第14話

「掴まれた尻尾」

次の日、沙羅は朝から表情に影を落としていた。朝飯を食べ終わり、重い足取りで出かけようとする沙羅を孝太郎は止めて言った。
「今日は休みな」
沙羅は「どうして?」と言いながら目を丸くする。
「疑いの眼差しが向けられる中で授業を受けても気が滅入るだけだ。それに我慢して精神的ストレスをため続けたら、自律神経失調症になるぞ」
そう言いながら孝太郎は電話の受話器をとって電話をした。沙羅はその行動を黙って見ている。
「あ、城崎先生ですか?海原です。実は沙羅が昨夜から体の調子を崩してまして、それに今朝になっても頭がフラフラすると言ってましたので今日は休ませたいと思います。…はい、詳しいことは直接…はい、よろしくお願いします」
言い終わって電話を切る。孝太郎の右腕に沙羅がそっと触れた。
「というわけだ。今日はここでゆっくりしてな。学校が終わったらすぐに帰るから」
それを聞いて沙羅は微笑みながら頷く。孝太郎はそれを確認し、学校へ足を向けた。

「孝ちゃんおはよう。あれ?沙羅ちゃんは?」
「風邪で休みだ」
未柚の質問に孝太郎はあっさりと答える。

この日の授業は何気なしに順調に進み、いつの間にか4限目の授業が終わって昼休みに。
孝太郎たちは屋上で輪になって飯を食べていた。
「矢神さん、体の調子は大丈夫か?」
原田が心配そうな表情で聞く。
「朝は頭がフラフラするって言ってた。まぁ、微笑む余裕はあったみたいだけど」
孝太郎はいつ聞かれてもいいように前もって考えていたことをそのまま言った。
「沙羅さんを家に一人にして大丈夫なのか?」
瞬が聞いた。
「学校が終わったらすぐに帰るって言っといたから」
みんなはまぁいいかという表情になる。だが、孝太郎は我慢しきれなくなって話した。
「すまん。さっきのは嘘だ。つまり、沙羅の欠席は本当でも、体調不良は嘘なんだ」
孝太郎は今朝の沙羅の暗く沈んだ表情に見てられなくなり、精神状態を安定させるために嘘の連絡を入れて休ませたことを話した。
「それでいいのかもしれないね」
未柚はあっさりと納得したかのように言う。
「そうね。孝太郎君の行動は間違ってないわ」
李香も同じだった。
「これは俺達の間だけの秘密だからな。後で城崎先生にも話しておく」
みんなが頷く。昼休みのチャイムが鳴り終わり、みんなで教室に戻った。

そしてあっという間に放課後になり、孝太郎は沙羅の欠席の本当の理由を城崎に話した。
「まぁ、それがいいかもしれんな」
「この事件の真犯人が明らかになるまで、沙羅は休ませようと思います。それと、このことは内密にお願いします」
「わかった」
孝太郎は担任の協力に感謝しながら学校を後にした。

ガチャ
「ただいま」
「おかえりなさい」
孝太郎の声を聞いて沙羅が玄関に駆け寄る。今朝とは違って表情は明るかった。
二人で客間、つまり沙羅の部屋に行く。
「えーと…これ、今日のプリントだ」
孝太郎は自分の鞄の中から今日の授業の担当の教師に渡された課題のプリントを沙羅に渡した。
「うわぁ、いっぱいあるわね」
つい口の部分を手で覆う。
「そりゃぁそうだ。今日1日の授業全部のプリントだからな」
沙羅の背中を冷や汗が流れる。
「それと、盗難事件が解決するまで休ませるから。未柚たちと担任には本当のことを話しておいた。当然、欠席の許可ももらったぜ」
孝太郎から事情を聞いた城崎は、事件が解決するまで休ませると聞いたとき、勉強が遅れるといけないからと、その日の分のプリントを渡すように言った。
それを聞いて沙羅は当然驚く。
「理由は今朝言ったとおりだ。俺たちのことは気にするな。今は自分のことだけを考えてればいい」
沙羅は心ここにあらずといった感じだった。

「さて、晩飯にするか」
「あ、待って。聞きたいことがあるの」
いつの間にかベッドに座っていた二人だったが、沙羅は立ち上がって部屋を出て行こうとした孝太郎の腕を掴んで引きとめた。
孝太郎は「何だ?」と聞きながら振り向く。
「どうして、私に少しの疑いも持たないの?未柚ちゃんたちは少しだけ疑ったみたいだけど、あなたは私に対して犯人じゃないって信念を持ってる。その理由は何?」
それを聞いて孝太郎は沙羅のお気に入りの小物入れからあるものを取り出した。
そして理由を説明して納得してもらった。

次の日、沙羅は休ませたが、孝太郎はプリントがごちゃごちゃになると渡す時に面倒だからと中に何も入ってない沙羅の鞄を持って出かけた。
―――理由は他にもあるような気がする。気のせいかな?
沙羅は孝太郎を見送った後、昨日、孝太郎から渡されたプリントをやることにした。

学校では何気ない日常が始まる。
「矢神は今日も風邪か。最近、風邪が流行ってるみたいだからみんな気をつけろよ」
朝のHRで城崎がわざとらしく言う。カモフラージュが目的のようだが…。

昼間、孝太郎たちは屋上で昼飯を食べながら犯人を捕まえるための作戦を練っていた。鞄はプリントもあったが、この作戦のためにも持ってきたのだった。
「フッ、必ず失敗させてやる。そして海原、お前を必ず地に落としてやる」
出入り口付近でこっそり聞いている男がいた。数日前に顔についた傷をさすりながら…。

そして、この日の授業は何気なく始まって何気なく終わり、あっという間に放課後になった。
孝太郎は城崎から沙羅のプリントを受け取り、沙羅の鞄の中に入れた。
その後、沙羅の机の横に鞄をかけると、手ぶらで教室を出ていった。
―――さて、うまく引っかかってくれたらいいが、後はどうするか…。だけど、犯人じゃないって信念を持つきっかけがあるからって、俺自身、普通ここまでするものかな?
「海原」
廊下を歩きながら考え事をしていると、不意に後ろから声をかけられる。未柚や李香ではないことはわかったが、妙に聞き覚えのある声だったので振り向くと…。
「な、何でここに!?」
以外な人物の登場に驚きを隠せない有様だった。
「久しぶりだな。ここに来た理由はある男に用があってな」
女性は不敵な笑みを浮かべながら答えた。

一方その頃、3-Aの誰もいない教室では一人の男子生徒がコソコソと入ってきていた。そして、沙羅の机の脇にかかっている鞄を手にとって蓋を開け、自分のではないと思われる財布を入れようとしていた。
カシャ

カメラのシャッターを押した音とフラッシュに驚きながら振り向く。
「犯人はお前だったのか」
出入り口には原田が立っていた。
「ち、違う!僕はただ…」
「下手な言い逃れはやめるんだな」
原田の横に孝太郎が立つ。
「そうよ。証拠もありまくりなんだからね」
もう片方の出入り口で未柚が言う。
「沙羅ちゃんを辛い目に遇わせた落とし前、たっぷりつけさせてもらうわよ」
李香が手の指の関節をバキボキと鳴らしながら言う。
「な、何言ってるんだ?僕はただ、矢神君の鞄に入っていた財布を取り出して職員室に持っていこうとしたんだ。原田の写真にはその現場が写ったんだ」
原田や未柚たちは一瞬焦った。
原田はビデオカメラにしておけばよかったと後悔した。だが、
「どうかな?むしろお前が犯人だという証拠の方がありまくりだぜ」
と孝太郎は顔色一つ変えずに言った。
何だと!?
男は孝太郎を睨みながら言った。


<あろがき>
ついに見つかった窃盗事件の犯人。
しかし、巧妙に言い逃れをして意地でも沙羅を犯人に仕立て上げようとする。
だが、当然(?)ながら孝太郎たちはそれを許さない。
どうやって捕まえるのだろうか?そして孝太郎を訪ねた女性と犯人の正体は…。
全ては次回で明らかに。そして話は妙な方向に進んでいくのであった。
短文ですが、以上です。

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