第5話

「いつもの日常?」

チュンチュン…。
朝になり、窓から陽が差し込むと同時に1羽のスズメの鳴き声が聞こえる。
昨日の雨が嘘のような晴れ空だ。
「ふわぁ〜ぁぁ…もう朝か…」
孝太郎がスズメの鳴き声で目を覚まして体を起こす。
横を見ると、沙羅が穏やかな表情で寝ていた。
―――そう言えばこうなったんだっけ…。
孝太郎は沙羅を揺すって起こす。
「起きろよ。もう朝だぜ」
「…う…ん…あ!目覚まし入れてなかった」
沙羅が何かを思い出したかのように慌てて起き上がる。
「心配するな。まだ7時だ」
それを聞いて沙羅は落ち着く。そして二人でベッドから立ち上がり、沙羅は客間で、孝太郎は自分の部屋で着替えた。
二人で同時に居間に行く。孝太郎は冷蔵庫に入っていた食パンを4枚トースターで焼いてマーガリンを塗り、2枚ずつ皿に乗せる。
「朝ご飯、毎日これなの?」
「あぁ、これだけでも腹は膨れるからな」
孝太郎は言い終わっていつものようにパンをかじる。沙羅もそれに習う。
「そう言えば、目覚まし鳴らなかったのによく起きれたね?」
「窓際に1羽のスズメがいただろ?あいつが毎朝起こしてくれるんだ。おかげで無遅刻だ」
たまに風邪で欠席したことは余談ということにしておこう。
「へぇ…」
しばらく二人はパンをかじることに集中する。
そうしているうちに学校に行く時間になった。沙羅が外に出たのを確認すると、孝太郎は玄関の鍵をかけて振り返って歩き出した。
「孝太郎君…」
「ん?」
「昨日は、ありがとう」
「何が?」
「文書作成の仕事…それと、一緒に寝てくれたこと」
沙羅はちょっと顔を赤くした
「仕事のことは気にするな。だけど17歳で一人が怖いなんて聞いたこと無いぜ」
「仕方ないじゃない。一人に弱いんだから」
―――まさか、未柚も…。まぁあいつは女だからいいか。

しばらくして、途中で合流した未柚と一緒に学校に着く。だが、教室に入るなりいきなり瞬が孝太郎を冷やかした。
「おうおう。両手に花で羨ましいねぇ」
「そんなに欲しいならどっちかやるぞ」
孝太郎がそう言うと、
バコ!バコ!
という音と同時に後頭部に衝撃が走った。
「ってぇ!何すんだよ!?」
孝太郎が後ろを見ると、鞄を振り下ろした未柚と沙羅が怒った表情だった。
「「…バカ…」」
二人はそれだけを言って席に付く。孝太郎は後頭部を抑えながらわけがわからないまま自分の席に着いた。
「あんなこと、冗談でも言うもんじゃないぞ」
瞬は孝太郎にそう言って席に戻る。しばらくして担任が入ってきた。
そして特に重要なことを言うわけでもなく、時間だけが過ぎ、朝のHRが終わり、1限目の学活の授業(?)が始まった。
「今日は、みんなのバイト先についてちょっと聞きたいから正直に答えてくれ」
担任はこんなことを言ってきた。生徒たちは「いきなりどうしたんだろう?」と言った感じで首を傾げた。
「そうだなぁ、廊下側の一番前の席から順番に聞いていく」
そして、生徒たちは嘘一つ言うことなく話した。中には、これからやろうとしている生徒、この間までやっていたが辞めた生徒などがいた。
そんなこんなでいつの間にか順番が未柚に回ってきた。
「大手デパートの女性洋服店でアルバイトをやってます。時給は780円です」
それからしばらくして順番が沙羅に回った。
「完全出来高制のパソコンを使った在宅ワークと、喫茶店のウェイトレスで時給は800円です」
そして、他にはゲーセンのホールスタッフなどがいた。そんなこんなで孝太郎の番が一番最後になって回ってきた。
「んじゃぁ海原、お前で最後だ」
「はい。向こうにいた頃から真月動物園の猛獣飼育係をやってます。ちなみに時給は2000円です」
それを聞いて驚きの声を出さなかった生徒はいない。
「そ、そうか…何となく予想はついてたが、まさか本当にやってるとは…」
担任もさすがに驚くだろう。下手をすれば命に関わる仕事をやっていることを孝太郎は顔色一つ変えずに言ったのだから。それに時給の高さも誰もが飛びつくほどだ。
―――そう言えば、この間、ここに迷い込んできたトラを捕まえに来た飼育係はあの日しか見たことが無かったなぁ。どうしたんだろ?
そんなことを考えていると、授業修了のチャイムが鳴った。
それと同時に孝太郎に訪問者が殺到した。当然ながらバイトのことだ。
皆にとっては意外なことを、孝太郎はさも当然のような感じで応える。

そうしているうちに休憩時間が終わり、授業が始まった。
担当の教師が入ってくると、みんなは仕方ないといった表情で席に戻る。
当然ながら教師は何も知らない。

・・・・・・。

そしていつの間にか4限目の授業が終わって昼休みに。
孝太郎はいつものように屋上へ。だが、今日は未柚と沙羅が一緒だった。
3人はシートを敷いた地べたに座って食べている。
それを学年や男女を問わず出入り口でこっそり見ている生徒たち。
男子たちは未柚か沙羅が目当てなのだろうが、女子たちは孝太郎だった。

数日前に迷い込んできたトラの件があって以来、孝太郎の噂は瞬く間に学校全体に広がり、女子たちの間で隠れファンができてしまったのだ。
そして告白する生徒もいたのだが、孝太郎は「どう考えても知り合い以上に見ることはできない」と言って断っている。特に好きな人がいるわけでもないのだが、その度に孝太郎は首を傾げる。
「よう、相変わらずここにいるんだな」
そう言いながら3人に歩み寄ったのは…
「瞬…」
孝太郎が見上げながら言う。
「入っていいかな?」
「いいよ、断る理由もないし」
瞬が聞くと、未柚が間を空けずに答えた。それを聞くと瞬は孝太郎の隣に座る。
それからは4人で色々話していた。

「ちょっと手洗いに行ってくる」
孝太郎がそう言って立ち上がり、その場を去った。
「孝太郎、変わったな」
孝太郎の姿が完全に消えてから瞬が話し出した。
「そうだね。以前は必要なこと以外ほとんど口にしなかったのに…」
未柚も話を合わせる。
「きっと今の孝太郎君が本当の姿なのね」
沙羅の一言に二人は頷く。
「でも、笑ったことがないのは今も同じだな」
瞬がそう言うのは、孝太郎が笑ったところを一度も見たことがないからだ。それは未柚も同じだった。
色々話しているうちに孝太郎が戻ってきて再び食べ始める。
食べ終わってしばらくしたころに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、4人は教室に戻っていった。

そんなこんなで5・6限目の授業もあっという間に終わり、放課後になった。
孝太郎、沙羅、未柚の3人は担任に沙羅の下宿先を変更したことを告げて学校を後にした。
担任が驚いたのは言うまでもないだろう。だが、すでに決行されていたことを今更取り消すわけにもいかず、許可をするしかなかったようだ。

こうして、この日のいつものようでそうでないような日常は終わった。


<あとがき>
ある日の日常風景。それだけでした。
いすれ何かが起こると思いますのでお楽しみください。
短文ですが、以上です。

トップへ
戻る