第37話

「力の覚醒」

映画はある程度話が進み、孝太郎は一番後ろに座っていた。のだが…
(あれ?沙羅…さっきまで横にいたのに…)
ふと横を見ると、誰も座ってなかったのであちこち見てみたが、沙羅はいなかった。
近くにいた教師に一言言うとそっと外に出て、少し離れたところに何かを感じ、孝太郎はその場所に向かった。

「う…ん…ここは…?」
「目を覚ましたね」
沙羅が意識を少しづつはっきりさせていき、周りを見ると真っ暗で何も見えなかったが、スタンドの明かりがつき、男の不適な声が聞こえた。
「か、会長!?」
「よくわかったね」
沙羅は動こうとしたが、両手を後ろで縛られていることに気付く。
「どうしてこんなことをするの!?それに、冬の合宿で孝太郎君との勝負で負けたら、私には二度と近づかないってことになってたじゃない!」
「確かに。けど、僕が負ける前にあいつは一度負けてるんだ。だからあの条件はなかったことになる」
「卑怯な…それより、縄を解きなさい!」
沙羅はそういうと、真木野は沙羅に歩み寄って手を伸ばしながら言った。
「解いてやるさ。君が僕の気持ちに応えてくれるのならね」
真木野の手は沙羅の頬に触れ、もう片方の手を沙羅の首の後ろに回して逃がさないようにして唇を奪おうとしたが…
沙羅は自由が効く足で真木野の腹を押すように蹴って吹っ飛ばした。
真木野は吹っ飛んだ方向にある壁に背中を強打。しばらくは動かなかったが、ゆっくりと立ち上がって不適に笑った。
「やってくれるじゃないか。さすが、あの海原と一緒に裏の格闘大会に参加しただけでなく、暗黒竜と互角になっただけある」
真木野が言った後、何かがブチッと切れる音がしたと思うと、沙羅が立ち上がり、両手を縛っていた縄が切れていた。
「な!?」
真木野が驚いていると、沙羅の後ろから守護豹が出てきた。
守護豹は光りを放ち、部屋全体が見渡せるようになった。
「なるほど、そういうことか。だが、海原でさえ意識朦朧になった僕の技に君が対抗できるかな?」
「その力の素は、孝太郎君の青龍斬魔拳で打ち破られたはずよ?もう残ってないんじゃないかしら?」
真木野が不適に笑いながら言うが、沙羅は怯えずに反論した。
「確かに一度は破られたが、この力は僕の心に憎悪がある限り、何度でも手に入る。こんな感じでな」
真木野の背後には、冬の合宿で見たような黒い悪魔のような影が浮かび上がった。
沙羅はこれを見てぞっとした。
『怯えてはいけない。あの力を打ち破るしか他に手がない』
守護豹が沙羅の頭の中に直接語りかける。
(で、でも…)
沙羅は怯えて蹲り、震えだしたが…
『沙羅!!俺の声が聞こえるか!?』
(え!?こ、孝太郎君!?)
今度は孝太郎の声が聞こえた。
『沙羅と真木野が今いるのは、学校の外れにある旧校舎の一階だ!』
(それはいいけど、出入り口を塞がれてて出られないの)
『なら自分で目の前にある壁をぶち破ってでも突破口を開くんだ!その壁は真木野だ。後ろにある壁を破れば外に出られるけど、何の解決にもなりはしない。降りかかる火の粉は自分で払うんだ。沙羅は予感してたはずだ。いつか自分で自分の身を守らなければいけないときが来ることを…そして俺がこんな形でしか沙羅の力になれないときが来ることを…』
(孝太郎君は、今どこにいるの?)
『旧校舎の出入り口だ。だけど、そこで足止めをされてて中に入れない』
「今頃、海原は君がいないことに気付き、気配を感じてここに来るだろう。だが、出入り口には仕掛けをしておいた。あいつは絶対に入って来ることは出来ない」
「え!?」
沙羅は驚くしかできなかった。

「くっそぉ…真木野の野郎、全て把握してたのか…」
『出入り口に何があるの!?』
孝太郎が苦虫を潰したような表情でどうしようかを考えている中で、沙羅の声が頭の中に聞こえた。
(瓦礫の山になってる。しかもこれを取り払ったら旧校舎の出入り口が崩れるように仕掛けられてるんだ)
『そんな…』
(怯えてる場合じゃない!今こそ自分の足で立ち上がれ!そして自分の道を自分で開くんだ!)
『孝太郎君…』

沙羅は震えが治まり、蹲った状態でしばらく目を閉じた。
(そうね…彼は1日中側にいてくれるわけじゃない。そんなときは、私が自分で自分の身を守らなければいけない。それは…今…)
「そうさ。初めから僕の気持ちに応えてくれていればこんなことにならずに済んだんだ。さて…!」
真木野は沙羅に歩み寄ろうとしたが、沙羅がゆっくりと立ち上がったのを見てバックステップで間を空けた。
沙羅は俯いた状態で青いリボンを取り出し、髪を結んで顔を上げた。
「残念ながら、そうは行かないみたいね。私を倒さない限り、あなたは私を自分の物に出来ない」
そう言いながら真木野を見る沙羅の表情は真剣で、何の迷いもなく真木野を見るその瞳には強い意志が宿っていた。

「やっと自分の足で立つようになったか…だけど、真木野の実体化した憎悪に沙羅は対抗できるのか?」
孝太郎はそう呟きながら他に入り口がないかを探していた。

守護豹は沙羅の中に入り、部屋は真っ暗になった。
ちなみに、さっきまでの孝太郎や守護豹との会話は真木野には気付かれていない。
『今こそ、風の流れを読むんだ』
守護豹の声に沙羅は一瞬何のことかと思ったが、すぐに理解して目を閉じた。
「部屋を真っ暗にしても、僕には赤外線暗視装置がある。君の居所は手に取るようにわかるよ。こうなったら、君を倒してでもあいつから奪うとしよう」
真木野は赤外線暗視装置をつけ、棍を手にとって沙羅に襲い掛かった。
そして、以前よりもかなりの速さで連続突きの攻撃を繰り出したが、沙羅はそれらを全て、目を閉じて風の流れに身をまかせるようにして回避した。
「それは、海原の回避技!?」
「そうよ。孝太郎君に教えてもらった風流の回避。あなたの攻撃は手に取るようにわかるわ」
そう言いながら、真木野に蹴りを当てて吹っ飛ばした。
真木野は足で踏ん張ってこけずにすんだが、いつもと違う沙羅に戸惑うばかりであった。
「っく、闘い方がまるで海原に似てる。どうして、君はそこまでしてあいつの側にいようとするんだ!?一体、あいつと僕の違いは何なんだ!?」
「あなたにはわからないでしょうね。彼だから側にいたい私の想い。そして、私だから守ってくれる彼の想いを…それがわからない限り、あなたは本当の意味で誰にも愛されない」
「黙れー!!!」
真木野は沙羅の言ったことを否定するかのように叫び、棍をでたらめに振り回したが一発も当たることはなく、それどころか、いつの間にか間合いにいた沙羅に頬を思いっきり引っ叩かれた。
「いい加減にしなさい!!強引に私の体を自分の物にしたとしても、心までは自分のものにならない!!心が自分に向いてない相手を強引に自分の物にして、あなたは本当に満足なの!?」
「っく…」
「この際だから言わせてもらうわ。私はね、あなたみたいに不特定多数の付き合いをしてる人が一番嫌いなの!」
「ぐっ!」
これを聞いて真木野は心を剣で突かれた思いをした。
「彼とあなたの違いの一つはそこよ。あなたはその他大勢で満足してるのかもしれないけど、彼は私だけを見てくれる。だから私も彼だけを見るのよ!」
「黙れ!誰にも本当の意味で愛されずに生きてきた僕の気持ちがわかってたまるか!?」
「そんなもの、知りたくもないわ。私が知りたいのは、こんな手を使って、しかもその力を得てまで私を自分のものにしようとしてる理由だけよ」
「それは簡単な理由さ。僕の心を満たしてくれる人が君しかいないと思ったから。だからあいつをなんとしてでも倒して、君を…」
「そんなことをしたら、彼に代わって私が倒すわよ。それでもいいの?」
「っく…君は…そこまで…」
真木野にとっては最大の屈辱だっただろう。孝太郎に勝っても沙羅は自分の物にならない。しかも沙羅が孝太郎に代わって自分を倒すと言われたら…。
「合成技!烈火豹爪拳(れっかひょうそうけん)!!」
沙羅はダッシュで間を詰め、豹の腕のように白く光る両腕で連続パンチを放った。
真木野は何とかガードしたが、腕には鋭い爪で突かれた様な痛みが走り、しかも当たる瞬間に拳の部分が大きく見えた。
「ぐっ…」
痛みとダメージを堪えるのがやっとのところへ、沙羅は右ストレートを思いっきり真木野に当てた。
真木野は吹っ飛び、背中に壁を打ち付けたと思うと、勢いは止まることなく、壁に穴を開けて外に吹っ飛んだ。
かなり派手な音を立てたが、体育館までの距離がかなりあったためか、誰も来なかった。
「な、何だ!?」
どこかに入り口がないかを探していた孝太郎は穴の近くにいたため、穴が開いたときの音を聞いたときは驚いた。
そして、穴からは両腕に気を集めた状態の沙羅が出てきた。
「沙羅…まさか、力の覚醒か…」
驚いている孝太郎に、沙羅は微笑んで語った。
「孝太郎君、私がここまで強くなれたのは、孝太郎君のおかげだと私は思ってるわ。私に何か危機が来るといつも守ってくれる。今回もそうだった。そして今回は迫りくるものを自分で押し返す強さをくれた。守る必要がなくなった私でも、側にいてくれる?」
「守る必要があるかないかは俺が決めることだ。たとえ守る必要がなくなったとしても、俺は側にいるから」
これを聞いて沙羅は頷き、真木野に振り向いた。
真木野は痛みを堪えながら立ち上がり、黒い悪魔のような影を放出した。
「っく、少し強くなったぐらいで調子に乗るな!僕にはまだ背後の黒い悪魔という切り札がある」
その後、悪魔が真木野から離れ、沙羅に襲い掛かった。
だが、孝太郎が沙羅を庇うように前に立ち、烈火拳で悪魔は押し返された。
「往生際が悪いぞ。真木野!」
孝太郎が言うと、真木野はまた悪魔を放った。
「何としてでも、お前には絶対に勝つ!」
しかし、孝太郎は気を集め、両掌を悪魔に向けて膨大な量の気を放出した。
「掌抵剛波(しょうていごうは)!!」
孝太郎が放出した気は、掌抵波よりも大量で、悪魔を飲み込むようにあっさりと打ち消してしまった。
これを見て、真木野は苦虫が潰れたような表情になった。
「っく…一体、お前の強さの秘密は何なんだ!?」
「俺が強いんじゃない。お前が欲におぼれて弱くなっただけだ」
「なに!?」
「海原の言うとおりだ」
そう言って現れたのは五十嵐だった。
「五十嵐、どうして…って、そう言えば耳が鋭いんだったな」
中学時代、10メートルほど離れたところで普通に話していても、五十嵐には丸聞こえだったことがあった。
それが原因で、五十嵐には「赤毛の兎」なんてあだ名がついたのだった。
「海原、矢神さん。ここは私に任せて、二人は戻りな」
「どうやら五十嵐の言うとおりにしたほうがいみたいだな」
孝太郎はそう言いながら沙羅の手を引っ張って体育館に戻ろうとした。
「逃がすか!」
真木野はそう言って悪魔を孝太郎に向けて放った。
だが、孝太郎はいつの間にか集めた気で真・彗星拳を放ち、悪魔はもちろん、その後ろの離れたところにいた真木野にも衝撃が当たり、真木野は吹っ飛んだ。ちなみにこの時、足に気は集めてなかった。
「これでしばらくは大丈夫だろう…(けど、気質があのときのものと似てる。手を打たないと大変なことになるな)」
孝太郎が呟き、沙羅と五十嵐の3人で体育館へ戻っていった。

後ろからこっそりと戻ると、映画は乱闘シーンだった。このシーンの中に孝太郎はいなかった。
シーンの途中、大勢の悪人に対して一人で闘う男、烏龍(ウーロン)が銃で撃たれてしまい、そこへ孝太郎が役をやっている飛龍(フェイロン)が駆けつけたため、悪人たちは身を引いて逃げた。
ちなみにこの映画は字幕スーパーになっている。
「烏龍!しっかりしろ!」
飛龍は烏龍の体を抱えて叫ぶように言った。
「フェ、飛龍…俺は、邪龍に弱みを握られ、操られるがままに多くの悪事を犯した…いつかは償おうと思ってた…だから、これでいいんだ…」
「烏龍…」
「後は、頼むぜ…いつか、またお前と…うまいお茶でも…」
烏龍はこの言葉を最後に力が抜けたようにガクッとなり、少しも動かなくなった。
「烏龍!…あいつら…」
空を見上げながら呟く飛龍の表情は怒り炸裂だった。

シーンは夜に変わり、悪人たちが動き出したが、その途中で妨げられてしまった。
一人は締め技で気絶させられ、一人は橋を渡っている途中ですれ違った男に投げ技で川に落とされ、一人はボコボコにされた後、縄で縛られた。

その頃、豪邸では…。

「ふふふ。今回はどっさり儲けさせてもらったな」
「そうですなぁ」
「さて、次はどうやって金を稼ぐかだ」
「そうですね」
邪龍と部下の一人が話しているところへ…
「その儲け話も今夜限りだ」
と別の男の声が聞こえた。
「誰だ!?…これは…」
邪龍が庭に出ると、そこには邪龍の命令で動き出した部下たちが倒れていた。
「貴様の放った部下たちだ。悪事を犯す前にこうして止めておいたぜ」
暗闇から飛龍が現れ、月の光に照らされて姿がはっきりと映った。
「おのれ…次から次へと邪魔ばかりしおって…貴様、何者だ!?」
邪龍が聞くと、飛龍の後ろから何人か入ってきた。
「まさか、お前は飛龍!後ろにいるのは、闇の始末屋か!?」
「その通りだ」
始末屋の一人が応えた。
「みんな出て来い!!曲者だー!!」
邪龍が言うと、あちこちから何人か出てきた。
「思いっきり痛めつけてやれ!」
『はっ!』
そう言って部下たちが一斉に襲い掛かった。
だが、飛龍たちは怯えることなく倒していった。
邪龍は側近の男と一緒に奥へ逃げる。しかし、飛龍は部下たちを倒しながらゆっくりと邪龍の後を追った。
部下たちはみんな倒され、残りは側近と邪龍だけになった。
逃げようとしたが、始末屋たちに行く手をさえぎられ、そこへ飛龍が正面に立った。
側近が邪龍の逃げ道を開くために出入り口に立つ男に襲い掛かったが、男はいつの間にか側近の後ろに立ち、締め技をかけて気絶させた。
「邪龍!貴様の悪事もここまでだ!かつて貴様に弱みを握られて渋々ながらも悪事を働き、その罪を悔いながら散った烏龍の苦しみ、その身で思い知れ!」
「黙れ!貴様も烏龍の元へ行くがいい!」
飛龍が構えながら言うと、邪龍は言い返して襲い掛かったが…
「それは貴様だ!烏龍がどれだけ苦しんだか、そのどす黒い魂に思いっきり刻んでやる!」
飛龍は怒りを思い切りこめた表情で言い返し、邪龍の攻撃を受け止め、反撃に手足を使った連続攻撃を繰り出し、とどめの強烈なストレートで吹っ飛んで壁に激突した邪龍は地面に倒れ、気絶して動かなくなった。
「…烏龍…仇は取ったぜ。安らかに眠れ…」
飛龍は邪龍が動かなくなったのを確認すると、夜空を見上げて呟いた。

しばらくしてスタッフロールが流れ、その途中で収録中の映像が流れた。
その一部に…。
<ひとーつ!人の世の生き血をすすり…ふたーつ!不埒な悪行三昧…みーっつ!…>
<見事なハゲがある!>
どがらがたーん!!!
スクリーンに映っている字幕と、みんなが派手にこけたのを見て、生徒や教師たちは大笑いになった。
(まさか、あの時のシーンを収録してるとは…)
これを見て孝太郎は苦笑するしかなかった。
こうして映画は終わった。

そして、ある日の休日のこと。
(さて、今日はどうするかな?)
孝太郎は自分の部屋で何をしようか考えていた。だが…
(ん?…何だ?この感じは…)
何かを感じて外に出ると、何かに導かれるようにしてある場所へ向かった。

そして、着いたのは東京の公園だった。
そこで孝太郎が見たのは…。
「…英次君…」
「…孝太郎さん…」
孝太郎が声をかけると、英次が顔を上げた。
だが、英次が顔を上げたとき、孝太郎は少し驚いた。
その理由は…。


<あとがき>
真木野に捕まった沙羅。
守護豹と孝太郎の励ましで覚醒した力。
悪魔を打ち消した孝太郎の新技。
映画での孝太郎の活躍。
休日に何かを感じ、そこにいた英次を見つけ…。
だが、その英次を見て少し驚いた孝太郎。
その理由は…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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