第39話
「最悪な出来事」
孝太郎が小学校5年の頃、彼は未柚を亡くしたショックで心を閉ざしてしまい、学校もたまにしか行かなくなった。
行っても適当に勉強して帰ってくる有様。当然、勉強も遅れて成績は落ちる一方。
孝俊はそんな孝太郎に見かねて家庭教師を一人紹介した。それが樹里菜である。
孝俊から事情を聞いていながらも樹里菜は常に明るい笑顔で接していたが、孝太郎はうつろな目で、しかもほとんど口を開かなかった。
それでも樹里菜は笑顔で孝太郎に話しかけていた。
この当時の樹里菜は16歳の高校2年生。家庭教師はアルバイトでやっていた。中学のときから教師になることを夢見ており、家庭教師はその第一歩である。
たまに孝俊と樹里菜と孝太郎の3人で出かけたこともあった。だが、孝太郎は少しも心を開かなかった。
そんなある日のこと。
放課後になり、孝太郎の担任の教師が孝太郎を誰もいない教室に呼び出した。
「お前はずっとそうやって心を閉ざした状態で生きていく気か?」
「…」
「気持ちはわからないわけじゃないが、抜け殻状態のお前の姿を見てるとこっちまで辛くなってくる」
「…」
教師は色々話したが、孝太郎は俯いて無言のままだった。
「けどな、これだけでもわかってほしい。未柚がいなくなって辛いのはお前だけじゃないんだ」
「…」
「未柚の友達もきっとお前と同じ気持ちだ。教師の俺もそうだからな」
「…」
「本当なら俺もお前と同じように抜け殻になってるかもしれない。だけど、それでも自分の体に鞭を打ってでも教師としての仕事をしなければならない」
「…」
「みんなお前のことを心配してる。未柚もきっとそうだ」
この言葉に孝太郎はわずかに反応した。
「これ以上みんなに心配させたくないなら、前を向いて生きろ。未柚もきっとそう言うぞ」
「…ん…は…」
「未柚のことを思うなら、尚更だ。今を一生懸命生きろ」
「…みっちゃん…俺は…」
孝太郎のずっとうつろだった目が、しっかりと目の前の教師を見た瞬間だった。
「…先生…ここは?…学校の教室…」
正気を取り戻し、周りを見ながら聞いた。
「そうだ。未柚がいなくなってから今日までの1年余り、お前は人形だった」
「1年以上も…」
教師は孝太郎の言葉に驚くことなく説明した。
「お前の中で時間は止まったままだった。けど、現実では1年以上過ぎてたんだ。今までの分を取り戻すのにはかなり苦労するぞ」
「わかってます」
少し話をして、孝太郎は帰っていった。
「ただいま」
そう言って玄関の扉を開けたときだった。
「あ、おかえり。孝太郎君」
出迎えたのは樹里菜だった。が…
「え…」
孝太郎は驚くばかりで言葉が出なかった。
「出迎えがお父さんじゃなかったから驚くのも無理はないか。とにかく、勉強始めるわよ」
そう言って靴を脱いだ孝太郎の腕を引っ張って部屋へ連れて行こうとした。
「あ、あの…」
「ん?何?」
「…どちら…様…ですか?」
これを聞いて樹里菜は驚いて固まった。
「まさか、記憶を失ったの!?」
「そうじゃないと思います。自分が誰かわかりますし、周りのことも覚えてますから。でも、本当に誰ですか?」
樹里菜は眩暈がする思いをしながらも自己紹介し、今までの経緯を説明した。
「家庭教師として…だからうちにいるのですか…」
「そうよ。改めてよろしくね。それと、堅苦しい敬語はなしね」
「まぁ、それでいいなら…」
そんなこんなで、孝太郎は樹里菜を教師にして勉強を始めた。
しばらくして孝俊が仕事から帰ってきて、孝太郎の目に光が戻ったことを知ったときは安心したみたいだった。
孝太郎の勉強のペースは少しづつみんなに追いついていき、ついには同じぐらいになった。
だが、この後の樹里菜のちょっとしたことが、孝太郎に牙を向けさせることになるとは誰も思わなかっただろう。
樹里菜は孝太郎に好意を持つようになり、様々な形で気を引こうとして気付かれない程度に行動したのだが、孝太郎はそんなそぶりを全く見せなかった。だからこそ焦ったのだろう。
ある日のこと。
学校が終わり、孝太郎は何人かの生徒たちと話しながら帰り道を真っ直ぐに歩いていたときだった。
「孝太郎く〜ん♪」
「うわぁ!!」
住宅街の十字路に差し掛かったとき死角になっている部分から制服姿の樹里菜が急に出てきて孝太郎に飛びつき、孝太郎は支えきれなくなって地面に倒れた。
これを見て生徒たちは驚く。
「いてててて…何だよいきなり…」
樹里菜が体を離し、孝太郎は痛む部分を押さえながら聞いた。
「だって待ちきれなかったんだもん♪今日もこれから遅れた分の勉強だもんね」
「そんなことでいきなり出てくるんじゃねぇよ。家で大人しく待ってろよなぁ」
孝太郎は一緒にいた生徒たちに樹里菜を紹介し、事情を話した。
この日はこれで終わったが、この後が孝太郎にとっては最悪な展開になった。
翌日。学校へ行くと、昨日の帰りに一緒だった連中に樹里菜とのことを根掘り葉掘り聞かれた。
孝太郎は全て正直に話したが、信じる生徒はほとんどいなかった。
しかもあることないこと様々なことを学校中に広げられたが、担任が事情を説明したことで早くに決着がついた。
だが、一部では全くといっていいほど信じない生徒がいた。
孝太郎の怒りの矛先は、全く信用しない生徒ではなく、こうなるきっかけを作った樹里菜に向けられた。
とは言っても、牙をむくことはなかったが、この日以降、樹里菜とはほとんど口を利かなくなった。
しばらくして、孝太郎が6年になると同時に、樹里菜は大学受験の都合で家庭教師をやめた。
「そんなことがあったの…」
話を聞き終えた沙羅は少し俯いて呟いた。
「うすうす感づいてた。俺の気を引こうとしてたのは…けど、未柚を亡くした傷があったから…」
「でも、樹里菜さんって…どこかで聞いたような…」
沙羅は何かを思い出すような仕草をしながら呟いた。
「…太極拳のスカーレット(そして、またの名を…)…」
「!」
沙羅は驚いた。樹里菜は太極拳を習っており、腕前はかなりのもの。
普段は陽気なのだが、太極拳を使い始めると性格が豹変し、目つきも変わる。
そして、いつの間にか「スカーレット」という異名を持つようになった。
「とにかく、あの女には気をつけろ。いいな?」
「う、うん…」
この後は適当に話して教室に戻った。
「蒼天に舞う青い龍…迂闊に手出しできないわね。まさか彼がそうなるなんて…それに、横にいる子は…?」
樹里菜は少し離れたところで呟いた。
この後の授業は普通に進み、樹里菜は体育の授業を担当していた。
孝太郎たちのクラスで体育の時間になり、バスケットをすることになった。
樹里菜は高校時代にバスケ部に入っており、その腕はかなりのものらしい。
休み時間にバスケ部の部長が勝負したが、かなり苦戦したそうだ。
準備体操を終えて、樹里菜が仕切るように言った。
「さて、今から二人一組で私と勝負してもらうわ。先に3点取ったら勝ちよ。私はゴールを守るから、君たちは攻める側になるわね。ということで、今からペアを決めてね」
みんなは早速相手を探し出した。
「本当なら、沙羅とやってるかもしれないけど、この場合は翔のほうが都合がいいな…けど、翔は青島さんとやることになるだろうな」
と呟きながらあちこち見ていたが、そこへ翔が声をかけた。
「まだ決まってなかったのか?」
「お前もか…てっきり青島さんとやるかと思ったら…」
「まぁな、お前も矢神さんとやることになるかと思ってたけど、どうやら留美は矢神さんとやるみたいだ」
「そうか…久しぶりにやってやるか?」
孝太郎の表情が不敵な笑みに変わり、翔に聞いた。
「そうだな」
翔も不敵な笑みになって答える。
そんなこんなで、みんなは二人一組のペアを組み、勝負が始まった。
しかし、ほとんどの生徒がいいところまでいくものの、樹里菜にボールを取られてしまい、逆転してしまった。
そして、沙羅と留美が勝負した。二人とも、格闘で身につけた反射神経を活かして樹里菜を何とかかわしてゴールに入れよとうしたが、失敗に終わった。
この次は五十嵐の番になり、五十嵐は兎のように素早く動き、樹里菜はそれに追いつけずに負けてしまった。
五十嵐とペアを組んだ相手はただ見てることしか出来なかったのは余談だ。
そして…。
「さて、次は誰かな?…っと、ついに孝太郎君の出番になったか…」
樹里菜はボールを持ってコートに入った孝太郎を見て待ってたかのように言った。
「相手は俺だけじゃないぜ」
孝太郎がドリブルをしながら言うと、少し離れたところで翔が立った。
これを見て生徒たちは「おお〜」と声を出す。
「“蒼天に舞う青い龍”と“紅蓮の炎を纏う赤い虎”か…最強ペアのコンビネーションを見れるとは…」
生徒の一人が呟いた。
翔は先日、バーニングタイガークラッシュを放ったところをみんなに見られ、それが原因で“紅蓮の炎を纏う赤い虎”と呼ばれるようになったのだ。
「たとえ最強コンビであっても、バスケの女郎蜘蛛には手も足も出ないわよ?」
樹里菜は不適に笑っていったが、孝太郎は怯え一つ見せなかった。
「ならその蜘蛛の糸をぶった切るまでさ。行くぞ!翔!」
そう言ってドリブルしながら樹里菜の後ろにあるゴールに向かって走った。翔は孝太郎に合わせるかのように真横に着いた。
樹里菜は不適に笑って孝太郎に向かってダッシュする。だが、孝太郎は怯むどころか、ダッシュのスピードを上げた。
それを見た樹里菜は一瞬驚いたが、孝太郎をボールごと捕まえようとして掴みかかった。だが…
「あ、あれ?」
捕まえたと思った孝太郎はすり抜け、しかもボールがいつの間にか消えていた。
樹里菜が戸惑っている間に、翔がゴールを決めていた。
見ていた全員が一斉に拍手を浴びせた。
「網破り作戦成功!」
そう言いながら孝太郎は元の位置に戻った。
「そんな…誰も破ったことがない蜘蛛の糸を簡単に…」
樹里菜の呟きは絶えない拍手で誰にも聞こえなかった。
「狙った獲物は絶対に逃がさない蜘蛛でも、弱点ってものがあるんだぜ?」
「え!?」
孝太郎が不適に笑いながら言うと、樹里菜は驚いた。
「こうして相手になった時点で、すでにあんたが張った蜘蛛の糸にかかったようなものだろう。だけどな、蜘蛛は一気に複数の獲物を捕らえることが出来ないっていう弱点を突かせてもらった」
そう言いながらドリブルを始め、再びゴールに向かって走った。
樹里菜は動揺していた。そのためか、動きが鈍り、あっさりとゴールを決められ、3回も呆気なく決められた。
拍手が最初にゴールを決めたときよりも大きかった。
だが、樹里菜が一喝して黙らせ、孝太郎と1対1で勝負をしたいと言い出し、孝太郎は呆れながらもOKした。
「確かに1対1なら、蜘蛛にとっては好都合だろう。だけど、さっき捕まえられなかった俺を捕らえることができるのか?」
「甘く見ないことね。今度こそ絶対に捕まえて見せるわ」
孝太郎が聞いたが、それに対して樹里菜は不適に笑った。
「自分で張った網をよく見てから言うんだな」
それだけを言って、孝太郎はさっきと同じように自分から捕まりにいくかのように樹里菜に向かってドリブルをしながら走った。
「さっきの手はもう通用しないわよ」
そう言って樹里菜も孝太郎に向かって走り、目の前まで来たところで捕まえようとした。
しかし、さっきと同じようにすり抜け、孝太郎は簡単にゴールを決めてしまった。
「そ、そんな…確実に捕らえたはずなのに、どうして…」
樹里菜は驚くばかりだった。周りで見ていた生徒たちもそうだった。
「言っただろ?自分で張った網をよく見ろってさ。蜘蛛が自分で張った網に引っかからない理由を知ってるか?」
「え?」
「蜘蛛の糸には、粘りがあるものとないものがあって、蜘蛛は粘りのない糸をつたって歩くから引っかからないんだ。獲物を捕らえるために自分で張った網に引っかかるほど間抜けな話はないからな」
「まさか、それを逆手にとって…」
「そういうことだ。しかも、蜘蛛は8本の足をうまく使うけど、あんたは足元が無防備だった。だから回避するのが簡単だったんだ」
「うぅ…」
そんなこんなで授業は終わり、樹里菜は女郎蜘蛛としてのプライドをなし崩しにされた屈辱で頭が一杯だった。
放課後。みんなは色々話をしながら帰った。孝太郎たちもその中にいる。
しかし、孝太郎は何かが駆け寄ってくるのを感じ、それを空蝉で回避した。
「今度は何の用だ!?」
孝太郎は回避した後に、ヘッドスライディングで滑り込んだ樹里菜に聞いた。
「蒼天に舞う青い龍…バスケでは負けたけど、格闘ではどうかしら?」
樹里菜は立ち上がって不適に笑いながら聞いた。
「バスケでは俺の他にもあんたを打ち負かした奴がいるだろ?」
「女郎蜘蛛の割には動きが鈍かったからな」
いつの間にか、孝太郎の横に五十嵐が立っていた。
「あなた、一体何者?」
「私の顔を見忘れたか?スカーレット…またの名をブラッディスパイダー」
「それを知ってるのは…まさか、“赤毛の兎”!?」
「そうだ。久しぶりだな」
この会話を聞いて驚かなかったものはいない。
聞くところによると、五十嵐と樹里菜は気がついたら知り合っており、勝負もしたそうだが、結果は五十嵐の全勝とのこと。
「海原を倒す前に、私に勝ってからにしてもらおうか?海原、この場は私に任せてくれ」
「わかった。気になることがいっぱいあるけど、深追いしないほうがいいみたいだな」
そう言って孝太郎たちはその場を去った。
その後、五十嵐は樹里菜を合気道で受け流すようにしてあっさりと打ち負かした。
このことはすぐ噂になったが、その中に気になることがあった。
それは、勝負の後で五十嵐が樹里菜に眩しさと同時に清らかさを感じさせる光を当てたことだった。
それが原因か、樹里菜は不敵な笑みを見せることがなくなり、同時に孝太郎に突っかかることもなくなった。
休日になり、本来なら孝太郎の引越しの手伝いをすることになっていたのだが、中間試験が近づいてることもあり、試験勉強を沙羅の家ですることになった。
だが、沙羅は少し元気がなかった。
「はぁ…」
「沙羅ちゃん、どうしたの?もう20回目よ?」
沙羅がため息を付き、最初は気にならなかったが、あまりにも回数が多いため、留美が気になって聞いた。
「俺のことだろ?」
「どういうことだ?孝太郎」
沙羅のため息の原因を察していた孝太郎が言い、翔が聞いた。
「本当なら、今日は俺の部屋にある荷物をこの家にある空き部屋に移すはずだったんだ。けど、それが試験勉強で出来なくなったことでがっくりしてるんだ」
「そうなの?」
留美が聞いて、沙羅は何も言わずに頷いた。
「はぁ、留美ちゃんが羨ましい…」
「何言ってるのよ。進展は沙羅ちゃんたちのほうが早かったのよ?なんと言っても、英次君と仁美さんの結婚式のあとで、聖母マリア様の前で永遠の愛を誓い合ってたじゃない」
これを聞いて孝太郎と沙羅は顔を真っ赤にした。
「五十嵐から聞いたぜ。あいつは二人の幸せを見守ることにしたんだってな」
「あの野郎〜」
孝太郎は握り拳を作った手を震わせながら言ったが、それを翔が抑えた。
「いいじゃねぇか。お前と矢神さん、形だけだけど、結婚したようなものだし」
翔が言うと、孝太郎と沙羅の頭から湯気が出ていた。
「それを考えたら、私たちより進んでるじゃない」
「そ、それはそうだけど、夫婦同然の生活を既に始めてるのお前らが言うことじゃないぞ」
孝太郎が言うと、今度は翔と留美が顔を真っ赤にした。
「これでおあいこね」
沙羅が笑顔で言い、しばらくして気を取り直して試験勉強を始めた。
昼になり、食事をしたあと、翔が孝太郎の荷物を移そうと言い出した。
念のため、孝太郎の部屋を見てみたが、勉強机、ちゃぶ台、布団以外には大きな荷物はほとんどなかった。
「これならあっという間に終わるんじゃないか?」
「…かもな」
翔が呆れながら言い、孝太郎が相槌を打った。
だが、孝太郎は何食わぬ顔で壁に立ててある青龍の剣を手に取り、庭に出て鞘から抜いた。
すると、青龍の剣は刃の部分が石になっていた。
「あれ?それ、偽物なの?」
横にいた沙羅が聞いた。
「いや…青龍を天に帰した時、青龍の剣からもその力が失われたみたいなんだ。だから、今は切れ味が全くない石の刀なんだ」
説明しながら青龍の剣を鞘に納めた。
このあと、ちゃぶ台などをどうやって持っていこうかを考えているときに京子が軽トラックに乗ってやってきた。しかも助手席には恭平が乗っていた。
「ほら、机とかはこれに乗せて」
そう言いながらトラックから降り、恭平も降りて机などの大きな荷物を運んでトラックに乗せ、沙羅の家に走った。
孝太郎たちは呆気に取られながらも小さな荷物を手にとって沙羅の家に向かった。
机などはすでに空き部屋に運ばれており、そこへ小さな荷物を入れて引越しはあっという間に終わった。
「後は手続きとかだな。今日からここが孝太郎君の部屋だ」
恭平が微笑んで言った。
「お世話になりますです」
孝太郎は緊張気味に言った。
「ははは。堅苦しい挨拶はなしだ。あ、そういえば孝太郎君」
「何ですか?」
恭平は少し笑い、ふと思い出して聞いた。
「君はあの調査書を見るまで自分の誕生日を知らなかったそうだが、それまではいつだったんだ?」
「9月10日です。翔と知り合うまで、誕生日祝いとかやってもらったことがなかったのでわからなかったのです」
「じゃぁ、その9月10日は日向君が決めたの?」
京子が聞いた。
「はい。翔がいじめられそうになったところを俺に助けられた日ということで…」
「へぇ…」
沙羅は納得していたが、ふと気になることがあった。
「そういえば孝太郎君、中学2年のときにはバンダナ巻いてたよね?でも日向君の話では、孝太郎君の誕生日にバンダナをプレゼントしたって聞いたけど?」
「正確には、俺のじゃなく由梨香の誕生日だったんだ。由梨香の誕生日祝いのついでみたいな感じで渡すから呆れて何も言えなくなってしまったぜ」
孝太郎が答え、沙羅たちはクスクスと笑った。
ちなみに、翔と留美はこの場にいない。「家族の中に首を突っ込むものじゃない」と言って孝太郎の引越しを手伝った後で二人でどこかに行ったのだった。
夜になり、夕飯を食べたあと、孝太郎は自分の部屋にいた。
部屋を見たり、壁にもたれて考え事をしたりと、妙に落ち着かない感じだった。
何気なく振り向いたとき、窓から夜空が見えたので、ベランダに出た。
「…家族…か…」
自分を照らす満月を見上げて呟いた。
「どうしたの?元気ないよ?」
かすかに聞こえる程度の声で横から問いかけたのは…。
「沙羅…」
孝太郎の部屋の隣には沙羅の部屋があり、ベランダは繋がっていた。
沙羅は歩み寄ったが、人一人分の間になるぐらいのところで立ち止まった。
満月が照らす中で、二人の夜がこれから始まろうとしていた。
<あとがき>
孝太郎と樹里菜の間にあった出来事。
体育の授業で、バスケットの勝負で孝太郎に負け、屈辱を味わった樹里菜。
その後、スカーレットになった樹里菜は五十嵐に負け、光を当てられる。
休日に試験勉強の後に孝太郎の引越しを手伝った翔達。
そして、翔が孝太郎にバンダナを渡すまでの出来事が明らかになる。
夜、ベランダで満月を見ている孝太郎に沙羅が…。
二人はどうなるのであろうか?
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。