんな会話をしているときにチンピラの一人が襲い掛かったが、春江は余裕で倒す。もう一人もかかったが、今度は孝太郎が吹っ飛ばして他の仲間も巻き添えにして倒した。
翔たちは石像のように硬直して、ただ見ているしかできなかった。
次々に襲い掛かったが、春江はものともせずに倒していく。だが、不意をつかれ、後ろから飛び掛かられたが、孝太郎がアッパーで吹っ飛ばした仲間が当たって襲撃は失敗に終わった。
そうしているうちに全員が撃退され、駆けつけた警察に逮捕された。
「余計なことを…わし一人で十分じゃったのに」
「これでもそう言えますか?」
春江が愚痴を言ったが、孝太郎は春江の後ろに回り、春江の腰の部分を少し強めに突いた。
「ぐっ!な、何をするんじゃ!?」
春江は腰に強烈な痛みを感じて畳に膝をついた。
「そんな状態で無理をしたら、腰の痛みが悪化しますよ」
孝太郎はそう言って春江をうつ伏せにさせ、腰の部分にそっと触れた後に強く掌で押した。
春江は一瞬激痛を感じて海老のように反り返ったが、その後は腰の部分が軽く感じていた。
「お主、今何をした?」
「腰の痛みの原因を治したのです」
「孝太郎、まさかそれに気付いて加勢したのか?」
硬直が解けた翔が近寄って聞いた。
「あぁ。なんかいつものお婆ちゃんらしくなかったからな。いつもなら相手の攻撃を待たずに自分から突っ込んで倒していくから…」
孝太郎はかつてこの旅館に来たとき、今回と同じように道場破りに遭い、そのときは春江が相手の言葉を待たずに数人の中に自ら突っ込んで行き、あっと言う間にみんな倒してしまった。
そんなこんなでいつの間にか夜になり、みんなで夕飯を食べ、その後は道場で稽古をしていた。
この後は何事も起こることなく、合宿の初日は終わった。
だが、誰かが何かをごそごそと探っている音を孝太郎と翔は聞き逃さなかった。
2日目。聞いた話によれば他の学校からも空手部の合宿が来るらしい。その学校は東京にあるとか…。
昼になり、その学校の空手部員らしき生徒たちがやってきた。
「遠いところをようこそおいでなさったの」
生徒たちを春江が迎える。顧問教師が前に出て丁寧に挨拶した。
「またお世話になります」
「そう硬くならんでもよい。初めてじゃなかろうに」
春江が笑顔で言う傍を、玄関から出てきた孝太郎が軽く挨拶して通り過ぎようとしたときだった。
「な、なんでおんどれがここにおるんじゃ!?」
孝太郎は聞き覚えのある声に振り向くと、見知った顔があった。
「あ、あの時チンピラに絡まれてたチンピラ」
孝太郎が誠司を見ながら言うと、これを聞いてみんながくすくすと笑う。
「チンピラは余計やとあの時言うたやろが!とにかく、青い龍!なんでおんどれがここにおるんじゃ!?」
『え!?』
これを聞いて誠司と春江以外のみんなが驚く。
「何でって、合宿だよ。そういうあんたこそ、合宿だからここにいるんだろ?」
「そうや。あん時の屈辱、絶対に晴らさせてもらうからな。覚悟しとけや」
「あの時、か…獲物を奪われたことか、それとも俺にあっさり負けたことの屈辱か…」
そう言って孝太郎はその場を去ろうとした。
「そう言えば、二人足らんようじゃが?」
春江が聞くと、誠司が答えた。
「英次なら、風邪を引いて欠席や。その看病に美希がつきそっとる」
孝太郎はこれを聞いて足を止め独り言のように言った。
「あ、そう言えば、チンピラと山下君って学校が一緒だったんだな…そっか…風邪か…」
「残念やのう。二度も東京に来てその二度とも会えん上に、今回は風邪ときて…」
誠司は孝太郎の肩に手をポンと置く。
「ホント、めぐり合わせの悪い…ん?…そっか…あの時、あれをやっておけば…ちょっときてくれ」
「な、なんや!?」
孝太郎は何かを思い出し、誠司を引っ張って部屋に戻った。
みんなは唖然として見てるだけだった。
数分後、孝太郎はあることを誠司に頼み、誠司はあっさり了承した。
そして、道場で意外な再会があった。
「あら、京子じゃない」
「え?律子先輩!」
京子と、誠司が通っている学校の空手部の顧問教師、川井 律子(かわい りつこ)だ。
二人は知人を通じて知り合い、関係は今に至っている。律子は京子が通っていた大学の卒業生なので、京子は先輩と呼んでいる。
「どう見ても先輩後輩って間柄じゃないような気がするんですけど」
孝太郎が突っ込むように聞いた。
「あなたが海原君か…京子に完全無敗で勝ってる話は聞いてるわ。どうせなら、息子に欲しいところね」
「俺はお断りします」
「そやそや。それに息子ならもうおるやろうが。今は形だけやけど、将来は実の息子になる奴が」
孝太郎がきっぱり言うと、誠司が突っ込むように言った。
律子は両手でストレートを放ち、片方は孝太郎に、もう片方は誠司に放たれた。
孝太郎は回避したが、誠司はまともに額に食らった。
「もう、冗談で言ったのに真顔で返すことないじゃない」
「冗談ねぇ…でも、何となくわかりました」
「何が?」
「矢神先生の人をからかって遊ぶ癖、川井先生直伝だと言うことが…」
律子と京子はこれを聞いてギクッとなる。
「そ、そう言えば、先輩は私に会うごとにからかって遊んでましたね」
「ははは…あの時の京子って大人しかったからつい苛めたくなっちゃったのよね」
そんなこんなで翔たちと誠司たちはいつの間にか打ち解け、合同で稽古をやることになった。
「ちょっと静かにしとくれんか?」
稽古中に春江が少し大きめの声で言うと、一瞬にして静まった。
「言い忘れておったが、わしを楽しませてくれたら、宿泊費は無料にしてやるぞ。学校はどっちでもかまわん。楽しませてくれたら、両方とも無料じゃ」
これを聞いて孝太郎以外の全員がぞっとした。
「わいらには無理や。あの婆ちゃんを楽しませることができるのは英次しかおらんのに…」
「山下君…か…」
誠司が俯いて首を横に振りながら言うと、孝太郎は呟いた。
「矢神先生!大変です!」
手洗いに行っていた留美が慌てて戻ってきた。
「どうしたの!?留美ちゃん」
「先生の荷物から宿泊費が盗まれてました」
これを聞いた全員が驚く。
「どうやら昨日の何かをあさるような音は…」
「間違いないな」
孝太郎と翔は勝手に納得していた。
律子は何とかしてやりたいという気持ちだったが、宿泊費は自分たちの分しか持っていないため、どうすることもできなかった。
「どうやらわしとの勝負は避けられないようじゃの。ほっほっほ」
春江は不適に笑っていた。
<あとがき>
武術大会の出場を会長直々に誘われたが、それを即答で断った孝太郎。
そして、京都の合宿で春江と数年ぶりの再会。
そこへやってきた律子たち。
宿泊費の盗難事件。そして、逃れられなくなった春江との勝負。
果たして、勝負の相手は?そして、勝敗の行方は?
次回、誰もが予想もしなかったことが全員の目の前で…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。