第8話

こわ〜い話

みんなで集まり、全員がそろったのを確認すると、孝太郎は立ち上がって電気を消した。が…
「きゃあああああああ!!」
「うわあああああああ!!」
いきなり全員が悲鳴を上げた。その理由は、電気が消えたとき、孝太郎がいつからか手に持っていた懐中電灯で自分の顔を下から照らしたからである。
ふっふっふ
孝太郎はその状態のまま不適に笑って座り、懐中電灯を消してろうそくに火を灯した。
「やってくれるわ。英次やったら気絶しとるぞ」
誠司は少し震えていた。ちなみに孝太郎の右隣に誠司。左隣に翔がいる。
それから、怪談話が始まった。一般的(?)なもので座敷わらしなど。迫力があるもので誠司の大阪での恐怖の実話などになり、孝太郎の番になった。
「ある夏の夜…友達が肝試しに山の中へ向かって…そのまま帰らなかった…」
しばらく沈黙になった。が…
「わっ!!!」
『うわぁ!!!』
孝太郎が急に大声を出し、みんなは驚いて少し後ずさった。
「迫力ある…」
「今の海原君、怖すぎるわ…」
「何度も見てるけど、すっげぇ…」
京子、沙羅、翔が呟くと、孝太郎は次の怪談話を始めた。
「これは知り合いが何人かで海にスキューバダイビングに行った時の話だけど、その中の一人だけなかなか戻ってこなかった。みんなで大騒ぎして探したけど、結局、見つからないままその日は終わってしまった。その時に撮った彼の最後の写真があるって聞いて現像したけど、その写真だけなかった。変に思って店の人に尋ねたら、変な写真があって、それを見せてもらったんだ。その写真には…海の中から彼のことを引きずり込もうとしている…何本もの血で染まった赤い手が、すーっと!!
い゛!?…ぎぃやぁああああああああああ!!!!」
孝太郎が急に声を大きくし、悲鳴を上げたのは誠司だった。なぜなら、孝太郎は声を急に大きくし、いつの間にか用意していた氷枕で冷えた両手で誠司の首に触れたからである。
おまけに誠司につられてみんなも悲鳴を上げた。
しばらくして怪談話は終わり、電気をつけると孝太郎以外の全員の顔が真っ青だった。

みんなは布団に入ったが、翔が言ったように、恐怖のあまりに震えて眠れなかった。
そんな中、すやすやと寝息を立てている孝太郎。
「ほんまにやってくれるわ。怪談話であんな怖い思いしたの初めてやで」
「だから言ったんだ。孝太郎に怖い話をさせたら、右に出る奴はいないってな…」
「そんな風に見えんのがまた凄いわ」
翔と誠司がひそひそと話していた。

一方、京子たちの部屋でも…。
「うぅ…眠れない…」
「海原君…怖すぎよぉ…」
京子と律子は布団を頭からかぶって震えていた。
「日向君が言ってたこと、まさにその通りだったわね…」
「何なのよぉ…さっきの海原君は…」
留美と沙羅も布団の中で震えていた。

翌朝。みんな寝不足でぐったりしており、そんな中でぴんぴんしている孝太郎。
みんなはいつか孝太郎を呪ってやろうと思ったが、返り討ちにあうことを恐れた。
「なんじゃ?みーんなよれよれじゃないか。おまけに夏目まで」
みんなの様子を見て春江が言った。
「みんな怖くて眠れなかったのよぉ」
夏目は昨夜の怪談話のことを話した。
「ほぉ、わしも入れてもらえばよかったの」
「お婆ちゃん…」

朝食の後、自由時間ということもあり、みんなはそれを利用して眠っていた。
孝太郎だけが外を散歩していた。
「まったく…あんなに怖がる必要があるかねぇ」
孝太郎はいつの間にか神社に来ており、お参りをしながら愚痴を言った。
「おはようございます。ところで、なっちゃんはどうしたのですか?」
いつの間にか横にいた歌穂が聞いた。
「寝不足でダウンしてるよ。その原因を作ったのは俺だけど…」
孝太郎は正面を向きながら昨夜の怪談話のことを話すと、歌穂はくすくすと笑った。
「なっちゃんたら…英次君ほどじゃないにしても、怪談話は苦手なのに…」
歌穂は怪談話が好きでよくテレビで見てるのだが、それを夏目が見ると、顔を真っ青にしてチャンネルを変えるとか…。
「怖いならやめとけばいいのに…!」
孝太郎は背後に気配と殺気を感じたが、振り向かなかった。
「やぁ!」
夏目の威勢のいい掛け声と共に孝太郎に向かって竹刀が振り落とされるが、孝太郎は背を向けたまま片手で真剣白羽鳥をした。
「ったく…竹刀は人に向けて振り回すものじゃないって言ったろ?」
「どうして当たってくれないのよぉ」
夏目は駄々をこねるように言った。
「決まってるだろ。当たったら怪我じゃすまないからさ…それより、昨夜一睡もしてないのに無理するなよ」
「大丈夫よ。まだまだ…ぐっ!」
夏目が続きを言おうとしたが、孝太郎がいつの間にか夏目の間合いに入り込み、夏目の額に鳥のくちばしのようにした手で突いて眠らせ、倒れたところを支えた。
「真田さん。しばらく小林さんを頼む」
「あ、はい…」
歌穂そう言って夏目を部屋に運び、孝太郎は外に出てきた歌穂に一言言って以前のように手すりをすべるようにして降りていった。

一人で旅館に戻り、みんな眠っていて特にやることがなかったので、一人で道場にいた。
(山下君…君には何としてでも会わなければならない。実際に会ったところで、俺の何かが変わるってわけでもないだろうけど…ん?)
孝太郎は考え事をしている途中で何かを感じた。
「この感じは…後ろにいますね?お婆ちゃん」
「ほぉ、気配を消しておっても人を感じれるのか。しかもわしだとわかってしまうとは…」
「空気の流れが違ってくるから、気配を完全に消していても、人がいるかいないかがわかるんです」
「なるほど…」
春江は孝太郎の横に立ち、孝太郎はちらっと春江を見て、また正面を向いた。
二人は気配を消してそのまま何も言わずに立っていた。
(どうやら、わしとこやつのやり方は違うようじゃの…)
「それよりお婆ちゃん」
「なんじゃ?」
少しして孝太郎が顔だけを春江に向けて言った。
「いくら俺と手合わせをしたいからって、先生の荷物から宿泊費を盗むのはどうですかねぇ」
「なんのことじゃかわからんの」
春江は本当に知らない素振りをしていたが、孝太郎はそれを許さなかった。
「先生の荷物だけを荒らして、しかも気配を全く感じさせないやり方は俺の知る範囲ではお婆ちゃんしかできませんから…手口が完璧すぎて犯人がお婆ちゃんだってすぐわかりましたよ」
「ほっほっほ。そこまで見破るとは…お主には隠し事は何もできんな」
「ったく…俺と手合わせしたいなら単刀直入に言えばいいんですよ。ま、言ったところで、先に翔が相手してたでしょうけど」
「ま、わしを楽しませてくれたら、返すつもりでおったがな」
この後、春江の部屋でお茶を飲みながら色々と雑談を交わし、春江は盗んだ宿泊費を京子の荷物に返した。
少しして夏目が帰ってきたことを付け加えておこう。

昼になり、みんな起きてきて昼食をとってしばらくしてから練習をやっていた。
「明日になったら、おんどれらは帰るんやな」
休憩をしていた孝太郎の横に座った誠司が言った。
「あぁ。けどさ、いつかまた会えるさ」
「そうやな、それにおんどれはまた東京に来るんやろ?」
「当然。あの件、頼んだぞ」
「まかしとけや」
二人は練習に戻り、あっという間に時間が過ぎ、夕方前の自由時間になった。

「ここにいたのか、孝太郎」
「どうした?翔」
旅館の外を背中に大きな皮袋を背負いながらうろついていた孝太郎を翔が見つけて呼び止めた。
「なんか最近、技に体力が追いつかなくなった気がしてな」
「だから、体力をつける方法を教えて欲しいと…」
翔は黙って頷いた。
「本当ならこういうのは俺に頼らず自分でやれと言いたいところだけど、まぁいい、丁度暇だったからな。少し待っててくれ」
そう言って孝太郎は旅館に戻って自分の荷物から大きな皮袋を持ってきた。ちなみに背負っているものより少し小さい。
「何だこれ?…う、重い…」
孝太郎は少し重い足取りで翔のところに戻り、二つある袋の少し小さい方を翔に持たせた。
「30キロ分の砂が入った袋だ。それを背負って歩いてみろ」
「あ、あぁ…とっとっと…」
翔は何とかして砂袋を背中に背負い、歩こうとしたが少しよろけて、孝太郎が支えた。
ちなみに孝太郎も砂袋を背負っていた。
しばらく二人はあちこち歩いていたが、孝太郎はぴんぴんしていたが、翔はへとへとだった。
「ち、ちょっと待ってくれ…」
翔は砂袋の重さに耐えられなくなり、その場に座り込んだ。
「だらしねぇなぁ。歩いてまだ1キロにもなってないぜ」
「そんなこと言ったって…お前もしかして、その袋の中は綿じゃないだろうな?」
翔は孝太郎がぴんぴんしていることに疑問を抱いて聞いた。
「そう思うなら、こっちを背負ってみるか?」
孝太郎はそう言って自分か背負っていた砂袋を翔に渡した。
「ぐっ!何だこれ?さっきのより重い…」
「ざっと50キロはあるな」
「な!?ご、50キロ!?」
驚く翔をよそに、孝太郎は50キロの砂袋を軽々と持ち上げて背中に背負った。
(まてよ…一度旅館に戻って、二つの砂袋を持って俺のところに来る途中、孝太郎は…合計80キロの砂袋を持って…体格は俺と差はそんなにないのに…ぞぉ〜)
翔はある考えを持ち出して急に冷や汗をかいた。二人は年相応の体格をしているのだが、体力はかなり差があった。
そして再び歩き出し、翔は荒い息をしながらも文句一つ言わずに孝太郎についていった。
しばらくして翔は重さに慣れ、話しながら歩くことができるようになった。
「本当はこれを背負いながら階段を駆け上がるんだけど、翔は始めたばかりだからこれぐらいにしたんだ」
「階段をねぇ…にしても、お前どれぐらい体力あるんだ?」
「さぁね」
そのまま時間は過ぎていき、二人は旅館に戻った。

「ねぇ、矢神さん」
夕飯になり、沙羅の横に座った仁美が呼んだ。
「私のことは名前で呼んでくれていいですよ」
「そう…じゃぁ私のこともお願いね」
「はい。で、何か?」
「私が上級生だからってそんなに硬くならなくていいわよ。そのね、いつか東京においでよ」
「仁美さん…」
「そのときは私が案内してあげるから」
「じゃぁお願いね。仁美さんも真月町に来たときは案内するから」
「沙羅ちゃんが一緒なら大丈夫ね。いつか私の実家の青森にも来てね」
急に仁美の横に座っていた留美が口を挟んだが、二人はさも同然のように笑顔で頷いた。

「本当なら、川井はここにはおらんはずやったんや」
「何かあったのか?」
誠司の横に座っている翔が聞いた。
「川井は英次の彼女なんや。英次が風邪を引いたとき、あいつも一緒にいるって言ったんやけどな、先生がそれを許さんかったんや」
「主将なら仕方ないだろうな」
二人の話を聞いていた孝太郎が口を挟んだ。
「そうやな、主将も副将もおらんかったら、誰が部を取りまとめるんか…」
「それに、あまりにもくっつき過ぎて離れられなくなることを川井先生は恐れたんだと思うぜ。だから川井先生は心を鬼にして二人を離したんじゃないかな?」
「孝太郎…(だからいつも二人で練習をするとき、俺を突き放すような態度でいるのか…今になってこいつのありがたみを知るなんて…まだまだだな…)」

この後はあっという間に時間が過ぎ、夜になってみんなは布団に入った。

翌朝、京子たちは帰る準備をして外に出た。
「お世話になりました」
「また来なされや」
京子が丁寧に挨拶すると、春江は微笑んでいた。
「京子、いつか東京においでね」
「律子先輩…はい。先輩も、いつか真月町に来て下さい」
こんなやり取りをして京子たちは帰っていった。

そして、その翌日には律子たちも帰っていき、東京に着くと、誠司は英次のところに向かった。
英次は姉の美希(みき)と川井家に居候しているとのこと。
「英次、体の具合はどうや?」
「もう大丈夫だよ。にしてもどうしたの?ここに来るなんて」
「お前に土産や」
「え!?わーい♪で、なになに?」
「これや」
そう言って誠司は一つの小さな封筒を大喜びの英次に渡した。
「ちょっと、お土産にしては物足りなくない?それに私にはないの?」
美希が文句を言ったが、誠司は無視して英次に封筒を渡した。
「手紙?誰だろ?…え!?」
英次は封筒の裏を見たとき、驚いて硬直した。
「英ちゃん?手紙誰から?…え!?…海原孝太郎って…最強お婆ちゃんを打ち負かした青い龍…」
美希も驚き、放心状態になった。
「なんや、もう噂になっとるんか」
「あの最強お婆ちゃんだからね。私や英ちゃんもビックリしたわよ」
英次は封筒を開け、中に入っている手紙を読んだ。
内容は、何度か東京に行き、英次を探したが、一度も会えなかったこと。
代わりに誠司に会い、手紙を渡すように頼んだこと。
そして、今度いつでもいいから会いたいということが書かれていた。
手紙には住所が書かれていたため、英次は早速、今度の土曜に公園で会おうと返事を書いて送った。

2・3日ほどして、孝太郎に英次からの手紙が届いた。丁寧に駅から公園までの地図まで書かれていた。

土曜になり、午前中に孝太郎は50キロの砂袋を背負って一人で東京に行き、英次の手紙に書かれている地図を辿って公園に行った。
まだ英次は来ていないみたいだったので、孝太郎は誰も座っていないベンチに座っていた。
(そういえば、時間決めてなかったな…)
そんなことを考えていたときだった。
ニャオ〜ン
「ん?」
猫の鳴き声がしたので周りを見ると、孝太郎のすぐ傍で猫が尻尾を上下に振っていた。
「この猫は…?」
首輪がついていることから飼い猫のようだ。
「おーいニャン太ー…あ!」
おそらく孝太郎の傍にいる猫のことだろう。その猫を追いかけるように一人の中学生ぐらいの少年が駆けてきて、孝太郎を見ると驚いた。
「ん?あ!山下君!」
猫を呼ぶ声のほうを見て孝太郎も驚いた。孝太郎は写真を見たことがあるために英次だとすぐにわかったからだ。
「海原さん!」
どうやら英次も孝太郎だとすぐにわかったみたいだった。
二人はしばらく硬直したが、猫の鳴き声でそれが解けた。
「とりあえず、横に座れよ。話はそれからだ。それと、俺のことは名前で呼んでくれていいぜ」
「う、うん。じゃぁ俺のことも名前でいいから」
孝太郎は以外にも落ち着いていたが、英次は少し緊張気味だった。
「実際に会うと何を話したらいいのかわからないな」
「そうだね。俺も孝太郎さんにはあれを聞こうこれを聞こうって思ってたのに実際に会うと頭の中が真っ白になってしまって…」
「俺もだ。でも、一つだけどうしても聞きたいことがあるんだ。どうして自分より強い相手に対して楽しむ心で戦えるのか?ってね」
「実際は俺にもわからない。けど、戦うときは自然と楽しい気持ちになるんだ。格闘技だけじゃなく、もっといろんなことも楽しんでみたいって思ってる」
「英次君…」
「それより、あのお婆ちゃんに勝つなんて…俺は未だに勝てないのに…」
「あの時のお婆ちゃんは本調子じゃなかったんだ。俺との対決の前に、赤い虎と戦ったときのダメージが大きくてね…」
このときの孝太郎の表情はどことなく悲しげだった。
そして、英次が口を開こうとしたときだった。
チンピラ達が二人を取り囲んだのである。
「ほぉ、青い龍と微笑みの武道家か…二人いるなら丁度いい。お前らを倒して名を上げてやる」
二人はおもむろに立ち上がった。ちなみに孝太郎は砂袋を下ろしている。
「やれやれ、公園で大掃除が必要になるとは…」
「ゴミはどこにも落ちてないよ?」
英次が周りを見ながら言うと、孝太郎とチンピラ達はずっこけそうになった。
「そういう意味じゃないよ」
「え?じゃぁなに?」
英次が聞こうとしたとき、チンピラ達が襲い掛かった。


<あとがき>
怪談話になり、一睡もできなかった誠司たち…。
神社で夏目は襲い掛かるが、返り討ちにあって気絶。
孝太郎は盗難事件の犯人が春江だとわかっていた。
翔は孝太郎に体力のつけ方を教わるが…。
合宿から帰り、その数日後に孝太郎は英次に会うが…。
次回はどうなるのか?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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