第15話

「信念の理由。そして…」

「僕が犯人だという証拠がどこにある!?」
3-Aの教室で孝太郎・原田・未柚・李香に取り囲まれた生徒会長、真木野 修司(まきの しゅうじ)が怒鳴り散らす。
「じゃぁ聞くけど、その財布はどうして持ってるの?」
未柚が聞く。すると会長の表情は怒りから不適な笑みに変わった。
「簡単さ。矢神君が盗んだ現場を目撃したから僕が見つけて今取り出したんだ」
「沙羅ちゃんは昨日から休んでるわよ。それなのに犯行ができると思うの?」
李香が追求しても顔色一つ変えない。
「誰も今日とは言ってないだろ?矢神君が休む前の日に行われた犯行だとしたら説明がつくじゃないか」
「その財布に矢神さんの指紋はついてるのか?」
原田が追求しても不敵な笑みは変わらなかった。
「そんなものを調べても意味がないね。今の僕みたいに手袋を付けて盗んだとしたら、指紋がつかないのは当然のことだろ?」
「沙羅さんが今回の事件の犯人だとしたら、最初の被害者は孝太郎だ。孝太郎と沙羅さんは預金通帳の隠し場所を同じにしてあるんだ。それに孝太郎は“金に困ったら自分の通帳から勝手に引き出してくれても構わない”って沙羅さんに言ってあるんだ。だけど、金欠状態でありながら孝太郎の通帳からは一銭も引き出されてないぜ。これについてはどう考えるんだ?」
いつの間にか来ていた瞬が言った。今日の昼間に原田たちに沙羅が犯人じゃないという信念を持つ理由を聞かれ、孝太郎は顔色一つ変えずに話して納得してもらった。驚いたのは言うまでもないだろう。
孝太郎と沙羅が一緒に住んでいることはいつの間にか学校全体に知れ渡っていたのであった。
真木野の表情が一瞬焦りに変わったが、すぐに不敵な笑みに戻った。
「考えるまでもないね。それを忘れて如月君の財布に目がついたんだろう。そして今回みたいに盗んだ」
4人は真木野を睨んだ。真木野は何としても沙羅を犯人にしようとしているみたいだ。だが、
「昼間に俺たちが作戦を練ってたのをお前がこっそり見てたことに気付かないとでも思ってたのか?今の行動でお前が犯人だという証拠はあがってるんだぜ」
孝太郎が顔色一つ変えずに言うと、
「な、聞かれてたのか!?」
瞬が目を丸くし、
「孝ちゃん、よくわかったねぇ」
未柚が感心し、真木野は孝太郎を睨んだ。
「ならその証拠とやらを見せてもらおうか!?」
「お前が盗んだ財布を入れようとしたその鞄だ。それ、沙羅のじゃなく俺のだぜ」
真木野だけでなく、原田たちも驚く。
「作戦では”鞄を沙羅の席にもかけておく”としか言わなかったからな。俺はそれを利用してみんなに内緒で沙羅のじゃなく俺の鞄を沙羅の机の脇にかけたんだ」
真木野はやっと観念した。そこへ追い討ちをかけるように原田が一枚の写真を取り出した。
「そのついでに言わせてもらうと、これなんだと思う?海原が記憶を取り戻して帰ってきた日に、夕方の公園でお前が矢神さんに強制猥褻行為を犯した現場の写真だ」
原田以外の全員が驚いた。
「海原、これであの時の借りは返したぜ」
孝太郎は微笑んだが、すぐに表情が戻った。
「沙羅にこんなことをして何の得になるのかを考えた時にまさかと思ったぜ。それが本当になるとはな…」
沙羅の人気が下がり、沙羅の言うことに疑いを持つ者が出てくる。
今回のことで誰も沙羅の言うことを信じなくなったところで、真木野が間接的にとはいえ、孝太郎に顔に傷を付けられた恨みを晴らそうと暴行罪で訴え、ついには退学処分に追い込もうとしてるのではと考えれば、真木野の仕業だということは簡単に想像できた事を言った。
「汚い手を使うわね」
「沙羅ちゃんがどれだけ苦しんだかわかってるの!?」
未柚と李香が詰め寄りながら言った。
「海原を追い詰めるためなら何でもやってやるって決めたんだ。その後に矢神君を何としてでも僕のものにしようと…」
「ならこんな遠回しな手を使わずに、直接海原に危害を加えればよかったんだ」
いつの間にか孝太郎の横に立っている女性が言った。服装はかつて孝太郎が通っていた東高のもの。
髪は鮮やかな赤で沙羅よりも長いストレートロング。体型はすらっとしていて、モデルをやってるのかと思うぐらいだ。
「お、お前、なぜここに!?」
真木野が驚く。女性は不敵な笑みだった。
「孝ちゃん、その人誰?」
「東高の同級生、五十嵐 神菜(いがらし かんな)だ」
未柚の質問にあっさりと答える。五十嵐は生まれた時から多少男扱いされてきたためか、男っぽい口調で話す。そのために東高では女子生徒に人気がある。
「もしかして、お前の隠れた彼女なわけないよな?」
「いや、五十嵐にはすでに相手がいるんだ。それに俺は二股かけるほど器用じゃない」
瞬の質問にも同じように答えた。
「相手って…?」
李香が聞くと、孝太郎はその質問を待ってたかのように不敵な笑みを浮かべた。
「ついさっき会って初めて知ったことだけどな。会長には親の方針で二十歳になったら結婚する許婚がいるんだ。それがこの五十嵐なんだ」
「だが、こいつは中学の時に私に東高に行くと嘘を言い、この西高に進学して好き放題やってたんだ」
「愚劣なことを…」
孝太郎と五十嵐の話を聞いて原田が怒りの表情になった。
「許婚だの何だのと全ては親が勝手に決めたことだ!僕はそんなことに縛られて生きようなんてこれっぽっちも思ってない!婚約を解消したくて、何度親に言っても聞き入れてもらえなくて…こうなったら五十嵐に嫌いになってもらおうとプレイボーイにまでなって…」
孝太郎はかつての自分の姿を重ねた。かつて孝太郎も一人になりたくて冷酷に振る舞い、叔父に無理を言って東区の中学に進学し、結局は…。
「何もかも無駄だったな。私は始めから全てが芝居だとわかってた。もう諦めるんだな」
未柚は五十嵐に沙羅の姿を重ねた。沙羅も孝太郎の冷たい表情が仮面だと見抜き、今では…。
「さて、俺に打撃を食らわすためとはいえ、沙羅に辛い思いをさせた落とし前をつけさせてもらうぜ?」
孝太郎が真木野に詰め寄りながら言う。
「そんなことをするよりも、決闘で決着をつけようじゃないか?」
真木野は突然こんなことを言う。真木野以外の全員が「決闘?」と言いながら目を少し大きく開いた。
「そうだ。明後日、全員の目の前でお前と僕のどっちが強いかを決めるためのな。お互いに得意なもので勝負といこう」
「いいだろう。で、勝敗が決まったらどうするんだ?」
孝太郎は顔色一つ変えずに質問した。
「当日に言う。それまでの内緒だ。それと、もう取り消しは聞かないからな」
「真木野、少林寺拳法5段のお前に渚原が勝てるとでも思うのか!?」
五十嵐が怒鳴りながら言った。だが、
「俺も中学時代、3年間だけだったけど中国拳法を習ってたんだ。簡単に負けはしない」
孝太郎は叔父の勧めで中学に入ってから3年間、記憶を失う前もその後も中国拳法を習っていた。孝太郎と叔父の間だけの秘密だったので未柚は今まで知らなかった。
「海原、なぜそれを?まさか、記憶が…?」
五十嵐が聞くと孝太郎は不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「本当にやる気なの?」
いつの間にか出入り口にいた沙羅が聞いた。孝太郎の帰りがあまりにも遅いので様子を見に来たとのことだった。
「もう決まったことだから取り消しは効かない。それにこいつはこれ以上ないって言うぐらい痛い目を見ないとわからないみたいだからな」
「そう言った事を後悔させてやる」
孝太郎が言うと、真木野が不敵な笑みで言った。
そんなこんなで二人は明後日、決闘をすることになった。

翌日、沙羅は登校した。いつの間にか、真犯人が真木野だという噂が学校中に広がっており、沙羅への疑いの眼差しは消えた。
同時に孝太郎と真木野が翌日、校庭で1対1の決闘をすることになったことも広がっていた。
孝太郎は何故か学校帰りに通学路に一番近いところにある病院により、血液検査をした。

そして決闘当日。校庭の真ん中に立って睨み合う二人の少し離れた周りを全校生徒が囲んでいた。校長たちもその中に入る。
万が一の時を備えて、昨日、孝太郎が血液検査を頼んだ病院の救急救命士が救急車とともに来ている。
原田はビデオカメラの準備をしていた。そんな中、沙羅が孝太郎に歩み寄った。
「出来れば勝って欲しいけど、無茶はしないで」
「わかってる。だけど、俺はどうしてもあいつに勝たなくちゃいけないんだ。これ、俺の代わりに巻いててくれ」
孝太郎はそう言って自分の額の周りに巻いているバンダナを外して沙羅の額の周りに巻いた。
「また後でな…」
沙羅はこれを聞くと微笑んで頷き、観客たちの中に戻っていった。
こんなやり取りの中、どっちが勝つか賭けをする生徒もいた。
観客の中に戻った沙羅は必死に孝太郎の無事を祈った。その沙羅を守るように瞬・原田・未柚・李香・五十嵐が周りにいた。時々、未柚が沙羅の様子を伺うように覗き込む。
「逃げなかったことは褒めてやろう。だが、その勇気も無意味になることと思うんだな」
真木野は孝太郎を挑発するが、孝太郎は何も言わない。
「どうした?震えて声も出ないのか?」
「負ける前に言うことはそれだけか?」
孝太郎がやっと重い口を開いた。
「挑発の反撃か?まぁいいだろう。この勝負に僕が負けたら、今回の事件の罪は素直に償おう。その代わり、お前が負けたら、矢神君とは嫌でも別れてもらうからな」
周りからヤジが飛ぶ。孝太郎は眉を少し尖らせた。
「何としてでも沙羅を自分のものにしようってわけか…。これ以上沙羅を傷つけるっていうのなら、俺は再び侍になるしかないみたいだな」
重みのある声と、さっきまで無表情だったのが阿修羅のような形相に変わった孝太郎を見て観客はゾッとした。
「中国拳法を使う侍か…面白そうだな」
真木野が言い終わったのを皮切りに審判をすることになった城崎が決闘開始の準備はいいかを聞いた。
二人は黙って頷き、真木野は城崎から渡された棍を構え、孝太郎は素手で構えた。
「ちょっと、素手の相手に武器を持って戦うなんて卑怯じゃない!」
未柚が怒鳴ったが、五十嵐が止めた。
「真木野は“お互いに得意なもので勝負”と言ったんだ。海原もそれを承知の上で受けたんだろう」
―――だけど何だ?昨日までの私が知ってる記憶を取り戻していても何ら変わりのない海原とは何かが違う。あの時と同じだ。
五十嵐が色々考えていたところに城崎が勝負開始の合図を送った。
それを皮切りに二人が動き出す。よほどの者でなければ追いきれないほどの速さだった。
原田が少し遅れて録画を始めた。
真木野が一方的に攻撃を繰り出す中、孝太郎は顔色一つ変えずに回避していた。
だが、回避のタイミングが遅れ、真木野の一撃が孝太郎の左肩を直撃した。
かなりの激痛が走っているはずなのだが、表情は少しも歪んでいない。
それどころか、あっという間に真木野の間合いに飛び込み、右手のストレートを額に当て、すぐに飛び退いて間を空けた。
「な…僕の目にも見えない速さで、しかも何の気配もなく…」
真木野が額の痛みに表情を歪めながら驚く。孝太郎は自称中国拳法3段。それなのに真木野と同等か、それ以上の腕前を発揮している。
「今回はまぐれだ。次こそは必ず…」
真木野は額の激痛が少し治まり、攻撃態勢を取った。
「お前は俺がさっきの一撃をわざと受けたことに気付いてたか?」
この一言に全員が驚く。当然、真木野もだ。
「どうやら気付かなかったみたいだな。お前の攻撃は俺が近づいた時ぐらいしか当てることは出来ないぜ」
真木野の表情は怒りに変わる。
―――久しぶりに見る海原の姿。だが、侍って何だ?何が海原を強くするんだ?
五十嵐はずっと考えていたが、答えは見つからなかった。


<あとがき>
盗難事件の犯人が明らかになり、ふとしたことから決闘を始めた二人。
孝太郎が言う“侍”とは?真木野を驚かせた強さの理由は…?
勝利の女神はどちらに微笑むのか?
次回、今回で謎になった部分が全て(?)明らかに。そして新たな展開が…。
短文ですが、以上です。

トップへ
戻る