第23話

「本当のこと」

一瞬だが、強大な気配を感じた後、しばらくは騒いでいたが、寝静まる頃には治まっていた。
孝太郎と英次はそのまま目を覚ますことなく夜を過ごした。
その状態で、孝太郎と英次は部屋を別々にされ、それぞれ沙羅と仁美が付き添って寝た。

翌朝。英次が寝ている部屋では、仁美が先に目を覚ました。
「…もう朝、か…英次は…え!?」
布団は別々だったのに英次は仁美に寄り添うように寝ていた。
「ふふ♪可愛い寝顔♪」
そう言って英次の頭を撫でた後、母性本能を丸出しにして英次を抱きしめた。

一方、孝太郎の部屋では…。
「う…ん…」
目を覚ましたばかりではっきりしない頭で周りを見回したとき、首に何かが巻きついてることに気付くと同時に背中に暖かさを感じて後ろを見た。
「な!?…さ、沙羅!」
驚いて意識がはっきりし、首に巻きついている両腕を剥がそうとしたが、沙羅が腕に少し力を入れたために離れなかった。
「う…」
孝太郎はしばらくこの状態でいるしかないと思い、沙羅が目を覚ますまで動かなかった。

しばらくして他の部員たちも目を覚まし、みんなで朝飯を食べた。

この日は朝と昼は自由時間ということもあってみんなは出かけたが、孝太郎は一人で春江から受け取った本を見ていた。
その内容はどれも驚かせるものだった。
色々考えながらページを進めていく。すると、1枚の紙切れが落ちてそれを拾った。
それには孝太郎が渡した五郎入道正宗に関することが書かれていた。
「なるほど…あの刀にそんな秘密が…あいつらの本当の狙いはこれだったんじゃないのか?」
一通り読み終わって本をバッグにしまい、砂袋を背負って表に出たようとした。だが…
「あれ?どこ行った?」
孝太郎はあちこち探していたが、どこにも見つからなかった。それは…
「そう言えば、起きたときから…ってことは…」

「ん?」
あちこち歩いていると、神社の方へと歩いていく英次を見つけ、それからまた歩いていると、浜辺に一人で立っている翔を見つけた。
孝太郎は少し離れたところから様子を見ている。
翔は両手に気を集め、それを手を合わせて一つにすると、テニスボールほどの大きさの気の弾丸を海に向けて放った。
それは人が走るほどの速さで水面を飛んでいったが、少し離れたところで消えてしまった。
翔はそれを見て俯いて首を横に振った。
「はぁ…駄目だ…」
そう呟いて顔を上げたとき、横から翔が放ったのと同じ大きさの気の弾丸が風のような速さで海に向けて飛んで行き、水面すれすれを飛んでかなり遠いところで風船が割れたような音を立てて破裂して消えた。
「な…」
翔はそれを見て驚いた。
「独学で気弾を使えるようになったのは大したことだ。けど、集め方を間違えてる」
そう言いながら気弾を放った人物が翔の横に立った。
「孝太郎…」
「どんな簡単に繰り出せる技でも、気は全身から集めるんだ。使った後もわずかに残ってる程度がいい」
翔は孝太郎に言われたとおりにやってみた。そして、さっきと同じように気弾を放った。
すると、孝太郎が放った気弾ほどではないにしても、かなり早くなった。
「飲み込みが早いな」
「お前の教え方が丁寧だからさ。それより、お前の気弾をもう一度見せてくれるか?」
「いいぜ。思うがままにできたら、こんなこともできるぞ」
そう言って孝太郎は右手を銃のようにして海を指差し、伸ばしている人差し指に気を集めると、それを海に向けて放った。
スピードは翔を驚かすために放ったときと同じで、ある程度飛んでいくと、指をパチンと鳴らした。
すると、飛んでいった気弾は風船のように割れた。
翔はそれを見てまた驚いた。
「あとは自然との調和だな。自分の気だけじゃなく、周りの自然と調和して放つことができたら言うことなしだ」
「そうだな…あれ?そう言えばお前、バンダナはどうした?」
「俺もずっと気になってたんだ。思い出してみたら、目が覚めたときからなくて、それに探しても見つからなかったし…」
孝太郎が出かけるときに探していたのは、いつも額に巻いている青いバンダナである。だが、どこを探しても見つからず、結局そのままで外に出たのだった。
この後、二人は気を取り直して気孔術の練習をした。

一方、沙羅は仁美と散歩気分で山の中を歩いていた。
「ねぇ、仁美さん。これからどこへ行くの?」
「前の合宿で英次に案内してもらった取って置きの場所♪」
仁美は上機嫌だった。そんな仁美に沙羅は苦笑しながらついていった。
その途中で大きな滝を見つけたが、仁美は素通りして行った。
やがて、頂上付近になり、そこから見える絶景に沙羅は驚きを隠せなかった。
「こんな見晴らしのいいところが…」
「私も英次に最初に連れてこられたときは驚いたわ」
沙羅はしばらく見とれていた。
「どうしてここに連れてきたか、わかる?」
仁美の問いかけに沙羅は首を横に振った。
「今度、海原君と二人で出かける機会があったらここに連れてきたらいいんじゃないかって思ったの」
「どうして?英次君との取って置きの場所にしておけばいいのに」
「最初はそうしようと思ったわ。でも、英次と海原君はどことなく似てるの」
「それには私も同感よ。不思議ね…全然違うのに考え方とかが同じで…あ、それより、英次君は一人にしていいの?今頃夏目さんに取られかけてるんじゃ…」
これを聞いて仁美ははっとする。そして、沙羅を置いて急いで山を駆け下りていったのだった。
「あ、ちょっと仁美さん!」
一人残された沙羅は唖然とすると同時に動けなかった。なぜなら…
「…私…どうやって帰ったらいいの?」
そう考えた途端、急に寂しさがこみ上げてきてうずくまってしまった。
「…誰か…来て…一人にしないで…孝太郎君…」

「…ん?」
浜辺に翔と一緒にいた孝太郎は何かを感じたらしく、後ろに見える山を見た。
「どうした?」
山を見た孝太郎を見て翔が聞いた。
「いや…誰かが俺を呼んだような気がして…」
「俺には何も聞こえなかったぜ?」
「だよな…」
孝太郎は気のせいだと思ったが、何か嫌な感じがした。
(まさか…沙羅…)
「気になるなら行って見たらどうだ?」
翔は何かを察して催促した。
「そうだな。じゃ、途中で悪いけど…ま、砂袋を持てるようにでもなっておいたほうがいいかもな」
そう言って砂袋を置いて山へ駆けていった。
「…こんな重いものをどうやって持てって言うんだよ」
翔は孝太郎が去り際に言ったことに苦笑していた。

(俺の気のせいだったらいいんだけど…かすかにだけど、沙羅が俺を呼んでるような気がした…)
孝太郎は気のせいであることを願いながらも、山を駆け上っていった。普段から砂袋を背負っていることもあって、山を駆け上ることは苦にならないみたいだ。
途中で滝を横切り、そのときに仁美とすれ違った。
仁美はそのまま通り過ぎようとしたが、立ち止まって振り向いた。
「あ、海原君、英次知らない?」
「英次君なら、真田さんのところじゃないかな?それより、沙羅を見なかったか?」
仁美はこれを聞いてはっとなる。
「あ!しまった…置きっ放しにしちゃった…」
「なんてこった…それよりどこに?」
「ここを真っ直ぐ言った先よ。沙羅ちゃんにごめんねって言っておいて」
「わかった。こっちは俺に任せて」
仁美はこれを聞くと、振り返らずに山を駆け下りていった。
「英次君なら心配ないと思うんだけど…」
孝太郎はそう呟いて仁美が教えた方向へと駆けていった。

一方、英次は…。
夏目に唇を奪われそうになったが、そこへ偶然訪れた留美に見つかりそうになって慌てて離れた。

そして、沙羅は…。
「へっへっへ。可愛い姉ちゃん見つけたぜ」
数人のガラの悪い男が沙羅を取り囲んだ。
沙羅は一人にさせられた恐怖心でうずくまったまま、周りが見えなかった。
そして、男の一人が沙羅の肩に触れようとしたが…
<やめなさい!>
そう言って一人の女性が姿を現した。体型はモデル並みにすらっとしており、身長も170ぐらいあった。
「なんだぁ?この女はぁ?」
顔をしかめながら現れた女性に歩み寄ると…。
「ぐあ!」
女性は男のわき腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
これを見た他の男たちは怒って襲い掛かった。
だが、女性はものともせずに蹴散らしていく。
そうしているうちに残りが少なくなったかのように見えたが、木の陰に隠れていた連中が出てきた。
だが、そこへもう一人の乱入者が出てくる。そして、女性と同じようにあちこちに蹴散らした。
<ありがとう。助かった…!>
女性は礼を言おうとしたが、顔を見て驚いた。
<中国の方ですか…え!?>
一方、助太刀した男も女性を見て驚いた。
「ら、ランロン…」
女性は中国語から日本語に変えた。
「ライヤさん…」
「え?…孝太郎君…?」
沙羅は正気を取り戻して、女性と話している孝太郎に声をかけた。
「久しぶりね。どうして京都にいるの?」
「合宿です。「無敵の小林」って言われてるお婆ちゃんの経営してる旅館で」
「へぇ…半年前のことは聞いたわ。若干16歳で「無敵の小林」に勝つなんて…」
噂はいつの間にやら中国にも渡っていたみたいだ。
「ね、ねぇ…孝太郎君。その人、知り合い?」
間に入り辛そうにしていた沙羅が聞いた。
「あぁ…ライヤ・チュンさん。日系の中国人だ」
「あ!もしかして、香港で人気ナンバー1の映画女優!」
孝太郎が紹介すると、沙羅は驚いた。
「初めまして。ライヤ・チュンです」
「こちらこそ。矢神沙羅です」
ライヤと沙羅は握手する。
「で、ライヤさんはどうして日本へ?」
「映画の撮影よ。今度、映画村でやるから」
「ふ〜ん…それはいいですけど、ここは中国じゃないんですから、いつもみたいに物をぶっ壊すことはできませんよ?」
「失礼ねぇ!その辺はわきまえてるわよ。それに“いつもみたいに”って何よ!?」
孝太郎が怪しげな目をして言うと、ライヤは膨れて、それを見た沙羅はクスッと笑ったが、ふと気になって聞いた。
「ところで、ランロンって何ですか?」
「香港での彼の呼び名よ。ランロンを日本語にすると青龍になるから」
「へぇ…」
「あ、ごめん。これから打ち合わせに行かなきゃいけないから。じゃ、またね」
ライヤはそう言って山を駆け下りていった。
「…にしても、孝太郎君には凄い有名人が知り合いにいるのね」
「まぁね。とは言っても、知り合ったのは有名になる前だったけどね」
「どういうこと?」
「中学のときに拳法の修行で、中国に行った時に知り合ったんだ。俺に拳法を教えてくれた師匠の娘だから、知り合って不思議はなかった」
沙羅は孝太郎の昔話を関心しながら聞いていた。だが、孝太郎は一瞬だけ悲しげな表情になった。
「そう言えば、どうしてここに来たの?」
「翔と海にいたときに、何となくだけど、沙羅が俺を呼んだような気がしたんだ。それで嫌な予感がして、来る途中で川井さんとすれ違って…」
「そう言えば私、仁美さんに置き去りにされて…」
思い出した途端、何かに怯え始めた。
「そのことで謝ってたよ。だから会っても責めるなよ?」
「う、うん…」
「とりあえず、降りるか…」
そう言って歩き出そうとしたが、沙羅が孝太郎の腕を強く掴んで引き止めた。
「お願い…もう少しだけ、ここに一緒にいて…」
「…わかったよ。さっきのこともあるしな…」
孝太郎はそう言ってただ立っていた。そこへ沙羅が後ろから両腕を孝太郎の首の周りに回したために驚かずにいられなかった。
「ど、どうしたんだ?」
「…怖かったの…私はかすれ声で呼んだから聞こえないと思ってたのに…実際にこうして来てくれた…」
しばらくはそのままだった。
「一人にはさせない…これは俺の台詞だな…」
「来てくれて嬉しかった…ありがとう…」
これを聞いた孝太郎は今ある気持ちのままに、沙羅の手に触れた。が、腕時計を見たとき、昼が近くなっていることを知った。
「もうじき昼飯か…みんな心配してるかもしれないから戻ろうぜ」
沙羅は何も言わずに両腕を放した。そして歩き出そうとしたが、意外なことに、孝太郎のほうから手をつないできた。
「あ…」
「たまにはいいだろ?」
沙羅は驚き、孝太郎の横顔を見たが、前髪で表情は見えなかったものの、照れていることがわかり、沙羅はクスッと笑った。

この後はみんなで普通に食事をし、しばらくしてから軽い練習をやっていた。
だが、その中で、孝太郎と英次は女子生徒たちから声をかけられ、英次は笑顔で対応していたが、孝太郎は無表情で顔をそらし、告白されても嘘(?)を言って断った。
見ていた仁美は英次のことでいい気分をしていなかった。そして、なぜか沙羅も同じだった。

あっという間に時間は過ぎ、夕飯時を過ぎ、最後の夜と言うこともあってみんなで道場に集まって雑談をやっていた。
「ところで、孝太郎は知ってるのか?」
話が一区切りしたとことで、翔が孝太郎に声をかけた。
「何を?」
「ここにいる西高の女子生徒たち、みんなお前に告白して敗れ去ってるってこと」
これを聞いて孝太郎は驚く。そして、他の生徒たちもだ。
「なんだ知らなかったのか…」
「まぁね。告白してきた相手の顔を毎回覚えるほど記憶力はよくないからな…」
「告白って言やぁ、いつからか英次もされとるでぇ。英次はのほほんとしとるけどな」
誠司が突っ込んだ。
「なるほど、だから小林さんが大胆に出てるってわけか」
孝太郎が言うと、夏目は顔を赤くし、仁美は複雑な表情になった。
「英次も海原君みたいに断ってくれたら…」
「あら、私は断られても引かないわよ?剣士たるもの、先がわかっていても引かないんだから」
これを聞いて仁美と夏目はニラみ合いを始めた。二人の間で電撃がバチバチと音を立ててる雰囲気だった。
「ほっほっほ。仲がよいのはいいことじゃ」
春江は笑って見ていた。
この後も色々雑談を交わして、寝る時間になり、名残惜しそうにしながらも布団に入った。

翌朝。律子たちと京子たちは東京まで一緒に帰り、途中で分かれた。
だが、その直前…。
「あ、英次君」
孝太郎が突然英次を呼び止めて駆け寄り、英次は振り向いた。
「ほぇ?」
「渡そうと思って忘れてたものがあったんだ」
そう言いながら、バッグから何かを取り出す。
「ちょっと遅れたけど、これ」
そう言いながら渡したのは、黒のリストバンドだった。
「え?え?その…」
英次は戸惑っていたが、孝太郎は微笑んで言った。
「誕生日おめでとう。そのプレゼントだ」
「あ…わ〜い♪ありがとう♪」
英次は無邪気な笑顔で孝太郎に抱きついた。
「お、おい…大げさだぞ」
そう言いながらも孝太郎は笑顔だった。
だが、分かれた後、孝太郎がみんなからニラまれたのは予断だ。

そして、京子は用があるからとみんなから離れた。孝太郎は真っ直ぐ帰ろうとしたが、沙羅に家に来てくれと言われ、バッグをアパートに置いて沙羅の家に言った。このときの沙羅はどこか近寄りがたい雰囲気だった。

そして、沙羅の家に着き、沙羅は孝太郎の腕を引っ張って部屋に連れて行き、ドアを閉めると鍵をかけた。
「ど、どうしたんだよ?」
「いいからそこに座って」
「あ、あぁ…」
今は逆らわない方がいいと思い、言うとおりにした。
「あのね…」
「ん?」
「告白を断るのはいいけど、嘘を言うのはどうかって思うの」
「あれか…確かに俺も嘘を言う度に罪悪感を感じてた。でも、きっぱり身を引いてもらうためにはどうしようもなかったんだ」
そう言いながら俯いた。
「でも、他の人ならいざ知らず、私の前でも嘘を言うのは許せない気持ちがこみ上げてきたわ」
「昨日のあれか…」
「お願いだから、もう嘘は言わないで」
これを聞いて孝太郎は顔を上げる。
「確かに以前は嘘だった。けど、昨日のは本当のことだったんだ」
「え!?…それって…」
孝太郎の返事を聞いて驚く。
「そのまんまの意味だ…」
「で、でも…あの子のこと、は…?」
沙羅は戸惑いながら聞いた。
「…英次君との対戦のあと、寝てるときに未柚が夢に出てきたんだ」
孝太郎は夢の中でのことを沙羅に話した。


<あとがき>
合宿の最終日。
孝太郎のバンダナが消え…。
そして、砂浜で気孔術の練習をしていた翔。
一方、仁美は沙羅を連れて山奥へと行くが、沙羅から英次のことを聞かれて慌てて下山する。
だが、沙羅は一人になって動けなくなり、かすかな声で孝太郎を呼んだ。
孝太郎は何かを感じ取って山へ駆けて行く。
そして、頂上で師匠の娘、ライヤと再会。
合宿が終わって、孝太郎は別れ際に英次に黒いリストバンドをプレゼント。
その後、沙羅に嘘をついたことで問い詰められたが、意外な返事に驚く。
次回、何があったかが明らかに。そして二人は…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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