どう想ってるの?

作者:都波 心流


 柴田 統治(しばた とうじ)。
 高校2年生で一つ年下の妹を持つ男子生徒。
 簡単な自己紹介をするならそのぐらいだろう。

 今は、夏から秋へと移り変わろうとする季節。
 時間帯は学校でいう放課後を示す。
 校門の近くで妹の真弓(まゆみ)を待っていた。
 しばらくして、駆け出してくる妹の姿を発見する。
 
「お兄ちゃん、待った」

 風によってサラサラと舞い上がるポニーテール。
 軽く手を振って、ここにいる事をアピールした。
 そんなに慌てなくても、俺は逃げたりしないのにと苦笑する。

「真弓、少しは落ち着け。ほらっ」
「むぅ〜、子ども扱いしないで」

 ハンカチを出して真弓の額にある汗を拭く。
 急いできたのがわかるだけに、人懐っこい妹がどことなく微笑ましい気分にさせた。

「お兄ちゃん、早く帰ろう」

 気持ちを切り替えたようにそう言う妹。
 俺の背中を軽く叩いて駆け出していく。
 転ぶなよって言おうと思ったけど、子ども扱いするなと怒られるから黙っておいた。

「真弓、ちょっと訊いてもいいか?」
「なに、お兄ちゃん?」

 妹と登下校するのは今となっては日課である。
 以前は一人で学校の行き帰りをしていたが、妹が世の中が物騒だから一緒に帰ろうと提案してきたのだ。
 確かに物騒な事件は多いのでその提案に不満はない。
 それでも、一つだけ疑問が脳裏に浮かんだ。

「物騒で不安なら俺じゃなくても、友達と一緒に帰れば済む話じゃないのか?」

 俺の問いかけに妹が不機嫌な顔を浮かべる。
 この質問は妹にとってはアウトのようだ。

「むぅ〜、友達はみんな部活動をやってるの。第一、お兄ちゃんは早く帰ってもどうせ暇でしょ?」
「兄を暇人呼ばわりするな」
「事実だからしょーがないでしょ」
「お前ほどヒマではない」
「ひどぉい!! アタシのどこがヒマに見えるのよ!?」
「全部――って、危ないな、鞄を振り回すな」
「フンッ、お兄ちゃんなんて知らないもん!!」

 子どもかって突っ込みたいけど自粛しておく。
 ズカズカと乱暴な足取りで先へと進む真弓。
 いつまで経っても拗ねる態度は変わっていない。
 昔っからそうだから、兄としてはスッカリ慣れた。
 そんなこんなで、兄妹としては仲の良いと思う。
 特に用事がなければ、こうやって一緒することが多い。

 肩肘をはらずに気楽に接していける家族だから。
 空気みたいな存在とも言えるかもしれない。
 いざとなれば、お互いに助け合うこともあるしな。
 逆に喧嘩をして色々と面倒事になることも多々あるが……。
 それらも含めて家族の絆を強く実感していった。



 ある日の放課後。
 いつもの校門で妹の真弓を待っているが中々やって来ない。
 いつもならとっくに来てる時間帯だ。
 何か用事でも出来たのだろうか?
 だとしたら連絡ぐらいして欲しいものだ。

「仕方がない」

 考えた末、妹を迎えに行くことにした。
 教室で確認したところ、校舎裏に行ったらしい。
 何でそんな場所に?
 そんな疑問がよぎるも、答えなんてわかるハズもなく、とりあえず、校舎裏に足を運ぶしかなかった。

「んっ?」

 見慣れない男子生徒と妹が対面している。
 遠巻きの距離だから何を話してるのかは聞き取れない。
 それでも事情を察するには十分すぎる場面だ。
 告白以外の何者でもない。
 覗き見する趣味はないので、俺は校門前で改めて待った。

「……アイツ、モテるんだな」

 モテるという話は妹から何度か聞かされている。
 ただの自慢かと軽く流していたけど、実際にこの目で見た時は複雑な思いがしたよ。
 ま、こういうのは当人同士の問題だ。
 真弓が誰と付き合おうと文句は言わない。

「アイツも彼氏が出来れば大人しくなるかな」
「アイツって誰のことよ?」
「お前」

 別に驚くこともなくサラッと言ってのけた。
 そろそろ来るだろうという勘も働いてたしな。
 妹が俺の太股に不意打ちの蹴りを入れてきた。

「痛いな、蹴るなよ」
「蹴られるようなこと言わなければいいの!! フンッ!!」
「こらこら、先に行くなって」

 拗ねて駆け出す妹を追いかける俺。
 いつものことだからもう慣れている。
 これしきの事で動揺してたら兄なんてやってられない。

「で、どうなんだ?」
「なにがよ?」
「いや、言いたくないならそれでいい。今のは愚問だったから忘れてくれ」
「……」

 気にならないと言えば嘘になる。
 将来の義弟が出来るかもしれないからな。
 ま、妹が何も言わないなら何も訊かないでおこう。
 コイツだっていつまでもガキじゃないからな。
 自分の面倒は自分で見るようになってもらおう。
 俺のダンマリにムッとした様子で真弓が返事をした。

「断ったわよ」
「……そうか」
「他になにかないの?」
「あるけど愚問になるからやめておく」
「何よ、そんな言い方されたら気になるじゃない」
「……」
「言ってよぉ」

 どうやら俺に黙秘権はないみたいだ。
 確かに意味深な物言いをした俺が悪かったな。
 ちょっと間を置いてから、重い口を開いて返答する。

「……さっき、告白を断ったって言ったよな?」
「うん、それがどうかしたの?」
「何で断ったんだ? 他に好きな人でもいるのか?」
「……」
「ほらっ、やっぱり怒った。だから言うのはやめておいたんだよ」
「怒ってない!!」

 声も顔も怒ってるのがバレバレだ。
 全然、説得力がないよ。
 まったく、怒りやすい妹を持つと何かと苦労する。
 カルシウム不足じゃないかと心配してしまうな。

「……そういうお兄ちゃんはどうなの?」
「はぁっ? 俺かぁ?」
「お兄ちゃんこそ、好きな人いないの?」
「さぁな」
「あっ!! ズルイ!! お兄ちゃん待ってよぉ!!」

 興味なしとばかりに俺は一足先に歩いた。
 追いかけてくる妹を優しく見守っていく。
 真弓は小さい頃から俺に懐いていた。
 いずれ離れていく運命であることも承知している。
 だからこそ、ちょっとした戯れが出来るのも今のうちなのだ。

「ただいま」
「お兄ちゃん、それ虚しいからやめない?どうせ、仕事でどっちもいないんだから」
「ついクセでな。ご飯どうする?」
「出前にしようよ。久しぶりに」
「いいね、リクエストはあるか?」
「う〜ん、あの塩ラーメンの出前がいいなぁ」
「アッサリ味のあれか……わかった、時間はどうする?」
「6時前ぐらいに注文したらいいじゃん」
「わかった、じゃあ、また後でな」
「はぁ〜い」

 2階にある自分の部屋に戻った俺と妹。
 ここで家庭事情を説明しておこう。
 父さんは貿易商の仕事都合で海外出張中。
 時折、母さんと連絡のやり取りをしてるらしい。
 母さんは泊り込みの仕事に追われているので、あと数週間は家に戻ってこないだろう。
 その間、家の面倒は全体的に俺が見ることになっている。
 一応、家事全般はこなせるので、妹も洗濯ぐらいなら出来るし。
 ちなみに母さんの仕事は派遣で色々やってるので限定なし。

「さてと」

 俺は学校の課題をテキパキとこなし、
 その後、中華の出前をとって届いたものを台所に運んだ。
 妹を呼んで一緒にテーブルについて夕食となる。
 金銭的には仕送りされているので問題ない。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんは好きな人いないの?」
「またその話か? そういうお前はどうなんだ?」
「お兄ちゃんが言ったらアタシも言うよ」
「なら言わなくていい」
「むぅ〜」

 色恋沙汰に興味を持つ年頃ってやつか。
 妹も例外じゃないのだろう。
 とばっちりを喰らうのは勘弁して欲しいな。
 ま、別に黙ってる必要もないので言っておくか。

「いないよ」
「本当に? 嘘ついてない?」
「ああ」
「ふ〜ん」
「疑ってるのか?」
「……半分」

 真弓が半信半疑の視線を送ってくる。
 実際、俺に特定の相手がいないのは事実だ。
 こんな言い方をすると、ホモ扱いされそうだが、別にそういう問題じゃなくて、単純に出会いがないだけである。
 共学で女子生徒はいるけど、女子の連中はグループで談笑してるから、行事や授業を通じての接点を除けば会話すらない。
 クラスメイトの男子と喋ることがほとんどだね。

「お前さ、俺がモテるように見えるのか?」
「……半分」
「それも半分かよ」
「だって、お兄ちゃんって不潔そうだから。寝癖とかヒゲ残りとか服装も雑っぽいし」
「俺は相手の迷惑にならない見た目で十分だ」

 そりゃあ、臭いとか言われたら、消臭スプレーぐらい掛けてもいいけどさ。
 そういうのでなければ別にどんな姿でもいいだろ。
 ヒゲだってプロじゃないから剃り残しもあるって。
 見苦しいと言われてしまえばお終いだけどね。

「真弓」
「なに?」
「俺はお前の兄貴だ。困った事とかあったら遠慮なく言ってくれよ。出来る範囲でしか力になれないけどな」
「突然なによ? そんなこと今まで言わなかったクセに」

 真弓が不審な目で俺を見ている。
 多分、俺が寂しくなっているのかもしれないな。
 妹に彼氏が出来て嫁になった時を想像するとさ。
 俺が父親代わりをしてる事も多いのでつい……。
 
「じゃあ、今度の日曜日、買い物に付き合って」
「何か買いたいものあるのか?」
「うん」
「わかった、んじゃ次の日曜な」
「ありがとう、お兄ちゃん」

 こうして日曜日の約束をした俺。
 間違いなく荷物持ちを押し付けられるだろう。
 ま、たまにはそういう家族サービスも悪くないと思う。
 ここ最近はテストや資格の勉強とかで、あまり妹に構ってないことも多々あったしな。
 ちなみに俺たちは部活をしていない。
 さてさて、その日が果たしてどうなることか。



 休日はゆっくりと眠りたい。
 全身から眠気を与えられてしまいゴロゴロする。
 寝溜めをすることで平日の疲れを癒すとも言う。
 本当は生活リズム通りに過ごすのが一番なのだが、やはり休日をノンビリ過ごしたいという願望が強い。

「お兄ちゃ〜ん、起きてる〜?」

 ノックが聞こえてきたけど、睡眠欲が勝っているのでまともに応じられない。
 無視を決め込むと、業を煮やした妹が入ってきた。

「あぁ〜!! やっぱり寝てる!!お兄ちゃん、起きてよ!! 起きてってば!!」

 揺さぶられてしまうも眠いものは眠いのだ。
 半分以上が眠りの世界の旅立っている。
 ムスッと機嫌の悪くなる真弓を察しても、俺は俺のあるがままに眠りに徹する事にした。
 ところが……。

「うぉっ!?」

 布団を引き剥がされてしまい、
 その弾みでベットから落ちてしまう。
 頭を床に打ってしまってかなり痛いぞ。

「もぉ〜、お兄ちゃん!!今日は買い物に付き合ってくれるって約束でしょ!!」
「あぁ〜、そうだったな」

 思い出したように起き上がる。
 怒った妹の顔をすぐ近くで見れた。

「忘れるなんて信じられない!!」
「悪かったな。今から準備する」

 妹の返事を聞かず、急ぎ足で洗面所で顔を洗った。
 台所のテーブルについて朝飯をとり始める。
 おっ、今日は珍しく母さんが帰ってるのか。
 食器を洗ってる母さんに朝の挨拶をかけた。

「おはよう、母さん」
「統治、おはよう。今日は真弓と出かけるんだってね」
「まぁ……約束したからね」
「真弓、とっても楽しみにしてるわよ。食事中も、ずっとその話ばかりだったからね」
「楽しみにしてくれるのは光栄だけど、こんな朝早くに起こされるのは勘弁してほしい」
「それだけ楽しみにしてるのよ」

 学校のある平日は寝坊するクセに、こういう休日のときだけ、真弓は早起きなのだ。
 兄としては、平日も早起きしてくれたら楽なのに。
 毎日起こしに行く身にもなって欲しいから。

「ご馳走様」

 朝ご飯を食べ終え、出掛ける準備を済ませる。
 準備が出来て、機嫌の悪い真弓と一緒に出かけた。

「もぉ〜、お兄ちゃん。忘れるなんて酷いんだからね」
「可能な限り、急いだつもりだよ」
「ぶぅ〜、後で美味しいもの奢ってもらうから」

 ペナルティを課せられてしまったが、それで機嫌が直るなら大人しく従った方がいい。
 しばらくすると、懐いた猫みたいに俺の手を握ってきた。

 外はお出かけ日和の晴れ模様。
 買い物に行く商店街、徒歩で30分ほどの場所。
 電車やバスなどの交通機関がほとんどない田舎町だ。

 日曜日の商店街は人で賑わっている。
 この人混みを見ると買い物に行くのが億劫になるよな。
 でも、妹と約束した以上は最後まで尊重しないと。

「真弓、どこに行くんだ?」
「う〜ん、まずは洋服を見に行こうかな?」
「それじゃ、早速行こうか」
「うん」

 お出かけの主導権は真弓が握っている。
 妹の行きたい所に俺はついていった。
 デパートの服コーナーで真弓が色々な服を見て回る。
 俺は妹の買い物を距離おいて見守っていった。
 数分ぐらい過ぎてからだったと思う。
 真弓が両手に服を何着か抱えて俺の所に来たのだ。

「ねえ、お兄ちゃん。どれがいいと思う?」

 何故、俺にファッションセンスを求めてくるのか?
 突っ込みたい気持ちが山々だが、下手な言い方をすれば、妹の機嫌を悪くするだけだ。
 せっかくのお出かけに水をさすような事はしない。

「一つのみ? それとも複数OK?」
「どっちでもいいよ」
「んじゃあ、これと、これと、これ」
「ふ〜ん、お兄ちゃんはこういうのが好みなんだ」
「変か?」
「別に……」

 こんな感じで真弓の買い物は、何かと俺に選ばせることを要求してくる。
 昔っからこうなのでさほど気にする事もないが……。
 店を出た時は両手に買い物袋というお約束が待っていた。

「大量だな」
「釣りをしているおじさんみたい」
「失礼な」

 にしても、異性の服って何であんなに高いかな?
 あれだけの値段だったら、男物の服をどれだけ買えることか。
 母さんなんて、俺の服を選んだ時は絶対に安売りセールだからな。
 どんなに高くても1000円前後で済ませてしまうし。
 
「お前さぁ〜、何でこんなに沢山買うのかな?」
「だってぇ〜、欲しい洋服がたくさんあって、どれを選ぶなんてできなかったんだもん。これでもかなり我慢して色々探してみたんだよぉ」
「服なんて着れさえすればどれだって同じだろ」
「それは間違ってるよ、お兄ちゃん。そんなんだから彼女が出来ないんだよ」
「別にモテようとは思ってないって」
「どうして?」

 首をかしげて疑問の顔を見せてくる妹。
 思う所を頭の中で整理してから言葉にしてみた。

「真弓、モテるというのは複数の異性が好意を示すんだろ?いずれは特定の誰かを選び、最終的には誰かを傷つけてしまうんだよ」
「お兄ちゃん……」
「そんな顔するなよ」
「……ごめん、お兄ちゃん」
「だから謝るなって……まったく」

 妹の頭に手を乗せて慰めてしまう。
 コイツは俺の過去を知っているからな。

 俺には無二の親友と好きな女の子がいた。
 不運だったのは親友と同じ人を好きになったこと。
 恋愛と友情という究極の選択肢。
 どれだけ葛藤をしたかは俺にもわからない。
 その後、二人が付き合い始めたから凄いショックだったな。
 当人達から耳にした事なので間違いはない。
 残された選択肢は一つしかなかった。
 というか、丁度その時に、両親の都合で引越しの話が出たんだ。
 俺は二人に何も言わずに引っ越しをした。
 これ以上、あの状況にいるのは辛すぎたから。
 
「お兄ちゃんは今のままでも十分に素敵だよ」
「……サンキュー」
「ねぇ、お腹すいた。何か食べようよぉ」
「昼飯の時間的としては丁度よいな」

 身近にあるレストランに入って席に座る。
 妹が真剣に悩んでしまいメニューと睨めっこだ。

「真弓、お金は大丈夫か?」
「うっ……あ、あまり……」
「この場は俺が奢ってやるから」
「ホント!? やったぁ!!」
「ああっ、でもちょっとは遠慮しろよ」
「うんっ!!」

 さっきの悩み顔が嘘のように楽しい笑顔となる。
 真弓が注文したのは安い値段の料理で助かったが、その後の展開で、俺は眉を潜める事となった。
 なぜなら、真弓が食後のデザートとして、チョコレートパフェを注文していたからだ。

「これは昼飯にならないと思うが?」
「そんなことないよ。食後のデザートだもん」

 幸せな笑顔でデザートを食べる妹。
 デザート系は値段が高いので、遠慮の範囲を超えてしまう。
 何でこういうデザートってもっと安くならないのかな。

「遠慮しろって言ったのに」
「だって、食べたかったんだもん」

 頬を膨らませて反論するなよ、子どもじゃないんだから。
 まぁ、コイツが子どもなのは今に始まったことじゃない。
 俺は見飽きたとばかりに今後の忠告をしておく。

「次からは自分の金で食べるように」
「ええ〜っ!!」
「大声を出すな、他のお客さんに迷惑だろ」

 コーヒーを飲みながら妹の食べる姿を見守る。
 途中で、妹がからかい半分であーんを仕掛けてきたが、恋人同士ではないので却下しておいた。

「お兄ちゃんのケチ」
「そういうのは彼氏にやれよ」
「そんなの、いないもん」

 妹が食べ終えた後、店を出て帰ろうかと提案した。
 両手の荷物も何だかんだで邪魔になるしな。

「え〜っ、せっかくのお出かけなんだから、もっと遊んでいこうよぉ〜」
「両手に荷物があるから辛いって」
「お兄ちゃん、根性足りないよぉ」
「じゃあ、お前が持てよ」
「嫌だよぉ、女の子にそんな重たい物を持たせない」

 真弓はまだ遊び足りないようだ。
 仕方がない、大手スーパーにあるロッカーを使おう。
 コインロッカーを利用した後、適当にブラブラする。
 途中の道でゲームセンターを発見し、真弓がクレーンゲームに向かった。

「ねえ、お兄ちゃん。あれ、やろうよぉ〜」

 誘っておいて、自分で勝手にお金を入れ始める真弓。
 トイレに行くと真弓に一声かけてからその場を離れる俺。
 所用が済んで、真弓の所に戻ろうとした時だった。

「柴田君?」
「んっ? ああっ、坂石さん」

 同じクラスの女子生徒、坂石 沙理亜(さかいし さりあ)。
 ストレートロングの髪型が印象的で、
 誰とでも気さくに話し掛けるムードメーカーな人だ。

「こんな所で何をしてるの?」
「妹の買い物に付き合っている」
「へぇ〜、私の兄貴とは全然違うなぁ〜」
「そうなのか?」
「まぁ、お互いに無関心って感じだからね」

 他の友人からも聞いたことはある。
 俺達みたいに仲が良い兄妹はとても珍しいそうだ。
 大抵の身内は大きくなると互いに干渉しなくなる。
 良くいえば自立してると言えるのだろう。
 真弓もいずれは兄離れする時は来ると思っている。
 きっと、まだその時が来てないだけだ。

「あ、私、用事あるから、じゃあね柴田君」
「ああ」

 坂石さんを見送って真弓のところに戻る。
 真弓は悔し涙を呑んでブルブルと震えていた。
 見ただけで結果は一目瞭然である。

「何を狙ってたんだ?」
「……あれ」

 妹の指をさす方向に目を向ける。
 狙っているのは黄色ウサギのぬいぐるみだ。

「いくら使った?」
「……2000円」

 それは随分と使い込んでしまったな。
 見事にハマッてしまって破産寸前という所か。
 見かねた俺は妹の代わりにお金を投入する。

「ちょっと待ってろよ」

 妹に一声かけてクレーンゲームを操作する。
 まずは様子見に一回仕掛けてみよう。
 横と縦という基本操作を行ってアームが動いていく。

「ふむ……」

 アームの強さはそれほど悪くはないな。
 クセのないオードソックスなクレーンだと思う。
 一回目は途中まで掴めたけど、持ち上げる時に落ちた。
 次に仕掛けたのは首根っこをキャッチするようにして狙う。
 安定した様子で持ち上がって揺ら揺らと浮かんでいくアーム。
 妹は期待した眼差しでジッとその様子を見ている。
 景品の穴に見事におちてウサギのぬいぐるみをゲットした。

「お兄ちゃん凄い!!」
「ほらよっ」
「ありがとうお兄ちゃん」

 久しぶりにやったけど腕はなまっていないようだ。
 まぁ、クセのないクレーンだったから良かったのかも。
 ウサギのぬいぐるみを受け取った真弓はとても嬉しそうだ。

 その後も適当に街道を散歩するように回っていった。
 時間が経過して帰る時間帯となる。
 その時、ふとした様子で、真弓が俺に尋ねてきた。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「さっきゲームセンターで話をしていた女の人は誰?」
「ああ。同じクラスの坂石さんだよ。それがどうかしたか?」
「楽しそうに話してたよね」
「そうか?」
「そうだよ!! 顔がにやけてたもん!!」

 別にニヤけたつもりはサラサラないが、妹の視点からしたらそういう風に見えたようだ。
 何をそんなに怒ってるのか?
 妹の気まぐれなご機嫌には何度か振り回された事がある。
 そういう時にこそ、冷静に応じないと収拾がつかない。

「じゃあ、言わせてもらうけど、お前はクラスメイトに声を掛けられたらどうするんだ?無表情で話せばいいか? それとも無視して立ち去るべきか?」
「そこまで言ってないよぉ」
「さじ加減もなしか」

 妹は理知的に物事を考えられるタイプではない。
 すぐに感情的になりやすいのがコイツの欠点である。

「ま、とにかくそう怒るな。ロッカーに入れてある荷物を取りに戻ろう」
「……うん」

 頭をナデナデしてやると大人しくなったな。
 ロッカーの荷物を取りに戻って帰ろうとするが……。

「お兄ちゃん」
「却下」
「えぇ〜!!」
「もうすぐ夕飯だぞ」

 アイスクリーム屋で足止めを喰らうも、妹の催促に俺は応じたりしない。
 ただでさえ、コイツのせいで出費が高くついてるんだ。
 これ以上の出費で財布が軽くなるのは勘弁してもらいたい。

「やだぁやだぁ〜。買って買ってぇ〜」
「子どもかよ、お前は」
「買って買って買って買ってかぁ〜てぇ〜〜〜」
「しがみつくな、暑苦しい」

 ギュッと締め上げてさば折り状態だ。
 コイツ、意外と力があるよな。
 息が苦しいの何のって、全く加減というものを知らないのか。
 人目もあって目立つので、根負けしてアイスを奢ってしまった。

「えへへ、ありがとう。お兄ちゃん」
「まったく……」

 一緒になってアイスを食べながら帰り道を歩く。
 アッという間に食べ終わり、あと数分もすれば家につく。
 そんな時、俺は考え事をしていた。

「……」
「どうしたの? お兄ちゃん?」
「いや、お前もいずれは彼氏が出来るのかなぁと思ってさ」
「だから、そんなのいないってば」
「そうか……」
「ねぇ、お兄ちゃんは……彼女、作らないの?」
「……妹のお守りで手一杯だからな」
「むっ? アタシのせいだって言いたいの?」
「さぁ〜な。いっその事、お前が俺の彼女になるか?」
「っ!!!!」

 な、なんだ? 今の反応は?
 猛ダッシュで家に戻っていく妹。
 あまりの速さに唖然となって立ち尽くしてしまった。
 
「今のは一体?」

 不思議に思いながら家に入ってリビングに向かう。
 珍しく母さんがノンビリとくつろいでいた。

「お帰り、統治」
「母さん、ただいま」
「真弓と何かあったの?」
「何もしてないよ、アイツが勝手に去っただけだし」
「変なことでも言ったんじゃないの?」
「……」

 変なことか……普通に受け流してくれると思ったのに。
 彼女になるか、なんて兄妹で使う言葉じゃなかったかも。
 アイツも何だかんだで、年頃な女の子だからな。
 そういうのに敏感なのかもしれない。
 口は災いの元とはよく言ったものである。

「血が繋がってないのは知ってるでしょ」
「ああ」

 母さんは再婚したのはいつだったかな?
 たしか……俺が物心つく前の話だったと思う。
 再婚するとき、連れ子の真弓がいて、最初はお互いに馴染めなかった記憶があるけど、今となっては血が繋がってなくても大切な家族だと思う。

「兄妹である前に真弓は年頃の女の子よ。統治は真弓のことをどう思っているの?」
「妹だろ」
「本当に?」
「ああ」
「だったら、お互いのためにも気持ちをちゃんと伝えなさい。言葉で伝えることって、とても大切なことだからね」
「わかった……」

 これを機会に俺は自室で妹の事を考えてみた。
 真弓の存在は妹としてか? 女の子としてか?
 大切だと思うことに嘘偽りはない。
 だけど……。

「真弓……」

 真弓に会いたい。
 会ってみないとわからない。
 真弓の部屋に向かってノックをしてみた。
 返事がないので一声ことわってから入ってみる。
 部屋の中は真っ暗で何も見えない。
 手探りで電気をつけようとすると……。

「つけないで!!」

 妹の拒絶に俺はその場で固まってしまった。
 明らかに今までの真弓とは違うのがわかったから。
 ドアをしめて、その場に座って様子を見る。

「……」

 何も言わずにその場にいるだけ。
 段々と暗闇に目が慣れてきた。
 妹がベットの上に座り込んでるのが見える。
 雰囲気がとても重々しくなってしまって、
 お互いに何を喋っていいのかわからない。

「……」
「……」
「……」
「……」

 ダメだ、何も思いつかない。
 こういう時、どんな言葉をかけたらいいんだ?
 物事を冷静に考えないといけないのに、
 今の俺は冷静になりきれなくて頭の中がパニックになってる。
 こんな状態では、余計に真弓を傷つけるだけだ。

「……」

 出直したほうがいい。
 俺は立ち上がってドアノブに手をかける。

「えっ?」

 次の瞬間、背中からギュッと抱きつかれた。
 真弓に抱きつかれるなんて慣れてるハズなのに、
 その時だけはドキドキしてしまって戸惑いが隠せない。
 何で? どうして?
 らしくないのはわかってるけど、
 頭の中がグチャグチャになって上手く整理できない。

「……お兄ちゃんは……お兄ちゃんだよね?」
「……」
「ねぇ……そうだよね?」
「当たり前だろ、お前は俺の……大切な家族だ」

 ドアノブから離れて、俺の腹まで回ってる妹の手を軽く握ってみせた。

「お兄ちゃん」
「真弓」
「ちゃんと言いたい……もう我慢したくない……」
「……」

 言わせてしまうことに罪悪感が出た。
 そういうのを言わせてしまう不甲斐なさ。
 それでも真弓はもう止まらなかった。
 
「私は……お兄ちゃんのことが好き」
「……」
「男の人として好き……好きなの……」

 ギュッと強く締められて苦しい。
 だけど、妹はもっと苦しかったハズだ。
 俺は兄として真弓を支えようとしてたのに。
 血が繋がってなくても大切にしようって。
 だけど、全然ダメじゃないか。
 まったく妹を大切にしてないじゃないか。
 こんなにも真弓が追い詰められて。
 なにが兄貴だ、なにが大切にしようだ。
 
「お兄ちゃん、ごめんなさい。困らせるようなこと言っちゃって」
「……俺は……」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもんね。ずっと、これからも変わらないよね」
「……わからない。俺にはわからないよ」
「お兄ちゃん、いいの。無理しなくて」
「違う!! 無理とかそんな意味じゃない!!」
「っ!?」
「あっ、悪い。ちょっと感情的になり過ぎた。今の俺、頭が混乱して言葉が上手く回らないよ」

 強引に妹を引き離し、正面に回って俺から真弓を抱き締めた。
 驚きのため息をもらす真弓だが抵抗する気配はない。
 そのまま抱き締めたままでいると、真弓からもゆっくりと両腕を回してくる。
 鼓動が太鼓みたいにリズムよく鳴っていた。

「真弓」
「お兄ちゃん」
「兄としてか、恋人としてか。今の俺では答えが出ないけど、いつか必ず答えを出してお前に伝えるよ。約束する……今の俺には時間が必要なんだ」
「……」
「ダメか?」
「……馬鹿」

 素直じゃない妹だけど、俺が答えを出すまで待つと承諾してくれた。
 これからはちゃんと真弓を見ていかねば。
 二度と追い詰めたりしないように。
 お互いに抱き合いながらそう強く誓った。



 平日の朝になると日課がある。
 寝坊する妹を起こしにいくのが俺の役目なのだ。
 母さんは仕事で遠出するため早めに家を出ている。

「真弓!! 起きろ!! もう朝だぞ!!」
「zzzZZZ」

 休日だけ早起きなクセにこういう時だけ寝坊か。
 別に低血圧って訳でもないだろうに。
 コイツが一人で起きてくれると非常に助かるんだけどな。
 こればっかりは本人は無理だって即答する始末。

「いつまで寝てるんだ!! いい加減に起きろ!!」
「ん〜、んっ……」

 必死で揺さぶるのに猫みたいに丸くなる妹。
 布団で頭までスッポリ入っている。
 仕方ない……力技でいくか……。

「はぁああああああああああああああ!!」

 ベットと布団の間に手を入れて抱き締める。
 布団で包まった真弓を持ち上げた。

「おりゃぁ!!」

 真弓をあお向けにさせて布団を引き剥がす。
 両肩をもって強引に揺さぶって大声で起こした。

「んぁ〜?」

 やっと瞼を開いてくれたか。
 これだけで一汗かいてしまうのが辛い。

「起きたか?」
「……んっ……んっ?」
「おいっ、寝ぼけるなよ、早くしないと遅刻だぞ」
「んっ……」
「聞いてるのか? 真弓」
「んんっ……」

 ボーとした視線で反応が薄い。
 完全に寝ぼけているよな。
 何とか強引に起こして台所まで運ぶ。
 そうすれば勝手に飯を食べるだろうと。
 案の定、コイツは寝ぼけながらご飯を食べている。
 真弓は妙なところで器用なところがあるんだ。
 ご飯を食べ終えた妹がようやく目を覚ます。

「あっ、お兄ちゃん?」
「おはよう、真弓」
「う、うん」
「顔洗ってこいよ、寝癖も酷いぞ」
「えっ!? や、やだぁ!!」

 赤面した妹がすぐに席を立って洗面所に向かう。
 俺はその間に着替えたり、学校の準備を整える。
 真弓も何だかんだと準備を済ませたようだ。
 一緒に玄関を出て学校に向かっていく。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「好き」
「……」
「あっ、ビックリした?」
「あ、当たり前だ」
「お兄ちゃん、アタシ決めたんだ」
「なにを?」

 真弓が俺の先頭に立って振り向いた。
 ニッコリ笑顔でとても明るい妹の姿がある。
 不覚にも俺は妹にドキッとしてしまった。

「お兄ちゃんを振り向かせてやるって」
「振り向かせるって?」
「今より綺麗になって、可愛くなって、魅力的な女の子になって、お兄ちゃんに好きって言わせてみせるからね」
「そ、それって……」
「待ってるだけなんて辛いもん。それぐらいしないとね」

 そう言って俺の手を握ってきた。
 引っ張られてしまって、たたらを踏むように体勢が崩れる。
 そして、俺のほっぺに真弓の唇が!?

「なっ!?」
「えへへ、前借りもぉ〜らいっと♪」

 チュッとほっぺにキスされてしまった。
 俺も真弓も一気にゆでだこの如く真っ赤に染まる。
 何だか悔しくなった俺は……。

「いくぞ、真弓」
「うん!!」

 手を繋いで登校していった。
 まだ答えは出ていないけど、近い内に出てしまうかも。
 その時はその時である。
 今はこうして手を繋いで歩いてみたい。
 その気持ちに正直になるだけでも意義がある。
 暖かな空気が俺と真弓の周りに漂っていた。


END


<あとがき>

こんにちは、都波 心流です。

義理の兄妹恋愛物語。
兄の統治は前々から実の妹でないことを知っていた。
それでも自分をごまかし逃げてしまうことで維持してきたのだろう。
何事でもそうだが誰だって逃げてしまいたくなることはあるのだ。
そんな時は誰かにポンと背中を押されるくらいのきっかけは必要となる。
自力で乗り越えるのも一つの手だ。
ただ、人は独りでは生きていけないことを忘れてはならない。

では、また。(^^/



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