第13話

「信じる心。信じられる嬉しさ」

数日後、ごく普通に時間が経ち、2限目の授業になった。科目は美術。学校から10分ほど歩いたところにある高原で風景画を描くことになったのだが、教師がすごく太っ腹で、使い捨てやデジタルのカメラで撮影した写真を印刷したものでもいいとまで言ってきた。
美術担当の教師、増田 裕子(ますだ ゆうこ)のほかに3-Aの担任でもある城崎 寥(しろさき りょう)も監視役として来ていた。
孝太郎は来る途中で買った使い捨てカメラで何を撮影しようかを考えながら歩き回っている。その隣には沙羅が片時も離れずにいた。
「まだ決まらないの?」
「どれもありきたりなものばかりだからなぁ…うっ」
あちこち見ながら話しているときに生徒の一人がカメラのシャッターを押し、その時についたフラッシュが孝太郎の目に飛び込んだためにちょっと驚いた。
「悪ぃ。海原と矢神さんのツーショットがすごくいいもんだからつい」
「だからってなぁ原田…」
孝太郎は愚痴を言ったが、二人を撮影した男、原田 智一(はらだ ともかず)はお構いなしに続きを言った。
猛獣に襲われて、そこを孝太郎に助けられた生徒の一人である。
「海原が姿を消してた頃、矢神さんの横に会長が並んだことが何度かあったんだ。その時のツーショットもよかったけど、奇妙と言うか、不自然な感じでさ。今まで趣味で色んな写真撮ってきたけど、会長と矢神さんのツーショットはカメラに収める気にはならなかったなぁ」
これを聞いて沙羅は複雑な表情になる。会長に付きまとわれてたころの忌まわしい出来事を思い出したのだろうか?
「やっぱ二人の姿は誰から見ても自然でいいと思うぜ」
原田はそう言ってその場を去っていった。

それまで何もなかったかのように二人は場所を決めるとそこに座り、沙羅は持っていたスケッチブックを広げてスケッチを始めた。
孝太郎は沙羅を見守るかのように沙羅の少し後ろで何も言わずに沙羅がスケッチをする姿を見ていた。
孝太郎の周りにはハトやスズメが集まっていた事を付け加えておこう。
そして、孝太郎とその周りにいる鳥たちを撮影したりスケッチしたりする生徒がいたことも…。

美術の授業が終わり、次の授業が始まろうとした時、如月 真美(きさらぎ まみ)が財布が消えたと言い出した。3限目の授業は担任の城崎が担当する授業。城崎は如月を落ち着かせ、他に盗られた物がないかを確認させるために全員の鞄を点検させたのだが、それがマズかった。
なんと、沙羅の鞄の中から金が抜き取られた如月の財布が見つかったのだ。
教室内は騒がしくなる。瞬、未柚、李香はどうしたらいいのかわからずに戸惑っていた。
そんな中で孝太郎は腕を組んで俯いた状態で考えていた。
何人かの生徒が沙羅が犯人だと決め付ける。瞬、未柚、李香の3人は必死になって庇ったが、それさえも無意味にしてしまうほどの圧力がかかった。
「私の財布には3万円が入ってたわ。それも返してもらうわよ」
「私じゃないわよ」
「じゃぁ、どうしてあなたの鞄から私の財布が出てきたの?」
「そ、それは…」
これを聞いて沙羅は何も言い返せなくなったが、
「誰かが沙羅に窃盗の罪を擦り付けるために、如月さんの財布を盗んで沙羅の鞄の中に入れたと考えれば納得できないか?」
横から孝太郎が突っ込むように言った。
「じゃぁ抜き盗られたお金はどう考えるの?」
今度は孝太郎に突っかかったが、
「単純さ。罪を少しでも大きくするためにやったんだ」
と焦り一つ見せずに答えた。そこに、
「そうだ。もし、盗まれたのがさっきの美術の時間だとしたら、俺のカメラに二人の姿は写ってないからな」
原田が孝太郎の横に立って説明した。
「それにあの高原からここまで10分近くかかる。往復で20分ほどだ。それを考えると、沙羅さんが犯人だったら、孝太郎と沙羅さんはすっと一緒じゃない」
瞬が言った。何人かが納得したが、疑いは晴れてない。しかも沙羅が何気なしに自分の鞄の中を深く探したところ、1万円札が鞄の中のそれぞれ違うところから合計3枚見つかったところから疑いの色が濃くなり、ついには孝太郎、原田、瞬、未柚、李香以外の生徒が沙羅を犯人だと決め付けてしまった。
見つかった3万は如月の手に財布と一緒に戻ったが、容疑は晴れず、沙羅は疑いの眼差しを浴びるハメになった。
誰かが車でなら往復にも2・3分程度だという事から教師の仕業じゃないかと言ったが、その疑いはすぐに晴れた。なぜなら、城崎は車の免許を持ってない。それに増田は最初から最後まで数人のグループの中にいたからだ。
そんなこんなで異様な雰囲気の中で授業が始まった。

そして4限目の授業が終わって昼休みに。それまでの間、孝太郎たちが沙羅は犯人じゃないと証拠を出しながら言っても誰も信じようとしなかった。
「ねぇ、もし、本当に私が犯人だったらどうする?」
屋上でいつも(?)のメンバーに原田が加わった中で沙羅が控えめになりながらみんなに聞く。
4人は「罪は罪。ちゃんと償うべきだ」などと言ったが、一人だけ、つまり孝太郎は違った。
「孝太郎だけ、何も言わないな?」
瞬が聞いた。
「言う必要ないだろ?美術の時間、沙羅はずっと俺の隣にいたんだ。それに授業で教室を出る前に如月さんが自分の鞄の中をチェックしているのを俺は何気なく見てたからな」
「そうなると、やはり美術の時間しかないか…」
原田が腕を組んで言った。
「それに沙羅、やってないならそんな質問は意味がないと思うぜ。実際にやってたとしたら、未柚たちと同じことを言うけどな」
孝太郎は言い終わり、少し間を空けて言った。
「もう一つ言わせてもらうとな、やってないのにそんなことを聞いたら、疑いの色は濃くなるばかりだ」
これを聞いて沙羅ははっとなる。孝太郎は今度は未柚を見て言った。
「それに未柚、沙羅がこんなことをする女じゃないってことは、中学を卒業するまで一緒に住んでたお前が一番よく知ってるはずだぜ?それなのにあんな返事してどういうことだ?」
未柚はいつになく孝太郎の睨みに近い真剣な表情を見てゾッとした。
「証拠がいっぱいあるのに誰も信じないなら、俺達の手で真犯人を探し出してやろうぜ?嫌ならそれでもいい。だけど、俺は一人でもやるからな」
瞬たちも真剣な眼差しに驚いたが、ちょっとして、
「そうだな。いい写真撮らせてもらったし、海原には猛獣に襲われてたところを助けられた借りがあるからな。俺も協力するぜ」
原田が右手に握り拳を作って自分の意志を見せる。
そこへ瞬、未柚、李香も加わる。
それを見た沙羅は俯いて嬉し涙を流した。例え、本当に罪を犯していたとしても、自分のことを信じてもらえることがどんなに嬉しいか、沙羅は改めて思い知らされたのだった。
―――でも、孝太郎君がここまで私のことを信じて守ってくれる理由は何?
沙羅はちょっと考えたが、何も浮かんでこなかった。
孝太郎には沙羅が犯人じゃないと信じる確かな理由があった。それは…。
そうしているうちに昼休みは終わり、みんなで教室に戻ったが、沙羅が戻ってきた瞬間、ほとんどの生徒が疑いの眼差しを向けたことを付け加えておこう。

放課後、孝太郎は如月を人気のない会議室へ呼んだ。
「前もって言わせてもらうけど、矢神さんを庇ってたら海原君たちにも疑いがかかるわよ。それを知ってて行動してるんでしょうね?」
如月はちょっときつい口調で問いかける。だが、孝太郎は顔色一つ変えずに答えた。
「今回の盗難事件の犯人は沙羅じゃないことがわかってるからああいう行動を取ってるんだ。それの何がいけないんだ?」
如月は睨んだが、孝太郎はそれを見ても普通の表情だった。そんな孝太郎に如月は浮かんだ疑問をそのままぶつけた。
「海原君がそこまで矢神さんを信じる理由は何?何が海原君に矢神さんが犯人じゃないという信念を持たせるの?」
孝太郎はよくぞ聞いてくれたという表情になった。
「如月さん、美術の時間のために教室を出る前、自分の鞄をチェックして財布が中にあることを確認してたな?」
「う、でもそれだけじゃないみたいね?もしかして、一緒に住んでて矢神さんの全てを知ってるから?」
「それもある。もう一つ、これが俺に沙羅に対して信念を持たせるきっかけになったんだ」
孝太郎はきっかけを説明した。如月の表情は驚きに変わり、同時に納得もした。
「そ、そうね。もし、本当に矢神さんが犯人なら、最初の被害者は海原君だから」
「そういうことだ。だから沙羅を犯人と決め付けるのはやめてくれないか?」
「そうね。こんな確かな証拠を示されたら犯人は他にいるとしか思えないわ。でも、もし矢神さんが犯人だったら、その時は海原君たちが何を言っても容赦なく突き出すから」
如月は再びきつい眼差しで孝太郎を見る。
「いいだろう。俺達は誰に何を言われようとも、真犯人を探し出して、窃盗の罪の償いと同時に、沙羅に辛い思いをさせたおとしまえをつけてやる」
孝太郎は人一倍強い意志を示した。
「私は止めないわ。でも協力もしないから」
「わかってる。それと、悪いのは真犯人だけじゃないぜ」
それを聞いて如月は目を丸くする。
「それって…?」
「如月さん自身だ」
「どうして被害者の私が悪いの!?」
如月は怒鳴った。しかし、孝太郎は顔色一つ変えずに言った。
「貴重品の管理体制だ。ポケットに入れとくとかしておけばこんなことにならずに済んだんじゃないのか?」
如月はたじろぐ。それを見ても孝太郎は続きを言った。
「それに学校に3万も持ってくる必要があるか?飯代なら千円前後で済むはずだ」
「…そうね…」
「如月さんの家は確か親父さんが大企業の社長だったな?これはクラスだけじゃなく全校生徒が知ってる。金持ちだから狙われやすいってわけだ」
その後は色々話して別々に学校を後にした。
―――だけど、沙羅にこんなことをして何の得になる…?人気が下がるぐらいで他には何もないはずだ。…人気が下がる?…つまり、沙羅の言うことを疑う人が出てくる……まさか…でも、考えられないわけじゃない。もしあいつだとしたら十分にあり得る事だ。
孝太郎はまさかと思いながらも、確証がないので誰にも言わないことにした。

孝太郎が家に帰ると、沙羅は少し落ち込んだ表情だったのは無理もないことだろう。
二人は顔をあわせてもほとんど口をきかなかった。沙羅は何を話したらいいのかわからなかったうえに、孝太郎も下手をすれば、沙羅がほとんどの生徒から疑われて傷ついてるのに、余計なことを言って傷口を広げかねないと思っていたからだ。


<あとがき>
突然の窃盗事件。犯人に決め付けられた沙羅。
そんな中、沙羅に少しの疑いも持たない孝太郎。
その理由は…。
そして、この事件の裏には意外な事実が絡んでいた。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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