第31話
「夢幻の死闘」
英次たちの結婚式が終わってから数日後の土曜日。
夕方頃に孝太郎は東京のとある河原に拳法着を着て一人で立っていた。その理由は、英次との手合わせである。
2・3日ほど前に英次から電話がかかってきて、練習に付き合ってほしいと頼まれたのだった。
時間は夕方頃としか英次は言わなかった。なぜなら仕事の都合もあり、はっきりした時間が言えなかったからである。
英次は聖花保育園で保父の仕事をしており、無邪気な性格をしていることもあって園児たちの間で人気者だそうだ。
仁美は将来は律子のように教師になるために大学に進学した。
誠司は怪力を活かして工事現場で働き、美希は翻訳家になるためにアメリカに留学した。
(俺も進路について考えないとな…)
こんなことを考えているときだった。
「お待たせ」
空手着を着た英次が笑顔で堤防から降りてくる。
「にしても、いきなり手合わせか…」
「うん。ここ最近、体がなまってるから。それを解消できるのは孝太郎さんしかいないと思ったから」
英次はそう言いながら孝太郎の正面の少し離れたところに立つ。
「ま、俺も最近は運動不足でさ。それを解消できるのは英次君しかいないって思ってたから丁度よかった」
これを聞いて英次は笑う。
「中国拳法部の主将の台詞じゃないよ」
「それもそうだな」
孝太郎も笑顔で応える。
「今回は練習だから、基本技しか使わないよ」
「そうか。ま、そのほうがいい運動になりそうだ(他にも何かありそうだな)」
この後、二人は同時に構えた。
そして、英次がダッシュをして間を一気に詰め、気を集約した掌での連打、つまり連打掌を繰り出した。
だが、孝太郎は目を閉じて風流の回避で全て回避していた。
「回避してばかりじゃぁ当てられないよ?」
「わかってるさ」
今度は孝太郎の攻撃だった。隙が全くない手足を使った連続攻撃だったが、英次は孝太郎がやったように目を閉じて全て回避していた。
「へぇ、目を閉じてると風を感じやすくなるんだね」
「それが風流の回避の基本だ」
「でも…破震掌(はしんしょう)!!」
「ぐっ!」
英次は一瞬の隙を突いて孝太郎の腹に一撃を当てた。
普通ならビクともしないはずだったが、英次は当てる際にコークスクリューを繰り出していたため、孝太郎は内部にまでダメージを受けて硬直した。
「っく…今のはかなり効いたぞ」
孝太郎は痛みをこらえながら構え直し、英次はお構いなしに連続パンチを繰り出した。
「まさか…」
孝太郎は英次の両手に集まっていた気を感じて呟くと、それは予想したとおりだった。
「烈火拳!」
英次の拳の部分は大きく見え、孝太郎は驚きながらも回避していた。
そのうちに英次はアッパーを出し、孝太郎はそれをまともに食らったが、霧を散らしたような感じだった。
少し離れたところで孝太郎は着地する。
「英次君の浮体だ」
「やると思ったよ」
この後も二人は色々な攻撃を仕掛けていき、教え教えられといった感じだった。
お互いに口で言うよりも体で覚えるほうがいいのだろう。見よう見まねだが、確実に身についていた。
「旋風踵蹴り!」
英次は孝太郎の左肩に自分の左足を乗せ、体を時計回りに捻って右足の踵を孝太郎の鳩尾に当てようとしたが、孝太郎は手で受け流すようにして防ぎ、少しかがんで下段ストレートを繰り出した。この時、手の甲は下をむいていた。
孝太郎の攻撃は空中で体を捻って相手に向くように着地した英次の腹をコークスクリューが直撃した。
「うっ!」
英次は驚きのあまりにしばらく硬直していた。
本当なら気絶するほどの威力だが、威力を弱めたことで硬直だけですんだ。
「やってくれるね。崩拳と破震掌を一つにして当てるなんて…」
「ま、何気なくやってみただけなんだけどな。合成技の破震崩拳(はしんほうけん)といったところか」
「凄いね。加減したことはわかってたけど、本気なら威力はかなり上だね」
そう言いながら構えを解いて孝太郎に近づく。
孝太郎も構えを解いた。つまり、手合わせが終わったのだ。
「そうか…ところで、俺に手合わせを頼んだ本当の理由は何だ?」
「やっぱりわかってたんだね。それはね、俺が持ってる技を自分だけのものにしたくなかったんだよ。だから、一人でも多くの人に使えるようになったら…そう思ってね。孝太郎さんなら見よう見まねでもできるんじゃないかと思って…」
「英次君…(どこまで友達思いなんだ…)」
この後は色々と雑談を交わし、別々に帰っていった。
翌日。天気は晴。孝太郎は何気なく西区の神社に一人でいた…のだが、後ろから声をかける者がいた。
「何してるの?」
沙羅だった。何気なく出歩いているとき、孝太郎の後ろ姿を見つけて声をかけようとしたのだが、雰囲気がいつもと違うことに気付き、感付かれてることを承知の上で尾行したのだった。
「ちょっと気になってな…」
「何が?」
「俺が親父たちを殺した日のことさ。時々だけど、夢に見てうなされる…」
「…」
「別に過去に目を背けてるわけじゃない。けど、今でも夢に見て、しかも目を覚ましたら汗だくになってて…」
孝太郎は賽銭箱を見ながら話していた。丁度賽銭箱が置いてある辺りで、孝俊は死んだのだった。そうしているうちに孝太郎の耳の奥で耳鳴りが響いた。
「どうやら、決着をつける必要があるみたいだな」
そう言いながら賽銭箱の奥の短い階段に座る。沙羅は孝太郎の一段後ろで孝太郎を支えるように座った。
「しばらくの間、俺の体を支えててくれ」
沙羅は何も言わずに頷いて自分の腕の中に孝太郎を引き寄せた。が、内心は不安でいっぱいだった。
「心配するな。必ず戻ってくる」
孝太郎の真剣な表情に沙羅は少しうろたえた。が、その直後に孝太郎は目を閉じて動かなくなった。
沙羅は孝太郎が自分の過去との決着をつけにいったことを悟り、何も言わずに孝太郎の体を包み込むように抱いていた。
そして、孝太郎は…。
「…おそらく、3年前の3月28日…」
先ほどまでいた神社の境内に孝太郎は一人で立っていた。さっきまでとは違い、大雨が降っていた。
さっきまで賽銭箱の傍にいたのに、今は神社の出入り口にいた。
「やっぱり、そうか…」
孝太郎は自分が今いるのが3年前だという証拠を見つけて納得した。それは賽銭箱だった。
3年前の殺人事件の数日後、賽銭箱は古くなったこともあって新しく作り変えられたのだった。
「ん?そう言えば、寒くないと思ったら…」
何気なく足元を見たとき、傘を差してないのに自分の体が濡れてなく、それどころか、雨はすり抜けていた。
しかもいつの間にか、腰には青龍の剣を入れた鞘が付いたベルトが巻かれていた。
「確か、あの時はこうしているときに…」
(来たようだぜ)
(そうみたいだな)
何の前触れもなく影が語りだし、孝太郎も応えた。
周りは20人前後の男たちが孝太郎を囲い始めた。
孝太郎は始めからわかってたかのように振り向いた。
「まさかお前から会いに来るとはな」
孝太郎の正面のかなり離れたところには孝俊がいた。違うとすれば、孝俊も腰に刀を添えていた。
「今頃俺の夢に出てきたりして何の真似だ?」
「あの時の屈辱を晴らすのさ。あの時は予想外なことに驚いて失敗したが、今回はそうはいかん」
「へっ…あの時と何も変わってないな…また死にに来たのか?」
これを聞いて孝俊は少し眉を尖らせた。
「父親を侮辱するとは…それなりの覚悟はできてるんだろうな?」
「息子を殺そうとした父親には言う資格のない台詞だな」
孝太郎はずっと無表情だった。
孝俊は何の前触れもなくダッシュして目に見えない速さで抜刀し、孝太郎は回避することなく切られてしまい、真っ二つになった。
「ふっ。父親を甘く見るとこうなるんだ…!?」
孝俊は不適に笑っていたが、孝太郎の体が霧のように散ったのを見て驚いた。
「さっきのは、残像!?どこにいった!?」
孝俊だけでなく、周りの男たちも探していた。
「忍びとは、影…これを会得した者は、その存在が幻と化す…」
孝太郎の声が境内に響き、一瞬だがみんなの動きが止まった。
「これを空蝉(うつせみ)って言うんだ」
そう言いながら、一本の木の後ろから姿を現す。
これを見た孝俊は不適に笑い、再び孝太郎に向かってダッシュし、再び居合い抜きをしたが、今度は孝太郎がいつの間にか抜いていた青龍の剣で防がれた。
「くっ」
孝俊は苦虫を潰したような表情になってバックステップで間を空ける。
それを皮切りに周りの男たちが孝太郎に襲い掛かった。
孝太郎はそれを見ても怯えることなく、刀身に気を集めて真横に振り回した。
すると、三日月のような形をした衝撃波が現れ、広がって襲い掛かった男たちを吹き払うように倒していった。
孝俊はそれを飛び越すようにして回避した。
「俺の剣術技の一つ、それがこの剣圧波(けんあつは)だ…ん?」
剣を納めながら周りを見ると、倒された男たちは霧が散るかのように消えていった。
「どうやらあの世に戻ったみたいだな」
「つまり、成仏したってことか…」
孝俊が言うと、孝太郎はそれを理解したかのように言う。
「そういうことだ。ここはこの世とあの世の間。ここでお前が死ねば、私はこの世に戻ることが出来る」
説明しながら孝太郎を切りつけたが、全て空蝉で回避されていた。
「一度死んだ人間は生き返ることはない。仮にここで俺が死んだとしても、あの時死んだのが二人になるだけだ」
もう少しで孝太郎に当たるというところで、孝太郎は左手の親指と人差し指を使って受け止めた。
「どうかな?あの時お前は暴走して私を殺した。あの時は油断したが、今回はそうはいかん。お前を倒して、最強の座を取り戻すまで、私は何度でもこうして現れる…ぐは!」
孝俊が不適に笑いながら言う中で、孝太郎は孝俊のがら空きになっている腹に右手で破震崩拳を当てた。
「技を繰り出す予兆はたっぷり見せたのに…そんなどす黒い心で俺に勝つなんて無理だ」
そう言いながら左手で掴んだ刀を投げ捨てた。
孝太郎が孝俊と対面している間、現実では太陽が真上に差し掛かった。
だが、孝太郎は目を覚ますことなく、呼吸以外の動作を見せない。
沙羅は孝太郎の体を抱いたまま、あまり動かなかった。
(絶対に帰ってくるって言ってたから…あの時もかなり後だったけど、約束どおりに戻ってきてくれた。それなのに…)
どうやら、去年の日本刀で重傷を負った事件の数日後に意識を取り戻した孝太郎の頬を思いっきり引っ叩いたことを後悔しているみたいだった。
(今度は…帰ってきたら、暖かく迎えてあげよう)
そう思いながら、孝太郎の髪を優しく撫でた。
「ぐは!」
孝俊は孝太郎の強烈な一撃で吹っ飛び、背中から木に激突した。
「さっきまでの意気込みはどうした?」
「ぐっ、黙れ…っく…こうなったら…」
孝俊は苦しそうに立ち上がり、右腕を振り回した。
「?…うわ!」
孝太郎には何をやろうとしてるのかわからなかったが、少し強めの風が吹くと、それに吹き飛ばされてしまった。
「な…これは…」
「お前が雨に濡れてないのがその理由だ。今のお前の体は気体のようなもの。だから少しの風で軽々と吹っ飛んでしまうのさ」
「そういうことだったのか…何か変だと思ったら…」
そう言いながら立ち上がる。
「っく…」
現実では、何も言わず、少しの動作も見せなかった孝太郎が、苦しそうな声と表情になった。
「ど、どうしたの!?」
「ぐっ…っく…」
形勢逆転となり、孝俊の操る風に孝太郎は吹っ飛ばされ、その度に木に激突するのだった。
気を張っていることでダメージは何とか抑えているものの、痛みはかなりあった。
「やっと私に勝機が回ってきたな。これで私が世界で最強になれる」
孝俊の右手には、いつの間にか刀が握られていた。その状態で大の字に倒れている孝太郎に歩み寄り、足の間に立って刀を下向きに構えた。
「俺を倒したところで、世界で最強になるなんて、夢のまた夢だ」
「どういうことだ?」
「俺より強い奴が世の中にいっぱいいる。世界最強の称号がほしいなら、それを持ってる奴を倒せばいいだろ?」
「その称号を持てる奴を、お前はこの前倒したんだ」
「?…まさか…暗黒竜…」
「そうだ。お前の義理の兄、竜雅。あいつが死んだことでお前が世界最強だと証明されたんだ」
「なぜそこまでして最強になりたがる?」
「かつて私は中国拳法では最強だった。その座を取り戻し、ついでに世界でも最強になってやる。そのために邪魔な存在を排除してきた。そして、お前もその一人だったのだ」
「そんなくだらない目的のために、人殺しにまでなったのか」
「何とでも言えばいい。お前を排除しようとしたとき、誤算が出た。お前が暴走したために私は死に、このあり様だ」
「“欲は身を滅ぼす”…その言葉のままになったってわけか」
孝太郎は自分が死ぬ一歩前の状態でありながらも、沙羅との約束は忘れなかった。
現実で沙羅に抱かれた状態のままの孝太郎は、しばらく苦しんでいたが、また呼吸以外の動作を見せない状態に戻った。
「修学旅行で香港に行ったとき、そこで出会った預言者を名乗る人は言ったわ…」
沙羅は何も返事をしないことを知ってても孝太郎に語りかけた。
「私を守ると約束した侍は、どんな修羅場に遭遇しても必ず帰ってくるって…そして…」
しばらく黙ったが、髪を撫でながら呟いた。
「…私が唯一本気で愛した人は、数年後には伝説の英雄になるって…」
そう言って腕に少し力を入れる。
「意味はわからないけど、ここで死んだら駄目よ。それに、必ず戻ってくるって言ったじゃない」
いつの間にか、沙羅は涙を流していた。
「約束を、約束のままで終わらせないで…私を一人にしないで…」
そう言って孝太郎の唇を自分の唇で塞いだ。
(ん?唇に感じる暖かさは…)
孝太郎は自分の唇に手を当てて何なのかを考えていた。
(まさか、沙羅…力がみなぎってくる…)
「これから死ぬってときに、何を考えている?」
考え事をしているときに孝俊が突っ込んだ。
「残念だが、俺は死ぬわけに行かない」
「なに?」
「現実で俺の帰りを待ってる人がいる。それに、俺も必ず戻るって約束したから。俺はここで死ぬわけに行かない」
「黙れ!」
孝俊は怒りの表情になり、構えていた刀を孝太郎の心臓に突き刺そうとした。
だが、孝太郎は反時計回りに体を捻り、その勢いで、左足の踵を孝俊の足に、右足を腰に当てて転倒させた。
「ぐっ」
孝俊を転倒させて孝太郎は間髪をいれずに立ち上がってバックステップで間を空けた。
「間を空けたのが命取りだったな」
そう言って腕を振り回して風を操り、孝太郎に向けて強めの風が吹いた。
「さっきのようになるだけだ。今度こそ…なに!?」
孝太郎は吹っ飛んだが、抵抗するどころか、流れに乗って受け流した。
「気体は確かに風に流されやすい。けど、流れに乗れば防ぐのは簡単だ(英次君の浮体の原理とは違うかもしれないけどね)」
そう言いながら落ち葉のようにゆっくりと着地する。
そこへ孝俊がダッシュして居合い切りをした。だが、当然ながら孝太郎は空蝉で回避した。
今度は孝太郎が少しかがんで目を閉じ、居合いの構えをした。
「居合い切りか。まあいいだろう…な!?」
孝俊も同じように居合いの構えをしたが、孝太郎は居合いの体制のままで滑るように動き、しかも残像が出た。
その状態で孝俊の目の前まで移動し、孝俊の体を何度もすり抜け、その度に孝俊の体には切り傷ができた。
痛みもあったが、それは峰打ちによるものだった。
「っく、それも剣術の技か?」
「そうさ。幻影斬(げんえいざん)といったところかな?」
孝太郎は残像を出したまま移動し、孝俊の目の前で止まって剣を突き出した。
「ぐっ…なぜだ…なぜ私はお前に勝てない!?」
「心構えの違いだ。親父はただ俺を殺すために、欲に支配された心で俺に戦いを挑んだ。だけど、俺がここに来た目的は自分の過去に決着をつけるため。その部分は同じかもしれないけど、俺はこんなときでも勝敗に拘らなかった。そこが一番の違いだ」
「なるほど、私を相手にしても、お前は敵対心を全く持ってなかったということか」
「そういうことだ。もうやめるんだな。結果は見えてる」
そう言いながら青龍の剣を鞘に納める。
「いいだろう。だが、次は必ずお前に勝つ!」
そう言って孝太郎に背を向けて神社から去ろうとした。が…
「親父に次はないぜ。この場で嫌でも成仏させてやる。青龍とともに天に帰るがいい!」
「なに!?…!」
孝太郎が低い声で言うと、孝俊は振り向いた。だが、孝太郎はいつの間にか孝俊の目の前にいた。
「青龍昇天拳(せいりゅうしょうてんけん)!!」
孝太郎は孝俊の腹にアッパーを当てて浮き上がらせ、同時に地面から青龍が出てきて孝俊を銜えた。
青龍はその状態で空に向かって真っ直ぐ飛んでいった。
「そ、そんな…私はお前を倒すまでは…離せーーー!!!」
「青龍はもともと天に存在した伝説の龍。いつかは天に返そうと思ってたところ。その際に口に銜えた魂を決して離すことなく天に連れて行く…」
青龍は雲に穴を開けてもまだ昇っていた。
やがて、見えなくなったときに空を覆っていた雨雲が風で吹き払われるようにしてなくなり、雨が止んで眩しい太陽の光が差し込んだ、
「俺にはもう、青龍の力は残ってないだろう…」
そう呟きながら全身から気を集めてドラゴンバスターを放とうとしたが、太いレーザーのような気は放出されても、先は龍の頭の形をしていなかった。
(我はいつか、お前に再び力を貸そう。それまでの間、さらばだ)
孝太郎の頭に青龍の声が聞こえた。
(そうだな…今の俺には青龍の力は手に余るみたいだ。いつかまた暗黒竜のような邪悪な存在がこの世を脅かし始めたら、そのときにまた会おう…)
心の中で青龍に語り、眠気を感じて賽銭箱の奥にある短い階段に座った。
「沙羅…今からそっちへ帰るぜ」
呟いた後、孝太郎は眠るように眼を閉じ、その直後に意識がなくなった。
しばらくすると、孝太郎はなにやら暖かいものに包まれていることに気付く。
目を開けると、沙羅の顔が間近にあって少し驚いた。
その際に体が少し動き、沙羅はそれを感じて孝太郎を見た。
「あ、やっと帰ってきてくれた」
「必ず戻るって約束しただろ?」
「うん。おかえりなさい」
沙羅は優しい声で言うと、孝太郎の唇をそっと塞いだ。
しばらくして唇は離れ、孝太郎は夢(?)の中でのことを口にした。
「そうなんだ…やっと過去との決着がついたのね」
「だけど、それと同時に俺から青龍の力が失われた」
これを聞いて沙羅は驚いた。
「ど、どうして!?」
「親父を天に送る際に青龍の力を使ったんだ。つまり、青龍が天に帰るときに親父の魂もつれて帰ったんだ」
「そうなの…」
「あの力は今の俺にとっては手に余る力だったんだ。いつかは天に返そうと思ってたところだったから丁度よかったんだ」
そう言って空を見上げる。孝太郎の表情は清々しそうだった。
『青龍は、いつかまた会おうというかつて私と交わした約束を果たし、いつか帰るべき場所へ帰っていった…私はこうなる前は悪魔の化身だったから天に帰ることは出来ない。だが、青龍はいつか再び力を貸すだろう』
守護豹の声が孝太郎と沙羅に聞こえた。
「あ、孝太郎君…探したよ」
二人で話しているところに、恭平が来た。
「恭平さん…俺に何か用でもあったのですか?」
「まぁそんなところだよ。昼まだだろ?話もあるし、うちで食べないか?」
「まぁ、迷惑にならないなら…」
孝太郎は少し引き気味になりながら言った。
「誰も迷惑なんて思ってないわよ。むしろ歓迎するぐらいだから」
いつの間にか横に座った沙羅が笑顔で言う。
「そうか…じゃぁ行くか」
3人で沙羅の家に行き、京子と沙羅が作った食事を4人で食べた。
「で、俺に話って何ですか?」
頃合を見計らって孝太郎が聞いた。
「京子と話し合ったことなんだが、うちで一緒に住まないか?」
「え!!?」
「に、兄さん、本気なの!?」
「本気だとも。孝太郎君は沙羅と付き合ってるみたいだし、僕も君に格闘に関することを色々と教えてほしいと思ってたからね。最近、中国拳法にも興味を持ってね」
「居候…ですか…そうしなければならないほど困ってることはないのですけど…」
孝太郎は渋っていた。そこへ京子がこうなった理由を説明した。
「海原君をうちに住まわせるのは、海原君のことだけじゃないの。沙羅のことも考えて決めたことなの」
「私のこと?」
沙羅が聞くと、恭平と京子は頷く。
「もしかして、あれですか?」
孝太郎が聞くと、3人は頭に?を浮かべた。
「実は、去年の冬休み、京都に合宿に行ったときに…」
これを聞いて沙羅はガクガクと震えだした。それを見て恭平は頷き、京子は沙羅を後ろから包み込むように抱きしめた。
「過去に何があったのですか?俺には知る権利があると思います」
「そうだね。君には権利があるなしに関係なく、知ってほしいから話そう」
恭平は沙羅に何があったのかを語りだした。
<あとがき>
社会人になった英次との手合わせ。
それを終えて本当の目的を知る。
その次の日、孝太郎は自分との過去に向き合うために神社へ行く。
そして、沙羅の目の前で眠りに付き、夢幻の中で父親との死闘を繰り広げる。
決着をつけるために技を放ち、同時に青龍を天に帰す。
そして、現実に帰ってきた孝太郎を恭平が訪ねた。
沙羅の家で、恭平は孝太郎に居候の話を持ちかける。
次回、沙羅の過去が明らかに。
それだけでなく、もう一つの秘密が明かされる。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。