台車を押す看護婦

<はじめに>
 これは、ある病院で会った患者の方に聞いた話です。その方は第二次大戦中、ある病院に勤めてらっしゃったそうです。(以後、その方の視点で書いていきます)




 私の勤めていた病院は第二次大戦中に空襲に遭い、患者だけでなく看護婦や医者も含む多くの人が亡くなりました。
本当に悲惨な戦いでした。私が生きていたのは奇跡だったのかも知れません・・・。
 そのようなこともありましたが、戦後になってその病院は修復されました。建物も綺麗になり、再び多くの医者や看護婦が働き出し、患者さんもたくさん入院するようになりました。私は何もかも元通りになったような気がしていました。そう、何もかも・・。

 ある夜、私は当直でした。真夜中になって私の部屋の前の廊下で音がしました。
キコキコ・・・
キコキコ・・・
それは、看護婦の押している台車のようでした・・・。
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
(この時間には見回りはしないはずでは・・・?)
私はそう思い、部屋から出て様子を見ようとしました。
・・・。
・・・。
しかし、私の目には何も映りませんでした。普段見ている廊下の風景しか・・・・。

 翌日、私は患者さんから話をされました。話の内容はこうでした。
「先生、昨日の夜、昨日までは来なかった時間に看護婦さんが来たんですよ。私も夢うつつな感じでしたが、なぜか私に包帯を巻いていったんですよ・・・。」
その患者さんはそう言いながら私に巻かれた包帯を見せました。
(本当だ・・・。この患者さんには包帯は全くいらないはず・・・。)
とりあえず私は、「すいません。以後気をつけるように言っておきます。」
と言い、看護婦の集まる場所に行きました。

 私は先ほどの話を皆に話しました。誰かが間違えたんだろうと思っていました・・・。しかし、看護婦の皆は誰も心当たりがないと言っていました。私も彼女達の様子から、嘘はないと思いました・・・。
(・・・あの患者さん、自分で巻いたんだな・・・。)
私はそう思いました・・・。
「わかった。変な話を聞かせちゃったな。みんな今日もよろしく!」
私は、先ほどのことを振り払うように元気な声を出しました。
そして、私は仕事に戻り、その日は前日が当直だったため早く帰りました。

 翌朝、病院では、看護婦が皆で話し合っていました。私も挨拶しながらその中に入りました。
「患者さんの何人かが、昨日の夜にいらないのに包帯巻かれたとか、注射をされたとかいうんですよ。」
「そうそう。5号室の○○さんもそう言ってましたよ、婦長。」
私は聞きました。
「皆も心当たりは無いんだね?」
看護婦は口々に、「ええ」と言いました。
(どういうことだ・・・?)
私が考えていると、看護婦の一人が、
「そういえば、その看護婦が来る前に、キコキコ・・・という台車を押すような音が聞こえたとか言ってました・・・」
「えぇ?台車?誰か心当たりある?」
婦長がそう言いました。
看護婦の答えは皆同じでした、「ありません」と・・・。
私は、「とりあえず調べとくよ」と言っておきました。
しかし、私は忙しさにかまけて調べを怠っていました・・・。

 その翌日、病院中が大騒ぎになっていました。
患者さんの一人が包帯でぐるぐる巻きにされて、焼却場に死体となって放置されていたとのことでした。当然、警察も来ていました。看護婦全員が事情聴取されていました。
私は警察に聞きました。
「どういうことです?なぜ、彼女達が?」
「先生、目撃証言があったんです。少女が、犠牲者と思われる包帯で巻かれた人を台車に乗せた看護婦が、廊下を歩いていったと・・・」
私は蒼ざめながら聞きました。
「その少女と言うのは・・・?」

 私は詳しく調べなかったという罪悪感に駆られて、自分で調べようと思いました。
警察が言っていた少女は、8号室の○○○ちゃんでした。
「警察に言った話を聞かせてくれないかな?」
私がそう尋ねると、少し怯えた顔つきになりました。でも、「先生、きのうの夜ね。わたしね。便所に行こうとしたの。そしてね。ろうかに出たら、看護婦さんが一人いたの。声をかけようとしたらね。看護婦さんが、だれかほうたいで巻かれた人を台車に乗せていたのを見たの。私びっくりして声も出なかったの・・・。」
私は、少女の舌足らずな喋りに、うんうんとうなずいた。そして、考え込んでいると・・・。
「・・・先生。まだ、続きがあるの・・・。それからね。一度部屋に戻ったんだけど、しばらくしてやっぱりどうしても我慢できなくて便所に行こうとしたの。そしたら・・・」
私は続きを促した。
「・・・そしたらね。さっきの台車の看護婦さんがね。後ろからキコキコって台車を押しながら遠くから近づいてきたの・・・。私、怖くなって逃げたんだけど、看護婦さんが追いかけてきたの。かいだんを上がっても前から来たし、階段を下りてもキコキコって音がして角をこっちに曲がってきたの・・・。」
私は蒼ざめざるを得なかった・・・。声がでてこなかった・・・。
「私ね。最後は自分の部屋に戻って、とびらをしっかり閉めてふとんの中に頭からもぐりこんだの・・・。そしたら、音がしなくなって・・・。やったと思ってふとんから顔をだしてみたら・・・。」
彼女は一呼吸置いてこう言った。
「・・・。さっきの看護婦さんがね・・・。血だらけの顔をよせて私をのぞき込んでいたの・・・。無表情で・・・。」
私はとっさに少女の顔を抱きしめて、「もういい、もういいよ。ごめん・・・。」と言いました。
少女は私にすがり付いて泣きながら、
「・・・。次は私の番だって・・・。言ってた・・・。今日来るって・・・。」
私はすぐさま看護婦を呼び、十分に少女のことを気をつけるように厳命しました。
看護婦も、「わかりました」と言って、少女を守るという決意を新たにしたようでした。
私は、その夜は当直にしてもらい、両親の許可を取ってその子の部屋で泊泊り込み、少女をその看護婦から守ってあ
げることにしました。
(来るなら来てみろ!ただじゃおかないぞ!)
そんな気持ちでした。

真夜中の二時頃になりました。
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
少しうつらとしかけた頃に台車を押す音が聞こえてきました。
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
だんだん近づいてくるようでした。
私は廊下に出て、角を曲がってこちらに来る看護婦に呼びかけました。
「おい!お前は誰だ!!」
「・・・。」
「お前が昨日の事件を起こしたのか?」
「・・・。」
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
近づいてくるに連れて彼女の顔が見えてきました。
少女が言う通り血だらけで、髪の長い、顔面蒼白の看護婦でした。
時々、頭が重いのか、首を上にあげたり、がっくりと下げたりしながら近よって来ました。
「・・・。」
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
彼女はどんどん近づいてきます。
「来るな!!来ると・・・。」
私が思わずこぶしを振り上げてそう言ったとき、目の前からスーッっとその看護婦は消えてしまいました。

 私は追い払ったと思いました。少女をこれで守ったんだと・・・。
私は部屋の中に戻り、布団で眠る少女の寝顔を見ようとしました。
「・・・!」
少女は忽然(こつぜん)と消えていました。
私は看護婦を呼んで部屋中を探し回りました。
「そんな・・・。部屋からは出れるわけが無い。出たら私が気付くはず・・・」
ハッ
私の脳裏に焼却場が現れてきました。
「まさか・・。まさか・・・。」
私は焼却場まで走りました。そんなことは無い。あっちゃいけないと思いながら・・・。

 焼却場には最悪の場面が待っていました。体を包帯でグルグル巻にされて息絶えていた少女が台車に乗せられていました。
「・・・。そんな・・・。そんなー!!」
すぐさま、警察が飛んできました。私は何が起こったかを説明しました。
そのあと、私は騒ぎを聞いて駆けつけてきた同僚の医師に後を任せてそのまま家に帰りました。

 私は事件によるショックで一週間程家から出られませんでした・・・。
しかし、同僚の説得もあり、このままじゃいけないと思い、病院に出始めました。
看護婦やみんなも、「頑張ってください!頼りにしてます!」などと励ましてくれました。
私は、少女のためにも頑張ろう!と思いました。

 その翌々日の当直の日、私は部屋でたまった書類の整理をしていました。すると、
キコキコ・・・。
キコキコ・・・。
と音が聞こえてきました。
最初は気付きませんでしたが、ハッとして、椅子から立ち上がりました・・・。
(今度こそ捕まえてやる!!あの子の仇だ!!)
と思って廊下に出ようとしました。
その時、
ガラッ・・・・。
と私の部屋の扉が開きました。例の看護婦が立っていました。
「おい!お前・・・」
私がそう言いかけたとき、彼女が声を出しました・・・。
「今日は先生の番ですよ・・・」
・・・。
・・・。
・・・。

翌日、私は包帯で巻かれた姿で焼却場で死体で発見されました。





そして、まだ続きが・・・。







<後書き>
 私が行った病院に来ていた患者の方はそう言って話を終わりました・・・。
看護婦の最後のセリフを聞いたとき下を向いていた私が顔を上げたとき、その患者さんはどこかに行ってしまっていました・・・。


その後、何年かして他の人に話を聞いたところ、「その病院は戦争中に多くの看護婦が死んだため、その幽霊がでたのではないか」ということでした。
怪我をした患者を包帯で巻いて、亡くなった人を焼却場に運ぶことが、その病院の看護婦のほとんど日課となっていたそうです・・・。
最後に話を聞かせてくれた方は、「その看護婦の幽霊は、生前の日課をこなしているのではないか」と言ってらっしゃいました。





終り・・・。

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