第12話
「相手を想う理由」
翌朝、私は毎朝聞いているスズメの鳴き声で目が覚めた。腕の中には、安らかな寝息を立てて眠る愛する人。
もう少しこうしていよう。…暖かい…。
いつものように俺はスズメの鳴き声を聞いて目を覚ます。だが、何やら暖かなものに包まれていることに気付く。何かと思い、目を開けると服の襟のようなものが視界に入った。同時に頭を優しく撫でられていることに気付き、昨夜のことをすべて思い出した。
その後はいつもと同じ朝を迎えるのだった。
そしていつも通りの学校生活を送ることになるだろうと思っていた俺だったが、引っかかるものがあって気がついたら考え事をしていたのだった。
「よぉ、どうした?深刻な顔をして」
教室の自分の席で考え事をしていた俺に瞬が声をかけてきた。
「あぁ、色々と考え事をな…」
「何を考えてたんだ?よかったら相談にのるぞ」
俺は一人で考えてもしょうがないと思い、瞬に話すことにした。が、その前に…。
「ここじゃ何だから屋上に行かないか?」
瞬は頷き、二人で屋上に行って俺は考えてたことを話した。
「考え事ってのは沙羅のことだ。お前も俺たちと一緒にいるなら沙羅の気持ちは知ってるだろ?」
「そうだなぁ。日ごろのお前への接し方を見れば一緒にいなくても一目瞭然だ」
「どうして小学校時代のあんな性格だった俺に対してあんな気持ちになったのかな?って…それに今も特に魅力があるってわけでもないのにどうしてそんな俺のことを…」
他にも悩みはあったが、一つづつ片付けた方がいいだろうと思い、まず沙羅のことから話した。
瞬は金網越しに外を見ながら言った。
「ま、確かにお前はどこにでもいるような奴だ。猛獣でも大人しくさせてしまう才能みたいなものがあることを除けばな。でもな、人を好きになるのに理由なんていらないんだぜ?」
俺はそのまま瞬の話を聞いた。
「数日前、お前が姿を消してた頃、沙羅さん、いろんな男子生徒に告白されてな、その時の内容を俺は悪趣味だと思いながらもこっそり聞いてしまったんだ」
・・・・・・。
内容を聞いて俺は一通り納得した。これが俺の傍にいる理由ならたとえ親父が養子に迎え入れなくても沙羅は今と同じことをやっていただろう。
だが、俺の気持ちは複雑なままだった。
「ところで、お前はどう思ってるんだ?」
さりげなく痛いところを突いてくる。
「それが、わからないんだ。面倒見はいいし、色々と俺のことも気にかけてくれるけど、俺は何もしてないし、しようともしない。そんな俺と一緒にいて本当に幸せなのか?って思う」
瞬は何も言わずに聞き続けた。
「嫌いじゃないことは確かだ。もし嫌ってるなら、かつてのように無理矢理にでも未柚の家に押し込んでるし、あの時のように冷たい態度で接してるからな」
しばらく沈黙が続いた。俺は本当に沙羅のことをどう思ってるのか…。
朝のHRが始まるチャイムが鳴り、俺達は何もなかったかのように教室に戻る。
朝のHRは何事もなかったかのように終わり、俺は屋上で瞬から聞いた、沙羅が告白を断った時の内容を思い出していた。
「私には好きな人がいるの。その人は今は傍にいないけど、必ず帰ってくるって約束したからそれを信じて待ってるの。その人のことは小学校時代に初めて会ったときから好きだった。今に至るまですっと私の一方的な片想いだけど、私はその人がその人だから…だからごめんね…」
沙羅の気持ちは十分すぎるほどわかったが、俺は沙羅のことをどう思ってるのかわからないためにそれに答えることができない。
曖昧な気持ちで返事をすれば確実に傷を付けてしまうから…。
そしていつもの授業が開始されたのだが、俺は七不思議の一つといってもいい事を体験してしまった。
気がついたら4限目の授業が終わり、昼休みになっていたのだ。
(何なんだ、今日は…?)
色々考えながらも今日は天気がいいのでいつものように屋上へ行き、ベンチに座って沙羅が作ってくれた弁当を食べる。
以前は未柚が作ってくれてたが、いつからか沙羅が作ってくれるようになり、俺は特に断る理由もなかった上に沙羅が作る弁当を食べてみたいという気持ちもあったのでOKした。
「やっぱりここにいた」
誰かがいることに気付き、聞きなれた声がしたので顔を上げると、そこにいたのは…。
「未柚…」
「隣、座るね」
普通は聞いてから座るのだろうが、俺が断らないことを知ってるのか、返事を待たずに横に座った。
「…沙羅ちゃんのこと、ちゃんとしてやりなさいよ」
俺はそれを聞いて箸が止まった。
「顔には出さないけど、焦ってるよ。孝ちゃんが返事を返さないから」
「わかってるさ。だけど、沙羅のことをどう思ってるのかわからないのに返事しても傷つけるだけだろ?」
「う〜ん、確かにねぇ…」
「今朝、瞬にも聞かれた。俺はただ、嫌いじゃないのは確かだとしか言えなかった」
言い終わって止めてた手を動かし、弁当を食べる。
色々と話しているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので教室に戻った。
(そのうちに沙羅が直々に聞いてくるだろうな。その時はちゃんとした返事ができたらいいんだけど…)
そんなこんなでいつの間にか今日の最後の授業が終わって放課後に。
考え事をしているとこんなに時間が経つのが早いものなのか?
鞄を手にとって帰ろうとした時、李香が声をかけてきた。
「どうしたの?なんかいつもと違うみたいだったけど」
「ちょっと考え事をしてたら、あっという間に時間が過ぎたからビビってな…」
「ふ〜ん。ね、話があるの。ちょっと屋上まで付き合ってくれない?」
「特に断る理由もないし、いいぜ。それに俺も李香には言わなきゃいけないことがあるからな」
これを聞いて李香はちょっとたじろぐ。そして今から行こうということで二人で屋上へ行った。
「話っていうのはね、小学校時代のこと。私のこと覚えてるかな?」
「覚えてるよ。小学校6年の時の記念すべき告白者第1号だったんだからな」
「へぇ、私が最初だったんだ」
李香は微笑んでいた。どうやらもう気にしてないようだが、俺にとってはずっと引っかかってることだ。
「そして、振られた生徒の第1号でもあるんだ…あの時は悪かった。気持ちを知りながらもそれを踏みにじって、しかもかなり酷い事を言ってしまって…」
「そうだったね。あの後、未柚ちゃんたちに慰められて何とかなったけどね」
そして李香は当時のことや中学時代のことをを語りだした。
いつだったか、放課後の教室で一人で泣いてた俺の姿を見たこと。その時に冷たい性格は偽りだと気付き、本当の性格を引き出そうとして告白したこと。
俺に酷い振られ方をして傷ついたまま中学に入り、それに気付いた一人の男子生徒と付き合うようになったが、卒業前に別れてしまったことなど…。
「そうか…俺の知らないところでそんなことがあったのか」
「うん。酷い事を言って振ったことはもう気にしなくていいから」
李香はそれだけを言って降りていった。俺は心の霧が少し晴れた気分だった。
俺はしばらくして学校を後にした。
家に帰り、中に入ろうとしたとき、とてつもない殺気を感じて足が動かなくなった。
だが、俺が出入り口付近にいることがわかったかのように沙羅が扉を開け、俺を無理矢理中に入れた。
「ど、どうしたんだよ?そこでとてつもない殺気を感じたぞ」
「いいから、靴を脱いで上がりなさい」
沙羅は仁王立ちで、怒りを込めた表情とドスの入った口調だった。俺は怯えながらも言う通りにすると、沙羅は表情を変えずに俺の両肩を掴んだ。
「李香ちゃんと何を話してたの?離してほしかったら正直にいいなさい!」
さっきと変わらない口調で追求してきた。俺は隠す理由がなかったので正直に全部話した。
「んもう、これじゃぁ脅しようがないじゃない。普通は何か隠し通すものよ」
「隠さなきゃいけない理由がないから全部正直に話したんだ。もういいだろ?離してくれよ」
「ダメ」
沙羅はそう言いながら俺の肩を掴んでいる手に力を少し込めた。
「じ、じゃぁどうすればいい?」
「離してほしかったら、私とキスして!」
俺は驚きを隠せずに戸惑った。それを察してか、沙羅のほうから顔を近づけてきて昨日のように俺の唇を塞ぎ、肩を掴んでいた手はいつの間にか首の周りに回っていた。
沙羅は自分の唇をさっき以上に押し付けて目を閉じた。
しばらくして俺の体から力が抜け、床にへたり込んだ俺に沙羅が覆いかぶさるようにしてきた。
<あとがき>
引っかかるものが減り、ちょっと晴れやかな気分になった孝太郎。
しかし、沙羅に対する気持ちに変化はなかった。
次回、学校で財布の盗難事件が…。そしてその財布が沙羅の鞄から見つかったことから沙羅に窃盗の容疑がかかる。その時、瞬、未柚、李香、そして孝太郎は…。
次回予告をちょっとしましたが、今回はここまでです。
短文ですが、以上です。