第36話
「沙羅の想い」
ライヤと沙羅は託児室で色々話していた。
「まさか、あのランロンが彼女を作るなんてねぇ」
これを聞いて沙羅は顔を少し赤くした。
「ランロンはお父さんのところで修行してた頃にいろんな女性に告白されたけど、み〜んな断ったわ。それも何の迷いも持たずにきっぱりした態度で」
「日本でもそうでした。姉さんの告白もきっぱりと断るぐらいですし…」
沙羅は落ち着いて話を合わせた。だが、ライヤに抱かれているジュリアを見ているうちに自分の未来像が浮かんだ。
それは、いつか孝太郎の妻になり、子供と共に幸せな生活を過ごせたら…。
これを考えたときから、沙羅の顔は真っ赤になっていた。
「顔、真っ赤よ?…あ、ランロンとの結婚生活を想像してたでしょ?」
「う…」
ライヤはずっとジュリアを見ていたが、何気なく沙羅の顔を見たときに真っ赤になっており、その原因を突き止められた沙羅は図星だったので何も言い返せなかった。
「いいのいいの♪私も結婚前に旦那との結婚生活を想像したとき、同じように真っ赤になったから♪本当に青春ね〜♪」
「ち、ちょっとライヤさん!」
ライヤのからかいに沙羅はつい大声を出したが、周りには誰もいなかったので騒ぎにならずに済んだ。
「外まで丸聞こえだぜ」
外で孝太郎は呆れてつい独り言を言った。
託児室には誰の企みかはわからないが、マイクが仕掛けられており、外に置かれているスピーカーから内容が聞こえてくるのだった。
が、これ以上は聞かないほうがいいと思ったのか、孝太郎はスピーカーのスイッチを切った。
「この子、抱いてみる?」
ライヤが言うと、沙羅はしばらく考えてから頷き、それを見たライヤはジュリアを沙羅に渡した。
「あなたもいつかは母親になるのよ?そして、ランロンも父親になる」
沙羅は何も言わずにライヤの話を聞いた。
「考えてたこと、叶うといいわね。でも、あなたのどこに振られながらも想い続ける強さがあるの?」
「彼を愛してるから。ただそれだけです」
このときの沙羅の表情は、今までにないぐらい優しく微笑んでいた。
「へぇっきしっ!」
撮影所に孝太郎のくしゃみが響き渡り、それを聞いたみんながクスクスと笑った。
「誰か噂したな?」
そんなことを言いながら台本を見た。
「現代感のある時代劇って感じだな。日本人の俺としてはそのほうがいいかもな。しかも日本刀がなくなってみんな素手になってるし」
独り言を言いながらページをめくっていくと…。
<ひとーつ!人の世の生き血をすすり>
出演者の一人が孝太郎に歩み寄りながら言い出した。
「ん?」
<ふたーつ!不埒な悪行三昧>
声がしたほうに振り向くと、一人の男が不敵な笑みを浮かべていた。
<みーっつ!…>
<見事なハゲがある!>
どがらがたーん!!!
渋く決めようとしたのかわからないが、孝太郎が突っ込むと、男と周りにいた人たちが派手にこけた。
<四つ。余が日本人であることを忘れたか?桃太郎侍よ>
<恐れいりました。将軍様>
孝太郎が代わりに四つ目を言うと、男は苦笑しながら顔を上げた。
「さすが日本人っていったところかな?」
振り向くと、苦笑を浮かべたライヤがいた。その横にはジュリアを抱いた沙羅がいたが、状況がわかってないみたいだった。
「わずかながら、俺には中国人の血が流れてますけどね。そういえば、その子にジュリアって名付けた理由は何ですか?」
「どうしてか私にもわからないの。何となく思いついた名前だったわ」
孝太郎が聞くと、ライヤは何かを考えるような仕草をしながら言った。
(ほんの一欠片のような形で残ってたのか…だけど、なぜ俺だけ今でもはっきりと覚えてるんだ…?)
そんなことを考えているときに沙羅が声をかけた。
「ねぇ、孝太郎君が持ってた青龍の力なんだけど、どうして青龍だったの?風水には青龍のほかにも朱雀、白虎、玄武ってあるでしょ?なのにどうして?」
「偶然だったんじゃないかな?とは言っても、師匠が受け継いでた頃は白龍(はくりゅう)だったみたいだけど…」
「白龍?…あ、パイロンって名前からそうなったのね?」
「きっとそうだと思う。俺が受け継いだときに青龍に戻ったのはきっと、俺の異名と、日本が関係してたんじゃないかな?」
孝太郎は色々と思いついたことを説明したが、沙羅は頭に?を浮かべるしかなかった。
「風水の四神が守る方角は、北に蛇を纏う黒い亀の玄武、西に鋭い牙と爪を持つ白い猛虎の白虎、南に鳳凰とも呼ばれている不死の生命を持つ赤い鳥の朱雀、東に全ての竜の能力を受け継いだ青き龍王の青龍。そして、日本は“東にある黄金の国ジパング”とも言われてるからな」
「へぇ、だから孝太郎君が受け継いだときに青龍に…」
沙羅は関心していたが、孝太郎は…
(青龍…パイロン師匠に会うまでの間に、カメレオンでも餌にしたんじゃねぇだろうな…)
なんてことを考えていた。
撮影の準備が終わり、孝太郎たちは指定の服に着替えて練習を始めた。
当然、乱闘シーンもあるわけだが、殺陣がないのでやりたい放題だった。
沙羅はこれを見て呆れるばかりで何も言えなかった。
撮影前にみんなが派手にこけた理由をライヤから聞いたとき、腹を抱えて大笑いしたいのを必死で堪えたのは余談だ。
一方、その頃。
「孝太郎は、元気にやってるかな?」
真月西高校の屋上で翔は空を見上げながら呟いた。
「きっと元気にしてるわよ」
いつの間にか、後ろにいた留美が声をかけた。
「そうだな。あいつの隣には、生きる上で励みになる人がいるから。本当によかった」
「そうね。このまま行けば、将来は…」
二人は遠くを見ながら言った。が…
「それもあるけど、もう一つあるんだ」
「え?」
「知り合った頃のあいつは、笑っててもどこか暗い影を感じてたんだ。まるで死に場所を探してるみたいにな。けど、今のあいつは誰かのために生きようとしてる」
翔は孝太郎が生きようという気持ちを持ってくれたことが嬉しいみたいだ。
孝太郎を沙羅から奪おうと企む女子生徒たちと、沙羅を孝太郎から奪おうと企む男子生徒たちが、ターゲットがいないことでがっくりしてたのは余談だ。
撮影が終わり、休憩になって孝太郎と沙羅は色々話していた。
「日本に帰ったら色々と忙しくなるわね」
「そうだな。休んだ分の補完と、卒業までには進路を決めなければな」
と話しているところへライヤがやってきた。
「そっか、来年で高校卒業なんだね」
「それまでに進路を決めないといけないんですけど、俺自身何をやりたいのかが決まってなくて…」
「それは私も同じよ。とにかく何か見つけないとね」
「ふーん。ねぇ、ランロン、沙羅さん」
「ん?」
ライヤが呼んで、孝太郎が顔を上げると…
「二人の結婚式、私も呼んでね」
と笑顔で言ったために、孝太郎と沙羅は俯いて真っ赤になった。
「ふふ♪二人とも幸せにね♪」
そう言ってどこかに去っていった。
「英次君といい、ライヤさんといい、俺たちが近い将来夫婦になると思ってるみたいだな」
「そうね。でも、不思議と嫌じゃないなぁ」
「言われて見ればそうだな。俺と沙羅の仲はみんな知ってるし…」
そう言って、座っていた椅子から立ち上がり、現場に行こうとした。が…
「ねぇ、孝太郎君」
「ん?」
沙羅に呼ばれて振り向いた。
「二十歳ぐらいになったら…本当に、私と結婚しない?」
「…まぁ、考えておく。けど、いい返事は期待しないでくれ」
そう言って、沙羅に背を向けて歩き去った。
撮影はメイン中のメインになった。
出るのは数名の悪役に対して孝太郎とわずかな仲間。
シーンが始まり、悪役の雑談に孝太郎が突っ込み、乱闘になり、最後にボスを倒して孝太郎が夜空を見上げるところでシーンは終わった。
そのあとは、色々なシーンの撮影をして、夕方になったこともあって全員で食事をして解散した。
孝太郎と沙羅は、ライヤが手配した香港のホテルに泊まることになっている。
別々に風呂から出て、後は寝るだけだが、8時頃だったのでしばらくは色々と話していた。
そうしているうちに10時を過ぎ、寝ようとしたが、ダブルベッドだったのを思い出し、沙羅は平然としていたが、孝太郎は焦っていた。
「どうしたの?」
「い、いや…ダブルベッドだったことを忘れててな…」
孝太郎の仕草に沙羅はクスッと笑った。
「もう、一緒に寝るのは今回が初めてじゃないでしょ?」
「そ、そうだけどさ…うわ」
孝太郎が戸惑っているところへ、沙羅が孝太郎の肩を押してベッドに仰向けにして、覆いかぶさるようにした。
「恥ずかしがることないでしょ?二人っきりなんだから」
「…」
孝太郎は沙羅の水晶のような瞳に魅入られたのか、少しも動かず、何も言わなかった。
沙羅の目を見るのは今回が初めてではないのに、なぜか魅入られてしまうのだった。
「…」
孝太郎が何も考えられなくなっている状態のときに、沙羅は孝太郎の右手に自分の左手の指と指を交互にして重ねた。
沙羅は右腕を孝太郎の首の後ろに回すと、唇にゆっくりと自分の唇を重ねて目を閉じた。
しばらくして唇が離れると、孝太郎はかすれ声で聞いた。
「沙羅…どうしてそんな目で俺を見ることが出来るんだ…」
「私が唯一、本気で愛する人だから…」
沙羅はそう応えてそのまま動かなかった。
孝太郎は沙羅から感じる暖かさに身を任せるように目を閉じてそのまま眠っていった。
翌朝。いつの間にか二人は体を離した状態で寝ていた。
孝太郎は先に目を覚まし、顔を洗うために沙羅を起こさないようにそっと起き上がって洗面所に行こうとしたときだった。
孝太郎の後ろで勢いよく布団を撥ね退ける音がして、孝太郎の腰周りに何かが巻きついた。
「な!?…おわっ!!」
何が触れたのかを確認しようとすると、いきなり引っ張られてベッドに引き戻された。
「もう、まだ時間があるんだからこうしていようよ」
「そ、そんなこと言われてもな…」
「問答無用♪」
孝太郎は何とか抜け出そうとしたが、全て失敗に終わり、沙羅のやりたい放題だった。
(な、何なんだよ、昨夜からの沙羅は…もうどうにでもしれくれ…)
朝からいろいろあったが、食事を取ってライヤたちと合流し、撮影の現場に向かった。
準備が終わって撮影が始まり、時々NGが出たりしたこともあったが、撮影は進んだ。
(普通最後のシーンは最後に撮るんじゃないのか?)
撮影の順番がバラバラであることに孝太郎は変に思わずにいられなかった。
孝太郎はあるシーンの撮影が終わった後、ふと修学旅行での出来事を思い出していた。
ある古本屋で、店主と青龍の伝説について話していた。
<その伝説は本当にあったことじゃよ。力の継承は親から子へ自然にされるものではなく、力を受け継いだ本人の意思でされるんじゃ>
<それはつまり、受け継がせたくない相手には継承されないということですか?>
<そうじゃ。青龍の力を受け継いだ者には悪を止める宿命があるのじゃ。わしが知る限り、最後の継承者であるあやつは娘にその宿命を背負わせたくなかったんじゃろうなぁ>
<あやつ?>
<わしの親友、ウォン・パイロンじゃよ>
<パ…パイロン師匠が…>
孝太郎は驚くばかりであった。が、翔は中国語があまりわからなかったので聞くことしか出来なかった。
<じゃが、その力を誰にも継がせることなく病で…>
<世間ではそうなってます。確かに師匠は病に侵されて死を目前に控えてました。ですが、本当は殺されたのです>
<な、なんじゃと!?>
これを聞いて店主は驚いた。
<かつてパイロン師匠の下で修行をしており、心に邪気があったために破門された暗黒竜です>
<暗黒竜…ついに現れおったのか…じゃが、青龍の力は、途絶えてしまった…>
<パイロン師匠は死に際に、俺に青い光の玉のようなものを渡しました。もしかしてそれが、青龍の力でしょうか?>
<な!?まさかお主が…今の継承者…>
<きっと、そうなのでしょうね>
<“黒き悪魔が闇に轟くとき、青龍の力を継ぐ者現れ、数多くの仲間との絆を力に変え、救世主となって全てを無に返す”…パイロンから聞いた伝説の一部じゃよ>
<救世主…俺が…>
<じゃが、今のお主はまだ救世主ではない。そうなるには必要なものがあるのじゃ>
(どうやら、あのときに聞いた「黒き悪魔」は暗黒竜じゃなかったみたいだな。けど、救世主って何なんだ。まさか、またあの惨劇がやってくるのか!?)
そんなこんなで、あっという間に2週間が過ぎていった。
孝太郎と沙羅が登校して、最初の頃はみんな騒いでいたが、そのうちにいつもどおりになった。
翔は2・3日ほど前にまた幸助と決闘をしたが、幸助が勝つためなら手段を選ばない形で挑んできたため、翔もその気になってバーニングタイガークラッシュで一気に決着をつけたのは余談である。
そのときに留美もいたのだが、翔の放つオーラが少し白くなっていたことが気になった。
留美は孝太郎にこのことを話したが、孝太郎も不思議に思っていた。
そして、数日後のある日の昼休みのこと。
「3-Aの海原孝太郎君。映画スターのライヤさんが話したいことがあるそうです。すぐに職員室に来てください。繰り返します…」
教室のスピーカーから京子の声で放送が響いた。
孝太郎はなんだろ?と思いながら教室から出て行った。
職員室に着き、京子の案内でついていくと、来客用の椅子にライヤが座っていた。
「久しぶりね」
「そうですね。で、俺に話したいことって何ですか?」
「うん。この間、撮影してた映画がやっと完成したから、そのDVDを持ってきたの」
そう言いながら1枚のDVDを出した。
そのDVDには、映画のタイトルが中国語で書かれていた。
「へぇ、ついに…」
「でね、その記念に最初にランロンが通ってる学校でみんなで見ようと思って持ってきたの」
「それはいいですけど、この学校って、DVDプレイヤーあったか?」
「あ…」
孝太郎が何気なく言ったことに、ライヤはしまったと思った。が…
「心配要らないわよ。先日取り付けたから。それもプレイヤーじゃなく、レコーダーだから」
二人の話しを聞いていた京子が突っ込むように言ったことで安心した。
昼休みが終わって授業が始まったとき、5・6限目の授業は映画鑑賞に変わり、生徒は全員体育館に移動した。
その映画の出演者に孝太郎がいることを知ったとき、生徒たちは一気に騒ぎ出したのだった。
しかも、生徒たちが孝太郎にサインを求めたのだが、孝太郎は「俺は芸能人じゃない」と言ってきっぱりと断った。
上映前にライヤが内容を説明し、館内を黒いカーテンで真っ暗にして上映が始まった。
ちなみに映画のタイトルは「3匹の龍」である。
最初にスクリーンに出たのは、香港の繁華街のようなところ。
人やいろいろな乗り物が行き交っており、にぎやかそうだった。
だが、女性の叫び声が聞こえ、行き交っている人たちは聞こえた方向に注目する。
すると、ナイフを持った男に女性が捕まっており、金を要求していた。
やがて、警察がやってきたが、ナイフを持った男は女性を放そうとしなかった。
しかし、男は急に視界が傾き、力が抜けて倒れた。
その原因は、いつの間にか男の後ろにいた男が手刀で首に衝撃を与えて気絶させたからである。
周りが騒がしくなっている中で男はいつの間にか姿を消していた。
男は警察に捕まり、騒ぎは少しづつ治まっていった。
シーンは切り替わり、豪華な建物の内部になった。
そこでは極悪そうな形相をした男たちが何人か色々と話していた。
「やはり世の中は金が全てだなぁ」
「おっしゃる通りでございます。ボス」
使用人Aが礼儀正しくしながらボス、邪龍(シィエロン)の葉巻に火をつけた。
「何かいい儲け話はないものかな?」
「それならいい考えがあります」
使用人Bが不敵な笑みを浮かべながら応えた。
「ほう、聞かせてもらおう」
「それは…」
時代劇ならよくあるような流れだったが、みんなは瞬きはしても、顔を一度も逸らすことなく見ていた。
だが、孝太郎は映像を見ながらも、別のことを考えていた。
(救世主…もし本当だとしたら…俺はどうすればいい…)
<あとがき>
沙羅とライヤの会話。
その中で表に出てきた沙羅の一途な想い。
時代劇の決め台詞に対する孝太郎の受けを狙った突っ込み。
そして、修学旅行での出来事を思い出し…。
日本に帰り、完成した映画の鑑賞。
そんな中で考え事をしている孝太郎。
果たして、「黒き悪魔」とは?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。