第11話

「二人きりの休日」

記憶を取り戻した孝太郎と沙羅の初めての休日。とはいっても、孝太郎は記憶を失っていた頃と何ら変わりがなかったからいつものような感じなのだが…。
朝、8時ごろに起き、記憶を取り戻すまでと何ら変わりのない朝を迎えると思っていた孝太郎だが、思わぬ事態に直面したのだった。
朝食を取り終えた孝太郎に沙羅が洗濯物を入れたかごを二つ持ってきたのだった。
「これ、外に干すの手伝って」
と言ってかごの一つを置いて庭に出て行く。孝太郎は仕方ないかと思いながらかごを持って庭に出た。
沙羅は当然のことだったが、孝太郎も慣れた手つきで洗濯物を広げて竿にかけた。
しかし、その途中でかごの中を見た孝太郎の手が止まり、視線がそれた。
これを見た沙羅が近寄った。
「どうしたの?」
「い、いや…沙羅にとってはどうかわからないけど、衣服とかはともかく、これらはちょっと…」
そう言いながら視線をそらした状態のままでかごの中を指さす。
沙羅は頭に?を浮かべながらかごの中を見ると、顔が赤くなった。
「た、確かに…これらは私が干すわ」
沙羅はそう言いながら、孝太郎が持ってきたかごの中に入っている自分の下着を全部手にとって竿に干した。
「ふぅ。危うく理性が吹っ飛ぶところだったぜ…おわっ!?
孝太郎はかごに残っていた自分のTシャツを干しながらそう言うと、沙羅がいきなり後ろから抱きついた。
「ふふ♪かーわいい♪」
そう言いながら孝太郎の頭を撫でる。
「おいおい、男に可愛いはないだろ」
「ふふふふふ〜♪」
それを聞いても沙羅は孝太郎の頭を撫でるのをやめなかった。
そんな沙羅に何を言っても無駄と悟ったのか、孝太郎は何も言わずに少しも動かなかった。

しばらくして、気を取り直すかのようにかごに残っていた洗濯物を全部干した。
そして、居間のソファーに沙羅の左隣にいる孝太郎と肩をくっつけて座っている。
「私ね、孝太郎君のお父さんに、孝太郎君の許婚にされたこと、嫌じゃなかったよ」
それを聞いて孝太郎は沙羅の顔を見る。沙羅は今まで見たことがないぐらい優しく微笑んでいた。
「え?…あ…」
孝太郎の左肩に沙羅が後ろから回した左手が触れる。沙羅は孝太郎を自分のもとへ引き寄せた。
孝太郎は視線をさ迷わせたが、落ち着くと正面を向き、ある考えが出てきた。
―――さっきまでの沙羅と何か違うぞ。まさか、さっきの洗濯のときの行動で母性本能が目覚めたんじゃないだろうな?
「孝太郎君に出会うまで、色んな男の子に告白されたけど、みんな醜い心を隠すために笑顔の仮面を被ってたわ。そんな環境にあったから、私は仮面の奥にある本当の心を見抜く能力をいつの間にか身につけてたのね」
そう言って一区切りすると、右手で孝太郎の右腕に優しく触れた。
「でも、孝太郎君は違った。仮面を被って本当の気持ちを隠してたのは同じだったけど、冷たい表情の仮面だった」
「…そうしていれば、誰も相手にしなくなって一人になれると思ってたんだ。あの時はとにかく放っておいてほしかった。でも、沙羅は我慢強かったな」
小学校時代の思い出に浸る二人。沙羅にとってはどうかわからないが、孝太郎にとってはいい思い出と言えるものは何もなかった。
当時、孝太郎は一人になりたくて冷酷に振舞っていたが、沙羅はかなり我慢強く、しかも笑顔を絶やさず、孝太郎の顔に張り付いた仮面を取ろうとしていた。しかし、孝太郎が誰にも何も言わずに東区の中学に行ったことでそれもできなくなった。
「翔には本当に感謝してる。自分でも剥がせなくなるぐらい頑丈になった仮面にひびを入れてくるなんて…だから今はもう完全に剥がれてるのかもな」
「その役、私がやりたかったなぁ」
それきり二人は何も言わなくなった。
しばらくして、沙羅は孝太郎の目の前に立ち、正面から覆いかぶさるように孝太郎の頬に頬を当て、かすかな声で語りだした。
「お父さんに許婚にされて、その時に言われたこと、記憶を取り戻した今はもう言う必要ないよね?孝太郎君が二十歳になったら、私と結婚することになってること…」
やがて、孝太郎もかすかな声で語りだした。
「沙羅は嫌がらなかったな…むしろ嬉しそうだったっけ」
「初恋の人だったからね」
頬が触れ合ったまま、また何も言わなくなった。
正午を過ぎ、沙羅は食事の準備のために台所に向かった。孝太郎の頬に唇の感触を残して…。
―――沙羅にとって一番の幸せって何だ?
孝太郎は台所で調理をしている沙羅の後姿を見ながら考えていた。
―――俺はどうすればいいんだ?由梨香…翔に頼まれてるのに…。
気になっていることを悟られないように昼飯を食べたことを付け加えておこう。

昼飯の時間も終わり、孝太郎はソファーに横になった。そこへ沙羅が寄って来る。
「私、ちょっと買いたい物があるから行って来るね。すぐに済むからここにいていいよ」
「そっか。じゃぁ俺、留守番してるから」
それを聞いて沙羅は出かけて行った。
そのままで色々考えてる時に電話が鳴った。孝太郎は面倒に思いながらも体を起こし、電話機に歩み寄って受話器を取る。
「はい、海原です」
「もしもし、日向ですけど…」
「由梨香?」
「あ、孝太郎さんでしたか。実は先日、言い忘れてたことがありまして…」
由梨香は先日、記憶を取り戻した孝太郎から全てを聞き、その時に言い忘れてたことを話した。
「そうか…」
「はい。なので私のことは心配要りません。あとは孝太郎さん次第です」
それからちょっと話して電話を切った。
―――あとは俺次第か…。
そう思いながら再びソファーに横になる。そうしているうちに眠ってしまった。

・・・・・・。

―――…う…ん?…何だ?枕にしてはフカフカする。確か俺、枕なしで横になって…。
そう思いながら目を開けると、優しい表情の沙羅の顔が90度傾いた状態で正面にあって孝太郎は驚いた。
「さ、沙羅!?」
「よく寝た?」
そう言いながら孝太郎の頭を優しく撫でる。
「もしかして、膝枕か?」
「もしかしなくてもそうよ」
それを聞いた後に孝太郎は一息ついて目を閉じる。昼寝から覚めたばかりなのか、また眠りそうになったが、それを沙羅が止めた。孝太郎の唇を自分のそれで塞いだからだ。

10秒ほどして唇が離れる。孝太郎は突然の行為に驚いたのか、何も言わなかった。
沙羅の瞳は潤んでいた。そして、孝太郎の髪を優しく撫でながらそっと言葉を発した。
「私はこのくらい、孝太郎君のことが大好き…」
孝太郎は何も言わずにゆっくりと体を起こした。そして、沙羅に背を向けたまま言った。
「前にも言ったけど、男を見る目がないな」
「どうして?」
「人にはない能力みたいなものがあるって事意外、特に何の魅力もない俺のことを…う…」
先を言おうとしたができなかった。沙羅がいきなり後ろから抱きついたからだ。
「いいの。そんな孝太郎君だから好きになったの。だから自分を悪く言うのはもうやめて」
―――本当に男を見る目がないな…。でもどうして…?
しばらく二人はそのままの姿勢でいた。
洗濯物はいつの間にか取り込まれていたことを付け加えておこう。

夕飯になり、沙羅は孝太郎を初めて抱きしめた日のように優しい気持ちになりながら料理をしていた。
そしていつの間にか出来上がり、二人で食べた。味については言うまでもない。

いつの間にか夜になり、交代で風呂に入った後、いつものように一緒に寝たのだが、場所が客間ではなく、孝太郎の部屋だった。
以前、孝太郎はこっそり抜け出して一人で寝たことがあったが、沙羅はそれを黙っておらず、様々な罰を食らったためにそれっきりしなくなった。
孝太郎はいつものように沙羅に背を向けて横になったが、沙羅が強引に振り向かせ、自分の元へ引き寄せ、優しさを込めてしっかりと抱きしめた。孝太郎の頭は沙羅の顎が髪に触れるか触れないかと言うところにある。
「何も寝る時までしなくてもいいだろ」
「いいじゃない。二人っきりなんだから」
孝太郎は今朝のように何を言っても無駄と悟り、何も言わなくなり、抵抗もしなかった。
「…愛してる…孝太郎君…」
―――やっと言えた…。
沙羅はそのまま静かに寝息を立てて眠っていった。
―――俺はこのまま流されていいのか?
孝太郎はそんな気持ちを抱えながらもいつの間にか眠っていった。


<あとがき>
ラブラブパワー全開の沙羅。(笑)
そんな沙羅とは裏腹に複雑な気持ちを抱えている孝太郎。
その理由は…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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