第42話

「恐怖の時間、再び…」

これから始まるのは、夏の夜に恒例の怪談話。
去年参加したメンバーは真っ青な顔をしながら広い部屋に集まり、新人たちは何も知らないので平然としていた。
春江や夏目のほかに、部外者である五十嵐・樹里菜・グライド・イザベラもいた。
夏目が参加した理由は“剣士たるもの、これぐらいのことで怯えるわけには行かない”とのこと。
そして、全員が集まったのを確認すると、孝太郎が立ち上がって電気を消し…。
「どわぁああああああああ!!!!!」
叫び声をあげたのは去年参加しなかったメンバーである。
去年は懐中電灯だったが、今回は電気を消した瞬間を見計らったかのように光った雷だった。
「な、なかなかやりおるわい」
「孝太郎君…こんな特技があったの?」
「中学のときも凄かったが、そのときよりもパワーアップしてる…」
「な…」
春江、樹里菜、五十嵐、グライドが震えながら言った。
イザベラは震えて声も出ないようだ。
去年参加したことがあるメンバーは下を向いて見ないようにしていた。
それでも叫び声を聞いて震えてしまっている。
そして、話す順番は孝太郎を一番最後にして、後は適当に決めた。

みんな色んな怖い話をしていき、春江の旅館にまつわる幽霊話でみんなの震えが悪化した。
ただ一人を除いて…。

そして五十嵐の番になり、叫ぶ連中が何人か出てきた。

それから少しして、ついに恐怖の中の恐怖がやってきた。
一本のろうそくが照らす中で、孝太郎は不敵な笑みを浮かべ、拳法の師匠であるパイロンから聞いた、中国で本当にあった怖い話をグロテスクに語りだした。
話し方だけでも怖いのに、実話を語るものだから去年よりも恐怖の度合いが増していた。
「…そして、やっとのことでたどり着いた万里の長城…だが…」
しばらくは何も言わなくなったが…やがて…。
『ぎぃやぁあああああああああああああ!!!!!!』
みんなは我慢していたが、落雷とその後の轟音で限界を超えて叫び声をあげた。
しばらくして叫び声が治まり、孝太郎が立ち上がって電気をつけると、全員がげっそりした表情で真っ青になっていた。
しかも中には失神したものまでいた。

そんなこんなで怪談話は終わり、孝太郎は何食わぬ顔で失神した連中を寝室へ運んだ。

「な、何なんじゃあやつは…」
「去年よりも迫力が増してる…」
さすがの春江でも今はガクガクと震えている。
夏目が気を紛らわすためにお茶を飲もうとしたが、手が震えて思うようにいかなかった。

「こ、この野郎…どうやったらあんなに怖く出来るんだ…」
「怪談はアメリカでも聞いたことあったけど、こんなに怖かったのは初めてだ」
男子部屋で、翔とグライドが布団で震えながら話していた。
孝太郎はいつの間にかすやすやと眠っていた。

「んもう…何なのよぉ…海原君は…」
「さすがに私も…遊び半分であいつに伝授したのに…」
「い、五十嵐さん…どう責任取るつもりよぉ…」
女子部屋でも、京子、五十嵐、沙羅が布団で震えていた。
ちなみに留美、樹里菜、イザベラは失神している。

翌朝。雷は鳴ってないものの、外は大雨だった。
雨が旅館の屋根や地面を叩く音がかなりうるさいのにも関わらず、起床時間になっても誰も起きてこなかった。
ただ一人、孝太郎だけがピンピンしていた。
「怖いならやめとけばいいのに…さて、朝飯どうしようか…」
と、のんきなことを言っていた。
「おはようございます。あら?なっちゃんたちはどうしたのですか?」
「あ、真田さん。みんな夜に寝れなかった分を今寝てる」
廊下を歩いていると巫女服姿の歌穂に出会い、昨夜のことを話すと歌穂はクスクスと笑った。
「フフ…海原君の怪談が逆効果にならなければいいですね」
「怖いのがわかってるなら、怪談をスケジュールからなくせばいいのに…」
「昨夜は凄い雷でしたからね。それも引き金になったのでしょう」
(その雷が鳴ってる中でグッスリ眠ってた俺って…)
孝太郎はふと雷を気にせずに眠っていた自分が気になってしまった。
「あ、朝御飯は私が作ります。元々そのためにここに来ましたので」
「そっか。じゃ、お願いする」
そう言って孝太郎は食堂へ向かった。

「こ〜たろ〜」
食堂へ行くと、翔たちがゾンビみたいな表情だった。
これを見て孝太郎は一瞬ぞっとするが、気を取り直した。
「怪談でこうなるってわかってるなら、スケジュールから外せばいいだろ」
「それはそうじゃが、お主はこの旅館を『恐怖の館』にする気か!?」
孝太郎の後ろから春江が声をかけた。
「それいいかもしれないですね。『恐怖の怪談スポットの一つ、無双旅館』なんてテレビで放送されたら、この旅館の評判ある意味でよくなったりして」
孝太郎が返事をすると、その場にいたみんなはぞっとした。

そんなこんなで、みんなは歌穂が作った食事を適当な話をしながら食べた。

食事の後、みんなが仮眠を取っている中、孝太郎は誰もいない部屋に一人で壁にもたれて窓の外を見ていた。
「…」
大雨で思い出すのは3年前のこと。青龍が孝俊を天に無理矢理送った日から夢でうなされることはなくなったが、過去を乗り越えても、当時のことは鮮明に覚えている。
それだけあの当時のことが忌まわしいのだろう。
孝太郎はただ黙って窓越しに外を見ていた。
「…?」
肩に何かがそっと触れ、振り向くと沙羅がすぐ側で微笑んでいた。
「3年前のこと、今でも気になるの?」
彼女と言うこともあり、孝太郎が何を考えてるか察したみたいだ。
「まぁね。振り切ったとはいえ、あの忌まわしい出来事は今でもはっきりと覚えてる」
「それだけ印象に残ってたのね…。その苦しみは本人にしかわからない」
一度は窓を見たが、返事を聞いて孝太郎は沙羅に振り向く。
「でも、その苦しみを分け合うことはできるわ」
沙羅の瞳はもともと水晶のような澄んだ青い色をしていたが、今の沙羅の瞳の色に孝太郎は心を見透かされてるような気分だった。
「自分の問題だから自分で解決するというのはいいけど、たまには私を頼ってくれてもいいと思うな…」
そう言うと、沙羅は頭を少しふらつかせた。
「昨夜あんまり寝てないのに無理するなよ」
「孝太郎君の姿がどこにもなかったから気になって…ねぇ、ここで寝ていい?」
「断っても聞かないんだろ?」
これを聞いて沙羅はクスッと笑った。
孝太郎は座ったまま沙羅を抱え上げ、自分の足の間に下ろすと腕の中に抱き寄せた。
「あ…」
「こうしていれば、嫌でも俺から離れることはない。寝てる間はずっとこうしててやるからゆっくり眠れ」
沙羅は微笑んで頷き、目を閉じてそのまま眠っていった。
孝太郎は何も言わずに沙羅の髪を優しく撫でていた。

どれぐらいか時間が過ぎたが、外は相変わらず大雨だった。
道場では何人かが目を覚まして練習をやっている。
その中には孝太郎と翔の姿もあった。
沙羅は場外で留美といろいろ話していた。

そんな中で、翔は孝太郎の指導の下で気功術の練習をしていた。
翔は全身からかなりの気を集め、その気は赤い炎のようになった。
その状態で孝太郎に向けてバーニングタイガークラッシュを放ったが、外側は赤い炎でも、内側は少し白くなっており、しかも放っているオーラが虎の形をしていた。
それを見た孝太郎は両腕をクロスさせた状態で翔の技をガードした。
孝太郎もかなりの気を集めており、それをバリアにしていたが、それでも少しづつ押されていた。
周りで見ていたみんなは驚くことしか出来なかった。
そんな中で孝太郎は掌抵剛波で押し返そうとして放った瞬間、お互いの気が爆発を起こし、その衝撃が強めの風になって周りに吹いた。
爆発と衝撃が消えたとき、ふと見ると孝太郎と翔は荒い息をしながら立っていた。
「なかなかやるな」
「お前こそ、ガードしながら気を集めてそれを放つなんてのは難しいことだ。それをお前は…」
翔はそう言いながら膝をついた。だが、そこで気になることを口にした。
「だけど、なぜドラゴンバスターを使わないんだ?」
「青龍の力が今の俺にはないからさ」
これを聞いて翔は驚き、孝太郎は青龍の力がない理由を話した。
「お主の行動は正しかったのじゃろう。手に余る力を持っていては己を破滅に導くからな」
いつの間にか春江が側にいたが、驚くことはなかった。
孝太郎と翔は気がついたら息を整えていた。

このあとは普通に組み手などをしていつの間にかみんな昼の食事を取っていた。
雨はずっと大雨だったこともあってか、今は少し降水量が減った。

食事の後はしばらく自由時間だったが、雨と言うこともあってみんな旅館にいた。

孝太郎は午前中のように一人で部屋から窓の外を見ていた。
(これだけ雨が降れば、しばらくは暑さに苦しむこともないかな?)
午前中とは違って考えてることは楽観的だった。
だが、何か妙な雰囲気を漂わせた気配が道場に向かっていくのを感じて変に思った。
(何だ今のは?しかも二人。けど、感じたことがある気配だ)
孝太郎は気配を確かめるために道場に向かった。

そして、道場に顔を出すとそこにいたのは…。
「来たか海原」
「今度こそ打ち負かしてやる」
孝太郎に気付いた二人が言ったが、孝太郎はその二人に呆れて何も言えなくなってしまった。
なぜなら、二人は竹刀を二刀流で構えた石井と丹河だったからだ。
「ったく、呆れて何も言えないぜ。竹刀の二刀流でしかも二人で同時に来なければ俺に勝てないなんてさ」
これを聞いて石井と丹河は怒った。
「黙れ!こういうのはな、勝てばそれでいいんだ!」
「そういうことだ。2対1でお前のほうが不利だってことを忘れるな!」
孝太郎は鼻でフンと一息つくと、自分から石井と丹河の間に立った。
「ならやってみろよ。これで俺に勝っても、二人に手に入るのは「卑怯者」の称号だけだ」
石井と丹河は構えるが、孝太郎は少し俯いた状態で目を閉じて立っているだけだった。
何の前触れもなく石井と丹河の二刀流、つまり4本の竹刀が孝太郎に襲い掛かったが、孝太郎には一発も当たらなかった。
最初は目を閉じていたが、やがて目を開けても回避は相変わらずだった。
「どうやら目を閉じてると危険と感じたみたいだな」
「そうじゃないさ。剣道4段といっても所詮は素人。風流の回避を使うまでもない」
丹河が言ったが孝太郎は無表情で言った。
石井と丹河は怒り炸裂の表情をして攻撃したが、孝太郎には一発も当たることなく、それどころか二人同時に正面から孝太郎に向かったところを目に見えない速さで間合いに入られ、両腕の裏拳を食らって吹っ飛んだ。
「どうだ、体罰を食らわせる立場から食らう立場になった気分は!?今まであんたらから体罰を食らっていた生徒たちは今のあんたらと同じ気持ちになってたんだぜ」
「くっ…そんなことは知ったことじゃない。何としてでもお前を倒して今までの恨みを晴らしてやる」
先に石井が立ち上がり、少しよろけながらも孝太郎に襲い掛かり、手足を使った連続攻撃を繰り出したが、すべて孝太郎の左手に納まっていた。
石井は悔しい思いをしながらも回し蹴りを繰り出すが、孝太郎はその足を掴んで動きを止め、逆に石井に蹴りを一発当てて吹っ飛ばした。
「基本ができてないのに連続攻撃したところで全て無意味になるだけだ。それに、連続攻撃ってのはこうやるんだ」
「なに?…!」
石井は立ち上がり、孝太郎から目を一瞬も逸らさずに聞いたが、それでも孝太郎の素早さに追いつけず、石井から見れば瞬間移動したように感じ、孝太郎の連続攻撃を食らうハメになった。
石井は防ぐだけで精一杯になり、そのうちにガードが緩んでまともに食らうようになったが、孝太郎はおかまいなしに攻撃を続け、とどめに昇竜三斬華を食らった石井は板張りの壁の少し高いところに激突し、壁にめり込むことはなかったものの、真下に落ちた。
畳とはいえ、落ちたときの衝撃は相当なものだった。
「くっ…お前ごときに…」
石井はこの言葉を言い残して気絶した。
「主将…あんなに強かったのか…」
中国拳法部員の後輩の一人の呟きに翔は気になって聞いた。
「あれ?孝太郎の強さを見たことないのか?」
「はい。去年の合宿で無敵の小林を倒したことは聞いてますけど、その場にいたわけではありませんので…それに主将と俺たちとでは実力に差がありすぎますから。主将もそれを知ってか、たまに練習相手にはなりますけど、痛みのない一撃しか出さないので…」
「なるほど。あいつなりの配慮か…」
こんなことを話しているとき、丹河が音を立てないように立ち上がり、竹刀を1本にして両手でしっかり握り、自分に背を向けて立っている孝太郎にダッシュして竹刀を思いっきり振り回した。
「俺の勝ちだーー!!」
これを聞いて回りで見ていたみんなは驚き、孝太郎と丹河に注目した。その瞬間!!
バキィ!!!
孝太郎の右肩に勢いよく振り回された竹刀が激突したが、その場にいた孝太郎以外の全員が驚いた。
「な…」
丹河も驚いた人の中の一人だった。


<あとがき>
再びやってきた恐怖の時間。
それどころか、恐怖の度合いは増していた。
翌日、当然ながらみんなは睡眠不足。
その後、孝太郎と翔の手合わせでバーニングタイガークラッシュを放った翔。
その炎の内側が白くなっていた理由は…。
昼の食事の後、道場に現れた石井と丹河。
二人がかりでも、余裕だった孝太郎。
怒りの気持ちがこもった攻撃で石井を打ち負かし…。
その後の丹河の一撃を孝太郎は食らってしまったが、みんなが驚いた理由は…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

戻る