第32話

「潜んでいた闇」

恭平は沙羅が一人になることを極端に怖がる理由を話した。

小学校3年のある日、沙羅は友人と少し遠くに遊びに出かけ、夕方になったので帰ろうとした。
途中までは友人たちと一緒だったのだが、気が付いたら周りに誰もいなくなっており、沙羅は友人たちの名前を呼びながら探したが見つからなかった。
やがて夜になり、友人たちは見つからず、帰り方もわからないためにあちこち彷徨い、ついにはうずくまって震えだした。
そこへ丁度巡回していた警察官が見つけて保護し、いつも持っていたお守りの中に入っていた身分を証明するものを手がかりに家に電話して沙羅は無事に家に帰ることが出来た。
だがこの日以来、沙羅は一人になることを極端に怖がるようになり、誰かが傍にいないとうずくまって震えだしてしまうのだった。

「そんなことが…だから京都で…」
孝太郎は沙羅の心の傷の深さを知って驚くばかりであった。
「今はその頃ほどではないにしても、見知らぬ場所で一人になると震えてしまうんだ」
沙羅は震えながら孝太郎の腕に両腕で触れた。
「かなりの重症だな…ここまで怯えるなんて…」
「確かに一人になるのは怖いわ。でも、これだけじゃないの」
沙羅が話すと、孝太郎たちは?となった。
「私、中学のときに、何気なく見た戸籍で養子だって知ってしまったの」
これを聞いて孝太郎たちは驚いた。
「知ってたのか…」
孝太郎が言うと、今度は沙羅たちが驚いた。
「どうして海原君がそれを知ってるの!?」
「翔から聞きました。彼氏である俺は知ったほうがいいということで…」
「そうか…日向君の行動は間違ってない…沙羅の本当の両親は沙羅が生まれて間もない頃に亡くなった。沙羅の両親とうちの両親は面識があってね。沙羅を養子として引き取ってうちの子同様に育てたんだ」
「そうだったのですか…」
「そういうわけなの。海原君、居候の件はゆっくり考えて返事してほしいの」
「…わかりました。返事は必ずします」

色々と話した後、恭平と京子は用事で出かけ、沙羅の部屋では孝太郎と沙羅が一緒だった、
「落ち着いたか?」
「う、うん…このままでは駄目ってわかってても、一人になるととてつもない恐怖感が襲ってきて…」
沙羅はそう言いながら震えだす。孝太郎は沙羅の肩に後ろから手を回した。
「今はこうして傍にいるから、何も怯えることはない…?」
何も言わずに動かなかったため、顔色を伺うと、眠っていた。
「まさか、精神世界へ…あそこは自分以外誰もいないのに…」
孝太郎は沙羅を抱き寄せ、手に少し力を入れてしばらく考えた。
「沙羅はあの時、こうして俺の帰りを待ってたのか…」

沙羅の意識は何もない暗闇に沈んでいた。
「ここは…どこなの?…何もない…真っ暗…誰もいない…誰か来て…私を一人にしないで…」
沙羅は蹲って震えだした。そこへ…
「ここでそんなことしてても、誰も助けに来ないわよ?」
不適に笑う声が聞こえ、沙羅は顔を上げた。
「私と同じ声…まさか、影?…うっ!」
聞いているときに胸にストレートを受けて吹っ飛んだ。
「よくわかったわね。とはいっても、経験者が身近にいるからわかるわよね?」
「ど、どうしてこんなことを…」
沙羅は痛みをこらえながら立ち上がった。
「あなたが彼の側で安らぎを感じてる間に私は闇を増幅させてたの。そして、どれだけ大きくなったかを見せるためにあなたの意識を引きずり込んだのよ」
「…こんなことをして、何の得になるの?」
「損得の問題じゃないわ。あなたに代わって私が表に出て、心を満たすだけよ」
「殺しで快楽を得る気ね?そんなことはさせない…がはっ!」
今度は後ろから蹴りを食らってうつぶせに倒れた。
(っく…彼はあの時、こんなことをやってたの?)

「うっ…」
現実で昼前の孝太郎のように沙羅が苦しみだした。
「始まったか…」
かつて経験したことでわかっているみたいだ。
「沙羅…絶対に帰って来いよ」
孝太郎は気を放出して沙羅を守るように包み込んだ。

「もうお終いのようね」
影は少しも動かない沙羅の前で仁王立ちをして不適に笑いながら言った。
(こんなとき…孝太郎君ならどうしてたかな?)
沙羅はぐったりした状態でこんなことを考えていた。
(彼はきっと、昼前にこんなことをやってたのね…そして、今はあの時の私と同じように…)
影は沙羅の胸倉を掴んで無理矢理立たせた。
「彼は一つになったけど、私たちの場合はそうは行かないわ。私が入れ替わって、彼をもう一度二つにして一緒に暴れてやるのよ」
「…そんなこと…彼が許すとでも思うの?」
「悪あがきもそのぐらいにしないと、あなた死ぬわよ?」
「悪あがきなんかじゃないわ。彼はこんなことは望んでないはずよ」
そう言うと、沙羅の体が淡い光に包まれた。
「な、何なの!?」
影は沙羅から離れ、沙羅は地面に落ちたが、痛みを感じてないみたいだった。
「この感じは…孝太郎君…」
「こんなこと、あってはならないことよ!」
影は沙羅に襲い掛かり、連続攻撃を繰り出したが、沙羅は全て防いでいた。
「そんな焦った気持ちで私に当てることは出来ないわよ」
「うるさいわね!闇に染まって化け物になった私には他に手がないんだから!」
「そうやってそのままいじけるつもりなの!?」
沙羅は怒りながら影に孝太郎の基本技、烈火拳を当てて吹っ飛ばした。
烈火拳と入っても、両手の最初の一発しか大きく見えなかった。
「ぐっ…っく…」
「今のあなたの姿は、小学校時代の私そのままね」
言いながら影に歩み寄る。
「え?」
「かつて私もあなたみたいにいじけてたわ。でもね、ある本を見て知ったことがあるの」
影は何もしない沙羅を不思議に思いながら立ち上がる。
「一番の化け物は、姿や形じゃなくて、人を憎んで自分を蔑む心そのものなの」
そう言いながら、影を抱き寄せた。
「あ…」
「自分のことを何も理解してもらえずに、それを理由に何からも壁で遮ってしまったら、その化け物は形になって外に出てくるわ」
中学のとき、沙羅は戸籍で養子だということを知り、それがいつの間にか学校に知れ渡ったためにいじめられたことがあり、これが原因で壁を作ってしまったのだった。
だが、一部の友人がそれを知っても態度を変えなかった。そのおかげで、化け物は形になる寸前で止めることが出来た。
「これも本に書いてあったことだけどね。たった一人でも自分のことを必要としてくれる人がいる限り、人はどこまでも強くなれるのよ」
影は目を閉じて沙羅の暖かさに身を委ねていた。そのうちに影は溶け込むように沙羅の中に入っていった。

「どうやら、うまく収まったみたいだな」
孝太郎は沙羅の体を抱いたまま呟いた。
「誰も気付かないところで、影は巨大化してたのか…これでもう大丈夫だな…!」
もうすぐ帰ってきそうに感じたが、何かとてつもなく巨大な黒いものを感じた。

「な、何あれ!?」
暗闇は少しづつ明るくなっていったが、真っ白な空間になったとき、目の前に悪魔のような巨大で黒い影が現れた。
(私の中の化け物と守護豹が魔豹だった頃の邪悪な心が融合した姿よ。もう止められない)
影が応えて怯えだした。
「うまくいったと思ったのに…余計なことをしてくれたな」
悪魔は沙羅に影で出来た巨大な剣で切りかかる。沙羅はそれを気を張った腕で何とか防いだ。
「っく…」
「我とお前とでは力に差がありすぎだ。それをわかってるなら、大人しくしろ」
「たとえ自分の負けが確実だってわかってても、素直に降参するほど私はお人好しじゃないわ。彼もそうだった。死ぬとわかってても、生きる意志を持って数々の死線を乗り越えてきたわ」
沙羅はそう言ってダッシュで間を詰め、覚悟の上で烈火拳を繰り出した。
だが、悪魔には効くことがなく、吹き払われるように吹っ飛ばされた。
「きゃっ!」
地面に落ちて強い衝撃を受けるかと思われたが、誰かに受け止められた感じがして目を開けると…。
「こ、孝太郎君!?」
「よくがんばったな…後はまかせろ」
沙羅は孝太郎がいることが不思議でならなかった。
孝太郎は沙羅を地面に下ろし、悪魔に向かって歩き出した。
「無駄なことを…現実の世界で何もせずにじっとしていればよかったんだ。そうすれば死ぬこともなかったからな」
「言うことはそれだけか?」
悪魔が不適に笑いながら言う中で、孝太郎はずっと無表情だった。
「我を倒そうと思ってるのかもしれんが、今のお前には青龍の力がない。それに、真・彗星拳も我には効かぬ。さぁ、どうする?」
「そうだなぁ…じゃぁこれを使うか…」
悪魔の挑発に孝太郎は受け流すかのように言って両腕を胸の辺りでクロスさせて気を集めた。
「気の集め方が違うが、真・彗星拳と変わりはないぞ?」
悪魔はそう言って孝太郎に襲い掛かった。だが、孝太郎は彗星のように輝く気を両手に分けた。
影で出来た剣で切りかかったが、それを孝太郎は左手に集めた気で防いだ。分けたとはいえ、その気の威力はかなりあった。
「っく…こんなもの…!?どこに行った!?」
悪魔は押されながらも何とか防いでいたが、孝太郎の姿がなかった。
「その彗星はおとりさ。本番はこれからだ!秘奥技の一つ!真・彗星双拳(しん・すいせいそうけん)!!」
孝太郎はいつの間にか後ろに立っており、気の破裂を利用した勢いでのダッシュで間を詰め、右手のストレートを思いっきり当てた。
「な!?いつの間にそんな技を!?…ぐぐぐぐ…」
「超新星大爆発を編み出したときに既に身についてたんだ。ダメージは真・彗星拳の倍以上になるけど、それ以前に生きてないだろう…」
「我は滅びぬ!命あるものに邪悪な心がある限り…ぐあああああああ!!!!
彗星は前後からの衝撃が重なって爆発を起こし、悪魔は粉々に砕け散ると、霧が散るように消えた。
「邪悪が滅ぶことがないのはわかってる。だけど、邪悪に打ち勝とうとする意思が人にある限り、善なる心も滅びることはない」
そう言って沙羅に歩み寄った。
「…」
沙羅は何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
「もう大丈夫だ」
孝太郎はそう言って沙羅に手を伸ばす。沙羅はそれを見てはっとなり、伸ばされた手につかまって立ち上がった。
「あ、ありがとう…」
「影と一つになった今、もう一人に怯えることもないだろ」
そう言って孝太郎は沙羅の手を引いてゆっくりと歩き出した。
「どこへ行くの?」
「ここに来る前までいたところさ。もうここにいる理由もないだろ?」
これを聞いて沙羅は安心する。
二人は無言で何もない空間をまっすぐ歩いた。そして、ある程度歩いて立ち止まり、孝太郎が口を開いた。
「もうそろそろ目覚めるときだ。また後でな」
そう言って少しすると、沙羅の意識が少しづつ遠くなっていった。

「はっ…!」
沙羅は急に気がつき、周りを見ると、自分の部屋だった。
「戻ってきたんだ…え?…孝太郎君…」
ほっと一息つき、何かを感じて見てみると、目を閉じて自分の体を抱きかかえたまま少しも動かない孝太郎がいた。
(また、助けてくれたね…)
そう思いながら孝太郎の首の周りに両腕を回す。沙羅の目には涙がたまっていた。
(…孝太郎君…ありがとう…)
沙羅は目を閉じたまま少しも動かない孝太郎の唇を自分の唇で塞いで目を閉じた。
「…?…。…?…!…ん!」
孝太郎は目を覚まし、最初はわからなかったが、意識がはっきりしていくうちに沙羅に唇を塞がれていることに気付いて驚いた。
やがて、唇が離れた。
「ぷはぁ…いきなり何するんだよ!?」
孝太郎は荒い息をしながら聞いた。
「ふふ♪私が目を覚ましても、まだ寝てる孝太郎君が悪いのよ♪」
「あのなぁ…」
「嬉しかった。私の夢の中にまで来て守ってくれるなんて…」
「なんとも思ってなかったら、あんなことしないさ」
そう言って沙羅を抱き寄せる。
「あ…」
「沙羅がずっと側にいてくれれば、俺は他に何も望まない。それだけで満足だから」
「…じゃぁ、今日は1日中一緒にいようよ」
沙羅もそう言いながら孝太郎の背中に両腕を回した。

一方、その頃…。
翔は自分の部屋でどうしようかを考えていた。
「う〜ん…孝太郎は一人でどっかに行っちまったし、これといってすることないなぁ…とりあえず出かけるか」
そう言って出かける準備をして出入り口まで行ったとき、誰かが外からノックした。
「ん?誰だ?」
そう言いながらドアを開けると、そこにいたのは…。
「あ、翔、いたんだ」
「留美…どうした?」
ノックしたのは、どこかに出かけるような格好をした留美だった。
「うん。暇だったから、どこかに出かけようかと思って…一人じゃぁ退屈するだけだから翔も一緒にどうかなぁ?と思ってね」
「そうか。俺も丁度どこかに行こうかと思ってたからいいぜ」
だが、出かけようとしたとき、乱入者(?)がやってきた。
「お兄さん…」
「え?…ど、どうしてここに!?」
もう一人の女性を見て、翔は心底驚いた。
「もしかして、この子が翔の妹?」
「初めまして。日向 由梨香(ひゅうが ゆりか)です。兄がいつもお世話になってます」
留美が翔に聞くと、由梨香は自己紹介した。
翔と留美は大晦日に東区に行ったが、その理由は留美が東区を案内してほしいと頼んだからだそうだ。
そのこともあってか、由梨香に会うことはなかったため、留美と由梨香は今回が初対面なのだ。
「私は青島留美。で、翔に何か?」
「はい。実は、父が兄に話したいことがあるから来週帰って来いと伝言を預かってまして…」
「あのくそ親父め…言いたいことがあるなら自分で直接言いに来たらいいじゃないか」
翔の表情は怒りが込められていた。
「私もそう言ったんだけど、仕事を口実にして…」
「社会人だからっていい気になりやがって…何もかも思い通りにならないことを思い知らせてやる!」
「そこまで熱くならなくてもいいじゃない。それとも何かあったの?」
留美が抑えて、同時に聞いた。
翔は転校するとき、自立する機会がほしいと父親に頼んだが、本当の理由は家出だったのだ。
「1年ぶりに孝太郎にも会いたかったし、丁度いいと思ったんだ」
「へぇ…」
「最近までは親父のもとを離れたことで前に進めると思ってたんだ。けど、本当はただ逃げてただけだったんだ。留美のこともあるし、会うべきだな…」
「そう…私は当然ながら行くべきよね?」
「あぁ…それと、達夫さんや孝太郎たちにも一緒に来てもらおうと思う。立会人としてな」
「じゃぁ、お父さんには、来週会うって言っていいの?」
話が区切られたときに由梨香が聞き、翔は頷いた。
「でも、孝太郎さんには言わなくていいの?」
「あいつならもう聞いてるさ。そうだろ?孝太郎!」
「そういうことだ。みーんな聞かせてもらったぜ」
由梨香が聞き、翔は少し大きめの声で言うと、庭から孝太郎の声が聞こえた。
「こ、孝太郎さん!?」
「久しぶりだな、由梨香」
驚く由梨香に孝太郎は笑顔で応えた。
「あの子が、日向君の妹?」
孝太郎の横にいた沙羅が聞いた。
「そうさ」
説明しているときに翔たちは庭に下りてきた。
「初めまして。日向由梨香です」
「こちらこそ。私は矢神沙羅。孝太郎君の彼女よ」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろ」
沙羅が笑顔で由梨香に自己紹介すると、孝太郎は顔を少し赤くして焦った。
「こうでもしなきゃぁ取られちゃうんだもん」
「心配しないでください。孝太郎さんは私にとってはもう一人のお兄さんですから」
これを聞いて沙羅は安心したみたいだった。

この後、由梨香は翔の部屋から実家に電話をして、来週の土曜日に会うことを伝えた。
だが、この行動が翔と留美だけでなく、孝太郎たちにとっても別の意味で激戦になるとは誰も思わないだろう。
果たして、翔の父親は何を理由にこんなことをしたのだろうか?


<あとがき>
明らかになった沙羅の怯えの正体。
そして、恭平たちの本当に妹ではないことを沙羅が知っていたことに孝太郎たちは驚く。
その後、かつての孝太郎と同じように沙羅も自分の影と闘った。
影と一つになり、その後に現れた悪魔も孝太郎に倒される。
一方、翔は父親に家に帰るように由梨香から間接的に聞いて怒りが募る。
会うことを決意したはいいが、その後、翔と留美だけでなく、孝太郎たちも巻き込まれることに…。
みんなはどう立ち向かうのだろうか?
今顔はここまでです。
短文ですが、以上です。

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