第38話

「悲しい別れ。その後の波乱」

公園のベンチに座っている英次が顔を上げたとき、英次の目が少し赤かった。どうやらさっきまで泣いていたようだ。
「何があったんだ?…ん?…ニャン太…まさか」
英次の腕の中にはニャン太がいたのだが、少しも動かなかった。
そのニャン太を見て、孝太郎は自分の部屋で感じたものが何かわかったみたいだった。
「そうか…部屋にいたときに何か悲しいものを感じたけど、そういうことだったのか…」
「ニャン太、少し前からあまり動かなくなって、さっき目を閉じて眠ったと思ったらそれっきり…死んじゃったよぉ…」
そう言って英次は涙を流した。
孝太郎はニャン太を撫でながら小声で話した。
「きっと、楽しかったと思うぜ?一緒にいた英次君がそうだったようにな」
「うん…眠る直前、凄く幸せそうな顔してたよ…けど、もうニャン太と遊べないよぉ…」
(英次君の気持ち、わからないわけじゃないけど、どんな言葉を言えばいいんだ…これじゃぁ何を言っても英次君はこのままだ)
声を抑えて泣く英次を見て、孝太郎は何も言えなかった。
(こんなとき、みんななら何て言うかな?…みんな?…!)
色々考えているときに、あることを思い出した。
「俺もかつて、英次君と同じ気持ちになったことがあったよ。その気持ちを引きずったまま、何年か過ぎて…ずっと間違った考えを持ってたけど、英次君があることを教えてくれたおかげで今の俺があるんだ」
「あること?」
英次は顔を上げて孝太郎を見た。孝太郎はいつの間にかニャン太から手を離していた。
「英次君が俺に最初に聖光拳を使って、その夜に英次君に聖光拳の源は誰との絆かを聞いたときあっただろ?それを聞くまでずっと、人との繋がりは、どちらか片方がいなくなったら消えてしまうと思ってたんだ。けど、それは間違いだった。たとえいなくなったとしても、その相手とのつながりは“絆”として残っている。英次君はそれを教えてくれたんだ。これは人だけでなく、飼っていたペットにも言えることだ」
「そうだったね。あの時あんなことを言ったのに、その俺がこれじゃぁねぇ」
英次は少しだけ笑顔になった。
「ニャン太…俺、ニャン太と遊んだ日々は楽しかったよ。俺、もう泣かないから」
英次はベンチから立ち上がってニャン太を撫でながら言った。その表情には強いものが感じられた。
(これでいいんだよな?これで…)
そう思ったとき…。
『ニャオ〜ン♪』
「ん?…!?」
孝太郎は猫の鳴き声を聞いてふと空を見上げて驚いた。
「孝太郎さん?どうしたの?…あ…」
空を見上げた孝太郎を見て、英次も孝太郎と同じように空を見た。
すると、空には見えない地面に立つニャン太がいた。
「ニャン太…」
『ニャオ〜ン♪』
ニャン太は明るい泣き声を出すと、空に向かって歩き出し、雲の中へ消えていった。
「英次…あ、海原君」
お互いに「何だったんだろう?」と話しているところへ、仁美がやってきた。妊娠して3ヶ月ぐらいになるだろうか、腹は少し出ていた。
「仁美…出歩いて大丈夫なの?」
「歩くぐらいなら大丈夫よ…あら?」
英次が聞くと、仁美は笑顔で応え、携帯が鳴った。
「もしもし?…あ、沙羅さん」
これを聞いて孝太郎はギクッとなった。
「海原君?ここにいるわよ?うん…」
仁美は孝太郎に携帯を渡した。この時の孝太郎は少し気まずい気持ちになっていた。
「も、もしもし?」
『今、どこにいるの?』
沙羅の口調は少しドスが入っていた。
「ど、どこって…東京の公園だけど…」
『そうなの…』
「な、何かあったのか?」
『何かあったのか?じゃないわよ!何の前触れもなくいなくなるから心配したじゃない!』
沙羅は電話の向こうで激怒しているみたいだ。
『まぁ、仁美さんに相談したいことがあったから私もそっちへ行くけど』
「そうなんだ…」
『で、どこにいるの?』
「駅から少し歩いたところにある公園だ。英次君もいる」
『もしかして、英次君に会いに行ったの?』
「あぁ…理由は会ってから話すってことでいいだろ?(…ん?)」
ふと何かを感じた。
「そうね」
振り向くと、そこにはいつの間にか沙羅がいた。
「な、な…!?」
孝太郎はただ驚くばかりで声が出なかった。
いつの間にか電話を切ってそれを仁美に返したのは余談だ。
「沙羅さん…いつの間に気配を消す術を身につけたの?」
仁美はずっと孝太郎の後ろを見ていたため、沙羅が来ても驚くことはなかった。
「気がついたらこうなってたの」
「そ、そうか…」
孝太郎はまだ動揺していた。
「まぁいいじゃない。それより沙羅さん、私に相談したいことってなに?」
「ちょっとここじゃ話しにくいから、場所を変えない?」
この頃には孝太郎は落ち着いていた。
沙羅と仁美は場所を変えることにしたが、仁美は英次に孝太郎と一緒にいるように言った。
「何かあったのかな?こんなこと初めてだよ」
「まぁ、女同士でしか話せないこともあるからしょうがないんじゃない?」
英次が少し不思議に思っているところへ孝太郎が説明した。だが、
「そうなのかな…あ、そういえば…ねぇ、孝太郎さん」
沙羅と仁美が歩き出して少し離れたとき、英次はふと思い出して孝太郎に聞いた。
「ん?」
「“あの日”ってなに?」
英次の質問の内容に孝太郎はずっこけ、沙羅と仁美は足を止めて顔を真っ赤にした。とはいっても、英次たちには背を向けていたので気付かれなかったが…。
「あ、あのね…わからないから何でも聞けばいいってもんじゃないんだよ。それに、そんな言葉をどこで知ったんだよ?」
孝太郎は体を起こし、乾いた笑いをしながら聞いた。
「この間、保育園の園児から聞いたことがあったんだよ。『女の子が不機嫌になる原因として、嫉妬のほかにも“あの日”があるんだ』って…」
最近の園児は、こんな知識をどこで仕入れてくるのやら…。
「英次君…それは女性しか知らないことだから男は知らなくていいんだよ(間違ってるかもしれないけど、英次君にはこう言うしか他にないからなぁ…何しろ俺も知らないし…)」
「ふ〜ん…」
「女性のテリトリーに触れるようなことは聞かないほうがいいぜ?セクハラ扱いされかねないからな」
「うん…」
英次は納得いかないみたいだったが、自分なりに整理したみたいだ。
沙羅と仁美はいつの間にか姿を消していた。

孝太郎と英次は特に何をするわけでもなく、ベンチに座っていた。
しばらくして、沙羅と仁美が戻ってきた。
「話は終わったの?」
英次が聞くと、仁美は笑顔で頷いた。
この後は4人で雑談を交わして、英次と仁美は帰っていった。
が、空から小さな光の玉のようなものが一つ降ってきて、それが仁美の背中から入っていったのを孝太郎は見逃さなかった。
(あれは…まさか…)
しかし、仁美には特に何の変化もないみたいだったので孝太郎は聞かなかった。
そして、孝太郎も帰ろうとしたのだが、沙羅に後ろから腕を掴まれて冷や汗が出た。
ゆっくりと振り向くと、沙羅は不適に笑っていた。
「…ど、どうした…?」
「ちょっと、付き合ってくれる?」
沙羅の口調は普通だったが、孝太郎は殺されそうな恐怖を感じながらOKした。

この後、お互いに無言のまま、孝太郎は沙羅に引っ張られるようにして沙羅の家に行った。
家には誰もおらず、沙羅は孝太郎の腕を掴んだまま自分の部屋に行った。
そして、部屋の中に誰もいないことを確認すると、沙羅は鍵をかけた。
この音を聞いて孝太郎は硬直してしまった。
「今日は逃がさないわよ」
沙羅は無表情だったが、声が低めだった。
「に、逃がさないって…まるで俺が凶悪犯みたいだぞ」
「そうね。凶悪犯とまではいかなくても、私を心配させたという罪を犯したわよね?」
これを聞いて孝太郎は全身に冷や汗が吹き出る。
「だ、だけど、わざわざどこに行くとか報告する必要もないって思ったから…沙羅も先日、俺に何も言わずに青島さんと出かけただろ?それに今日だって仁美さんに会うって言わなかったし」
「そ、それはそうだけど…」
孝太郎が説明すると、沙羅はうろたえた。
「それと同じさ。今日はどうするとかをわざわざ報告しなければいけないなんて、それこそ監視されてるみたいで堅苦しくなるだろ?」
「う、うん…そうね…でも、心配になって仕方ないのよ。だから…」
そう言って携帯電話を差し出した。
「これ…今なら必要ないことはないでしょ?」
孝太郎は受け取ろうとせず、少し考えていた。
というのは、2週間ほど前から翔が母親の涼子の勧めで携帯を持つようになったのだが、今に至るまで誰にかけることもなく、誰からもかかってこないらしい。
留美には教えてあるのだが、アパートが同じで、学校では席が隣同士である上に部活も同じなので携帯で連絡する機会がないそうだ。
ちなみに留美も達夫の勧めで持っている。
「う〜ん…いつも学校で会ってるし、席が隣なら持ってても意味がないように思うんだけど…」
「そうだけど、私を少しでも安心させたいなら、お願いだから持ってて」
沙羅の表情は真剣だった。それを見た孝太郎は気が進まない気持ちでありながらも受け取ってポケットに入れた。
「やっと、受け取ってくれた…」
以前に拒否されたことがあったからか、沙羅は安心した。

この日、孝太郎と沙羅は二人きりで夜まで過ごしていた。
孝太郎が英次に会いに行って何があったかはこの時に話した。

数日後、中間試験が近づいていることもあって部活はなかった。
孝太郎は特にやることもないため、帰ろうとしたのだが、それを妨げる者がいた。
「真木野…俺に何か用か?」
「そうさ。お前には何としてでも勝たせてもらう。今までの屈辱を晴らすためにな」
そう言って持っている棍を構えた。同時に真っ黒なオーラが溢れ、次第に悪魔のような形になった。
「憎悪の実体化した姿か…先日、その悪魔の力を使っても勝てなかったことを忘れたか?」
「あの時は油断しただけだ。今なら自信は十分にある」
そう言って悪魔を放った。だが、孝太郎は先日のように掌抵剛波であっさりと打ち破った。
しかも、真木野が側にいたこともあり、その真木野も一緒に吹っ飛んだ。
「っく…何故だ…何故、お前は自分の思った通りに矢神君を彼女に出来た!?」
10メートルほど吹っ飛んだ真木野は漬物石が乗ったような重さを感じながら立ち上がった。
「沙羅にとっては失礼な言い方かもしれないけどな、別に思った通りになったわけじゃない。全ては無意識のうちに事が進んだんだ。だけど、沙羅との関係は、俺が思った通りと言うよりは、沙羅の思うがままに事が進んだんだ」
「つまりお前は、何も考えず、あるがままに事を運ばせたのか!?」
「そういうことになるだろうな。これでもまだ納得できないか?」
そう言いながら真木野に歩みよる。
「まだだ。僕は今日まで見せ掛けの愛情しか知らずに生きてきた。だけど、お前は人殺しの罪を背負いながら、しかもそれを知られても周りの連中から色んな形で愛情を注がれてる。その違いは何だ!?」
そう言いながら孝太郎の胸倉を掴んだ。
「見せ掛けの愛情か…それはお前がそう思い込んでただけじゃないのか?」
「なに?」
「単にお前が、周りから注がれてた愛情を、見せ掛けの愛情と勝手に思い込んで今日まで過ごしてきただけじゃないのか?」
「うるさい!!何も知らないくせに勝手なことを言うな!!」
そう言って孝太郎を放り投げる。孝太郎は受身を取ってすぐに立ち上がった。
「…どうやら体にわからせてやるしかないみたいだな」
そう言って孝太郎は全身から気を集め始めた。
だが、真木野はこれを狙ってたかのように悪魔を放つ。
「お前の戯言を聞くのもこれで最後だ!」
真木野はそう言ったが、孝太郎は気を集め続けた。
「そうはさせるか!これでも食らえ!!」
そう言って横から翔が乱入し、バーニングタイガークラッシュで悪魔を焼き尽くすようにして打ち消した。
そのオーラは外側は炎のように真っ赤だったが、内側は白くなっていた。
「翔…」
「孝太郎、乱入して悪いが、お前がやろうとしてることを邪魔されるのを黙って見てるほどお人よしじゃないからな。お前はこれを聞いても怒るだろうけど」
「怒るどころか、むしろ礼を言うぜ。おかげで気は十分に集まったからな。真木野、お前が思ってたことはただの思い込みでしかなかったことをその身で思い知るんだな」
そう言ってゆっくりと目を閉じ、右腕を腰に構える。
「何だと?…な!?」
真木野が顔をしかめたとき、孝太郎がいつの間にか目の前にいて驚いた。
孝太郎は突進しながらコークスクリューを繰り出しており、それが真木野に当たった瞬間、右の手首を左手で掴んで気を爆発的に放った。
翔のほかにも見ていた生徒はいたが、翔を含めたみんなには孝太郎の攻撃は一線の閃光にしか見えなかった。
「食らえ!聖光拳!!」
「ぐっ!!」
真木野は何とか防いで悪魔を放とうとしたが、内側にも衝撃が伝わっていたため、それが出来なかった。
「真木野、お前はただ愛情が何なのかを知らなかっただけだ。そして、見せ掛けだと思ってた愛情は、お前の周りにいた人たちの精一杯の愛情だったと思い知れ!!」
孝太郎がそう言いながら一歩踏み込むと、爆発音が響いて真木野はガードした状態で吹っ飛んで立ったまま硬直していた。
一方、孝太郎も技を繰り出した状態のままで硬直して少しも動かなかった。
「…そうか…僕の…周りにいた人たちは…ただ、不器用だった、だけ…か…」
そう言って真木野は倒れた。その表情は何かに満足し、安らいだみたいだった。
「…やっと、わかったか…手間…かけさせやがって…」
孝太郎もそう言いながら倒れた。
そこへ翔が駆け寄る。
「大した奴だぜ。真木野が愛情に飢えていたことを理解して、しかも英次君の最大奥技を見よう見まねで繰り出すなんて…」
この後、真木野は保健室に運ばれた。

そして、孝太郎はというと…。
「う…うん…ここは…沙羅の部屋?」
夜になって目を覚まし、見慣れた天井が目に入って呟いた。
しかし、体を動かそうとしたが、あまりのだるさに動かすことが出来なかった。
「目覚めたみたいね」
しばらくして、沙羅がドアを開けて入ってきた。
「まぁな。けど、体が動かないんだ」
「保健の先生の話では、心身ともに疲れて、まさに42.195キロのマラソンを完走したような疲れだって」
「そうか…あの技を放った後、英次君がぶっ倒れる理由がわかったぜ」
「私も見てたけど、一線の閃光にしか見えなかったわ。英次君もそうだった」
「沙羅が聖光拳の原理を教えてくれたおかげで出せたんだ。そうしてくれなかったら、真・彗星拳で同じことを繰り返すだけだったからな…」
そう言って目を閉じてため息をつく。
が、そのすぐ後に沙羅が孝太郎の唇を自分の唇で塞いだ。
いつもなら戸惑っていたが、不思議なことに孝太郎は今起きていることを何の抵抗もなく受け入れた。
それを不思議に思った沙羅は自分の舌を孝太郎の舌に絡ませたが、孝太郎は抵抗するどころか自分から絡ませ、しかも沙羅の首の周りに自分の両腕を回して逃げられなくした。
「!」
沙羅は戸惑い、鼻で少し荒い息をしながら孝太郎が腕を離してくれるのを待った。
やがて、孝太郎の両腕は離れ、沙羅は少し顔を赤くした状態で舌と唇を離して呼吸を整えた。
「ど、どうして…」
「沙羅が何をするかが何となくだけどわかってたからな。体をほとんど動かせない状態となれば、これほどのチャンスはないからな」
「うう…」
「それはともかく、いつまでもこのままってのはヤバいな。帰って明日の用意をしないと…」
そう言って漬物石が乗ったように重い体を引きずるようにしながら体を起こして立ち上がろうとしたが、沙羅が孝太郎の両肩に触れて止めた。
「大丈夫よ。明日は創立記念日で休みだから。今夜は泊まっていってよ。部屋のことは日向君がやってくれるみたいだし」
「そうか…?」
孝太郎が一息ついて目を閉じると、沙羅は孝太郎の頭を少し持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。
「恋人同士なんだし、いいでしょ?」
微笑んだ表情でそう言いながら孝太郎の髪を優しく撫でた。
「久しぶりの膝枕か…いいもんだな」
「でしょ?…ずっと、一緒にいようね?」
「そうだな…」
「あ、そうそう。日向君の父親のことだけど」
「ん?」
「私たちの知らないところでいつの間にか決着をつけてたみたい。今度の休日に留美ちゃんが日向君の部屋に荷物を移すって言ってたわ」
「へぇ…」
「感心してる場合じゃないんでしょ?」
「どうして?」
「前に言ってたじゃない。日向君の父親のことが片付いたら、荷物をここに移そうと思うって」
「あ、そうだったな。すっかり忘れてた」
「んもぅ…」
孝太郎の態度に沙羅は膨れた。
「だけど、俺の荷物を入れる部屋はあるのか?さすがにここってわけにはいかないだろ」
「それなら心配しないで。空き部屋があるから。姉さんがいつか、孝太郎君がここに来ることを考えて、時々掃除してるからいつでもOKよ」
「気が早すぎるぞ」
孝太郎は呆れてた。
「いいじゃない。いざ来ることになって急いで掃除しなければいけないことになるよりはね」
「けどさ…ん」
続きを言おうとしたとき、沙羅が孝太郎の唇を塞いだ。
孝太郎はさっきのように戸惑うことなく受け入れた。
「…何も言わないで…」
しばらくして唇を離した沙羅は呟いた。

この後は特に何をするわけでもなく、いつの間にか眠っていた。

そして翌朝。
孝太郎は夢から覚めても目を閉じたままだったが、妙な圧迫感を感じていた。
「ん?…!!!」
少しして目を開けると、目の前にあったのは沙羅の顔だった。
しかもいつの間にか唇を塞がれており、首にはガッチリと両腕が回っていたために離れることも出来なかった。
「う、んん!んん!」
いきなりのことで戸惑い、離れることも出来ず、しばらくして沙羅が唇を離した。
孝太郎はしばらく荒い息をしていたが、何とか整えた。
「い、いきなり何するんだ!?」
「おはようのキス♪」
満面の笑顔で言う沙羅に孝太郎は呆れてしまった。
「あのなぁ…」
「ふふ♪」
結局、この日も二人は夜まで一緒だった。

翌日、朝のHRの出来事。
「今日から何日か、教師の勉強をしている大学生が何人か教育実習でこの学校に来ることになった。その間、このクラスの担任はこの人に頼むことにした。入っておいで」
城崎が言うと、前の方の出入り口から女子大生が入ってきた。
ショートヘアで活発そうな感じのする人を見て、男子生徒たちは歓喜の声を上げた。だが…。
「!」
孝太郎は驚き、俯いて顔を逸らした。
「今日から教育実習生としてしばらくこのクラスの担任をすることになりました。末野 樹理菜(すえの じゅりな)です。よろしくお願いします」
言い終わってペコリと頭を下げる。みんなは拍手をしたが、孝太郎だけは気まずい気持ちになっていた。
「それじゃぁ、みんな自己紹介してやれ。っと、海原、せっかくこんな美人の先生がきたってのに嬉しくないのか?」
これを聞いて孝太郎はしまったと思う。
「え?海原って…あら…久しぶりね、孝太郎君」
「う…(あのおみくじの苦手な人って、五十嵐だけじゃなかったのか)」
みんなは孝太郎に注目したが、孝太郎は顔を逸らしたままだった。
「な、何だ?海原、知り合いか?」
「ま、まぁ…小学校5年ぐらいのとき、俺の家庭教師をやってたことがありましたので…」
「そうなのか。まぁいいだろう。みんな、末野先生と仲良くやってくれよ。以上」
そう言って城崎は教室から出て行き、朝のHRが終わったので孝太郎も教室から出て行った。
そのときの孝太郎は何かから逃げるかのようだった。

「くっそぉ…よりによってあの女が…!」
廊下を歩きながら呟いた後、何かを感じ、残像を一体だけ出してその場から飛び退き、後ろを向いた。
「うわ!」
そこには、孝太郎の残像に抱きつこうとして、ヘッドスライディングで滑り込んだ樹理菜の姿があった。
「早速か…」
そう言った孝太郎の表情は、告白を断るときのような冷たい視線だった。
「久しぶりに会ったってのに、冷たいわねぇ」
そう言いながら体を起こして立ち上がる。
「あんたに優しくしなきゃいけない理由はないからな」
「教師に向かって“あんた”はないんじゃないの?」
「あんたなら別にいいさ。その抱き付き癖、まだ治ってなかったのか?」
「癖なんかじゃないわよ。ただの愛情表現よぉ」
そう言ってまた孝太郎に抱きつこうとしたが、孝太郎は空蝉で回避した。
「それをやめろって言ってるんだ。あの時、その行動のせいで変な噂を立てられたんだからな」
「それは私も聞いたわ。もう遅いかもしれないけど、慰めさせて…う」
樹理菜は立ち上がって孝太郎に歩み寄ったが、孝太郎は先の部分が出たボールペンを樹理菜の鼻先に突き出した。
「それ以上寄るな。別に慰めて欲しくてこんなことを言ったわけじゃない。それにあんたとはもともと家庭教師と教え子ってだけだったんだ。それ以上の関係になろうなんて俺は全く思ってなかったからな」
そう言ってボールペンの先を引っ込めてポケットにしまう。
「わ、わかったわよ。あなたのこと、諦めればいいんでしょ?」
「そういうことだ」
そう言って樹理菜の前から姿を消した。
「はぁ、彼の笑顔が見たくて行動したんだけど、逆効果になるなんて…」
一人残った樹理菜はため息をついて呟いた。

「…他の生徒に同じことをするようなら、俺との間にあった最悪な出来事を暴露してやる」
孝太郎は一人で歩きながら独り言を言ったが…。
「最悪な出来事って?」
いつの間にか側にいた沙羅が聞いた。
孝太郎は驚かなかったが、「あちゃ〜」と思わずにいられなかった。


<あとがき>
英次が可愛がっていた猫、ニャン太との別れ。
孝太郎が助言したことで悲しみは薄れたみたいだが…。
一通りして、仁美に入っていった光の玉は…。
その後の孝太郎にとって冷や汗ものの修羅場。
そして、決闘を挑んだ真木野に理解させるために放った聖光拳。
その後の、沙羅の積極性になすがままになり…。
翌日、孝太郎にとって五十嵐と同じぐらい苦手な教育実習生、樹理菜の襲来(?)。
次回、孝太郎と樹理菜との間にあった最悪な出来事が明らかに。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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