第7話

「過去の関わり」

次の日、孝太郎はいつものように沙羅の部屋(客間)でスズメの鳴き声で目を覚ます。
起き上がろうとしたとき、首に何かが巻きついていた。
「何だこれ?…手?…まさか…
首に巻きついていたものが何かわかり、横を見ると、沙羅の穏やかな寝顔が間近にあった。
孝太郎は理性が吹っ飛びそうになるところを何とかこらえて沙羅の両腕をほどき、沙羅の体をゆすって起こした。
沙羅は何事もなかったかのようにいつものように目を覚ます。孝太郎は心拍数がかなり上がっていた。
「どうしたの?顔赤いよ?」
「い、いや、何でもない」
―――俺の首の周りに腕を絡ませてたことは言わないほうがいいな。

そしていつものように二人で家を出て、その途中で未柚に会う。
沙羅と未柚は色々と話していてネタが尽きない。孝太郎は女の子はどうしてそんなにお喋りなのかと思っていた。
「おーい!孝太郎!」
と呼ぶ声がした。
「どうした?瞬」
孝太郎は声がした方に振り向きながら聞いた。
「よう。昨日はありがとな」
瞬が駆け寄りながら孝太郎にそう言ったが、
「何が?俺、お前に礼を言われるようなことやってないぞ。それに昨日は一度も会ってないじゃないか?」
未柚も沙羅もわけがわからなかった。が、
「お前昨日、少し先にある公園でクマに襲われてた4歳ぐらいのチビを助けただろ?あれ、俺の弟なんだ」
これを聞いて孝太郎が驚いたのは言うまでもないだろう。未柚と沙羅もそれには驚いていた。
「でもよく俺ってわかったな?」
孝太郎がそういった後、
『当たり前じゃない』
と、沙羅と未柚が声を合わせて言った。瞬はそれを聞いてうんうんと頷きながら言った。
「だって、何もせず立っているだけで猛獣でも大人しくできる高校生ぐらいの男って言ったら、お前しかいないもんな」
孝太郎はそれを聞いて頭の中で“なるほどね”と納得する。

昨日の瞬の家では…。
「「ただいま」」
瞬の母親と弟が同時に声を出す。
「おかえり。あれ?その猫どうしたんだ?」
「公園で助けてくれたお兄ちゃんがくれたの」
瞬の弟、勇(ゆう)が話した。
「さっき帰ろうとしたときにね、勇がクマに襲われたの。でもそこを瞬と同い年ぐらいの男の子が助けてくれたの」
瞬と勇の母、千佳(ちか)が言うと、瞬は目を丸くして聞いた。
「俺と同い年ぐらい?…もしかしてそいつってただ立ってるだけで追い返したんじゃない?」
「うん、それにおでこに青い鉢巻きをしてた。お兄ちゃん知ってるの?」
「間違いない。孝太郎だ!」
勇の質問に瞬は大きめの声で断言したために千佳と勇は驚いた。
「孝太郎って、海原さんの息子さん?まさかあの冷たい子が…」
千佳も小学校時代の孝太郎を知ってるだけあって、あまりいい印象は持ってないみたいだ。
「孝太郎は本当は優しい奴なんだ。そうでなきゃぁこんなことしないだろ」
こんなやり取りが瞬の家であったことは当然ながら誰も知らない。

そんなこんなで4人で学校に着く。それぞれ自分の席に座った。
「ふふふ。今朝の孝太郎君おかしかったわよ♪」
沙羅が笑いながら言った。
「何が?」
未柚が聞く。
「どんな反応を見せるかと思って、彼が寝静まった頃に首の周りに両腕を絡ませておいたの。今朝になって驚いてたわ♪」
沙羅はくすくすと笑う。未柚もつられて笑い出した。
孝太郎は小さな紙に字を書いて立ち上がり、沙羅に「後で見といてくれ」と言って教室を出て行った。
沙羅は何だろう?と思いながら未柚と内容を見た途端に血の気が引いた。
「どうしたの?二人とも青い顔して」
李香が尋ねたが、二人は乾いた笑いしかできなかった。

そんなこんなで3人はかなりぎくしゃくしていた。とはいっても、孝太郎は平然として、沙羅と未柚、特に沙羅がぎくしゃくしていたのだが…。
「沙羅さん、未柚ちゃん、どうした?少し青い顔してるけど?」
瞬が尋ねた。
「う、うん。内緒の話をしていたら、それを孝太郎君に盗み聴きされて…」
と、沙羅が少し震えた声になりながら答えたところに、
「人聞きの悪いこと言うなよ。たまたま聞き耳を立てたら聞こえてきたんだ」
いつの間にか、孝太郎が不敵な笑みを浮かべて横にいた。瞬はそれを見てぞっとする。
「あ、相変わらずの地獄耳だなぁ」
瞬が何気なしに言った一言に孝太郎はピクッと反応した。
―――相変わらず?記憶を失う前の俺も…?
「そう言えば、小学校時代、誰も孝ちゃんの噂話しなかったよねぇ」
「そうだったね。やったらやったで振り向いたらいつの間にか後ろにいて…」
未柚の昔話に沙羅が合わせる。
―――いったい過去にどんな関わりがあるんだ?昔の俺を知ってるなら今頃青い顔しなくても…。小学校時代の俺はどうしてたんだ?
孝太郎は席に戻りながらこんなことを考えていた。

孝太郎が沙羅に渡したメモの内容…「さっきの話、丸聞こえだったぜ」

昼休み、孝太郎は屋上で数日振りに沙羅と二人きりになった。沙羅は朝のことが引っかかってるのか、しどろもどろになっていた。孝太郎は平然としている。
「朝っぱらのことならもう気にするな。特に何をしようなんて思ってない」
「そ、そう…ふぅ」
沙羅は安心して一息ついた。
「ちょっと聞きたいことがあってな。瞬に説明して二人きりにさせてもらった」
沙羅はそれを聞いて周りに誰もいないことに納得する。
「聞きたいことって?」
「小学校時代の俺のことだ」
それを聞いて沙羅の表情が強張る。孝太郎はそれを見てただ事じゃないと悟った。
「その表情からして何かあったな?今朝の二人のリアクションがちょっと引っかかってさ。瞬も俺の不敵な笑みを見てぞっとしてたからな」
「う、うん。未柚ちゃんには口止めされてたけど、今のうちに知っておくのもいいかもしれないわね」
沙羅は小学校時代の孝太郎のことについて語り始めた。

・・・・・・。

「そんなことが…」
「信じられないのはわかるけど、全て本当のことよ。たぶん、記憶を無くすと同時に仮面を剥がした今の孝太郎君が本当の姿なんだと思うわ」
沙羅の話を聞いて孝太郎は自分がどんな境遇にあったのかを知った。だが、それはあまりにも過酷なものばかりだった。
「信じるしかないだろ?俺も沙羅ほどじゃないけど、相手が嘘をついてるかどうかは見分けられるからな」
―――この“裏の部分を見抜く能力”も以前から持ってたのか?だけどこの能力は歪んだ家庭の中で育つと自然に身につく能力だ。だとしたら…。
孝太郎は色々な部分で自分の過去に関わりがあることを改めて思い知らされた。

二人は黙って弁当を食べ終えた後、沙羅が教室に戻っても孝太郎はしばらく屋上に一人でいた。

沙羅が教室に戻り、その姿を見つけて声をかけたのは未柚だった。
「孝ちゃん、どうだった?」
「一人で考えてるわ。でも、家庭で何があったかは話してない。当然(?)、私との本当の関係もね。あんな表情されたら続きが話せなくなっちゃったから…」
二人は黙り込む。その後ろを孝太郎が通り過ぎて自分の席に戻っていった。
自分なりに気持ちの整理をしたのだろう。孝太郎の姿を見つけて駆け寄った瞬といつものような会話をしている姿を見て二人はそう思った。

そして昼休みが終わり、5・6限目の授業は数日前のようにあっという間に終わり、放課後に。
孝太郎は鞄を手に取り、誰にも何も言わずに一人で帰り、何気なしに帰り道の途中にある公園に寄り、昨日日向ぼっこをするために座ったベンチに座る。周りには誰もいない。
―――以前の俺のことを聞かされた今、みんなにどんな顔をして会えばいい?今まで通りでいいのか?
そんなことを考えているときに誰かの足音が聞こえた。そして、孝太郎の前に来たと思うとそこで止まった。
誰だろうと思い、顔を上げると…。
「気持ちの整理はまだついてない?」
「沙羅…」


<あとがき>
沙羅の口から自分の過去を教えられた孝太郎。
だが、その内容は孝太郎の心に大きな動揺を与えた。
それと同時に3人のリアクションに納得する。
公園で孝太郎を見つけた沙羅は何をするのか…。
続きは次回に行きます。
短文ですが、以上です。

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