第26話

「かつて存在した伝説」

食事の後、格闘をやっている生徒は門下生たちと手合わせをやっていた。
だが、そこへまた殴り込みが入った。
男は生徒や門下生を無視して一人の男の前に立った。
そして、何の前触れもなく孝太郎に襲い掛かった。
孝太郎は目を閉じ、難なく回避したが、今までと違うものがあった。それは、動く前の姿が残像として残っていたことだ。
しかもその場で酔ったような動きをしたため、何体もの残像がその場にあってどれが本物かわからなくなった。
「英次君の技から参考にした、残像拳(ざんぞうけん)だ」
そして、残像を出したまま手足を使った連続攻撃を繰り出して当てていった。
孝太郎がいたところに残像が出ていたが、時間が経つにつれて次々に霧のように消えていった。
男は防ぎながら何とか攻撃を当てようとしたが、それは残像となって消えた。
<一番前にいるのが本物とは限らないぜ>
そう言って男の額に肘打ちを当てて気絶させ、あっという間に男はおねんね状態になった。
その場にあった残像もいつの間にか全て消えた。
「どうやらあいつには、相手の技を見よう見まねで自分の物にする才能があるみたいだな」
「そうみたいね。英次君の掌抵波も見よう見まねで繰り出してたし…」
「そうね。しかも何もかも同じどころか、威力は格段に上がってたし…英次君の場合は動くだけだったのに、それを武器にするなんて…」
翔、沙羅、留美はそれぞれ思ったことを口にした。

みんなは道場を去り、自由行動ということで上海のあちこちを見て回った。
そんな中で、翔は一人で何気なく古本屋に行き、そこで見つけた一冊の本に目が止まった。
・・・・・・。
「まさか、正宗にそんな秘密が…」
「おそらく、そのたった一振りの刀が、俺が校長から渡された正宗だと思うんだ」
いつの間にか横にいた孝太郎が説明した。
「まさか、今まで学校に殴りこんだ連中の本当の狙いは…」
「おそらく…ん?」
気配を感じ、後ろを見ると、店主らしき老人がいた。
<その伝説は本当にあったことじゃよ。力の継承は親から子へ自然にされるものではなく、力を受け継いだ本人の意思でされるんじゃ>
<それはつまり、受け継がせたくない相手には継承されないということですか?>
孝太郎が中国語で聞いた。そして、その後でお互いに驚きの事実を知ることになるのだった。
・・・・・・。
<そして、力を受け継いだものには絶対に必要なものがあるらしいのじゃ>
<それって…>
<二つあるらしいのじゃ。一つは龍の牙。もう一つが何かはわしにもわからん…>
<そうですか…あ、もう時間か…すいませんけど、これで失礼します>
<そうか…まぁいつでもきなされ>
店主はそう言って奥へと消えていった。
孝太郎と翔は外に出て集合場所へ向かった。
<あの青年ならきっと、答えを出してくれる。そんな気がするわい>
翔は孝太郎に店主との間でどんな会話があったのかを聞いた。孝太郎は何一つ隠さずに答え、翔は驚きを隠せなかった。

この後は色々と見て回ったが、孝太郎と翔は深刻な表情で何かを考えているみたいだった。
「どうしたの?ずっと深刻な表情で…何があったの?」
考え事をしながら歩いている孝太郎に沙羅が声をかけた。
「あまり大きな声じゃぁ言えないことなんだ。必ず話すから、それまで待っててくれるか?」
孝太郎の表情からして、ただ事ではないことを悟った沙羅は何も言わずに頷いた。

留美も翔に同じことを聞いたが、孝太郎と同じ返事をした。

夜になり、上海のホテルの一つの部屋に孝太郎たち4人がいた。
そして、孝太郎は昼間のことを話そうとしたが、先に翔が孝太郎が来るまでのことを話した。
「何気なく目に入った古本屋で、妙な本を見つけたんだ」
そう言いながら一冊の本を出す。沙羅と留美はそれを開いて見た。

・・・・・・。

「俺も未だに信じられなくてどうしたらいいのかわからないんだ」
途中で孝太郎も説明した。沙羅と留美はただ驚くばかりであった。
「このことは他言無用だぜ。今もたぶん、誰かに聞かれてる可能性が大きい」
翔が口止めする中で、沙羅と留美は緊張していたが、深呼吸して落ち着いた。

夜も10時を過ぎ、男二人と女二人で別々の部屋で寝た。
沙羅は昼間、占い師を名乗る男に言われたことが気になってなかなか眠れなかった。
(何なの?あれは…それに孝太郎君と日向君から聞かされた伝説とほとんど似てる。でも、最後に聞いたあの占いは…)

一方、孝太郎も眠れなかった。暗黒竜との決戦が少しづつ近づきつつあり、その戦いで死に対する不安があったからだ。
(今まで何度も死線を彷徨った。その度に乗り越えて今に至る。けど、今度ばかりは、生きて帰れる保障がどこにもない…裏の格闘大会の会場は、またの名を“死の大地”…毎年何十人もの死人が出てきた。こんなことは止めさせなければ…あいつが生きている限り、あの惨劇は終わることはない)
こんなことを考えながら、自分の右掌を見た。
(死ぬとわかってても引くわけに行かない…チンピラは…今の俺を見たら「わいはこんな腰抜けに負けとったんか!!」って言うだろう…!)
孝太郎はふと誠司のことを思い浮かべてはっとなった。修学旅行の少し前に英次たちに会い、2年前のことを話したとき、誠司から聞いたことを思い出したのだ。
『相手を殺すっちゅうことは殺される覚悟を持つことになるんや。わいも喧嘩に明け暮れとったとき、何度も殺されかけたわ。それも死ぬことを考える暇もあらへんだしな…そこで言えるんはただ一つだけ。最後に残るんは“生きる意志の強い奴”や。暗黒竜がどんなに強い奴かはわからんけど、わいとの勝負に決着をつけんまま死んだら承知せんからな!』
これを聞いて孝太郎は誠司なりに心配してることを悟った。
裏の格闘大会のことを話したとき、英次は当然ながら出たがったが、孝太郎は猛反対した。そして、本来の格闘の場は楽しむ心がどこにも存在しないことを話した。
(英次君。君は裏の世界はまだ知らないほうがいい。でもいつかは修羅場がやってくる。それに遭遇したとしても、無事でいてくれ)

次の日。この日は団体行動になったが、孝太郎だけその場にいなかった。
孝太郎はライヤに映画の手伝いを頼まれて一緒に隣町へ行ったからだ。
当然ながら、沙羅も一緒に行きたかったが、京子が猛反対して二人を引き離した。半年前の律子と同じ理由だろう。

孝太郎はライヤの夫が運転する車の中で色々話していた。その内容が…。
「ランロン、一つだけ教えてほしいの」
「何をですか?」
「お父さんを殺した真犯人は誰?」
「な!?」
孝太郎は心底驚いた。
「私はランロンだって聞かされてたけど、その真相がわからないの。ランロンはお父さんを殺した真犯人が誰かを知ってるんでしょ?」
「俺もはっきりとはわかりません。修行中に胸騒ぎを感じて戻ってきたら、師匠は血を流して倒れてましたから」
「そうなの…」
孝太郎は一部嘘を言うと、ライヤは渋々ながらも納得したみたいだった。
「でも、どうして今になってそんなことを?」
「何となく気になったの。あの時、怒りに任せて問い詰めたときのランロンの表情は悲しそうだったから」
「俺はあの時、師匠の側を離れるんじゃなかった…そうしていれば…」
「たとえそうしてたとしても、お父さんは病で…」
この後、二人は無言だった。
ちなみに夫は日本語がわからなかったので何も言わなかった。

そして、撮影現場に着き、ライヤはスタッフに色々指導した。
そんな中で孝太郎には乱闘シーンに出てほしいと指示し、襲い掛かる連中を適当に倒してくれと言われ、孝太郎は「本当にそんなんでいいのか?」と思わずにいられなかった。
そして、撮影が始まり、一つ一つシーンを撮影していき、孝太郎の番になった。
<撮影開始!>
ライヤが合図し、カメラが回り、町中を一人で歩いている孝太郎を取り囲むように現れたチンピラ役が次々に襲い掛かった。
孝太郎は指示通り(?)に目にも止まらぬ速さで一人づつ倒していった。
チンピラの一人が孝太郎に後ろからスライディングをかけ、孝太郎はこけたかと思ったが、バック転のように回転して地面に手を付いて着地し、相手が振り向いたときに左足でとび蹴りを繰り出して相手の左肩に乗せ、時計回りに回って右足の踵蹴りを相手の鳩尾に当て、相手はもちろん吹っ飛んだが、孝太郎は空中で体を捻り、着地するときには相手を向いていた。
倒された相手は痛みが全くなかったことが不思議でならない中で脚本どおりに話は進んで行き、撮影は順調に終わった。

だが、いつの間にか生徒たちが撮影現場にいた。
そのため、孝太郎の戦いぶりを見てみんなは拍手をしていた。
「みんな…どうしてここに?」
「スケジュールに書いてあった場所がここだったからさ。先生たちも孝太郎の撮影現場での活躍を見ようってことでここに来たってわけさ」
孝太郎が水を飲んでみんなを見ながら聞くと、翔が笑顔で答えた。
「久しぶりに見させてもらったわ。京都のお婆ちゃんを倒したときに使った旋風踵蹴り。前は着地したときに後ろを向いてたのに、やっと隙がなくなったね」
いつの間にか横にいた沙羅が笑顔で言う。
「まぁね」
孝太郎も微笑んで答える。
「ねぇ」
「ん?」
「裏の大会に、観客として行ったらだめかな?」
「やめたほうがいい。あの大会はその場にいた人は参加者も観客も無差別に何人もの死者を出してる。傍にいたい気持ちはわかるけど、死にたくなかったら大人しくしててくれ」
孝太郎の真剣な表情に沙羅はたじろぎ、頷くしかなかった。

そしてまた撮影が始まり、孝太郎はまた乱闘シーンに出ることになった。
「失敗しないでね」
沙羅が後ろから声をかけるが…。
「ところがな、このシーンでは適当に倒してくれればいいって言われてるから失敗する確立はほとんどないんだ」
孝太郎が言うと、沙羅は苦笑した。

そして、またチンピラ役に襲われるのだが、何人か撃退した後にライヤが悪役で登場し、お互いに本気で激戦を行った。
お互いに押し押されになりながら手足の連続攻撃を繰り出す。生徒たちは観客用に用意された60インチのモニター越しに見ていたが、みんな瞬き一つせずに驚きながら見ていた。
そのうちに孝太郎はライヤに下段足払いを食らってこけたかに見えたが、手を付いて蹴りを繰り出し、ライヤの腹に当てて吹っ飛ばした。
その後で監督からOKサインが出る。
孝太郎はライヤを助け起こした。
「ったく、悪役で本気になるなんて信じられないですよ」
「いいじゃない。監督はどっちが倒れてもいいって言ってるんだし」
「そんな流れで脚本どおりに進むのですか?」
「さぁ…」
戻る途中で二人は色々話していた。

だが、みんなのところに戻ったとき、様子がおかしかった。視線が一箇所に集中しており、雰囲気も緊迫したものだった。
「翔、何があったんだ?」
あちこち探し、翔を見つけて聞く。
「あ、孝太郎…お前を狙って矢神さんが人質に取られてしまったんだ」
「な!?」
「青い龍!!出て来い!!」
孝太郎が驚いているのをよそに、みんなの視線の先で男の怒鳴り声が聞こえた。
「孝太郎、どうす…あれ?」
翔が孝太郎を見て聞いたが、孝太郎はいつの間にか姿を消していた。
「俺に何か用か?」
そう言って沙羅を人質に取った男の前に孝太郎が姿を現す。
「お前を倒して名を上げてやる」
「怪我しなくなかったら大人しく失せろ」
そう言いながら右手を銃のようにして男を指差す。
「輪ゴムでも飛ばすのか?…ぐあ!」
男が聞いた後、顔にボールが思いっきり当たったような衝撃を受け、男は気絶した。
「甘いな。離れてても、俺には指銃弾(しじゅうだん)っていう武器があるんだ」
沙羅はあっという間に助け出され、男は気絶した状態で警察行きになった。

昼はライヤたちと一緒に食事をし、その後は孝太郎も撮影の観客になり、あっという間に時間が過ぎ、夜になってホテルで寝た。
ちなみに真木野は今まで中年の女教師に手錠で繋がれていたため、誰にも手を出すことが出来なかった。
真木野は何度か手錠を外そうといろいろやったが、頑丈な作りになってるみたいでビクともしなかった。

そして翌日。昼頃になってみんな飛行機に乗って日本へ帰っていった。

それから数日が過ぎて3月になり、英次たちの学校では卒業式になり、孝太郎たちは自分たちの学校の都合で参加できなかった。

そして、孝太郎たちは春休みを迎え、翔たちは宿題をしたりみんなでいろいろなところへ行ったりしていたが、孝太郎だけその場にいなかった。
なぜなら…。

ここはとある空港。いつもなら旅客機が飛んでいるのだが、この日だけは大型の軍用機が止まっていた。
その軍用機に何人かの人が年齢や男女に関係なく乗り込む。その理由は日本から少し離れた所で裏世界の大会が行われるからだ。
乗り込んだ人の中に孝太郎もいた。全員が乗ったのを確認し終わると、軍用機は離陸した。

何時間か過ぎ、軍用機は大会の会場に着陸し、参加者全員が下りた。
停車していた何台かのバスに乗り、付いた先はまるでスタジアムのようになっていた。
「勇気ある者たちよ、裏の格闘大会へようこそ。ここに来たということは、それなりの覚悟が出来てると思っていいのだな?ここは表の世界とは違って対戦方式は存在しない。しかも重火器と細身剣以外なら武器は何でもかまわない。つまり、自分が倒したい相手を隅から片付けていけばいいだけのこと。さぁ、思う存分腕を振るうがいい」
大きなスピーカーから男の声が聞こえた。
演説が終わると、全員が不敵な笑みを浮かべた。ただ一人(?)を除いて…。

その頃、日本ではその大会の状況がテレビに映されていた。
大会の会場の上空にはヘリコプターが飛んでおり、どうやらそこから撮影されているみたいだ。

「挨拶はここまでにして、そろそろ始めるとしよう。では、全員構えて」
スピーカーからの放送を合図に全員が構える。
「試合、開始!」
この直後、会場全体に雄たけびが上がり、同時に全員が攻撃を始めた。
みんな最初は身近にいる相手を倒して相手を探し、自分から挑んだり、相手を探して挑んだりしていた。
そんな中で異様な光景が見られた。刀を腰に添えているのにそれを使わずに素手で戦っている男がいたからだ。
孝太郎である。相手の攻撃を残像拳と酔拳を組み合わせて回避し、たった一発当てて気絶させ、自分から攻撃しようとせずにただ相手を待って挑んできた相手を痛みを感じさせることなく気絶させていた。
気絶などで敗北した相手はその場に放置されるかと思うと、どこからかやってきた戦闘服姿の人たちに会場の外に停車させてあるバスに乗せられて軍用機まで運ばれていった。
そうしているうちに人はどんどん減っていき、そんななかで孝太郎は思わぬ参加者と対面した。
相手から飛んできたストレートを左腕で防ぎ、相手に掌の一撃を当てようとしたが、顔を見た瞬間、硬直してしまった。
「さ、沙羅!?」
孝太郎は驚いたが、沙羅の様子が少しおかしいことに気付いた。
沙羅は相手が孝太郎を目の前にしても手足を使った連続攻撃を繰り出した。

「「さ、沙羅!?」」
日本でテレビ越しに見ていた恭平と京子が驚いた。
そして、その場にいた翔と達夫も同じだった。
「そんな…昨夜から姿が見えないと思ったら…まさか海原君を追いかけて…」
留美は沙羅を探したが、どこにも姿が見えないことから嫌な予感をしており、それが当たったのだった。

「一体どういうつもりだ!?死にたくなかったら来るなって言っただろ!?」
孝太郎は大きめの声で行ったが、沙羅は容赦なく連続攻撃を仕掛けていく。
ずっと風流の回避で一発も食らわずにすんでいたが、一瞬だけ目を開けたとき、様子がおかしい原因をつきとめた。
「目がうつろ…まさか、催眠術で操られて…こうなったら…」
沙羅の容赦ない攻撃を防ぎ、隙を突いて腹に軽いボディーブローを当てて動けなくした。
すぐに戦闘服姿の人が駆け寄って外へ運んで行き、ちょっとした騒ぎは収まった。

「見事だな。だが、人殺しを嫌う気持ちが後に命取りになることを覚悟するんだな」
そう言って孝太郎の前に姿を現したのは…。
「これで何度目になるかな?…暗黒竜…いや、黒田 竜雅(くろだ たつまさ)」
「ほぉ、クズの分際で俺の本名を知ってるとは…」
「整形で変えても、そうする前の面影を見せる醜い顔は嫌でも忘れられないさ」
これを聞いて暗黒竜は怒る。
「くっ、俺を侮辱するとは…」
「一緒に修行してた頃、お前も俺のことを散々侮辱したぜ?それも何度もな…そのときの俺と同じ気持ちなった気分はどうだ?」
「俺をこんな気分にさせたことを後悔するんだな!それに、俺との決戦はまだ後のほうだ!」
「なに?…!」
何かを感じて周りを見ると、空手着姿の男たちが大勢いた。
「自分じゃぁ手を汚さず楽をしようってか…汚い手は変わらないな…」
周りを見た後、正面を向いたが、暗黒竜は既にいなかった。
そのことに気付いた途端、周りの男たちが孝太郎にいっせいに襲い掛かった。


<あとがき>
修学旅行中に聞かされた伝説。
それはどれも驚くものばかりであった。
3日目、ライヤの手伝いで同行した孝太郎。
撮影中、旋風踵蹴りを繰り出し、以前とは違って隙を見せなくなった。
旅行が終わり、英次たちが卒業し、その少しした後に、開かれた裏の格闘大会。
そこに目をうつろにして参加した沙羅。
その後、姿を現した暗黒竜。
そして、孝太郎に襲い掛かる大勢の男たち。
次回、孝太郎の正宗が正体を明かし、新たな技が炸裂。
そして、意外な展開に。
今回はここまでです。
少し長めのあとがきになりましたが、以上です。

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