第16話
「戦いの先にあるものは…」
「逃がさないよ。連掌弾!」
英次は連続パンチを放ちながら気弾をショットガンのように放った。
「そう来ると思ったぜ」
孝太郎は対抗するかのように烈火拳で弾きながらダッシュで間合いを縮め、間近に迫ったところで英次の腹にアッパーを当てたが、当てた感じが落ち葉を散らしたような感じだった。
英次は少し離れたところで何もなかったかのように着地する。
「今のは一体…」
孝太郎は心底驚いていた。
「防御技の一つ、浮体(うたい)だよ。連打掌(れんだしょう)!」
英次は説明して間を空けずに連続パンチを放った。誠司の爆裂拳よりもスピードは上だった。
孝太郎は目を閉じて風の流れに身を任せるように回避し、一瞬のスキをついて足払いを当て、英次は転倒した。
「あうっ!」
転倒した状態でありながらも、英次は孝太郎に向けて蹴りを放ったが、孝太郎はバックステップで間を空けて回避した。
「ううっ」
こんな中で誠司は目を覚ました。
「気がついたか」
横にいた翔が言った。
「赤い虎!いつからおったんや!?」
「少し前からだ。そのときあんたは気絶してたからな」
「そうか…!…英次と青い龍!」
誠司は少しづつ頭をはっきりさせていき、真ん中を見たときに驚いた。
「少し前から始まってるぜ。けど、あんなに楽しそうにしている孝太郎を見たのは初めてだ」
「掌抵波!」
いきなり英次の声が響き、英次は孝太郎に向けて気を放った。孝太郎は両手に気を集めて防御するかのように両手を前に出した。
「相変わらず効かないみたいだね」
「放っても疲れないってことは、気の集め方を理解したみたいだな」
お互いに気の摩擦で出た湯気を出しながら硬直していた。
が、英次はダッシュで間合いを縮め、不規則にスピードを変えて手足を使った連続攻撃を放った。
孝太郎も対抗するかのように烈火の乱れ舞を放つ。
「あれは英次の秘技、流水円舞(りゅうすいえんぶ)やないか!」
「流水円舞?」
誠司が驚き、翔が聞いた。
「流水のような踊りでランダムにスピードを変えながら手足の連続攻撃を繰り出す技や。それに対抗できるのは青い龍の烈火の乱れ舞ぐらいや」
「確かに…孝太郎のあの技に対して互角になってるところを見たのは初めてだ」
お互いに攻撃を攻撃で防ぎ、決め手である英次の掌抵波に孝太郎の両手の押し出しがぶつかった。
しばらくの間、二人は湯気を出しながら硬直していた。
「まさか、ここまでやるなんて…もう最大奥技しかないみたいだね」
英次はそう言いながら目を閉じて右腕を腰に構えた。
「遠慮なくかかってこい。それが格闘をする上での礼儀だ」
孝太郎も言いながら右腕に気を集めた。やがて、右腕は気が発する光に包まれた。
「ま、まさか…孝太郎、あれをやるつもりか!?」
翔は焦りながら言った。
「あれって何や?」
「彗星拳だ。あれは相手だけでなく、周りにいる者までも巻き添えにしてしまう禁断の技。あいつ、それを知ってて使うのか!?」
「な!?そんな技を持っとるんか!?」
英次は目を開けたときに孝太郎の右腕を見て少し驚いた。だが、それでも深呼吸をしながら全身からオーラをほどばしらせた。
「最大奥技、聖光拳(せいこうけん)!!」
英次は突進しながら右手のコークスクリューを放った。
「我流奥技の一つ、彗星拳・改(すいせいけん・かい)!!」
孝太郎は右腕にためた気を英次に向けた。
ぶつかり合ったとき、英次は右の手首を左手で押さえ、爆発的に気を放出した。
翔は自分たちに衝撃が来ることを恐れていたが、ぶつかり合っても衝撃がこないことに不思議に思いながら見てみると、孝太郎の手は英次に向けてボールを持ってるときのように開かれていた。どうやら手を広げることで衝撃が広がるのを防いでいるみたいだ。
二人はそのまま動かなかったが、しばらくして爆発の音と衝撃が広がり、周りには少し強めの風が当たったぐらいだったが、孝太郎は両腕をクロスさせた状態で硬直しており、英次はストレートを繰り出したような体制で孝太郎の後ろにいた。
「な、なんて威力だ…まさか、彗星拳に対抗できるなんて…」
「聖光拳を防いだのは、孝太郎さんが初めてだよ。でも…これが、限界…」
二人は独り言を呟くように言った後、同時に倒れた。
「孝太郎!」
「英次!」
翔といつの間にか来ていた仁美が孝太郎と英次に駆け寄り、保健室に運ばれた。
「う…うん…ここは?」
夕方頃になり、目を覚ました孝太郎が見慣れない部屋で体を横にしたまま呟いた。
「英次君たちが通ってる学校の保健室よ」
呟きに応えるかのように語りかけた声がした方に振り向くと、そこにいたのは…
「沙羅…いつからそこに?」
「日向君から連絡を受けてね。日向君は空手部の顧問の先生に呼ばれて帰っていったわ」
「そうか…で、英次君は?」
「仁美さんに家に運ばれていったわ。それと、京都のお婆ちゃんが来たの」
「へぇ、新幹線でも二時間以上するのに一人でよくこれたな…」
「感心してるのはいいけどね、孝太郎君に伝言して京都に戻っていったわ」
「伝言?」
沙羅は内容を簡単に言った。春江は孝太郎たちの高校の校長と昔からの友人であり、校長室に行ったとき、いつも部屋に飾ってあった正宗がないことに気付いて聞くと、孝太郎の手に渡ったことに驚いた。
そして、孝太郎にいつでもいいから京都に来て、そのときに正宗を持ってきてほしいとのことであった。
「正宗…か…」
「噂で聞いたんだけど、学校がよく狙われた理由はその正宗にあったらしいの。本物ってことで、売ればかなりの金になるそうよ」
「だろうな…昔のもので、しかも名刀となれば、それなりに価値はあるからな」
そう言ってため息をついた。
「もう一つ、英次君の聖光拳って言うのかな?その技だけど、お婆ちゃんから聞いた話によれば、英次君の強さの源になる『絆の力』を使ったもの。平たく言えば『慈愛』だって」
「そうか…もしかしたら英次君は、今回の戦いで俺に伝えたかったのかもしれない。俺はずっと気になってた。彼がなぜ強い相手に対して楽しむ心で戦えるのか…聖光拳はその答えだったのか…」
言い終わっていろいろ考えながら体を起こす。どうやら疲れはほとんどないみたいだ。
「もう大丈夫なの?」
「まぁね。で、晩飯どうする?」
「どこかで食べて帰ろう?」
「そうだな…とっとっと」
沙羅の笑顔に応えるように承諾し、ベッドから降りて立ち上がろうとしたとき、頭がふらついて少しよろけた。
「大丈夫?」
「あぁ…たぶん寝過ぎたかな?」
二人は学校を後にし、喫茶店で食事をして、孝太郎は聞きたいことがあったので英次に会いに行った。もちろん、沙羅も一緒である。
家の前に行き、インターホンを押す。
「はい、どちらさまですか?」
インターホンのスピーカーから声がする。どうやら律子みたいだ。
「海原です。英次君はいますか?」
「英次君はベッドから起きるだけで精一杯みたいなの。だから上がってくれる?」
「わかりました。沙羅も一緒です」
「OK」
少しして玄関が開き、律子が顔を出して二人を招きいれた。
沙羅は仁美の部屋に行き、孝太郎は英次の部屋に行った。
「かなり疲れてるみたいだな?」
「うん。あの技は俺にとっては諸刃の剣だから…」
「それを知ってて使ったのは、俺に伝えたいことがあったからだな?」
「うん。どうやら伝わったみたいだね」
「まぁね。英次君は楽しむ心と絆の力でどこまでも強くなれるみたいだけど、その絆って誰との絆なんだ?」
「仁美や姉ちゃん、友人の誠司。それに孝太郎さんたち…あとは、亡くなった両親といったところだよ」
「亡くなった両親?」
「うん。両親はもういないけど、それでも絆で繋がっているんだよ」
「そっか…生きてる人だけじゃなく、あの世の人たちとの絆も…それが君の力の源か…」
孝太郎は少し考えてあることを悟り、英次に気を送って疲れを癒した。
「<へぇ、気孔術かぁ…>あ、しまった」
英次は感心したが、つい中国語を口にしてしまった。だが…
<え!?中国語、喋れるのか!?>
孝太郎は驚いてつい自分も中国語で話した。
<う、うん…修行で中国に行ったことがあったから>
<奇遇だな。俺も中学のときに拳法の修行で行ってたことがあったんだ。気がついたらこんなに喋れるようになってたよ>
この後はみんなでいろいろと雑談を交わし、孝太郎と沙羅は真月町に帰っていった。
が、その途中で不気味な内容を聞いた。
「そういえば、英次君のホラー恐怖症は少しは軽くなったのかな?」
孝太郎が何気なく口にすると、沙羅は少し顔を青くした。
「そ、そのことなんだけどね…」
「どうした?少し顔が青いぞ?」
「仁美さんから聞いたんだけど、孝太郎君がプレゼントしたホラー小説を最初の頃はびくびくしてたのに、いつからか笑って読むようになったんだって…」
「わ、笑って…」
孝太郎も少し顔が青くなった。
「川井先生たちも実際にそれを見て青冷めたらしいわ」
「少しでも恐怖症が治ってくれればと思ってやったことなんだけど、まさかホラーまでも楽しんでしまうなんて…」
二人は思った。“英次の楽しむ心、恐るべし”と…。
その次の週の金曜日。孝太郎はいつものように学校に来て、屋上で金網越しに外を見ていた。
と、そこへ一人やってきた。
「青島さんか。どうした?」
孝太郎は気配を感じて振り向くことなく聞いた。声をかけようとした留美は振り向かずに自分だとわかってしまったことに少し動揺していた。
「う、うん。教室で日向君に聞いたら、ここにいるって聞いて…実は、沙羅ちゃんが風邪で休んだの」
「そっか…って、じゃぁ今日の俺の昼飯はどうなるんだ!?」
孝太郎は最初は特に気にしてなかったが、昼になったときのことを考えて戸惑った。
「それなら先生が持ってきたらしいわ。昼休みになったら職員室に来るようにって」
「わかった」
留美は何もなかったかのように教室に戻り、孝太郎はしばらく残っていたが、朝のHRの始まりのチャイムがなったので教室に戻った。
いつの間にか昼休みになり、孝太郎は弁当を受け取るために職員室に行った。
そして、職員室に入り、孝太郎は京子から弁当を受け取ったが、去ろうとしたときに肩を掴んで止められた。
「せっかくきたんだから、一緒に食べようよ」
「う〜ん…ま、いいか…」
京子は断られるのを承知の上で誘ったが、断られなかったことに少し驚いた。
丁度テーブルが空いてたのでそこで二人で食べることにした。
「沙羅、風邪だって聞きましたけど?」
「うん。熱が38度ぐらいあってね」
「ここ最近、歩き方がぎこちなかったから何か変だと思ってたんです。原因はそれだったのですか…」
「ふ〜ん。何だかんだいって、沙羅のこと見てるんだ。やっぱり彼氏はそういうことに鋭いわね」
「彼氏じゃないですよ。告白もしてないってのに…」
これを聞いて京子はガクッとなった。
この後はあっという間に時間が過ぎて放課後になった。
孝太郎はいつものように部活のために武道館に向かい、拳法着に着替えて部員たちと手合わせをやっていた。
そこへ中国拳法部の顧問教師であり、孝太郎のクラスの担任である城崎 寥(しろさき りょう)がやってきた。
「おーい海原、矢神先生が呼んでたぞ」
「何だろ…?」
丁度休憩に入っていたので京子のいる体育館へ行った。
「矢神先生、何か用でしたか?」
「うん。今日なんだけど、帰りが遅くなるから沙羅の様子を見てもらえないかと思ってね」
「それなら、青島さんに頼んでもよかったんじゃないですか?」
「それがねぇ…留美ちゃんも何か用事があるみたいなの」
「だから俺に頼んだと…」
「うん。兄さんも遅くなるって言ってたから」
「わかりました。部活が終わったら行きます」
「それだけど、できれば今から行ってほしいの。あの子、凄く寂しがりやだから」
「…一応、城崎先生に聞いてみます」
孝太郎は一度その場を後にし、武道館に戻って城崎に事情を説明すると、城崎は早退を許可し、孝太郎は着替えた後に京子から合鍵を受け取って学校を後にした。
孝太郎はいつの間にか沙羅の家の前に来ており、合鍵で玄関を開けて入ると内側から鍵を閉めた。
(許可をもらって入ったんだから不法侵入にはならないよな?)
そんなことを思いながら沙羅の部屋に足を進める。前に来たことがあったために家の中は把握していた。
部屋の出入り口前で立ち止まり、ドアをノックした。
「空いてるよ…ックシュン!」
どうやら起きているみたいだ。孝太郎はノブをゆっくりと回し、ドアもゆっくりと開けた。
「え!?孝太郎君!?ど、どうして!?」
沙羅はベッドの上で起きており、孝太郎の姿を見ると思いっきり驚いた。
「先生に頼まれてな…調子はどうだ?」
「お世辞にもいいとは言えない」
「そうか…何か食ったのか?」
「お腹は空いてるんだけど、頭がフラフラして…」
「仕方ないか…ちょっと待ってろ。お粥作ってきてやる」
「料理できるの?」
「前に翔が風邪で寝込んだときにも作ってやったことがあるんだ。あと、雑炊とかおじやも作れる」
「へぇ…」
孝太郎は台所に向かい、お粥を作っているうちに電話が鳴った。
(この場合、聞き慣れた声の人じゃないと泥棒に思われるんじゃないか?)
そう思い、火を止めて受話器をとって声を変えて言った。
「はい、矢神です」
「え!?に、兄さん!?」
電話越しに京子は驚いた。孝太郎は恭平の声真似をしたのだった。
「いいえ、俺です」
声を戻して正直に言うと、受話器の向こうでゴン!という少し重みのある音が響いた。
「何か聞こえましたけど?」
「な、何でもないわ。それより、沙羅はどう?」
「起きてましたけど、立ち上がることはできないみたいでして…だから俺がお粥を作ってます」
「へぇ…じゃぁ看病お願いできるかな?」
「できる限りのことはします。病人と知ってて放って置くわけにいきませんから」
「そうね。じゃぁ切るね」
「はい」
お互いに電話を切り、孝太郎は調理に戻り、出来上がったお粥をお盆に乗せて沙羅の部屋に行った。
「わりぃ。電話長引いて…」
「いいよ。きっと姉さんでしょ?」
「よくわかったな。ほれ」
そう言いながら鍋のお粥を小鉢によそって渡した。
「ありがとう。まぁ何となくね」
「先生には看病を頼まれたし、俺も沙羅が病人だって知ってて放って置くわけにいかないからな」
「へぇ、義理堅いのね」
「そうじゃないさ。知ってて知らぬふりでいたら、後味が悪すぎるだけさ」
これを聞いて沙羅はクスッと笑い、お粥を一口食べた。
「美味しい、料理得意なんだ」
「そうでもないさ。他にはチャーハンも作れるけど、それ以外は全然駄目だから」
(だけど、どうしてこんなことを…?)
孝太郎は日記にも書いたことがないことを自分の口から話す自分がいることが気になっていた。
やがて、京子が帰ってきたので孝太郎は沙羅の看病を交代して帰っていった。
京子の額が少し赤かったのは余談だ。
その2日後の日曜日。孝太郎は翔に一言言って、生まれ故郷である群馬の草津に行った。
<あとがき>
英次との手合わせ。
そして、英次が最大奥技で孝太郎に伝えたもの。
数日後の孝太郎の看病。
次の日、孝太郎は生まれ故郷で何をするのか?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。