第4話

「疑惑の果てに」

そんなこんなで授業が終わって放課後になり、未柚は「準備しなければいけないから」と先に走って帰っていった。
「別に急がなくても…」
「そうね。どのみち、帰り遅くなるし…」
なぜならこの日は未柚にとっては都合よく(?)、二人は掃除当番だったのだ。
「とりあえずやるか」
「そうね」
二人は教室の掃除を始めた。なぜか二人だけ…。

・・・・・・。

「ふぅ、やっと終わったぜ」
「疲れた…」
二人とも一息ついて近くにあった椅子に座る。
座った場所は、孝太郎は前の席の出入り口の近く。沙羅は窓際の真ん中だ。
「そう言えば、他に当番だった連中はどうしたんだ?」
「なんか、みんな塾があるとか言って帰っちゃった」
「“こんな雨の日に行くのは面倒だ”とか言って行くふりしてゲーセンで遊んでるような連中がそんなことするかよ。それに本当だとしても、大学受験は当分先の話だぜ」
沙羅は立ち上がり、孝太郎の席に行ったと思うと、孝太郎と自分の鞄を持って来た。
「行きましょ。未柚ちゃんが待ってる」
そういいながら孝太郎の鞄を差し出した。
「ありがと。んじゃぁそうするか」
二人で教室を出て、昇降口で傘を手に取り、外に出て傘を広げて未柚の家に向けて歩き出した。

色々話しながら歩いているうちに未柚の家に着く。
「遅かったわねぇ何してたの?」
「掃除当番だ。しかも俺と矢神さんしかいなかったから余計に時間がかかってな」
未柚は理由を孝太郎から聞いて納得した。入り口には沙羅の荷物がバッグにまとめられていた。
「まさか、急いで帰った理由はこれだったの?」
沙羅の質問に未柚は笑顔で頷く。
「というわけで、私の役目はこれで終わり。あとは孝ちゃんが沙羅ちゃんを家に連れて行けば、任務は完了。じゃぁ沙羅ちゃん、孝ちゃんの健康管理は任せたからね」
バタン
未柚は一方的に玄関の扉を閉めた。
「…やるしかないみたいだな。とりあえず行こうぜ」
孝太郎は沙羅の荷物が入ったバッグを手に取って歩き出した。
「あ、ありがとう…」
沙羅は俯いて顔を赤くした。孝太郎は気づいたかもしれないが、まったく気にしてないみたいだった。

二人は孝太郎の家に向けて歩き出したが、さっきまでとは違って無言だった。

そんなこんなで孝太郎の家に着く。孝太郎は沙羅に荷物を渡すとポケットから家の鍵を取り出して玄関の鍵を開けた。
「お邪魔します」
「硬くならなくていいぜ。それにただいまだろ?」
二人で中に入り、居間に案内して孝太郎は近くにあった椅子に座った。
「適当にくつろいでいいぜ。もうここしか矢神さんの帰る所はないみたいだからな」
「うん…」
未柚は沙羅の下宿先を自分の家から孝太郎の家に変えると言い出したのだ。当然ながら二人は焦った。未柚がこんなに強引になったのは初めてだった。
沙羅は自分の荷物を床に置いて一息つく。
「部屋は客間があるからそこを適当に使ってくれ。っと、案内しなきゃいけないな。ついてきな」
しばらくして孝太郎は椅子から立ち上がり、沙羅の荷物を手に取って沙羅を案内した。
「ここが俺の部屋。何かあったら遠慮なく呼んでくれ。それで、あっちが親父の部屋。その隣が母親が使ってた部屋らしい。曖昧な理由はおっちゃん、つまり未柚の父親から聞いただけだから…。で、ここが客間だ。じゃぁ、俺は部屋に戻るから」
孝太郎は一通り案内して客間に沙羅の荷物を置いた。
「ありがとう」
「こうなっちまったんだからしょうがないさ。それと、俺を呼ぶ時は必ずノックしろよ。いきなり開けて着替え姿を見て、悲鳴を上げられたらたまらんからな。見慣れてるなら話は別だけど」
「ふふ。わかったわ。孝太郎君も私に用があるときはそうしてね。理由はわかるでしょ?」
沙羅は孝太郎の忠告の理由がおかしいのか、くすりと笑った。
「あ、あぁ…じゃ、また後で…」
孝太郎はそう言って客間のドアを閉めて自分の部屋に戻り、ドアを閉めてベッドに横になった。
―――全ては記憶が戻ればはっきりする。それまでの我慢か…。
孝太郎は記憶喪失の原因のことで初めの頃は焦っていたが、昼間に瞬が「思い出せば全てがわかる」と助言したことで少し気楽に考えるようになった。
コンコン
ドアをノックする音がした。相手は一人しかいない。
「ん?どうした?」
入り口に向かって質問しながら身体を起こす。
「夕飯の材料なんだけど、冷蔵庫の中が食パンとマーガリンしかないから買い物に行こうと思って…」
沙羅がドアをあけて中に入りながら言う。
―――そうだったな。晩飯はいつもコンビニ弁当とか商店街にある大衆食堂とかで済ませてるから朝飯のパンしか入れてなかったんだ。
「そうだな。行くか」

というわけで雨が降ってるにも拘らず、二人で商店街へ行くことになった。雨の日で、しかも6時ちょっと前ということもあってか、人はそんなにいなかった。

「さてと、材料はこんなものかな?」
沙羅は材料がいっぱい入った買い物かごをぶらさげながら言った。
「俺、バイトしてるから一応稼ぎはあるけど、あまり買い込まないでくれよ。いざって時に金がなかったら困るからな」
「私もアルバイトはやってるから心配しないで」
孝太郎の心配をよそに沙羅はあっさり言ってのける。

レジで会計を済ませて袋に買ったものを全て入れる。量は二袋分になったので片方は孝太郎が持った。

「そういえば、何か足りないと思ったら…」
帰り道で沙羅が突然何かを思い出したように言った。
「何か買い忘れたのか?」
「違うの。アルバイトで使ってるノートパソコンがまだ未柚ちゃんの家に置きっぱなしになってる」
「明日、学校で未柚に言って取りに行こう。それでいいだろ?」
「普通ならそれでいいんだけど、仕事の納期が迫ってるから早く仕上げなきゃいけないの」
「それって、もしかして在宅ワークってやつか?」
孝太郎の質問に沙羅は即答で頷く。
「なら今から未柚の家に行くか?」
「そうするしかないわね」
帰り道のちょっと外れたところに未柚の家があるということもあり、二人は買い物袋をぶら下げたまま未柚の家に行った。

未柚の家に着き、チャイムを鳴らそうとした時、片手にバッグを持った未柚が玄関から出てきた。
「あ、孝ちゃんと沙羅ちゃん。今、孝ちゃんの家に沙羅ちゃんのパソコンを持って行こうとしてたところだったの」
「こっちも矢神さんがお前の家に置きっ放しになってるパソコンを取りに行こうとしてたところだ」
妙なところで気が合う3人だった…。
「そうそう、孝ちゃんのお昼だけど、今まで通りに私が作ってあげるから。じゃあね」
未柚は沙羅にノートパソコンが入ったバッグを渡して、バッグは明日返すようにと付け加えるような感じで言ってから家に戻って行った。
ちなみに沙羅が持っていた買い物袋はいつの間にか孝太郎が持っている。

そして二人で孝太郎の家に着く。沙羅はバッグを客間、つまり自分の部屋に持っていき、居間に戻ってくると早速夕飯の準備を始めた。
いろいろやっているうちにあっという間に出来上がる。沙羅は何か急いでいるみたいで食べる時も焦っていた。
「何をそんなに急いでるんだ?」
沙羅とは対照的にゆっくりと食べている孝太郎が尋ねた。
「なるべく早く仕上げたいの。だからゆっくりご飯を食べてる間がないの」
「仕事の納期はいつだ?」
「明々後日よ。郵送だから明後日までに仕上げないといけないの」
沙羅は先に食べ終わって食器を洗い場に持っていく。
「あ、後は俺がやっておく。早く仕事に行ったほうがいい」
「ありがとう。後はよろしくね」
沙羅は一言言って客間に駆け込む。それをよそに孝太郎はゆっくりと食べていた。

やがて食べ終わり、孝太郎は食器を洗い場に持っていくと、沙羅が使っていた食器を一緒に洗い始めた。そして乾かすために水切りかごに入れる。

孝太郎はやることがなくなったので部屋に戻ろうとしたが、その途中で沙羅のことが気になったので客間に行った。
コンコン
「開いてるよ。なに?」
中から焦りを感じさせる声が聞こえた。
「仕事の状況がどうなのか気になってな。入るぞ?」
「どうぞ。…えーと…」
一言聞いてから孝太郎は中に入る。部屋ではノートパソコンと向かい合って一枚の原稿用紙と睨み合いをしている沙羅の姿があった。
カタ、カタ、カタ…。
打ち込む時にキーを捜してはそれを押し、原稿用紙を見てはキーをあちこち捜して打ち込むという動作を繰り返す沙羅。
その姿に見かねた孝太郎は沙羅に歩み寄り、
「そのペースじゃぁ納期には間に合わないぜ。ちょっと貸しな」
そう言って半ば強引に沙羅をパソコンが置いてある机から足元にローラーがついた椅子ごと遠ざけると、入れ替わるように孝太郎がパソコンの前に出て打ち始めた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタ…。
沙羅とは正反対を思わせるように圧倒的な速度で打ち込んでいく孝太郎。3行ほどしか打ち込まれてなかった文章があっという間にページの半分を埋め尽くす。沙羅はただ見ているしか出来なかった。
―――なんて速さ…。一体どこで…?
「終わったぜ。ついでに保存もしたから」
沙羅が考え事をしているうちに孝太郎の手が止まり、沙羅に一言言って振り向く。
「あ、ありがとう…」
「だけど、原稿用紙一枚でもパソコン初心者にはきつい内容だぜ」
孝太郎は話しながらベッドに座る。
沙羅はパソコンの電源を切って孝太郎の横に座った。
「私も孝太郎君みたいに早く打てたらと思って練習してるんだけど、なかなか上がらなくて…」
沙羅は俯きながら話す。孝太郎は正面を向いたままだった。
「まずはキーの配置を覚えることだ。打ち込みはその後。いきなり打ち込んだってそれこそ出口の無い迷路の中をさ迷うようなものだ」
沙羅は何も言わなかった。孝太郎の意見を真摯に受け止めたのか、それともその逆か…。
「俺はタイピングをマスターしてる人からそう教わった。俺だけじゃない、マスターから教わった人は時間はかかったけどみんな10分間で1000文字以上打てるようになってた」
沙羅の表情が少し和らぐ。しばらくして二人は別々に風呂に入った後、居間で色々話していた。

やがて午後10時を過ぎ、孝太郎は寝ようとして部屋に戻ろうとした。だが、孝太郎の腕を沙羅が掴んで引きとめた。
「ど、どうした?」
沙羅にいきなり腕をつかまれて後ろによろけた。
「一人でいることが怖いの…私、本当は凄く寂しがりやだから…」
「まさか…“一緒に寝よう”なんて言うんじゃないだろうな?」
「うん…お願い…」
沙羅の哀しげな表情に孝太郎は何も言えなくなってしまった。
―――下手すりゃ泣いてでも頼んでくるな…。
孝太郎は仕方なく客間で沙羅と一緒に寝ることに…。孝太郎は当然(?)ながら床で寝ようとしたが、それも止められた。
そんなこんなで仕方なくベッドに潜り込んだ。
孝太郎が寝ている布団に沙羅が入ってくる。一つのベッドに一組の男女。事情を知らない者が見たらかなりヤバい状況だ。
二人は何も言わないまま、眠りについた。
沙羅は未柚と一緒に寝ていた頃以上に穏やかな眠りに。そして孝太郎はどこか懐かしさのようなものを感じていた。


<あとがき>
ほとんど同棲のような生活を始めた二人。
だが、記憶喪失の孝太郎にとって沙羅は4月の始めに転向してきて、昨日まで未柚の家に下宿していたクラスメイト。
沙羅にとってはどうなのだろうか?
そして、二人は過去にどんな形で面識があったのか?
全てはいずれはっきりするのでお楽しみください。
短文ですが、以上です。

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