第28話

「絡みつく糸」

翔は京子たちに本を見せ、記憶を辿りながら話し出した。

何気なく手に取った本は日本語で書き記してあり、背表紙には「天に存在した竜の伝説」と書いてあった。
何となく中を見てみた。が、その内容は驚かせるものだった。
“かつて、天には9匹の竜が存在した。
火を体に纏う火竜。水で傷を癒す力を持つ水竜。嵐や風を自由に操る風竜。大地を揺るがす力を持つ地竜。雷を起こすことが出来る雷竜。氷を出すことができる氷竜。聖なる力を司る聖竜。闇の力を持ち、竜の中でもっとも強い力を持ち、体も一番大きい黒竜。そして、何の力も持たず、しかも力も最も弱く、体も一番小さい青竜。だが、青竜には他の竜にはない特別な力があった。
ある時、黒竜が何の前触れもなく他の8匹の竜に牙を向いた。青竜は争いを好まず、しかも他の竜の足手まといになることから刃向かうことはしなかった。
黒竜に対して他の竜たちは刃向かったが、力はかなりの差があり、黒竜の圧勝に見えた。だが、火竜たちは死に際に最後の希望である青竜に自分たちの力を貸し与えた。青竜には与えられた力を自分の物にすることが出来る能力があったのだ。
青竜はその能力で黒竜と互角になるほどの力を得て、青竜から青龍になった。そして、黒竜との死闘を行い、黒竜を止めることが出来たものの、瀕死の重傷を負い、人間界に落ちた。黒竜はその後どうなったのかは誰も知らない。
青龍はある神社の境内で横たわっており、それを見つけた一人の巫女が青龍を介抱した。
巫女は懸命に治療を続けたが、その甲斐もなく青龍は息絶え、その死に際に自分の力を巫女に与えた。やがて、その力は一人の中国人へと受け継がれていくことになる。
だが、それから1000年ほどの間、その力を使われることはなかった。
途中で黒竜の血が混じったこともあったらしいが、それが再び二つに分かれたという説もある。”

「まさか、これって…」
翔は本を見ながら呟いた。
「…孝太郎…あいつの異名は『青い龍』…まさか、本当は青龍じゃぁ…」
「同じ本がもう一冊存在したのか…」
いつの間にか、翔の横にいた男が呟いた。
「…孝太郎…」
「京都のお婆ちゃんから正宗と一緒に渡された本にも同じことが書いてあった…」
そう言いながら小さなバッグからもう一冊の同じ本を取り出した。
「知ってたのか…」
「黙ってて悪かった。俺もとても信じられないことだったから話せなかったんだ」
翔が再び本に視線を戻す。
“青龍の力を受け継ぎし者にはその証である青龍の牙を与えられる。
青龍の牙は青龍の力を受け継いだ者にしか扱うことは出来ず、牙本来の力も発揮しない。”
そして、本にはこんな一文が書かれていた。
“暗黒の魔竜が吼えるとき、青き龍王は光を浴び、極限の光を放つ神となって目覚め、全てを無に返す”
二人は本を見て一言も言葉を交わさなかった。
「あまり大きな声じゃぁ言えないんだけどな、学校の校長室に飾ってあった正宗。あれにも秘密があったんだ」
「秘密?」
孝太郎はただ頷く。翔はその表情からして「誰にも言うな」と訴えてるように感じた。そんななかで孝太郎は一枚の紙を翔に見せた。
“一時期行方不明になったが、そうなってもいいように牙の精製方を一振りの刀に託した。それが、量産品の五郎入道正宗である。だが、全てにあるわけではなく、精製方が託されたのはたった一振りだけだった。
刀は人から人へと青龍の力を受け継いだ者の元へ渡り、今に至る。”
真月西高校の校長が五郎入道正宗を手に入れたのは、孝太郎が入学する少し前だったらしい。

京子たちはただ驚くばかりだった。そんな中で京子はあることを話し出した。
「実はね、日向君。沙羅は…」
こんなことを話しているとき、テレビの画面は砂嵐になり、少しして切り替わって字幕が出た。
「お詫び:視聴者の方々からのクレームにより、これ以上放送できなくなりました。なお、再放送の予定は一切ありません。」
少しした後、さっきまでのことはなかったかのようにニュース番組が流れた。
さっきまでの映像にはコピープロテクトがかけられており、録画もできないようになっていた。

砂嵐が走った原因は、暗黒竜がヘリを剣から飛ばした気で破壊したからである。そのヘリは煙を上げながら海に堕ちた。
「へっ…やっぱ無人だとあの時みたいに気持ちは満たされないなぁ」
暗黒竜は刀を鞘に納めながら愚痴を言った。それを見た孝太郎も青龍の剣を鞘に納めた。
「あの時?」
「何年か前に空を飛ぶグライダーを打ち落としてやったことがあったんだ。さっきみたいな感じでな。バランスを崩して崖にぶつかって爆発する姿は快感だったぜ」
「!…まさか…」
暗黒竜が捨て台詞のように言い、孝太郎が聞き返すと、暗黒竜は不適に笑って言い、それに対して沙羅は何かに気付いたみたいだった。
「どうした?沙羅」
「私の両親が死んだときと状況が似てるの。両親はグライダーに乗ってて、突然崖にぶつかって爆死したって…まさか、その原因を作ったのは…」
孝太郎が聞くと、沙羅は少し怒りの気持ちを込めながら答えた。
「きっとそうだろうなぁ。バランスを崩して激突して爆炎を上げる姿は快感だったぜ」
暗黒竜が笑いながら答えたことでついに沙羅はキレた。そして、真っ白い炎のようなオーラを放出しながらダッシュで間をつめ、手足を使った連続攻撃を繰り出した。
「ぐっ…ま、まさか…その気は…ぐあっ!」
暗黒竜は何かに気付き、その途中でアッパーを食らった。だが、それだけでなく、アッパーと同時に白い柱のようなものが真っ直ぐ伸び、それに乗せられるかのように10メートルほど高く上げられ、柱が消えてしばらくして暗黒竜は地面に激突した。
「ぐはっ!」
沙羅は歩み寄り、暗黒竜の胸倉を片手で掴んで持ち上げ、もう片方の手で首を絞めた。
「必殺技の一つ、光柱昇天拳(こうちゅうしょうてんけん)よ。本当ならあのまま天に返すところだけど、ただでは済まさないわ!」
それを見た孝太郎は暗黒竜の腹にストレートを当てて吹っ飛ばした。
「余計なことしないで!」
沙羅は怒鳴って暗黒竜に駆け寄ろうとしたが、孝太郎がしがみついて止めた。
「もういい!やめろ!!」
「よくないわよ!離して!!」
必死に止める孝太郎に対して、沙羅は引き剥がそうともがく。だが、孝太郎は離そうとしなかった。
「気持ちはわかるさ。俺もあいつにパイロン師匠を殺されたから…けど、敵を取ったところで両親は喜ぶと思うか?」
これを聞いて沙羅は少しづつ怒りが静まっていく。
「憎しみは自分の身を滅ぼすだけで何も生み出さない。だから今は我慢するしかないんだ」
沙羅はもうもがこうともしなかった。だが、沙羅の体が黒い縄のようなものに縛られて動けなくなった。
「これは…!」
孝太郎が振り向くと、暗黒竜の両手から沙羅を縛っている黒い縄のようなものが放出されていた。孝太郎にも縄は出されていたが、縛られる直前に青龍の剣で縄を払い切りした。
その直後、孝太郎は剣を納め、少しかがんで両腕を広げ、全身から気を集め始めた。
「こざかしい!!今度こそ!!」
暗黒竜が怒鳴り、孝太郎に向けてさっき以上に太く真っ黒な縄を放出しているなかで、孝太郎は広げていた両腕を前に伸ばして両手首を重ね、暗黒竜に向けて気を放出した。
「究極奥技!!ドラゴンバスター!!!」
孝太郎が放った気は太いレーザーのようになって青く光り、その先が龍の頭のようになっていた。
そして、暗黒竜が放出した黒い縄を吹き払うように消し、そのまま直進していった。
「ばかな、ブラックウィップが…ぐっ!!」
暗黒竜が驚いている中で孝太郎が放った気は目の前まで来ており、当たる直前に黒い壁を張ったが、防ぐだけでやっとだった。
そうしているうちに黒い壁に亀裂が入り、壁が壊れてドラゴンバスターの残りの気を食らって少し吹っ飛んだ。
「な、何て威力なの!?」
沙羅はブラックウィップの呪縛が解けて動けるようになっていた。
「っく…まさか、心の傷はもうないのか…しかもあの殺人事件で影と別れていたはずなのに…それまでも乗り越えたのか…」
「?…まさか、あの事件の元凶はお前だったのか!?」
暗黒竜が体の痛みをこらえながら立ち上がって言うと、孝太郎はまさかと思って聞いた。
「そうだ。お前の父親を麻薬中毒に追い込み、お前を殺させるように仕向けたのは俺だ」
「元々の狙いは俺だった。けど、俺が暴走したのが原因で計画は失敗した…ということか?」
「そうだ。この悪運の強いやつめ…だが、今度こそお前の最後だ」
そう言いながら刀を鞘から抜く。孝太郎もそれを見て青龍の剣を抜いた。
「それはこっちの台詞だ」
その直後、お互いの剣がぶつかり合い、それが何度も響いた。
暗黒竜の剣の腕はかなりあったが、孝太郎に当たるというところまでは行くものの、その直前に弾かれてばかりだった。
そして、お互いの剣が思いっきりぶつかったとき、さっき以上に音が響いたものの、暗黒竜の刀がガラスが割れたような音を立ててバラバラに砕け散った。
「な!?特殊な金属を使って強度を増したのに…」
「持ち主の使い方次第で刀は武器にも防具にもなる。そして、強度も違ってくるんだ」
暗黒竜が驚いている中で、孝太郎は青龍の剣の切っ先を暗黒竜の首のところへ突き出した。
「もうやめるんだな…しかし、目的が達成されなかったことに対する無念と憎悪がお前をここまで狂わせたのか」
「目的って?」
沙羅が横に立って聞いた。
「こいつは中学2年ぐらいのときに亡くなった母親が死に際に言ったことをずっと気にしてたんだ。「お前には本当の父親と腹違いの弟がいる」ってな。こいつがこんなになる前に悲しそうな顔をしながら話してたことだから今でもはっきり覚えてるぜ」
「本当の父親と、腹違いの弟?」
「そうさ。実の父親と腹違いの弟をずっと探してたんだ。その目的はとっくに達成されたのに、こいつはそのことに全く気付いてなかったんだ」
「目的は達成されただと?」
孝太郎が説明すると、暗黒竜は顔をしかめた。
「高校に入る少し前に親父の友人から聞いたんだ。俺には腹違いの兄がいるってな」
「え?ま、まさか…」
沙羅ははっとなり、そして驚いた。
「そう…俺の腹違いの兄の名は、黒田竜政。つまりお前だったんだ」
「な!?お、お前が…俺の…腹違いの…弟…しかも、お前の父親が…俺の…」
暗黒竜は驚くばかりだった。
「そうとも知らずにお前は親父を麻薬中毒に追いこみ、俺を殺すように仕向け、親父は暴走した俺に殺された…」
「そ、そんな…普段会っていた奴が…俺が探していた…親父と弟…」
暗黒竜はそう呟きながら、膝からガクッとなった。孝太郎もそれを見て青龍の剣を鞘に納めた。
「もうやめるんだ。無差別に殺戮を繰り広げても、お前の心は何も満たされない」
「あ…う…う、うぅ…う!…や、やめ、ろ…ぐああああああ!!
突然苦しみだし、叫び声を上げた。
『マズい!黒竜に体と心を支配され始めている!』
孝太郎の中の青龍が語った。
「一体、何が…」
「あいつの中にいる黒竜が心と体を支配し始めたんだ」
「そんな…どうすれば…」
「…し…て…」
沙羅が慌てる中で暗黒竜が必死に言った。
「お、俺…を…こ、殺し、て、くれ…」
「そんな、せっかく会えたのに…」
沙羅は首を横に振りながら言った。が…
「…いいだろう…お前の望み…俺が叶えてやる」
孝太郎が低い声で言った。つまり、暗黒竜を倒すということだ。
「そんな!」
「他に手がない。それに、俺は元々こいつを倒すためにここへ来たんだ」
「そんな、兄弟なのに」
「だからこそだ。兄弟だからこそ、俺は腹違いとはいえ、弟として兄を止めなければならない」
「やれるものならやってみるんだな。もう誰も俺を止めることは出来ない。くっくっく」
うろたえる沙羅をよそに冷静に説明する孝太郎。それに対して暗黒竜は不適に笑って言った。
「俺はもうじき、死神の暗黒竜として闇を支配する。それが終わったら、今度はお前たち表の世界も支配してやる」
孝太郎は何も言わずに両腕を広げて気を集め始めた。
「何をやっても無駄だ。その証拠に俺の力を見せてやる。食らえ!サタンドラゴン!!」
暗黒竜は両手首をあわせて気を放った。それは真っ黒で孝太郎のドラゴンバスターより一回り大きかった。
孝太郎は驚きながらもドラゴンバスターで対抗する。しかし、少しづつ追い詰められていき、ついには目の前まで来た。
「っく…」
『逃げろ!それ以上続けると死ぬぞ!!』
「わかってても、逃げるわけに行かないんだ。ここで逃げたら、誰があいつを止めるんだ!?」
『…』
孝太郎は諦めなかった。しかし、もう後がないというところまで追い詰められたとき、真っ白の光の壁が現れ、サタンドラゴンは防がれた。そのとき、孝太郎は白い壁とは違った光を見たような気がした。そして何かが大きく鼓動を打ったのだった。
「な、何が…!…沙羅!」
孝太郎は何があったのかわからず左右を見ると、すぐ横に沙羅が気を放った状態で立っていた。
「思ったより生きる意志が強いのね。その意思を貫き通すのに私も協力するわ」
「ちっ…魔豹(まひょう)の血を引く者め…こざかしい真似を…」
暗黒竜は苦虫をつぶしたような表情で言った。
「魔豹?」
「うん。私の先祖は、魔豹に取り付かれた巫女なの」
孝太郎が聞くと、沙羅が説明した。
魔豹とは、数千年前に人を食らうことで恐れられ、悪魔の化身として恐れられた血で染まった色をした豹のことである。
あるときから人に取り付き、その魂を食らっては次の人間に乗り移りをくり返していたが、ある時、一人の巫女を見つけ、取り付くことに成功したのはいいが、その巫女の純粋な心に清められ、色も血塗られたどす黒い赤から汚れ一つない白に変わり、その巫女を守護するようになった。
「そしてその巫女は、死にかけてた青龍を介抱した巫女でもあったの」
「な!?」
そして、魔豹はいつからか守護豹(しゅごひょう)と呼ばれるようになり、巫女の血を引くものを代々守り続けてきたらしい。
『青龍よ、私はやっとそなたに会えた』
孝太郎の頭の中で聞きなれない声が響く。
『守護豹か…』
守護豹の呼びかけに青龍が応える。
「へっ。お前ら二人まとめて地獄に送ってやる!」
暗黒竜がそう言いながら気を集める。
「そうは行くか!」
孝太郎も気を集めた。だが、もう少しでドラゴンバスターを放てるというところで、サタンドラゴンが放たれてしまった。
沙羅は再び白い壁を張ろうとしたが…
『手を出してはいけない!』
と守護豹に止められた。
「でも、このままじゃぁ…」
「いいんだ。これは俺とあいつの生死をかけた真剣勝負なんだ。誰も間に入ることは許されない!」
慌てる沙羅を孝太郎が気を集めながら話した。
『あの手にかけるのか?』
(そうだ。もしかしたらと思う部分があるんだ。それにかけてみたい)
『失敗したらそのときは死ぬぞ』
(わかってるさ。けど俺に逃げ道はない!)
青龍と孝太郎は心の中で会話していた。やがて、孝太郎はドラゴンバスターをいつでも放てる状態になり、両手首を重ねた。
「沙羅、危ないから離れてろ!」
「嫌よ!そんなことできない!私は少しでも長い間、孝太郎君の傍にいたいの!」
そう言って沙羅は孝太郎にしがみついた。
「“死にたくなかったら離れろ”っていうことはわかってる。でもね、私にも逃げ道はないの」
「…そうか…なら後ろで支えててくれるか?」
孝太郎が言うと、沙羅は頷き、孝太郎の体を支えるように後ろに立った。
「必ず生きて帰ってやる。翔たちに約束したからな」
「そうね…一緒に帰るんだから」
サタンドラゴンはもう目の前まで来ていた。だが、孝太郎は両腕を前に出していつでも放てる状態にあるのに放たなかった。
(チャンスは一回限り…これを逃したら、間違いなく死ぬ。だからこそ、生きている限り、最後の可能性にかける)


<あとがき>
明らかになった、伝説。
そして、沙羅の力の正体も判明。
孝太郎の究極奥技の炸裂。
その後、はっきりした孝太郎と暗黒竜の意外な関係。
だが、黒竜に心と体を支配されてしまう。
もう少しで死ぬと言うところでも、孝太郎は生きることを諦めない。
そんな孝太郎に一緒にいることを貫き通す沙羅。
次回、孝太郎のもう一つの技が炸裂。それは…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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