第41話

「おかしな喧嘩」

「何の用じゃ?」
刀匠に春江が聞いた。
「わしが鍛えた刀を持った青年が来ると聞いてのぉ。ついでにお前さんの死に顔でも見ようと思ってな」
「残念じゃったの。わしはまだこの通りじゃ」
「本当に残念じゃったわい。口うるさいどこぞのばばぁがしぶとく生きてるのかと思うとな」
「口うるさいのはお主もそうじゃろうが。この間、近所のじぃばぁどもに囲まれとったくそじじぃ」
これを聞いてみんなは必死で笑いを堪えた。
「くそは余計じゃ!“死に損ない”はさっさと隠居するんじゃな」
これを聞いて春江はカチンときた。
「何じゃと!?」
「んじゃ!?こら!」
ついには春江と刀匠のニラみ合いになってしまった。
「ち、ちょっとお婆ちゃん!」
帰ってきた夏目が道場に入ってきて、春江と刀匠を見つけて止めに入った。
が、孝太郎が肩に触れて止めた。
「ああなったら気が済むまでやらせた方がいい。下手に止めに入ったらとばっちり食らうぞ」
孝太郎が言うと、夏目はため息をついた。
「はぁ〜。毎度のことだけど、懲りないわねぇ…年甲斐もなく」
「まったくじゃ。五島 刀吉郎(ごしま とうきちろう)などという似合わん名前を持ちおって」
「ふん。どんな名前をしてようが勝手じゃ。先日の老人会で飯を食っとるときに、差し歯が一本抜けたぐらいで大騒ぎしおった死に損ないが」
笑いを我慢していたみんなはとうとう限界を超え、大爆笑した。
「このぉ…」
春江は苦虫を潰したような表情になった。どうやら本当のことだったようだ。

そんなこんなで到着早々騒がしい合宿が始まった。

昼間では自由時間ということもあり、孝太郎は何も持たずに一人で山の中を歩いていた。
「ったく、去年俺が言った“チンピラに囲まれてたチンピラ”を参考にしたのが丸見えだぜ」
本当なら沙羅も一緒のはずだったが、沙羅は京子に呼び止められて一緒に行くことが出来なかった。
孝太郎が向かっていたのは頂上だった。が、その途中にある滝で足を止めた。
「…」
そして、しばらくの間は滝を見上げて何をするというわけでもなく、また歩き出した。

(ん?…誰かいる)
いつの間にか頂上に着いたが、気配を感じた。
すぐに沙羅と京子だとわかったが、姿を見せないほうがいいと思い、気配を消して木の陰に隠れた。
「へぇ、こんなところがあったんだ」
京子は沙羅にどこか見晴らしのいいところがないかを聞き、沙羅はここへ連れてきたのだった。
「半年ほど前に仁美さんに案内してもらったの。それから少しした後でここでライヤさんに会ったわ」
「へぇ…」
(そうだったな。ここで久しぶりにライヤさんに会ったんだっけ…ん?)
何かを感じて見てみると、ガラの悪い数人の男が沙羅と京子の前に現れた。
「誰!?」
「へっへっへ。こんなところに二人でいたのが不運だったと思うんだな。逃げ場はないぜ」
沙羅が何かから抵抗するように聞くと、男の一人が不気味な笑いをしながら言った。
二人は背中を合わせ、拳法の構えを取った。
「ほぉ、格闘やってるのか…まぁいい。かかれ!」
リーダーと思われる男が言うと、一斉に襲い掛かった。だが…。
「うわあああああああ!」
襲い掛かろうとした男たちは横から吹っ飛ばされた。
「な、何だ!?」
「俺が吹っ飛ばしたんだ」
突然の出来事に沙羅たちも驚く。よく見ると、掌抵剛波を出した状態の孝太郎がいた。
「何気なく来てみたら…二人とも拳法やってるなら、こんなザコ相手にビビることなんてないだろ?」
そう言いながら二人に歩み寄る。
「なめやがって!これでどうだ!?」
そう言いながら連中の一人がナイフを出す。
「だからザコだってんだ。武器を持たなきゃ勝つ自身を持てないなんてさ」
そう言って指銃弾を放ち、吹っ飛ばした。
周りが油断している隙を突いて沙羅と京子が何人か倒した。
「あいつ、額の青いバンダナはまさか…蒼天に舞う青い龍!?」
「そうじゃ」
「なに!?ぐあ!」
別の声が聞こえ、振り向くと同時に一人吹っ飛んだ。
「む、無敵の小林!…ぐあ!」
リーダーと思われる男は春江から一撃を食らって気絶した。
残った連中は恐怖におののいて逃げていった。
「ふぅ。ちょっと脅かせばこれなんだから」
「不吉なものを感じて来てみれば…じゃが、わしらが手を出すまでもなかったみたいじゃな」
「そうみたいですね。何人かは沙羅と先生が倒したみたいですし」
孝太郎と春江が話しており、少し離れたところで沙羅と京子が話していた。
「まさかここに海原君が来るなんて…」
「それは私も驚いたわ。何も知らせてないのに…でも、ここは半年前にライヤさんに会うと同時に、孝太郎君がライヤさんと再会した場所でもあるの」
「へぇ」
この後は4人で雑談をしていた。

しばらくして…。
「私、ちょっと用があるから先に戻るね」
「でも、姉さん一人で大丈夫?」
京子が戻ると言い出し、沙羅は心配したが…。
「わしも丁度戻るところじゃったから構わんよ」
「そうですね。お婆ちゃんに任せておけば大丈夫でしょう。俺は昼飯の前までここにいます」
孝太郎はそう言って3人から少し離れた。
「沙羅はどうする?海原君と一緒にいる?」
「そうするわ。彼の側にいれば安全だし」
そう言って沙羅も離れて孝太郎のところへ行った。
「それじゃ、行くとするかの」
「はい」
春江と京子は戻っていった。

残った二人はしばらく何も言わなかったが、沙羅が口を開いた。
「ここに来るの、半年振りね」
「そうだな。ここは真夏でも涼しいから自然に足が向いたのかもしれないな」
また何も言わなくなった。
何かを考えて俯く孝太郎の正面に沙羅が立ち、孝太郎の両肩に両手を乗せた。
孝太郎はそれに気付いて顔を上げる。孝太郎の視線の先で沙羅は優しく微笑んでいた。
「何を考えてるの?」
「これからのことさ。卒業してからの進路のこととか、将来のこととか…」
「高校3年になったら、嫌でも考えなければいけないわね。進路もそうだけど、将来のことも。進んだ道で将来も変わってくるから」
「そうだな。本当にどうしようか…!」
そう言って俯いたが、沙羅が両手を孝太郎の首に回したと思うと、孝太郎の唇を自分の唇で塞いで目を閉じた。
『そのままじっとしてて』
孝太郎が戸惑う中で、沙羅の声が頭の中に聞こえた。
守護豹を通じてなのかはわからないが、沙羅の声を聞いて孝太郎は不思議と落ち着いていた。
その証拠に体の力を抜いて目を閉じ、沙羅の背中に両手を回したのである。
しばらくは何も言わなかったが、沙羅が再び語りかけた。
『心の中での語りかけは留美ちゃんたちにも肩に触れてやってみたわ。でも、聞こえたのは孝太郎君だけみたい』
『どうやら、心を通わせあったもの同士しか無理みたいだな』
『そうみたいね。せっかくだから、このままキスしながら話そうよ』
『普通はできないんだけどな…』
沙羅のいきなりの行動に戸惑いながらも半分は呆れていた。
『ねぇ…私とキスしてるとき、どんな気分?』
『どんなって言われると…言葉では表現しにくいな…でも…』
『でも?』
『俺が、ここにいていいんだって実感できる一時と言えばいいかな?』
『うん。こうしていつまでもいていいんだよ。私の腕の中に…』
これを聞いて孝太郎は沙羅の背中に回した両腕からも力が抜ける感じがした。
『そうか…沙羅…今だから言えそうな気がする』
『何を?』
『香港でのことだけど…』
『もしかして、二十歳になったら結婚してくれない?って私が言ったこと?』
『そうさ。それだけど、二十歳まで待てそうもないんだ。だからさ、沙羅…』
『…』
『高校卒業したら、俺の花嫁として迎えに行っていいか?』
これを聞いて沙羅は体制を全く変えない状態でしばらくして涙を流した。
『そう言ってくれる日を、どれだけ待っていたか…。不安だった…“いい返事は期待しないでくれ”って言うから、もしかしたら断られるんじゃないかって…』
『あの時はまだ自分の気持ちに自信が持てなかったんだ。けど、今なら言えそうな気がしたから…』
『今は凄く嬉しい…それに幸せ。孝太郎君、口には出さないけど…私のこと、本気で愛してくれてるんだって実感できる』
『俺にそれを教えてくれたのは沙羅だぜ。沙羅の腕の中にいるときが、俺にとって一番の幸せだから…』

少しして二人は唇を離し、沙羅は体の力を抜いて自分に寄りかかっている孝太郎を抱いていた。
「?…!」
孝太郎は少し寒気を感じて空を見た。空は少し暗い色をした雲に覆われている。
「どうしたの?」
沙羅は聞きながら体を離した。
「マズいな…もうじき雨が降る」
「そういえば、天気予報でこの辺りは昼から雨になって雷も鳴るとか…」
「雷か…とにかく、雨が降る前に戻ろう」
孝太郎が言うと沙羅は頷き、二人で山を駆け下りていった。

だが、その途中で雨が降り出した。
最初はポツポツだったが、やがて大雨になり、それでも二人は走り続けた。だが…。
「きゃっ!」
沙羅が何かに躓いてこけ、前を走っていた孝太郎がそのときの声を聞き、足を止めて振り返った。
「大丈夫か!?」
そう聞きながら駆け寄る。この時、二人は既にずぶぬれだった。
「う、うん。何とか…」
そう言って孝太郎が差し出した手に捕まって再び走ろうとするが…。
「痛っ!」
足に激痛を感じてかがんでしまった。どうやらこけたときに足をくじいてしまったようだ。
「ほら、背中に乗れ」
孝太郎はそう言って沙羅に背を向けてかがんだ。
「で、でも…」
「いいから早く!風邪引きたくなかったら大人しく言う通りにしろ!」
孝太郎の一喝するような言い方に沙羅はたじろいだ。
「う、うん…」
恐る恐るながらも、孝太郎に背負われる姿勢になってしっかりつかまると、孝太郎は立ち上がって走り出した。
普段から砂袋を背負ってるだけあって沙羅を背負って走るのは苦にならないみたいだ。

走り続けているうちに旅館が見え、その出入り口の前で孝太郎は足を止めた。
「はぁ…はぁ…やっと着いたぜ」
苦しそうに息をしながらかがんで沙羅を下ろす。
「大丈夫?」
「何とかな。それより、早く中に入ったほうがいいぞ…?」
急に雨が当たらなくなり、顔を上げると、傘を差した留美が立っていた。
「大丈夫?随分と急いだみたいね」
「俺は何とか…それより、沙羅が足に怪我をしてるんだ。早く、沙羅を中へ!」
留美はこれを聞いて驚き、沙羅に肩を貸して中に入っていった。
だが、孝太郎は容赦なく当たる雨の中で手を地面に付き、かがんだ姿勢で荒い息をしていた。雨の中で、沙羅を背負って思いっきり走れば無理もないことだろう。
それでも何とかして中に入ろうとしたが、足がガクガクと震えてとても動けるような状態ではなかった。
「…早く…中に入らないと…俺も、風邪引くな…ん?」
動かない体に鞭を打って動かそうとしたが、そうしているうちにまた雨が当たらなくなった。
再び顔を上げると、翔が傘を差して孝太郎の前に立っていた。
「無理はするなよな。こんなときぐらい俺を呼んでくれてもいいだろ?」
翔は苦笑した表情で孝太郎に肩を貸し、二人で中に入った。
「そうだな…」

さすがに雨の中で露天風呂というわけにもいかず、孝太郎と沙羅はそれぞれ室内風呂の男湯と女湯に入った。
濡れた服は翔と留美が別の部屋にある乾燥機にかけた。
女湯の出入り口で、夏目が袴姿で竹刀を持って見張りをしていることは余談である。
「海原君もやるわねぇ。沙羅ちゃんを背負って走るなんて」
「80キロの砂袋を軽々と背負うあいつにとっては朝飯前さ。それに、矢神さんと何としてでも一緒に戻ろうとする生存本能があいつを突き動かしたんだろうな」
こんなことを話しているとき、外からゴロゴロという音が聞こえてきた。
「ついに雷が鳴り出したか…こうなる前に戻ってきてよかったな」
「そ、そうね…」
翔は普通に話していたが、留美は少し振るえていた。
「どうした?」
「雷…怖いの…あ」
翔が気になって聞き、留美が震えながら応えると、翔が留美の肩に腕を回して引き寄せた。
「大丈夫さ。建物の中にいればな」
「…うん…」
留美は震えが止まり、同時に乾燥機も止まった。
「乾かし終わったみたいだな。留美は矢神さんの服を持ってってやってくれ。俺は孝太郎の服を持ってくから」
「わかったわ。でも、今行ったら何か話してるところだと思うから少し後でもいいんじゃない?」
「そうだな」

風呂場では…。
「ふぅ…生き返る…」
孝太郎が肩まで熱い湯につかりながら言うと、どこかからクスッと笑う声が聞こえた。
「ん?誰かいるのか?…まさか」
周りには誰もいないはずだが、ふと思った。
「こっちまで聞こえてるわよ」
「やっぱり、さっき笑ったのは沙羅か?」
「そうよ。ふふ♪生きてる人の台詞じゃないわよ」
「それもそうだな」
しばらくは何も言わなくなった。だが…。
「雷、鳴り始めたね」
「そうだな。けど、建物の中にいる限りは大丈夫だ」
「でも、停電になったら何も見えなくなっちゃうよ。それに入浴中の私たちにとっては危険なんだから」
「今は昼間だから完全に真っ暗にはならないさ。それに今はまだ稲光だから停電の心配はない」
「うん…」
どうやら沙羅は留美と同じように雷が怖いみたいだ。同時に孝太郎がなぜ雷に対して冷静にしていられたのかが気になりだした。
しばらくして二人は風呂から上がり、脱衣所で翔と留美が持ってきた服に着替えた。

それから少しして、稲光がなる中で昼の食事を始めた。
女子生徒のほとんどが雷に怯えている。が、春江と夏目は平然としていた。
「何で夏目さんは平然としていられるの?」
「剣士たるもの、稲光に怯えていては勤まらないからよ。私も最初は怖かったわ。でも、気がついたらこうなってたの」
女子生徒の一人が聞くと、夏目はきっぱりと答えた。
「でも、お化けは駄目みたいですけどね♪」
歌穂が笑顔で言うと、夏目はうっとなった。
「日本食は久しぶりだけど、結構いけるな」
「そうね。このまま日本に永住しちゃおうかな?でも、雷が…」
グライドは楽しそうに話していたが、イザベラは雷に怯えながら応えた。

食事が終わり、少し休憩してから軽い練習をやっていたが、いつの間にか夜になった。
雷は夕方から落雷になり、時々轟音が響いていた。
落雷が起こるたびに女子生徒たちは悲鳴を上げて練習に身が入らない有様。
それが原因で4時半ぐらいに練習は終わって後は自由時間になった。

夕飯の時間になっても雷は鳴り続け、怯えたりそうでない生徒たちがいる中でいつの間にか食事は終わった。だが…。
「えーと、確かこの後は…う…」
翔が記憶を辿りながら独り言を言ってると、あることを思い出して顔を真っ青にした。
去年参加したみんなも真っ青になっていた。
ただ、今年の新入部員やグライドたちは?としかなれなかった。


<あとがき>
いきなりの春江と刀吉郎の口喧嘩。
そして、何気なく歩いた山の頂上で沙羅と京子は襲われるが、孝太郎と春江の乱入で撃退。
その後、孝太郎と沙羅は二人きりになり、唇を重ね合わせながら心の中で語り合い、ついには…。
孝太郎と沙羅の服を乾かしている翔と留美の会話。
夜になり、あることを思い出した翔たちは顔を真っ青にする。
次回、そのあることが明らかに。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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