第18話

「合宿での出来事」

全員が一つの部屋に集合し、京子からスケジュールを聞いた後、孝太郎は一人で65キロの砂袋を背負って出かけた。
やがて、神社の100段はあるかという石段を目の前にし、特に気にするわけでもなく登った。ちなみにバンダナは外している。
上りきったとき、孝太郎の目の前には孝太郎と同い年ぐらいの女の子が二人いた。一人は普段着。一人は巫女服である。
「誰!?」
普段着の女の子が振り向き、竹刀を構えた。巫女服の女の子は手に持っているほうきを強く握っている。
「小林夏目、真田歌穂。俺の顔を見忘れたか?」
そう言いながら額にバンダナを巻いた。
すると、二人の緊張が解けていく。
「な、何だ…海原君だったの…」
「もう、脅かさないでください」
「そっちこそ、いきなり竹刀を構えるかよ?」
「う…」
夏目は少し表情を曇らせる。が、
「でも、暴れん坊将軍の真似、様になってましたよ」
「よかった。一度真似してみたかったんだ」
歌穂がはぐらかすように言い、少し場が和んだ。
が、そこへ乱入者(?)が現れた。
「はぁ、はぁ、こ、孝太郎…探したぞ」
走って上ってきたのか、息を切らした翔だった。
「翔、そんなに慌ててどうした?」
「これが慌てずにいられるか!旅館に刀を持った連中が乱入してきて、矢神さんが人質に取られたんだ」
「な!?沙羅が!?」
翔が荒い息をしながら言うと、孝太郎たち3人は驚いた。
「放してほしいなら正宗を渡せって言ってきた。矢神さんの命が危なくなることもあって仕方なく渡そうとしたけど、お前のバッグになかったぞ。どこにやった?」
「こうなることを予想して別の場所に隠したんだ。沙羅が人質にとられたのは予想外だったけどな。俺は行くけど、お前はそこで少し休んでろ」
孝太郎はそう言って駆け出し、飛び上がって手すりに乗って滑るように降りていく。翔はただ驚くばかりであった。
「あいつ…」
「半年前も同じようにすべり降りていったわ」
「私もなっちゃんも驚きました」
「そうか…あ、自己紹介してなかったな。俺は孝太郎の中学のときからの親友で日向翔だ」
「初めまして。私、真田歌穂です」
「私のことは知ってるからいいよね?」
夏目が言うと、翔は何も言わずに頷いた。

「何てことだ。こんなことなら…」
孝太郎は内心焦っていた。殴り込みをされるだけならまだしも、沙羅が人質に取られるとは…。
(くそぉ…神社に沙羅も連れて行けばよかった)
自分の失態を悔いながら旅館へと走る。砂袋は神社の境内に置きっぱなしだ。

やがて、旅館に着き、中に入ろうとしたが、玄関に立っていた男が刀を振り回してきた。
だが、孝太郎は左手で相手の手を掴んで動けなくさせ、右の裏拳を額に当てて気絶させ、刀とベルトがついた鞘を奪い、ベルトを自分の腰に巻いて中に入った。
「侵入者だ!!一歩も入れるな!!」
中に入るなりいきなり一人の男が大声を出して呼びかける。すると奥から大勢の男が駈けてきた。
「お前は青い龍!丁度いい、この刀でお前を血祭りに上げてやる」
全員が刀を構える。そんな中で孝太郎はゆっくりと武士のように構えた。
「死にたい奴からかかってきな」
孝太郎が低い声で言うと、相手は怒って刀を振り回しながら襲い掛かった。
だが、孝太郎は怯えることなく相手の攻撃を弾いてすぐに峰の部分を当てて気絶させる。
それを何度も繰り返し、ついには襲い掛かってきた全員が気絶して倒れた。
廊下を歩いていき、角を曲がると一本道になっており、真っ直ぐ進んでその先にある曲がり角を行けば道場に行くのだが、その途中にいくつか部屋がある。孝太郎は異様な気配を感じて立ち止まると刀を鞘に納め、ポケットから10円玉を1枚取り出し、それを指で弾き飛ばして床に落とすと、その音がした途端に左右の部屋から大勢の男が出てきた。
「おらぁ!!!…あれ?」
全員が襲い掛かろうとしたが、そこに孝太郎はいなかった。
「やはり待ち構えてたか…これでも食らえ!!」
そう言いながら右腕全体に気を集め、彗星拳・改を仲間の一人の背中から当てると、その場にいた全員が吹っ飛んだ。
そのあと、部屋を見てみると、左の部屋で春江が戦っており、何人か倒していた。
「ここはわしらに任せて、お主は早く道場にいきなされ。首領はそこにおる」
「わかりました。でも、右の部屋は…」
その先を言おうとしたが、京子が入ってきて言った。
「こっちも大丈夫よ。何人か廊下に出たおかげで頭数がかなり減ったわ。後は沙羅を人質に取ったリーダーを倒すだけよ」
「そうですか。じゃぁ後方の援護お願いします」
そう言って孝太郎は道場のほうに駆けていく。

「まるで現代の素浪人・月影兵庫じゃの」
「それは言えますね。大勢の相手を一人で…」
春江と京子は微笑んで話していた。ちなみに留美は翔と一緒に孝太郎を探しに出かけてまだ戻っていない。

「お前には役に立ってもらうぜぇ。へっへっへ」
道場では、沙羅を人質に取ったリーダーが縄で縛られた沙羅に刀を向けて不適に笑っていた。
沙羅は怯えて声一つ出せないみたいだ。
「ぐあ!」
手下の一人が道場に吹っ飛んできた。
「な、誰だ!?」
突然の出来事にリーダーは驚く。
「来たのね…もうみんなお終いだわ」
「ナメるな!こっちにはお前という切り札があるんだ」
沙羅が不適な声で言うと、リーダーは沙羅を無理矢理立たせて沙羅の後ろに立つ。
「その切り札も意味がないと思うんだな」
そう言いながら孝太郎が道場に入ってくる。右手には刀が握られていた。
「やっときたか、青い龍。この女を返してほしかったら、その正宗をこっちによこせ!」
「その前に沙羅を放せ。傷一つでもつけたら、この刀でお前の首を吹っ飛ばす」
そう言いながらおもむろに刀を構えた。
「そんな脅しに乗ると思うのか?こっちは刀を渡してくれたら女を返すって言ってるんだ。こっちの言うとおりにするんだな」
そう言って沙羅の首を腕で少し強く締める。
「うっ」
「言ったはずだぞ?沙羅に傷一つでもつけたら、この刀でお前の首を吹っ飛ばすってな…言い忘れてたけど、脅しじゃなくて本気だぜ?…こんな感じでな」
孝太郎はダッシュしたと思うと、一瞬でリーダーと沙羅の視界から消えた。
「な!?どこに行った!?」
「この場合、大抵は後ろね」
「沙羅の言うとおりだ」
リーダーが驚き、沙羅が落ち着いた声で言うと、孝太郎の声が聞こえ、リーダーの首に刀が突きつけられていた。
突然の出来事にリーダーは驚いて沙羅を放した。
「い、いつの間に!?」
「そんなことはどうでもいいだろ。とにかく、そっちは沙羅を放したんだ。約束どおりにこれは持っていけ」
そう言いながら刀を鞘に納め、ベルトを外してリーダーに投げて渡した。
それを見て沙羅とリーダーは驚く。
「そ、そうか…まぁこいつが手に入ればそれでよかったんだ。これであの暗黒竜の側近になれるぜ」
リーダーが気を取り直して言うと、孝太郎は驚いた。
「お前、暗黒竜の仲間だったのか!?」
「仲間なんて大げさなもんじゃねぇよ。そいつにお前が持ってる正宗を奪ってきたら側近として迎えてやるって言われたからな」
「そうか…警察が来る前に失せろ」
孝太郎はそれだけを言ってリーダーに背を向け、沙羅の縄を解いた。
リーダーは拍子抜けした思いをしながらその場から去った。
「あ、ありがとう…」
沙羅はしばらく腰を抜かしていたが、立ち上がって礼を言った。
「暗黒竜…」
孝太郎はどこか遠くを見た感じで怒りを込めたような表情だった。
「どうしたの?その暗黒竜って誰なの?」
「格闘界の裏の帝王で、「暗黒竜」の異名を持つようになってからは裏世界で行われているアルティメット大会で連続優勝してるんだ。勝つためなら手段を選ばない残虐非道なやつだ。相手が誰であろうとおかまいなしにな…(だけど、まさかあいつが…)」
「そんな人が表に出てきたら…」
沙羅は怯えた口調で言った。
「沙羅の言うとおりだ。そいつが表に出る前に止めないと大変なことになる」
「でも、正宗を持っていかれちゃったね」
「あれか…さっき渡したのは、玄関で待ち構えてたやつを倒したときに奪ったなまくら刀だ。正宗はまだこっちにある」
これを聞いて沙羅は少し安心したみたいだった。
「さすがね。脅しに乗るどころか、逆に脅して…しかも偽物を渡すなんて…」
こうして旅館での騒動は片付き、気絶している連中は警察に御用になった。

一方、その頃。留美はまだ孝太郎を探してあちこち走っていた。
そうしているうちに石段とその奥に神社が視界に入り、面倒に思いながらも石段を登ろうとしたが、上を見たとき、翔が降りてきた。
「あ、青島さん」
「日向君…ここにいたの…海原君は?」
留美は疲れ果ててその場に座り込んでしまった。
「孝太郎は見つかって旅館に走ってったぜ」
「そう…よかった…でも、どうして沙羅ちゃんを連れて行かないのよぉ?」
孝太郎のことを翔が説明し、留美は安心したが、同時に疑問を口にした。
「少しづつだけど矢神さんの想いに応えようとしてるみたいだ。だけど、あいつはまだ一人になりたがる癖が治ってないんだ」
言いながら留美の隣に腰を下ろした。
「まだまだ時間がかかりそうね。沙羅ちゃんも苦労が絶えないわね」
「だけど、孝太郎を絶対に振り向かせるっていう意思は固いみたいだし、俺たちがどうこう言えるわけじゃないしな」
「そうね…それに私たちも一歩進んでもいいんじゃない?」
「一歩って?」
留美の顔を見ながら聞いた。
「せめてお互いに名前で呼ぼうよ。いつまでも苗字のままじゃぁ何も変わらないから」
「そうか…じゃぁ留美さんでいいかな?」
「う〜ん…私は前々から翔って呼びたかったのに…」
これを聞いて翔は少し顔を赤くする。
「な!?」
「だから翔も私のことは呼び捨てにしてよ」
「わ、わかったよ…留美…!」
翔が留美を呼び捨てにした途端、留美は間を空けずに翔の首の後ろに両手を回して引き寄せ、翔の唇を自分の唇で塞いだ。
しばらくして唇は離れた。だが、そこへ第3者の乱入(?)があった。
「へぇ〜…お熱いことで…」
夏目だった。声を聞いて二人はぱっと離れ、顔をこれでもかというぐらい真っ赤にする。
しばらくして気を取り直して、3人で旅館へ帰っていった。
が、その途中で夏目があることを思い出した。
「そう言えば、海原君が背負ってた砂袋、まだ境内に置きっぱなしだった」
「後で孝太郎に取りに行かせたほうがいい。最近あいつ65キロに増量したからな」
「どうやったら自分の体重より重いものを軽々と背負えるのよぉ?」
翔も夏目もわからないとジェスチャーで示した。

歌穂は石畳に置きっぱなしの砂袋を持とうとしたが、あまりの重さに引きずることもできなかった。
「う〜…重すぎです。いっそのこと、漬物の重石の代わりにでもなればいいのですが…でも、この重さだと樽が壊れますね。でも漬物を入れるときって、どうして樽なのでしょうか?短いドラム缶でもいいと思いますが…」
こんなことを誰もいないところで言ってるとは誰も思わないだろう。

旅館では、中にいたみんなで掃除をしていた。襲ってきた連中は土足で上がりこんだためにあちこちに土が散らばっていた。
「あ〜あ…上がりこむなら靴ぐらい脱いでいけよなぁ」
「そうねぇ。殴りこみにしても、必要最低限の礼儀は守ってほしいわ」
孝太郎が愚痴ると、沙羅は相槌を打った。
「そう言えば、2月頃に修学旅行があるって姉さんから聞いたわ」
「修学旅行か…」
「よかったら、一緒に行動しない?」
「ま、考えておく」
こんなことを話しているとき…
「ほらほら、話ばかりしてないで体動かしなさい」
京子が突っ込むように言った。
「にしても青島さんはどこまで俺を探しにいったんだ?翔もそろそろ帰ってきてもいいはずだぜ?」
「誰のせいでこうなったと思ってるの?!出かけるときは誰かに一言言ってからにしなさい!」
孝太郎の愚痴に京子は反論した。
「そうします。でも、一人になりたいときは先生や沙羅には絶対に言いませんから」
「「どうしてよ!?」」
二人は同時に抗議した。
「絶対についてくることがわかってるからです。今までの経緯からしてそうなるでしょうから」
孝太郎はそう言って二人の前から去り、別の部屋の掃除を始めた。
「振り向かせるにはまだ時間がかかりそうね?」
「仕方ないわよ。まだ心の傷が塞がってないから。きっかけを与えるのは私の役目でも、傷を癒すのは私じゃないから」
京子と沙羅は孝太郎がいたところを見ながら話していた。
「どういうこと?」
「孝太郎君自身の気持ちの持ち方よ。私にできるのは過去を乗り越えるきっかけを与えること。傷を癒すのは最終的には孝太郎君自身なの。だから、私は傍にいるだけ。孝太郎君が経験した過去は、孝太郎君自身が乗り越えなければいけないから」
「へぇ…よく理解してるみたいじゃない」
「友達から教えてもらったことだから…」

(これじゃぁだめだってことはわかってるんだ。けど、みっちゃんのことをどうにかしない限り、俺は沙羅の気持ちに応える事はできない…)
こんなことを考えながら一人で掃除をしていた。
そこへ夏目たち3人が帰ってきて早速掃除を始めた。
掃除が終わり、孝太郎は沙羅にすぐ戻るといって神社に砂袋を取りに行ったのは予断である。

「龍よ、今から正宗を持ってわしについてきなされ」
昼になり、春江が孝太郎を呼んだ。
「わかりました。でも、沙羅は…」
「お主だけしか来ることは許さん」
春江は厳しく言う。孝太郎の横にいた沙羅は少し悲しそうな顔をした。
「じゃぁ少し待っててください」
孝太郎は沙羅とその場を離れ、翔たちに事情を説明して沙羅を任せ、隠しておいた正宗をもって春江のところに戻った。
「では、行くとするかの」
春江はそれ以外何も言わずに歩き出し、孝太郎は黙ってついていった。

数分後、二人がついたのはとある一軒家だった。
「ここに何が…?」
「今にわかる」
孝太郎は呟いたが、春江にははっきりと聞こえたみたいだ。
春江は家のドアをノックすると、中から一人の老婆が出てきた。
「おや、春江じゃないか。どうしたんだい?」
「早速じゃが、あのじじいは元気にしとるのか?」
「じいさんならしぶとく生きとるよ。ま、立ち話もなんじゃから入りなされ」
老婆が招き入れ、二人はついていった。
そして居間にいくと、老婆と同い年ぐらいの男が座っていた。
「なんじゃ、まだ生きておったのか?」
老父は春江を見るなりいきなり愚理を言った。
「お主こそ、そのしぶとさをもっと他の事に活かそうとか思わんのか?」
「ふん。どうしようがわしの勝手じゃ」
老父と春江のやり取りを見て、孝太郎は笑いをこらえるのがやっとだった。
「ところで、後ろの青年は?」
「あぁ、忘れておった。こやつの持つ刀を鍛えてもらおうと思ってな」
春江が言うと、老父は目を光らせた。孝太郎はそれを見て一瞬ぞっとする。
「そうか…腕が鳴るわい。それをもってついて来るがいい」
老父は立ち上がって歩き出し、春江と孝太郎は後についた。

案内先は鍛冶場だった。
「まさか、お爺さんは…」
「そう。こやつはわしも認める凄腕の刀鍛冶じゃ。少々捻くれとるのが欠点じゃがの」
「そう言うお前こそ捻くれ者じゃろうが。青年よ、その刀をこっちに」
老父が言うと、孝太郎はボロ布を解いてベルトつきの鞘と一緒に正宗を渡した。
老父はそれを受け取り、鞘から出してしばらく眺め、刃を引き抜くと、砥石でこすり始めた。
が、しばらくして首を横に振って研ぐのをやめた。
「どうしたんじゃ?」
春江が気になって聞いた。
「だめじゃ…今までいろんな刀を研いできたが、こやつはわしを拒絶しておる。青年よ、お主が研いでみてくれんか?」
「俺が…ですか?」
孝太郎が聞くと、老父は頷き、孝太郎に研ぎ方を教え、孝太郎は教えられたとおりに研いで見た。
「やはりな…」
「どうしたんじゃ?」
老父の独り言に春江が聞く。
「あの刀は青年を持ち主として認めたのじゃ。前にそうさせるきっかけがあったのじゃろう」
「俺は以前、この正宗を使って守るべき人のために戦ったことがありました。きっかけはそれでしょうか?」
「おそらくな。でなければその刀が、刃物が持つことがない慈愛の気持ちを持つなんてことはない」
「物にも魂は宿る。刀もその一つ。心を開けば誰しも刀と語り合い、助けを請うことができると聞いたことがあります」
孝太郎は言いながらも手を止めなかった。
「お主は今、その刀と語り合っとるように見える。刀から発せられとる気のようなものが、お主を優しく包んでおる」
(俺が考えてるのは、この刀は相手を倒すことじゃなく、守るべき人のために…だけど、できることなら、校長先生に言ったように、鞘に納まったままであってほしい…)
孝太郎は色々考えながら研いでいた。
老父は孝太郎の目から、優しさと悲しみを感じていた。
「青年よ。お主はこの刀についてわしらですら知らぬことを知ってるようじゃな?」
「さすがですね。実は、前の持ち主である俺が通ってる学校の校長先生から、ある事実を聞いたのです」
孝太郎は老父と春江に校長から聞いたことを語った。


<あとがき>
夏目と歌穂の前で暴れん坊将軍のまねをした孝太郎。
だが、そのすぐ後に翔がやってきて事態が急変する。
旅館に戻り、暗黒竜の配下に人質に取られた沙羅を無傷で助け出す。
春江の紹介で知り合った凄腕の刀鍛冶。
しかし、正宗は孝太郎しか受け入れなかった。
次回、孝太郎の口から正宗に関する真実が。
はたして、正宗に関する真実とは…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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