第9話

「激闘の末に…」

チンピラ達は勢いよく襲い掛かってきたが、二人は驚きもしなかった。
「懲りない連中だね」
「それには同感。開いた口が塞がらないとはこのことだ」
英次が言って攻撃の構えを取ると、孝太郎も相槌を打って構えを取った。
ちなみに英次もいつの間にか体につけているおもりをはずしている。
英次は相手の攻撃を笑顔で回避し、逆に自分の攻撃を的確に当てていった。
だが、一通り片付いて孝太郎のほうを見たときに驚いた。
孝太郎は手足を使った連続攻撃をしながら一人づつ色んな方向に吹っ飛ばしていたからだ。
そんなこんなであっという間に大掃除は終わり、二人でベンチに座った。

この後は色々雑談を交わし、昼になったので喫茶店で食事をすることになった。
ちなみに英次が連れていた猫は外の目立たないところで丸くなっている。
だが、英次は普通の食事と同時にケーキを2・3個注文したのを見て孝太郎は呆れてしまった。
(見かけによらず食いしん坊だなぁ…)
「一回の食事でデザートをいくつも頼むかぁ?」
「だって、ここのケーキ美味しいんだもん♪」
「だからってなぁ…」
孝太郎は呆れながら食べていた。と、そこへ騒ぎが起こり、見ると店長が後ろから捕まえられてナイフを突きつけられていた。
「動くな!死にたくなけりゃぁレジの中の金を全部出せ!」
「わ、わかったから殺さないでくれ」
店長は怯えながらレジを開けようとする。が…
「ぐあ!な、何だこれは!?」
強盗は手に痛みを感じてナイフを落とし、見るとケーキのクリームが所々に付いたフォークが刺さっていた。
「英次君、店長を頼む」
「う、うん。けど、いつの間に俺が持ってたフォークを…」
英次は驚きながらも店長を強盗から引き離し、その間に孝太郎が立った。
「き、貴様…」
「命が惜しいなら大人しくしろ」
孝太郎は冷静に言ったが、強盗は刺さっていたフォークを抜いて襲い掛かった。だが、適うはずなく、いつの間にか後ろに回っていた孝太郎に手刀で首の根元を強打されて気絶した。
店長は孝太郎と英次に礼を言い、強盗は駆けつけた警察に逮捕された。
「凄い…」
「あんな一瞬で…」
「ねぇ、あの二人、どこかで…もしかして…」
「微笑みの武道家と…青い龍…」
そんな声が店内に飛び交っていたが、二人は全く気にしていなかった。

一方、その頃…。
「海原君、いないの?」
孝太郎の部屋の出入り口を京子がノックしながら聞いた。
それを聞いて隣の部屋から翔が顔を出した。
「孝太郎なら、朝早くから出かけましたけど?」
「そうなの…どこに行ったか知らないかな?」
「さぁ、ただ出かけてくるってしか言わなかったから…」
京子はこれを聞いてガックリとなり、改めて出直すことにした。
翔は本当は孝太郎が東京に行ったことを知っていたが、誰にも言わないように言われていたために誤魔化すしかなかった。
(だけど孝太郎…お前、東京に何の目的で行ったんだ?関西の牙じゃないみたいだな…)

二人は喫茶店を出てあちこち歩きながら話していたとき、先日の合宿の話題が出てきた。
「まぁ、風邪だったからしょうがないさ。むしろいなくて正解だったかもしれないぜ」
英次は合宿の話題が出たときにいけなかったことで謝罪したが、孝太郎はあっさりと許した。
「そう言えば、誠司がその時の怪談話のことを話したとき、顔が青冷めてたっけ…誠司があんな顔をしたの初めてみたよ。それに川井先生に理由を聞いたら、同じように真っ青になったっけ」
そういう英次の顔は、何かに耐えるような表情だった。
「あいつから聞いたよ。君が極度のホラー恐怖症だってこと」
「ううっ」
「人間なら怖い物の一つや二つはあるさ。それは決して恥ずかしいことじゃないと俺は思う。だけど、君らしくないな」
「え?」
「何事にも楽しむ心を持って接している君が、怖いものから目を背けるのってさ…怖いものは仕方がないにしても、今のままじゃぁ何も変わらないぜ」
(そう…俺も、今のままでいたら何も変われずに…このまま…)
英次はこれを聞いて、自分の何かが開けたような気がした。
「無理に楽しめとは言わない。だけど、怖いものから逃げ続けてたら、ずっとそのままだぜ?」
英次はかつて、重傷を負って意識不明になり、自分の影と戦ったときのことを思い出した。
(俺は…本当の意味で…自分に勝ってないのか…)
「じゃぁ、どうしたらいいかな?」
「少しづつでいいから慣れることだ。ちょっと来てくれ」
孝太郎は英次の腕を引っ張って本屋に連れて行った。
そして、一冊の本を買って英次に渡した。
「これは?…まさか…」
「そう、ホラー小説だ」
英次はこれを聞いて叫びそうになったが、孝太郎がとっさに口を押さえた。
「これだったら閉じたいときにいつでも閉じられるからな。それとも、ずっとホラー恐怖症のままでいたいか?」
英次は首を大きく横に振る。これを見て孝太郎は手を離した。
「自分自身との戦いはこれからだ。それに打ち勝ってこそ本物だ」
英次は震えた手で孝太郎の手から小説を受け取った。
「無理に全部読めとは言わない。自分のできる範囲で少しづつ慣れていけばいい」
英次は小さく頷いた。

そして、本屋から出ると、一人の女性に会った。
「英ちゃんじゃない…あ!あなたはまさか…青い龍」
女性は英次を見て微笑んだが、横にいるのが孝太郎だと知ると驚いた。
「お姉ちゃんじゃない。どうしたの?」
「ちょっとね。それより誠司知らない?」
「あのチンピラなら今日は一度も見てないですよ?」
英次の代わりに孝太郎が丁寧に答えた。
「そうですか…あ、自己紹介まだでしたね。私、英ちゃんの双子の姉で山下 美希(やました みき)です。高校3年です」
「俺は真月西高校2年の海原孝太郎。って噂とかで知ってるから自己紹介は必要なかったかな?」
「いえ、そんなことは…手紙見るまで本名知らなかったので…あ、私のことは名前で呼んでくれていいです」
「じゃぁ俺のこともそうしてください。それと、美希さんのほうが年上だから普通に喋ってくれていいです」
「じゃぁ早速だけど、私に対しても普通に喋ってくれていいから」
この後は3人で歩きながら雑談を交わしていた。

しばらくして、英次は孝太郎を家に招きいれた。
そして、英次の部屋でくつろいでいるとき、英次が恐る恐る孝太郎にプレゼントされたホラー小説を開いた。
英次は内容を見て怯えながらも叫び声をあげないように自分で口を押さえていた。
「ちょっとづつ、自分のできる範囲からでいいからやっていくことだ」
「う、うん…うぅ、やっぱり怖い…もう駄目」
そう言ってパタッと小説を閉じる。
「最初はそんなものさ。俺も小学校の頃はホラーは大の苦手だったからな」
「い、いや…俺の場合は幽霊が見えるだけじゃなくて、声まで聞こえて…その声が気味悪いんだよ」
(相当強い霊感を持ってるな…)

それからしばらくして、孝太郎は帰ろうとしたが、玄関に行ったときだった。
「ただいま〜…え!?海原君!?」
「川井先生!?」
顔を見合わせた二人は驚き、しばらく硬直していた。
「ど、どうして…英次君の家に川井先生が…?」
孝太郎が驚きながら聞くと、その場に居合わせた美希が説明してくれた。
美希と英次は幼い頃に両親を亡くしており、英次が律子の娘の仁美の彼氏と言うこともあり、居候として二人を引き取ったとのこと。
「なるほど、ここは元は川井先生の家で、英次君たちがここに移り住んだってことか…」
「そういうこと♪せっかく来てくれたんだから、夕飯食べていかない?」
「気持ちはありがたいですけど、そろそろ帰ろうとしてたところでしたので…」
孝太郎はそういいながら靴をはき、外に出ようとした。が、律子が孝太郎の腕を掴んで引き止めた。
「人の好意には素直に従うものよ♪」
律子は満面の笑顔だったが、孝太郎は無表情で言った。
「今日中に帰るって翔には言ってありますので…だから、俺はこれで帰ります」
「いいじゃない。明日になれば京子の妹の沙羅ちゃんも来るんだから」
孝太郎はこれを聞いて驚く。そして、尚更帰らなければならない気持ちになった。
だが、律子は孝太郎の腕を離そうとせず、しかも英次が必死に頼んだこともあってこの日は泊まることになった。
ちなみに翔に泊まることを伝えるために電話したのは余談だ。

夕飯になり、仁美が帰ってきた。そして、律子と同様に孝太郎を見て驚いたのだった。
「結構いけますね。川井先生」
律子が作った料理を一口食べた孝太郎が言った。
「ありがと。でも、今は先生じゃないわよ」
「へ?じゃぁ何て呼んだらいいですか?」
「そうねぇ…」
律子は続きを言おうとしたが、
「お母さんは無しですよ」
孝太郎が遮るように先に言った。
「どうしてよぉ。んもぅ、なにも突っ込むことないじゃない」
律子は膨れた。どうやらからかおうとして逆に突っ込まれたことが不満のようだった。
「からかわれるのは矢神先生だけでたくさんですよ。気持ちを堂々とアピールされるのもね」
「どうして京子の気持ちに答えようとしないの?他に好きな人でもいるの?」
「いいえ。ただ、独身貴族で世の中を真っ当に生きるって決めてるだけです」
こんな会話が繰り出されている間、英次たちは他の話をしていて聞こえなかったみたいだ。

夜。みんな交代で風呂から出て、孝太郎は英次の部屋にいた。
「正直な話、英次君が羨ましいんだ」
「ほえ?」
「何事にも楽しむ心を持って接するところ。俺は何となくだけど君には会う必要があるって思ってたんだ」
「ふ〜ん。けど、俺は孝太郎さんが羨ましいな」
これを聞いて孝太郎は目を大きく開いて英次を見た。
「え?」
「噂で聞いたよ。体罰教師を何度も打ち負かしてほとんどの生徒から英雄として慕われているって」
「そのことか…もっと早くにあのことに気付いていれば、無傷で打ち負かすこともできたんだ」
「あのことって?」
「最近知ったことなんだけどな…」
…。
「へぇ、そうだったんだ」
「もし、英次君の学校で体罰を行っている教師がいるなら、この手で精神的に大打撃を食らわせてやるのがいいと思うぜ?」
「もう遅いよ」
そう言って英次は沈み込む。
「遅いって?」
英次はポツリポツリと2年前のことを話した。英次が通っている学校にも、かつて体罰を行っている教師がいたこと。
その教師は空手部の顧問と言うこともあり、英次も体罰の被害者だったこと。ある日、律子の審判の下で教師と英次は試合を始めたが、英次が寸止めで勝ったにもかかわらず、不意打ちに攻撃し、律子はキレて英次に代わって教師を叩きのめした。
「そんなことが…川井先生も教師ならあのことは知ってたはずだ。それなのに…でも、キレてたのなら仕方がないかもな」
「孝太郎さん…」
「今度、体罰を行っている教師を見つけたら、問題が大事になる前にこの手を使ったほうがいいぜ」
「そうするよ。やっぱり暴力はいけないことだから」
こんなやり取りをして寝静まり、この日は終わった。

翌朝。みんな起きて食事をし、律子が孝太郎に手合わせを頼んだ。
「どういう風の吹き回しですか?」
「何となくね。京子でも勝てないって言うぐらいだからどれだけ強いのかって思ってね」
律子は笑顔で言う。そんなときだった。
「風は今吹いてないよ?」
英次がボケながら突っ込むと、みんなはガクッとなる。

そんなこんなで英次たちの学校の体育館で手合わせをすることになった。
周りには何人もの観客がいる。
律子は空手着に着替えており、孝太郎も砂袋と一緒に持っていたリュックに入れている拳法着に着替えた。
「準備がいいわね」
「いつも持ってるだけです」
二人は位置に立った。
「孝太郎さん、これ何?…な、何て重さだ」
英次が興味ありげに孝太郎が持っていた砂袋を見て、持とうとしたが、あまりの重さに持ち上げることすらできなかった。
「ただの砂袋だ。無理して持たないほうがいいぜ。50キロあるからな」
『ご、50キロ!!?』
みんなは孝太郎が体育館に入ってくるまで、背中に砂袋を背負っていたのを見逃さなかったが、あまりにも軽そうにしていたので、重さを知った時、みんなは驚いてしばらく固まってしまった。
「俺の体重は48キロだから、俺より重いな…」
孝太郎が独り言のように言って、みんなは硬直が解けた。
そして、二人は美希の審判の下で手合わせを始めた。
仁美は携帯に連絡が入ったためにこの場を離れたのだった。
先に攻撃を繰り出したのは律子だった。周りから見れば隙が全くなかったが、孝太郎はいつものように目を閉じて風の流れに身を任せるように動いて全て回避していた。
「あのお婆ちゃんに勝っただけあってなかなかやるわね」
一度は攻撃を止めたが、また攻撃を繰り出す。孝太郎は目を閉じたままだが、今度は攻撃で律子の攻撃を防いでいた。
やがて、一瞬の隙を突いて孝太郎は掌の一撃を律子の胸に当てようとしたが、その腕を片手で捕まれ、もう片方の手で攻撃しようとした。
孝太郎は一瞬驚いたが、律子と同じようにもう片方の手で律子の腕を掴んで攻撃を止め、上段蹴りを胸に当てて吹っ飛ばした。
このとき、律子は痛みが全くなかったことが不思議で仕方がなかった。
「それまで!」
美希が言って、二人の手合わせは終わった。そして、律子が元気に立ち上がったことに孝太郎以外のみんなは驚いた。
「パンチの出し方からボクシングの経験があることはすぐにわかりました。けど、クロスカウンターにはビビリました」
「私もよ。カウンターをかけたらかけ返されるなんて…」
二人は握手をして離れ、孝太郎は英次の横に座った。
「そんな…俺でも苦戦するのに…」
英次の呟きが孝太郎にははっきりと聞こえた。
「相手の技を見切る方法としては、相手の攻撃を最後まで目を離さずに見続けること。そして瞬時に自分がどう動けばいいかを判断することだ。それを無意識にできるようになったら上出来だ」
「ふ〜ん。ねぇ孝太郎さん」
「ん?」
「今度は俺と手合わせしてくれない?」
そう言う英次の表情はどことなく活き活きしていた。
「俺でいいのなら構わないぜ」
孝太郎はそう言って立ち上がる。
「俺は孝太郎さんだからやってみたいんだよ」
(達夫さんと同じことを言うんだな)
孝太郎はそう思いながら真ん中に立つ。みんなはそれを見て何事かと思ったが、英次が重りを外して孝太郎の前に立ったのを見て納得した。
「英次君ならやると思ったわ」
律子は笑っていた。
「微笑みの武道家と、中国拳法の青い龍…どっちが勝つのかな?」
美希が呟いた。
そして、律子のときと同様に美希が審判をやった。
「両者、構えて」
二人は同時に構える。英次は微笑んでいたが、内心は孝太郎から感じるとてつもない気に焦っていた。
一方、孝太郎もさっきまでとは感じるものが違う英次に驚きを隠せなかった。
「始め!」
美希は合図をして後ろに下がる。
英次はフラフラと酔ったような動きを始め、孝太郎はすぐに酔拳だとわかった。
孝太郎は目を閉じ、英次と同じように酔ったような動きをしながら少しづつ距離を縮めていった。
そして、お互いに手を伸ばせば簡単に当たるぐらいに近づいたとき、英次はストレートを繰り出したが、孝太郎はそれを回避して英次のすぐ傍をコマのように回りながら動き、英次の背後に立ったときに肘で背中を押し、英次は倒れそうになったが、前転して体制を直した。
英次はいつの間にか背中以外にも3箇所に攻撃を受けていたことに驚いていた。
「まだまだこれからだぜ?」
「そうだね。孝太郎さんも酔拳を使うんだね」
お互いに微笑みあい、構え直すとその瞬間からお互いに攻撃を繰り出した。
二人とも防御は一切せず、攻撃で攻撃を防いでおり、そうしているうちに英次の突きに孝太郎の少し身をかがめて放った下段ストレートがぶつかった。
「ぐっ」
「まさか、崩拳(ほうけん)が…でも…」
英次はとっさに宙返りの蹴りを放った。孝太郎は蹴りを受け流すように手に受けて自分も飛び上がった。
「な!?サマーソルトキックが…ぐあ!」
孝太郎は途中で手を離し、英次の蹴りの勢いを生かして宙返りの蹴りを英次の背中に当てた。
英次は背中に受けた衝撃で腹から落下。孝太郎は少し後で着地した。
「まさか、サマーソルトカウンターが実際にできるなんて…」
「なんて実力だ…達夫さんに苦戦しながらも勝ったり、誠司が呆気なく敗北するのもわかったような気がする。でも…」
英次は痛みを堪えながら立ち上がり、背中を軽く叩くと体勢を立て直した。
「俺は…まだ負けるわけに行かない!」
「なかなかの根性だ。さすが、あのお婆ちゃんが気に入るだけある」
お互いに微笑みあい、英次は最後の切り札と思いながら気を集め、それを孝太郎に向けて放った。
「掌抵破(しょうていは)!!」
「ぐっ!」
孝太郎が何かを堪えるような声がした。お互いに至近距離でいたため、衝撃がかなり大きいはずだ。
「…!…そんな…」
英次は荒い息をしながら先を見ると、両手で何かを押すような状態で孝太郎が立っていた。
孝太郎の全身からは湯気が立っていた。
「なかなかの技だ。けど、気の集め方が間違ってる」
「お婆ちゃん直伝の技、が…」
英次がかすれ声で言うと、その体は少しづつ傾き、倒れそうになったところを孝太郎が駆け寄って受け止めた。
「大丈夫か?」
「う、うん。さすがだね。やっぱり青い龍の名は伊達じゃないね」
孝太郎と英次がこんなやり取りをしているのをよそに、仁美が戻ってきた。
「仁美、どこ行ってたの?って、沙羅ちゃんじゃない」
律子が言うと、孝太郎は驚いて硬直してしまった。
「へぇ、結構広いのね…って海原君!?」
沙羅は体育館の中を見回し、拳法着姿の孝太郎の後姿を見て驚いた。
「昨日から来てるわよ。おそらく英次に会いに来たんでしょうね」
仁美が説明した。
(とうとう来てしまったか…)
孝太郎は沙羅に背を向けたままだった。今までのことを考えると、まともに顔が見れないと思っていたからだ。
英次は体力が回復して立ち上がった。
それを見て孝太郎も立ち上がり、着替えるために更衣室に行った。
そして、しばらくはみんなで色々話をして、みんな帰ろうとしていたために孝太郎も帰ろうとした。
「待って!」
沙羅が孝太郎を呼びとめ、孝太郎は硬直した。
体育館には孝太郎を除けば沙羅一人しかいなかったために気まずい雰囲気が漂っていた。
孝太郎は腰が抜けたかのように座ってしまい、俯いたまま何も言わなかった。
「昨日ね、姉さんが海原君の部屋を訪ねたの」
沙羅が孝太郎に歩み寄って何気なく語りだすと、孝太郎はピクッとなった。
「今日、私がこっちに来るからってことでね。姉さん、海原君のこと、最初は彼氏に欲しいって言ってたけど、最近は弟に欲しいって言うようになったの」
「…」
「8つも年が離れているもんね。弟に欲しいっていうのも無理はないか…」
孝太郎は無反応だったが、沙羅はおかまいなしに話し掛けながら横に座った。
「ねぇ、覚えてないかな?…私ね、海原君のこと、中学のときから知ってたんだよ」
「中学?でも卒業式のとき、矢神さんの名前は聞かなかったぞ?」
「中学は別々だったからね。でも、私は知ってるのよ…海原 孝(かいばら たかし)君」
孝太郎はこれを聞いて驚き、沙羅を見る。
「やっぱり、あれは海原君だったのね?私、すぐにわかったよ」
「まさか…あの時の…」
二人は思い出の世界に浸りだした。

中学2年ぐらいのとき、孝太郎は一人で何気なく散歩をしていた。
そして、公園の誰も座っていないベンチで日向ぼっこをしていたときだった。
「よぉ、かわいい姉ちゃんじゃねぇか。俺たちとデートしない?」
「い、いえ、その…」
数人の男に一人の清楚な雰囲気を漂わせた女性が囲まれ、女性は断りたかったが、男たちの雰囲気に圧倒されて逃げることもできなかった。
周りにも何人かいたが、男たちが怖くて何もできずに通り過ぎるしかできなかった。
孝太郎はうるさいと思いながらおもむろにベンチから立ち上がり、女性を見ると目があったので、手を振って呼んだ。
「待たせたな、こっちだ」
孝太郎が呼ぶと、女性はほっとした表情で孝太郎に駆け寄ったが、男たちはそれが気に入らなかったみたいだ。
「なんだぁ?このガキはぁ?」
「俺たちの獲物を横取りしやがって」
「くそ!ぶっ殺してやる!」
男たちは孝太郎に襲い掛かった。
「きゃっ!」
孝太郎は女性を軽く突き飛ばして自分から離し女性は尻餅をついた。
そして、男たちに自分から間合いを縮め、男たちを次々と倒していった。
あっという間に全員を倒し、女性に歩み寄った。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう…あの人たち、しつこくて…」
孝太郎はずっと無表情で女性に手を伸ばして立ち上がらせた。
「もうお昼だし、お礼に何かおごるね」
「そこまでしてくれなくていい。もう帰ろうと思ってたから…」
孝太郎は素っ気無い態度で背を向けて立ち去ろうとした。
「そんなぁ、もっと何か話そうよぉ」
女性はそう言いながら孝太郎の腕を掴んで引き止める。
「話すことなんて何もないだろ?それに、他人と話して楽しいわけがない」
女性はこれを聞いても引こうとせず、孝太郎の前に回りこんだ。
「じゃぁ自己紹介。私、矢神沙羅。よろしくね」
「…海原…孝…」
沙羅は笑顔で自己紹介したが、孝太郎は無表情で、しかも自分の名前を偽った。
「もういいだろ?俺、帰るから」
「しょうがないわねぇ…じゃぁいつかまた会わない?」
「それはないだろうね。俺、この町に住んでないから」
孝太郎はこの言葉を最後に沙羅の前から立ち去り、この日が最初で最後であったかのように二人は二度と会うことはなかった。

「名前を偽ってまで、女性との関わりを拒絶していたのね…」
「…どこに行っても、俺に声をかけてくる女性は後を絶たない。しかもフルフェイスのヘルメットで顔を隠してても俺ってばれてしまって…」
「会長と正反対ね。会長はモテるのを鼻にかけて何人もの女性をまたにかけてるけど、海原君はそれを嫌がって…それが逆に人気の理由なんだよ」
「女心ってのは本当にわからない。何で女性に対して冷たい態度でいるのに声をかけてくるのかなぁ?特に矢神先生と矢神さん」
「本当は優しい人だってことを知ってるから…そうじゃなかったら、中学のときに他の人たちみたいに知らん振りだから」
「先生もそう言ってた…けど、何を根拠にそんなことを…」
「手合わせのときよ。傷をつけるのが嫌だから掌で、しかも痛みを全く感じさせない戦い方をするのは優しい人だって証拠よ」
孝太郎はため息をつき、また俯いて黙り込んだ。
「ねぇ…ちょっと、聞いてるの?」
沙羅は何かを尋ねたが、孝太郎が何も言わないために見てみると、孝太郎は座った状態のまま眠っていた。
孝太郎の体は沙羅とは反対の方向に傾いたが、沙羅は何とかそれを止めて自分の元に引き寄せ、膝枕をして孝太郎の髪を優しく撫でていた。
「やっぱり優しい人だよ…ただ、ぶっきらぼうなだけなんだよね」
沙羅はそう言いながら孝太郎の寝顔を微笑んで見ていた。


<あとがき>
孝太郎と英次がチンピラと対決。結果は一目瞭然だった。
そして、ホラー小説を買って英次のホラー恐怖症を治そうと動き出した孝太郎。
英次は怯えながらも治そうと努力する。
そして翌日、孝太郎は律子と、そして英次と対決。
その後、沙羅と出会い、二人きりに…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。


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