第3話

「疑惑だらけ」

沙羅は孝太郎と別々に帰ってからずっと哀しげな表情だった。会いたかった人に会えたのに、その相手は自分のことを全く覚えてない。それがどんなに辛いことか…。そんなこんなで家に着く。
「ただいま」
「おかえり。ちょっと遅かったね」
沙羅の声に反応して居間から顔を出したのは未柚だった。
沙羅は転校してきた日から未柚の家で一緒に住んでいる。
中学を卒業するまでの間もそうしていたので決して珍しいことではなかった。なぜそうなったのか…。
「元気ないね。もしかして孝ちゃんのこと?」
「う…」
沙羅は痛いところを突かれて何も言えなくなった。
「辛いのは沙羅ちゃんだけじゃないよ。私も最初は同じ気持ちだったから…」
「わかってる…でも、ずっと会いたくて…やっと会えたのに…」
沙羅はその場で声を抑えて泣き崩れた。未柚は沙羅を優しく包み込むように抱きしめた。
「でもどうして?沙羅ちゃん、ずっとあんな目に遭ってたのに…それでも会いたいなんて…」

一方、孝太郎は帰り道を歩きながらずっと考えていた。当然ながら沙羅のことである。
聞き覚えのある名前…過去にどんな形で自分と面識があったのか…。気になることばかりでそれを未柚に話したこともあったが、手がかりになるものは何もなかった。
未柚は孝太郎の過去のことに関してはうまくごまかしていたからだ。
―――最も気になるのは…3年前、俺は無傷だったのにどうして病院のベッドの上にいたんだ?
3年前のある日、孝太郎は無傷で病院のベッドの上で2日間も寝ていた。そして目覚めたときには、日常的なこと以外の記憶を全て失っていたのだ。
幸いなことに、孝太郎のことを知ってる人がいたので身元の証明はできた。記憶喪失の原因に関しては未柚も何も知らない。目撃者の情報によれば、交差点の事故現場で遺体に覆いかぶさるように倒れていたとか…。
全ては孝太郎の記憶が戻ったときにはっきりするだろう。

未柚の家では泣き止んだ沙羅が理由を話した。
「そうだったんだ…」
「うん。それまで私に言い寄ってきた人はみんな笑顔の仮面を被ってた。だけど、孝太郎君は違った。確かに周りから見たら酷い目に遭ってたと思うかもしれない。孝太郎君も仮面を被ってたけど、他の人たちとは違う仮面だった。そんな人、初めてだったから…」
そんなことを説明しているうちに夕飯になり、それまでとは違って明るい内容の会話をしていた。

それからしばらくして、高校3年生ということもあり、進路希望調査が行われた。
まだ4月下旬だと言うのにこんなことを調べてどうするのか?当然ながら生徒たちの間ではそのことで文句が飛び交っている。孝太郎、未柚、沙羅もその中に混じっていた。
「静かにしろ。別に今すぐ無理に決めろとは言ってない。ただ、卒業するまでに進路を決めなければならない時期だということを頭の片隅にでも置いてもらいたいだけだ」
それを聞いてみんなはホッとする。だが…
「ところで、海原」
「え?あ、はい、何でしょうか?」
孝太郎は突然呼ばれたので焦った。
「お前確か、記憶喪失になったのは中学3年の時だったよな?」
「はい。そうですけど?」
「その時、進路はどうやって決めた?」
「確か、叔父の勧めがありまして…それに、その時の担任も同意しましたので、推薦で真月東高校へ…」
さすがに3年も前のこととなるとうろ覚えだ。孝太郎は記憶の一つ一つを探りながら説明した。
「それを言われたのはいつだ?それと、いつごろ記憶喪失になったんだ?」
「記憶喪失になったのは6月頃、進路は9月頃に…なので同級生の中で一番早く進路が決まりました」
「そうか…」
聞いていた生徒たちが関心の声を出す。
―――だけど普通、進路のことに関してアドバイスをするのは親父の役目じゃないのか?そもそも親父はどこに…?それにどうして家にいないんだ?
そんなことを孝太郎は頭をかきながら考えていた。
この日、天気は雨ということもあり、孝太郎は教室で食事をしていた。
「よう、どうした?深刻な顔をして?」
一人で食べている孝太郎に歩み寄ったのは、最近友人関係になった風上 瞬(かざかみ しゅん)。孝太郎のことを小学校時代から知っている生徒の一人である。
「あぁ、気になることばかりでな…」
「例えば、どうして自分は記憶喪失になったのか?とか?」
孝太郎にとっては図星にもほどがあるような内容だった。そのため、驚きの表情をしながら頷いた。
「ちょっと突っ込みすぎたかな?」
孝太郎のリアクションに瞬はちょっとたじろいだ。
「いや、いい。気になることの中の一つだからな」
「そうだなぁ。気になることってのは人には必ずあるもんだ。俺だって、お前がどうして別の中学に入学したのかがずっと気になってたしな。この状態じゃぁ聞きたくても聞けないし」
「別の中学?」
孝太郎は手を止めて顔をゆっくりと上げ、瞬の顔を見ながら言った。
「そうさ。本当ならお前は俺と一緒の中学に行くはずだったんだ。だけどお前が誰にも何も言わずに向こうに行っちまったから離れ離れ。心にポッカリ穴が開いた気分だったぜ」
孝太郎にとって気になることが一つ増えた。
「まぁ、あんまり気にしてもしょうがないぜ。お前の記憶が戻ればみんなはっきりするだろ」
「そうだな…」
再び手を動かす。孝太郎は少しだけ楽観的な考えになった。
「孝ちゃん、後でちょっといい?」
未柚が突然話し掛けてきた。
「ん?あぁ、特に何も無いけど…」
「じゃぁ沙羅ちゃんと3人で話したいことがあるから昇降口に来て。そこで待ってるから」
「わかった。飯を食い終わったらすぐ行く」
未柚はそれを聞くと微笑んで教室を出て行った。
「もしかして、愛の告白か?それともライバル宣言か?」
一部始終を聞いていた瞬が冷やかす。が、
「告白だとしたらとっくにやってる。向こうにいた頃も何度か会ってたからな。それにライバル宣言ならする相手を間違えてる」
孝太郎は平然とした口調で言う。
「言われてみればそうだなぁ。じゃぁ何だろ?」
孝太郎のことを小学校時代から知ってるだけあって未柚のことも知ってる瞬は納得したみたいだ。
「さぁ」

そんなこんなで孝太郎は昼の弁当を食べ終わって昇降口へ行った。そこには未柚と沙羅がいた。
「待たせてすまん」
「いいよ。お昼だったんだもん」
未柚は微笑みながら言う。
「そうだな…で、俺をここに呼んだ理由は?」
「うん、沙羅ちゃんのことでちょっと…」
孝太郎は顔色一つ変えずに沙羅を見る。沙羅は何も知らなかったらしく、ちょっと驚きの表情になった。
未柚は内容を話した。

・・・・・・。

「そんな…いきなり言われても…」
「私もよ。どうしてそうなるの?」
孝太郎と沙羅は困惑していた。
「気になるのは分かってる。でも理由は聞かないで。とにかく学校が終わったら私の家に来て」
未柚は全てを把握しているように言う。
「まさか…今日決行するのか?」
孝太郎の質問に未柚は当然といった感じで頷く。
「そんな…私、まだ何も言ってないのに…」
「沙羅ちゃん、気持ちは分かるけど、膳は急げって言うじゃない。というわけで、学校が終わったら必ず私の家に来るのよ。以上!」
未柚は二人に有無を言わせずに去っていった。
「何考えてるのかしら?」
沙羅は孝太郎に振り向いて言った。
「さぁ、こっちが聞きたいぜ」

「以前のようにはならないかもしれないけど、こうでもしなければ二人は変わらないから…」
未柚はちょっと離れたところで呟いた。


<あとがき>
タイトル通りに疑惑だらけの内容でした。
ちょっと長くなりますので続きは次回に書きます。
沙羅がなぜ中学を卒業するまで未柚の家に住んでいたかは話が進んでいくうちにわかることでしょう。
短文ですが、以上です。

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