第20話
「Open The Heart」
真木野との決闘から1時間ほど過ぎた。
京子たちは道場で組み手などをやっているが、その中に孝太郎と沙羅がいなかった。
孝太郎は真木野との決闘で倒れてからまだ目を覚ましてない。
医者の話によれば、消耗した体力を取り戻すために冬眠状態になったとのこと。
しばらくすれば目を覚ますことを知ってみんなは安心した。
そして、沙羅は孝太郎が目を覚ますのを待ちながら孝太郎の頭を膝枕しており、優しく微笑みながら孝太郎の頭を撫でていた。
「う…うん?…ここは…」
しばらくして孝太郎がゆっくりと目を覚ました。
「目が覚めたみたいね」
「沙羅…まさか俺が寝てる間、ずっとそうしてたのか?」
聞きながら体を起こす。沙羅は何も言わずに頷いた。
「そうか…真木野たちはどうなった?」
「トラブルを起こして追放された4人は警察行き。会長は寝てる間に空手部の顧問の先生が学校に連れ戻していったわ」
これを聞いた後、孝太郎は立ち上がって体の調子を確かめた。どうやら少しだるい以外何ともないみたいだった。
その少し後に沙羅も立ち上がる。
「ねぇ、少し散歩しない?」
「う〜ん。ま、いいか。体慣らしにいいかも」
この後、沙羅は孝太郎が目を覚ましたことを春江に伝え、二人で散歩してくると京子に伝えて外に出た。
孝太郎と沙羅は無意識に手をつないだ状態で歩き回っていた。
そうしているうちに神社を見つけ、二人で石段を登った。
そして、上りきったときには孝太郎は平然としていたが、沙羅は荒い息をしていた。
「それぐらいでへこたれるなよ」
「だ、だって…この石段長すぎよ〜」
孝太郎が言うと、沙羅は地面に手をついて言った。
「お茶をどうぞ」
タイミングよく歌穂がお茶を持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
沙羅は荒い息のままで歌穂に礼を言い、お茶を飲んで一息ついた。
「でも、相変わらず荒い息一つしないですね」
「まぁね。あの砂袋を背負ってれば嫌でも体力つくから」
「二人とも、知り合いなの?」
二人のやり取りを見て沙羅が聞いた。
「あ、自己紹介してませんでしたね。私、なっちゃんこと小林夏目ちゃんの友達で真田歌穂といいます」
「小林さんの…私、矢神沙羅です」
二人が自己紹介していると、孝太郎はいつの間にか賽銭箱の前にいた。
「もう、一人でお賽銭いれないで…どうしたのですか?」
沙羅は立ち上がって孝太郎のところに行こうとしたが、歌穂が止めた。
「ああしてると、必ず襲われるのです」
「襲われるって、誰に!?」
沙羅が驚きながら聞くと、歌穂は無言で孝太郎を見ていたので、沙羅も何も聞かなかった。
孝太郎は10円玉を指で弾いて賽銭箱に入れると、それを合図したかのように竹刀が正面から飛んできた。
だが、驚いたのは沙羅だけで、孝太郎はものともせずに竹刀を受け止めた。が、そのすぐ後に夏目が横から襲い掛かり、竹刀を縦に振り下ろした。
だが、孝太郎はそれをわかってたかのように持っていた竹刀を振り回して夏目の竹刀を弾いたが、夏目は先読みしたかのように竹刀を手放して飛び蹴りを当てようとしたが、孝太郎は合気道のように受け流したために夏目は孝太郎の頭の上を通り過ぎて背中から地面に落ちた。
「いたたたたた…」
「どんなやり方で来ても一緒だ。ったく、ここでお参りすると必ず襲ってくるなぁ。そのうち「襲撃注意」の看板が立つぞ」
この二人のやり取りを見て沙羅はくすくすと笑った。
「はぁ〜…何度やっても勝てないわねぇ」
「勝つことに拘り過ぎだ。そうなると焦って自分を見失うだけだ」
夏目は体を起こしながらため息をついて愚痴り、孝太郎は助言(?)をした。
この後は4人で雑談を交わし、少しして孝太郎と沙羅はその場を去った。
そのときに孝太郎が手すりに乗って滑り降りていったのを見て、沙羅が驚いたのは言うまでもないだろう。
色々話しながら歩き回り、誰もいない海岸を見つけて二人は砂浜にいた。
しばらくは何も言わず、海風に髪をなびかせていたが、そこへ声がかかった。
「あれ?沙羅ちゃんじゃない?」
女性の声が聞こえたので振り向くと…。
「え?あ、月山先輩!」
沙羅は心底驚いていた。孝太郎はただ頭に?を浮かべるしかできなかった。
「武道大会で会って以来ね。横にいるのは彼氏?」
「告白されてないのなれるわけないですよ。あ、孝太郎君、紹介するね。前の高校にいたときの先輩で月山 知枝(つきやま ちえ)さん」
知枝は沙羅をからかうかのように聞いたが、沙羅は冷静に対処して孝太郎に紹介した。
「おーい!知枝!勝手に走っていくなよ!」
少しして、20代前半と思わせる男が駆け寄ってきた。
「あ、ショーちゃん。ゴメーン後輩の姿を見たからつい…」
知枝は頭をかいて舌を出しながら言った。
「ったく…ん?この二人は?」
「友達の妹に紹介してもらった矢神沙羅ちゃん。横にいるのは沙羅ちゃんの同級生の海原君」
「初めまして。海原孝太郎です」
「へぇ、君が英次君が言ってた青い龍の…私は佐村 翔(さむら しょう)」
「し、翔!?」
佐村が自己紹介すると、孝太郎は心底驚いた。
「ん?私の名前に何かあるのか?」
「い、いえ、俺の親友にも翔ってのがいますので…」
「赤い虎って言われてる日向君だろ?武道大会で見たよ。決勝戦で英次君と対等に渡り合うんだから凄かったよ」
「私とショーちゃんは観客席で見てたんだ。本当に凄かったよ。英次君は3回戦ぐらいで沙羅ちゃんと対戦したけど、沙羅ちゃんは震えてて、それを見た英次君は沙羅ちゃんをくすぐってね…」
知枝は英次のことをあれこれと語り、終わった頃に孝太郎が聞いた。
「俺の異名を知ってるってことは、何か武術をやってるのですか?」
「空手だよ。とは言っても、護身術程度だけどね。そう言えば、君はいなかったね?」
「体調不良でして…もともと出る気がなかったから都合がよかったかもしれませんが…」
「ふ〜ん。ま、今度出ればいいじゃない」
孝太郎の後ろ向きな発言に、知枝は笑顔で言ったが…。
「今度…ですか…」
孝太郎はそう呟いて俯き、頭をかいた。
「どうしたの?」
いつもと少し違う孝太郎の態度に沙羅は気になって聞いた。
「い、いや…ちょっと思い出してしまって…」
「何を?」
沙羅が聞こうとしたことを知枝が聞いた。
孝太郎は自分の過去のことを話した。
「どことなく、月山さんの仕草とかが似てるんです。いつまでも引きずってたらだめだってわかってても、忘れられなくて…」
「そうなんだ…でもね、無理に忘れる必要はないと思うよ」
「え?」
意外な返事だったのか、孝太郎は顔を上げて聞いた。
「その子は幸せね。死んで10年近くになるのに海原君に覚えててもらえて。普通なら2・3年ほどしたら他の子と一緒になってるのに」
「…」
「今は今ある想いに身を任せるのがいいと思うよ。簡単には振り切れないでしょうけど、その子のことを大切にしながらでも前に進んでいくのが一番だよ。私がその子の立場になったら、私のことは気兼ねせずに自分の思ったとおりの幸せを掴んでほしいって思うなぁ」
「そうですか…(もし…)」
「えらく説得力のあることを言うんだな」
孝太郎が考えている中で、佐村が聞いた。
「私はつい自分のことと考えて話してしまうから…」
「ふ〜ん。ま、いいか。そろそろ行くぞ」
佐村は孝太郎たちに背を向けて歩き出した。
「ちょっと、置いていかないでよぉ」
知枝はマイペースに歩く佐村を追いかけていった。
「…(いいのかな?…沙羅の気持ちを受け入れても…みっちゃんは…今の俺を見て、どう思うのかな?)」
孝太郎は色々考えながらふと空を見上げた。
沙羅は孝太郎の横でただ黙って見ていた。
「(この気持ちを整理しない限り、誰も好きになることはないな…)…!」
孝太郎が視線を正面に向けたとき、沙羅がいつの間にか目の前に立っており、沙羅は孝太郎の首の周りと背中に片方づつ腕を回して顔を近づけた。孝太郎の背は沙羅より少し低めだったので背伸びをする必要はなかった。
「ちょっとづつ、前を向いていけばいいわ。その最初の一歩として、せめて二人きりのときは、私のことを考えて」
孝太郎は沙羅の水晶のような瞳に吸い込まれていきそうな感じになっていた。
「…大好き…」
沙羅はそう呟いて孝太郎の唇をそっと塞いで目を閉じた。
孝太郎はただ硬直するだけだった。
しばらくして、唇が離れ、沙羅は孝太郎の耳元で呟いた。
「一人にはさせないから…私はずっと傍にいるから」
「どうして、俺にそこまでしようとする…?」
「好きになった人にはつくしてあげようって前から決めてたから」
「…」
この後は二人とも無言になり、しばらくして何も話すことなく旅館に戻った。
「よぉ、散歩はどうだった?」
道場に姿を現した孝太郎に翔が聞いた。
「まぁよかったんじゃないかな?海岸で佐村翔って人に会ったけど」
「英次君の知り合いの人だろ?俺も大会で会ったときは驚いたぜ」
こんなことを話している中、二人は荒々しい気配を感じたが、知らないふりでいた。
「俺もビビったよ…英次君も黙ってるなんて人が悪いなぁ」
「ま、言う間がなかったんじゃないかな?あ、そういえば今、英次君たちが来てるぜ」
「英次君たちが…英次君はいいとして、チンピラも一緒なんだよなぁ…」
孝太郎が言ってため息をつくと、
「誰がチンピラじゃあああああ!!!」
突然道場に怒鳴り声が響き、孝太郎と翔と春江以外の全員が驚いた。
「やっぱり来たか…懲りない奴だなぁ」
「まぁ、ちょっとは強くなってるんじゃないかな?大会で俺に強烈な一撃を食らわせたぐらいだから」
孝太郎がため息をつきながら言うと、翔が言った。
「この野郎!これでも食らえ!!昇竜拳(しょうりゅうけん)!!」
誠司が孝太郎に向かってダッシュし、間合いに入ったところで少ししゃがんでアッパーカットを繰り出したが、孝太郎はいつの間にか横に回避しており、誠司の腹に掌の一撃を当てて吹っ飛ばした。
「ったく、何度かかってきても一緒だってわかっててもやるのか?」
「当然や!わいはおんどれを倒すまで諦めん!」
誠司は怒鳴りながら起き上がり、またダッシュして爆裂拳を繰り出した。
孝太郎は以前のように全て掌に受け止めていた。そこへ誠司がアッパーを繰り出しながら横回転し、その上に遠心力を聞かせた昇竜拳を繰り出した。
「おっと。危ないところだったぜ」
孝太郎はアッパーを食らいかけて間一髪で回避して間を空けた。
「昇竜連牙(しょうりゅうれんが)も回避しおったか…けどな、ワイにはまだ奥の手がある!」
そう言ってまた孝太郎に向かってダッシュし、また昇竜拳を放ったかと思うと、その回転力を利用した回し蹴りを繰り出した。
「食らえ!!昇竜蓮華(しょうりゅうれんげ)!!」
孝太郎はアッパーを回避した後、回し蹴りの足を掴んで誠司の腹に掌の一撃を当てて吹っ飛ばした。
「ぐっ…痛みを感じさせんのは相変わらずやが、あのときよりも強ぉなっとるやないか」
「ま、あんたもちょっとは強くなってるんじゃないの?技のキレが鋭くなってるみたいだし…さて、今度は俺の番だ。今思いついた技を一つ伝授してやるぜ」
「伝授やと?…な!?」
誠司が聞き返すと、孝太郎がいつの間にか目の前に来ており、驚く誠司におかまいなく、孝太郎はアッパーを繰り出しながら横回転し、浮き上がらせた後にアッパーカットを当て、その回転力を利用した回し蹴りを当てた。
「ぐあ!!」
誠司は防ぐ間もなく畳の床に激突。その後に孝太郎が足から着地した。
「さっきの技から参考にした、名付けて昇竜三斬華(しょうりゅうさざんか)だ。荒っぽいやり方だけど、あんたの場合は口で言うより体に叩き込んだほうが覚えやすそうだからな」
「ぐっ…昇竜連牙の後に、蓮華の回し蹴りを…やってくれるやないか…技を見ただけで自分のものにするとは…」
「似たような技を何度も放てば、嫌でも自分のものになってしまうさ…おっと」
「あうっ」
孝太郎が横にステップを踏んで飛びのくと、それまで孝太郎がいたところには、ヘッドスライディングで滑り込んだ英次がいた。どうやら孝太郎に後ろから抱きつこうとして失敗したみたいだ。
「英次君、いつの間に!?(それに孝太郎、お前…)」
翔は心底驚いた。気孔術が使えるようになった今では以前よりも人の気配を感じることができるようになったのだが、英次の姿を見るまで気付くことはなかった。
「うぐぅ、よけなくてもいいじゃないか〜」
「いきなり襲おうとするからそうなるんだ」
「襲ったりなんかしないよぉ〜孝太郎さんの意地悪〜」
そう言いながら孝太郎を睨み付けて駄々を捏ねるように言う。だが、英次が睨んでも全然怖くないのだった。
そんな光景を周りのみんなはくすくすと笑いながら見ていた。
「相変わらずの人懐っこさやなぁ…」
体力が回復した誠司は呆れ顔で見ていた。
「そのうち矢神先生に人をからかって遊ぶ癖を伝授させた犯人も来るだろうな」
「それって私のことかしら〜?」
翔が言うと、律子が聞きながら歩み寄った。顔は笑っているが、口調はドスが入っていた。
「他に誰がいるんですか?」
孝太郎が聞き返した。
「どうやら今回も楽しい合宿になりそうね〜♪」
「本当にそうなるといいですけどね〜」
律子は殺気混じりに笑顔で言う。孝太郎も負けじと空を連想させるような青いオーラを放った。そのオーラには、影が持つ黒いオーラも含まれていた。
「「ふっふっふっふ…」」
みんなはぞっとする。翔はあまりの迫力にその場から後ずさりした。
だが、一人だけ違っていた。
(あのオーラは…まさか、影と本当の意味で一つに…でも…やっぱりはにゃ〜ん♪ってなってしまうよぉ)
英次は孝太郎を見てボーっとするのであった。
<あとがき>
散歩中に佐村翔と月山知枝に会った二人。
知枝の助言(?)は孝太郎の気持ちに変化をもたらす。
そして、旅館で英次たちと再会。
次回はどうなるのか?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。