第30話
「波乱の始まり。永遠の誓い」
転校生の自己紹介を聞いてみんなは固まってしまった。孝太郎と翔の二人を除いて。なぜなら…。
「私は真月東高校から転向してきた五十嵐 神菜(いがらし かんな)だ。この西区には何年も前からよく来ているからどこに何かがあるかは知ってる。だが、この学校は初めてなので誰か案内してもらえるとありがたい。喋り方が男っぽいのは小さな頃から少し男扱いされて育ったのが原因だ。こんな私でもよかったら、よろしく頼む」
そう言って頭を下げた。
しばらくして生徒たちの硬直が解け、一人の男子生徒が質問した。
「その…彼氏とか、いるのですか?」
「彼氏はいない。だが、初恋の相手がいた」
これを聞いてざわっとなる。
「その相手は、窓際の一番後ろで、わざとらしく外を見ている海原孝太郎だ」
この返事にみんなは驚き、同時に何かが机に落ちる音がした。
その音の正体は、孝太郎の頭が肘を付いて立てている手から落ちたときの衝撃音だった。
「バンダナを外したぐらいでうまくごまかせると思ったのか?海原と、その前にいる日向」
これを聞いて翔も頭に汗が吹き出る。
「あれは忘れもしない中学2年のとき、私は海原に告白したが、あいつは私をあっさりと振った」
「ったく、いきなり「彼氏になれ」だもんな…」
途中で孝太郎が愚痴った。
「それに対してお前はただ一言。それも即答で「断る」だったからな」
そんなこんなで朝から波乱な状態だった。
「妙なことになったなぁ…」
孝太郎が一人で廊下を歩いて頭をかきながら歩いていると、
「何が?」
といきなり声をかけるものがいた。
「沙羅…」
「あの五十嵐さんと告白されたほかに何かあったの?」
「まぁ、色々とな…断った後、あいつは俺を絶対に自分の婿にするって意気込んでたからな。高校が一緒だったらどうなってたことか…」
「もしかして、東高わざと落ちたの?」
「よくわかったな。そのおかげでこうして沙羅に会えたからよかったけどな」
これを聞いて沙羅は顔を少し赤くする。
「もう…あ、よかったら、五十嵐さんのこと、知ってる範囲でいいから教えてくれない?」
「あぁ…」
孝太郎は五十嵐のことを語りだした。
先祖代々受け継がれてきた合気道を幼い頃から習っており、中学時代に全国大会で優勝したことがある。腕自慢をする男たちを手加減一つすることなく倒してきたが、ただ一人、孝太郎に敗北した。
怪談話をさせると、孝太郎と同じぐらい恐ろしい。しかもその恐怖の怪談話を孝太郎に伝授させた張本人。今では孝太郎のほうが上回っている。
ある時に孝太郎に合気道を少し教えたことがある。
東高にいたころは何をしていたかはわからないが、翔の話では合気道部の主将をやっていたとのこと。
可愛いものに目がなく、家で子猫を一匹飼っていて、自分の子供のように可愛がっている。
家は父親が大手企業の会長をしており、将来は父親の秘書として働くことが決まっている。
「へぇ…」
沙羅はただ感心していた。
「だけど、男扱いされて育ったのが影響したんだろうな。言いにくいことも平気で口にするし…」
「そ、そうね…」
沙羅は少しうろたえた。なぜなら…。
朝のHRのとき、孝太郎と五十嵐の口喧嘩を少し聞いた後、城崎が取りまとめるように言った。
「それじゃぁ、五十嵐の席だが…あれ?」
横を見ると、五十嵐はそこにいなかった。
「海原」
五十嵐は孝太郎の真横に立っていた。孝太郎は肘を付いて窓の外を見たままだった。
「やっぱりここにきたか…だけど、もう先約がいる。席なんてどこでも一緒なんだから他に行け」
「相変わらず冷たい奴だ。中学3年の時点で89センチの胸を持っていた私の誘惑に全く乗らなかったんだからな」
五十嵐が言うと、全体がざわつく。
「ん?そう言えば、少し機嫌が悪そうだな。何かあったのか?」
翔が後ろを向いて聞いた。
「あぁ…せっかく海原に会えると思ってたのに、その日に限って生理ときたものだ」
これを聞いて、女子生徒全員が顔を真っ赤にする。
「と、ところで、3サイズはどれぐらいですか?」
男子生徒の一人が恐る恐る聞いた。
「あいにく、胸のサイズしか測ったことがないから他はわからない。昨日測ったら93センチだった」
これを聞いて孝太郎と翔以外の男子生徒の鼻の下が伸びる。
しばらくして気を取り直し、五十嵐の席は廊下側の一番後ろに決まった。
朝のHRが終わったあと、みんなは五十嵐に群がった。しかも男子生徒は普通聞かないことを平気で口にするから女子生徒の中には軽蔑するものも出てきた。
「A組はこれからどうなるのかなぁ…」
「なるようになるでしょうね…」
二人でため息をついた。だが、
「前後合わせて6人ね」
「そうだな」
何かを感じて立ち止まる。沙羅は孝太郎と背中を合わせていた。
「隠れてないで出てきたらどうだ?」
孝太郎が言うと、二人を挟むように6人の男が出てきた。
6人ともレスリングをやってるかのようながっちりした体格をしている。
「さすがだな、蒼天に舞う青い龍。あの格闘大会でお前が最強だと言うことが証明された。その称号は俺たちがいただく」
6人組の一人が言う。孝太郎は暗黒竜を倒してしばらくした頃から“蒼天に舞う青い龍”と言われるようになった。
「それが目的か。だけどな、そんな欲望丸出しのどす黒い心で俺に勝つことなんてできないぜ?」
「ナメるな!…ぐあっ!」
連中の一人が襲い掛かる。だが、孝太郎はいつの間にか後ろに立って締め技をかけて気絶させた。
「孝太郎君…それ、サブミッション…」
「地獄で閻魔に会いたいならかかってきな」
孝太郎のドスの入った挑発に残りの5人は冷や汗をかいて逃げるように去っていった。
「まさか、美希さんに教わった締め技がこんな形で役に立つとはな…」
これを聞いて沙羅は少し恐怖を感じた。
いつの間にか昼休みになり、沙羅は孝太郎に弁当を渡そうと思ったのだが、すでに教室から姿を消しており、屋上だとわかっていたために戸惑うことなく向かった。
屋上には、既に落下防止の金網越しに外を見ている孝太郎がいた。
「一人で先に行かないでよぉ」
「悪いとは思ってる。けど、こうでもしなきゃぁ五十嵐から逃げられないからな」
これを聞いて、沙羅は少し笑った。
そこへ翔と留美もやってきて、4人で色々話しながら食べていた。
そして、あっという間に放課後になり、みんなは部活に行った。
ちなみに、孝太郎は中国拳法部の主将になり、翔と留美はそれぞれ空手部の主将と副将になった。
そして、五十嵐は合気道部に入った。
孝太郎は主将になった直後に指導を始めた。それもいきなり練習試合だった。
その理由を誰かが聞いた。その返事は「相手はどんな形でやってくるか全くわからない。だからこそ、どんな状況にも対応できるようになってほしい」とのことだった。
その影響か、みんなは少しづつだが強くなっていったのだった。
その後、孝太郎は部員の一人一人に風流の回避を教え、みんなと手合わせをやった。
結局、誰も孝太郎に一撃どころか、かすりもさせられなかった。みんなは逆に一撃を当てられたが、痛みが全くなかったことが不思議でならなかった。
その後は色々練習をしてあっという間に放課後になった。
翌朝。孝太郎はドアの郵便受けを何気なく調べた、そこには新聞のほかに一通のはがきがあった。
「誰だろ?…え!?」
差出人を確かめるために裏を見ると、思いっきり驚いた。
「どうした?孝太郎…はがき?…!」
翔がいきなり入ってきて、孝太郎が持っていたはがきを見て同じように驚いた。
学校で沙羅や留美にも教えたら思いっきり驚いていた。
「今度の土曜か…特に用事とか何もなかったらいいけど…」
「急用が入っても俺は断ってやるぜ」
孝太郎が少し不安そうにしている傍らで、翔は意気込んでいた。
「むしろこれを用事にしちゃえばいいじゃない」
「そうそう。せっかく友達の人生の晴れ舞台だってのに、それを邪魔したらただじゃ済まさないんだから」
沙羅と留美も意気込んでいた。
「何を意気込んでいるのかしら?」
4人で色々話しているところに京子が割り込んできた。
「あ、先生…ビッグニュースなんですよ」
「日向君、ビッグニュースってどんな?」
「今度の土曜日、英次君と川井さんが結婚式を挙げるそうなのです」
孝太郎が言うと、京子は思いっきり驚いた。
「なぜか俺のところにしか来てないみたいですね。でも、招待されてるのは俺一人じゃないみたいです」
はがきの裏には、招待客として、孝太郎、翔、沙羅、留美、京子、恭平、達夫の名前が書かれていた。
ちなみに五十嵐を誘うことをやめたことは余談だ。
五十嵐は可愛いものに目がなく、英次を見るとどうなるかが不安だったからである。
そして、土曜日になり、孝太郎たちは式を挙げることになっている教会にいた。
「あ、孝太郎さん!」
タキシード姿の英次が孝太郎を見つけて駆け寄ってきた。
「英次君…」
「招待状、見たんだね?」
「見たよ。けど、どうして俺のところにしか届いてなかったんだ?」
「孝太郎さんのところしか住所知らなかったんだよ」
「あれ?矢神先生は?川井先生が知ってると思うけど?」
「それが、緊張してたから聞くの忘れちゃって…」
「なるほどね」
孝太郎が納得しているところに、いつの間にか沙羅が横にいた。
「英次君。おめでとう」
「ありがとう、沙羅さん…ねぇ、孝太郎さん」
「ん?」
「次は、孝太郎さんたちの番だね」
これを聞いて孝太郎は驚き、沙羅は顔を少し赤くする。
「あ、時間だから行くね」
英次はそう言って笑顔でどこかに駆けていった。
「俺たちの番…か…」
孝太郎が呟くと、
「そうなるといいね」
沙羅が孝太郎の腕に自分の腕を絡ませながら言った。
いつの間にか式は始まり、真ん中ぐらいに英次が立っており、入り口からは父親の健一(けんいち)と一緒にウェディングドレスを着た仁美が入ってきた。
仁美は途中まで父親と一緒に歩いていく。そして、真ん中まで行ったところで英次と入れ替わった。
「英次君。娘を頼んだよ」
「まかせてください」
健一が言うと、英次は胸を張って答える。仁美は嬉しそうだった。
仁美は英次の横に立ち、二人で手を繋いで祭壇のほうにゆっくりと歩いていった。
誓いを交わし、指輪の交換をした後、仁美は英次の身長に合わせてしゃがみ、英次は仁美のヴェールをカーテンを開けるように取ると、仁美が英次の首の周りに両腕を回し、唇をそっと塞いだ。
いつもなら体の力が抜けてしまうのだが、今回はそうならなかった。
その後、みんなで外に出て、英次と仁美はライスシャワーを浴びる。
そんな中で仁美は手に持っていたブーケを投げた。
それを受け取らんとばかりに女性たちが群がった。京子たちもその中に入る。
ブーケは一人の女性の手に収まった。そして、その手は…沙羅だった。
「幸せにな、英次君」
「うわ!」
孝太郎は言いながら英次を肩車した。
「どうだ、高いところから見た気分は?」
「うわぁ、凄くいい」
英次は両手を振りながら喜んでいた。
「まるで親子やなぁ」
誠司が言うと、聞いたみんなが笑った。
しばらくして孝太郎は英次を下ろし、英次は仁美にお姫様抱っこをされ、顔を真っ赤にしながら教会を後にした。
その後はみんな散り散りに帰っていったが、孝太郎はふと思うことがあって教会の中にいた。
「一人で何してるの?」
「沙羅…」
一人で祭壇に飾られている聖母マリア像を見ていた孝太郎に声をかけたのは、沙羅だった。
「聖母マリア様…もしかして、見とれてたの?」
そう聞きながらジト目でニラむ。
「そうじゃないさ。ただ…」
孝太郎は聞かれることがわかっていたのか、落ち着いていた。
「ただ、何?」
「…沙羅に同じかっこうさせたら、どうなるかな?って…」
これを聞いて沙羅は顔を真っ赤にする。
「ば、バカ言わないで!」
「うっ」
沙羅は照れ隠しなのか、孝太郎を無理矢理振り向かせ、引き寄せて抱きしめた。
「…でも、見せてあげたいな…」
「きっと、似合うぜ」
お互いにささやきあった。孝太郎はいつの間にか沙羅の背中に両腕を回していた。
「…結婚は、お互いの人生の半分を分け合うこと…仁美さんからそう聞いたわ」
「英次君は、それを知りながら川井さんに…」
二人はそっと体を離して目を合わせていた。
「…私の人生の半分を分けてあげられる人が、孝太郎君だったらどんなにいいか…」
「沙羅…」
「…愛してる…孝太郎君…」
「…俺もだ…沙羅となら、ずっと一緒にいたい…」
これを聞いて沙羅は孝太郎の首の周りに両腕を回し、目を閉じて唇を塞いだ。
孝太郎は戸惑うことなく、沙羅の想いに応えるように目を閉じた。
その状態のままで、沙羅は舌を孝太郎の口の中に無理矢理突っ込み、それを感じた孝太郎は取られないように舌を引っ込めたが、それも失敗に終わり、あっという間に舌を奪われた。
「!」
孝太郎は離れることも出来ずに沙羅の思うがままになっていた。
しばらくして唇は離れ、体も離れた。
「もう、離さないから…」
しばらくの間、孝太郎は放心状態だったが、ふと何かを感じた。
「隠れてないで出て来いよ、五十嵐」
孝太郎が出入り口を見ながら言うと、五十嵐が頭をかきながら入ってきた。
「しばらく会わない間に随分と強くなったんだな」
「五十嵐さん…どうしてここに?」
「海原たちの後をこっそりとついてきたんだ。気配を消しても感じることが出来るってことは、海原は最初から気付いてたのか?」
「まぁね。言う必要もないと思ってたから黙ってたけど。それより、用でもあったのか?」
「用ってほどのことじゃない。何となく、海原の隣に座ってる矢神さんがお前の彼女だってことは何となく感じてた。中学のとき、お前は女子生徒が隣に座るのを嫌がったからな」
「「…」」
「だけど、再会したときは驚いた。隣に矢神さんが座ってても拒絶しなかった。しかも心の闇と傷がなくなって…」
そう言いながら、頭をかくのをやめて孝太郎たちの方へ歩いていく。
そして、目の前ぐらいまで来て止まった。
「海原…」
「ん?」
「私は本当にお前のことが好きだった。だからあっさり振られたときは本当にショックだった…私にも、矢神さんと同じぐらいのしぶとさがあったらよかったのにな…」
「五十嵐…」
孝太郎が呟くと、五十嵐は沙羅を見た。
「矢神さん」
「はい…」
「海原を頼むぞ」
そう言って手を差し出す。
沙羅はそれを見て自分の手を差し出し、握手した。
「海原と矢神さんの誓いは、私が確かに見届けた。今後は二人の幸せを見守ることにしよう」
そう言って五十嵐は背を向けて去っていった。
しばらくして、孝太郎と沙羅も帰っていった。
<あとがき>
孝太郎と翔が苦手だった五十嵐との再会。
そして、英次と仁美の結婚式。
そのあと、誓いを交わした孝太郎と沙羅。
次回、孝太郎は本当の意味での過去との戦いをすることに。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。