第16話
「勝敗の行方。その後」
真木野は額に痛みを感じながら次々に攻撃を繰り出す。しかし、孝太郎はそれらを全て紙一重で回避していた。
「くっそぉ、何故当たらない!?」
真木野の表情は次第に焦りに変わっていく。
しかし、孝太郎が間合いに飛び込んできた時、真木野は攻撃を回避されたが、先を読んでいたかのように棍を振り回し、それが孝太郎の右腕に当たったが、表情は歪むことなく、それどころか、右ストレートを今度は鼻に当てた。
そしてまた飛び退いて間を空ける。孝太郎の左肩は赤く腫れ上がっていた。
その頃、観客席では…。
「本当にどうして当たらないの?会長の攻撃は早すぎて目で追うのがやっと。でも、孝ちゃんは…」
未柚が孝太郎と真木野を交互に見ながら言った。
「相手の間合いへの踏み込み方だ」
五十嵐の一言に周りにいた5人が注目する。
「真木野は多少自分の身を守ることを考えているが、海原は攻めることだけを考えて戦っている。つまり、真木野は負けないために、海原は勝つために戦っている」
「でも、“負けない”って事は“勝つ”ってことになるんじゃないの?」
納得がいかないのか、李香が聞いた。
「いや、勝負事には“絶対“なんてものはないんだ。戦いの流れを読み、危険を顧みずに勝負どころで一歩踏み込めたものだけが勝利者になれるんだ。だが、会長は棍で自分の身を守っている以上、危険を承知の上でありながら攻めることだけを考えて戦っている海原には敵わないんだ」
原田が説明した。かつて剣道を習っていたが、肩を壊してからは趣味でカメラを扱い始めたのだった。
「賭けをしない心は読まれやすい。知らず知らずのうちに筋も見えてくる。戦いは常に危険と背中合わせだ。それを避ける臆病者に勝利などあり得ない。孝太郎は左肩にわざと受けた一撃で相手の戦法を見切ったんだ」
瞬が言った。どこでこんな知識を仕入れたのか、未柚たちも知らない。
「ぐっ!…この野郎」
真木野は鼻を手で押さえた。指と指の間から鼻血らしき赤い液体が漏れ出していた。
構えを取った孝太郎の足に何かが触れた。見ると真木野が手に持ってるものと同じ長さの棍だった。孝太郎が棍を手に取ろうとしたとき、真木野が孝太郎の間合いに飛び込み、棍を振り上げた。
「もらった!!!」
「しまった…いや、違う…」
孝太郎は隙を突かれ、表情が焦りに変わる。だが、すぐに無表情になり、手に取った棍を構えて真木野の間合いに飛び込んだ。
バキィ!!!
真木野が振り回した棍が孝太郎の頭を直撃した音が校庭全体に響いた。しばらくの沈黙の中、真木野の手が震えていた。
真木野が振り下ろした棍は孝太郎の頭の少し右の部分を強打し、その部分からは血が流れ出している。
しかし、孝太郎が持っている棍は真木野のみぞおちの部分を槍で突くかのように直撃していた。そのため、真木野の表情は激痛で歪んでいる。
孝太郎は棍を引くと右足で何かを押すように真木野のみぞおちの少し上の部分に蹴りを入れ、真木野を吹っ飛ばして間を空けた。当然、真木野は地面に倒れる。
二人ともかなりの傷を負っているはずなのだが、真木野の表情は当然ながら激痛で歪んでいたが、孝太郎は無表情で攻撃態勢を取っている。
―――お願いだからもうやめて。
沙羅は現状の凄まじさに目を閉じて逸らした。
「沙羅ちゃん。目を閉じちゃだめ!孝ちゃんが誰のために戦ってるかを思い出して。そして最後まで見届けるのよ」
これを聞いて沙羅は未柚を見る。その表情は真剣そのものだった。
「う、うん。そうだったね…」
書き忘れていたが、二人の服装は上は二人とも真っ白なTシャツ。下は真木野はジーパン、孝太郎はトレパンという違いだ。
孝太郎のシャツは頭から流れ出ている血で少しづつ赤く染まっていく。
「まだやるか?立ってるだけでも相当きついんじゃないのか?」
「くっ…まだまだ…」
孝太郎の一言に真木野は体を起こし、痛みをこらえながら言うと、棍を振り上げて襲い掛かった。だが、激痛で早く動けるはずもなく、孝太郎はそれを持っている棍でガードして膝蹴りを腹部に直撃させた。
「う、うぅ…ぐはっ…」
真木野は棍を落とし、腹を押さえながら地面に倒れた。
周りから歓声が沸きあがる。しかし、孝太郎はまだ侍だった。
「何故だ…?何故、僕と同じぐらいの傷を負ってるはずなのに平気でいられる!?頭に食らった一撃で戦力はほとんどなくなっているはずなのに…何故だ!?」
腹痛で動くのがやっとの状態で体を起こし、地面に座った状態で聞いた。
「戦う目的の差だ。お前は沙羅を何としてでも自分のものにしようとする欲望のために戦った。俺はそんなお前から沙羅を守ろうという意思を持って戦ったんだ。つまり、お前が完全に欲望だけで戦っている限り、より大きな意思によって打ち負かされるんだ」
これを聞いて真木野は沈み込む。だが、ふと思い出して聞いた。
「一体、侍って何だ?何がお前をそこまで強くする!?」
「守るべき者を守るために、完全に私心なく死ぬまで戦い続ける孤高の存在。それが侍だ」
「なるほど、お前は矢神君を守るために、その信念と意思を持って戦ったというわけか」
真木野と五十嵐が納得したところで孝太郎の勝ちが決まり、歓声が響き渡る。
孝太郎は棍を持ったまま、真木野に背を向けて沙羅のところへ行こうとした。
その時、歓声が驚きの声に変わる。真木野が立ち上がり、棍を手に持ったまま背を向けている孝太郎に襲い掛かった。
「最後に笑うのは僕だ!!!」
真木野は突きの姿勢を取りながら襲い掛かったが、
「往生際が悪いぞ!!!」
孝太郎はこうなることがわかっていたかのように振り返り、その勢いで棍を真横に振り回した。
バキィ!!!
・・・・・・。
またしばらくの沈黙。真木野の攻撃は孝太郎の頬をかすり、その部分からは出血していたが、孝太郎の攻撃は真木野のこめかみの部分を強打していた。
「あ…あぁ…」
真木野は脳震盪を起こし、地面に倒れると少しも動かなくなった。
その真木野を救急救命士が用意していた担架で止めてあった救急車に運んでいく。
救急車はサイレンを鳴らして病院に走っていった。
今度こそ、孝太郎の勝利が決まった。
それを見て沙羅が一番早く駆け寄って声をかけようとした時、孝太郎の体が後ろに傾き、沙羅はそれを見てとっさに受け止めた。
「孝ちゃん!」
「孝太郎君!」
「孝太郎!」
「「海原!」」
未柚・李香・瞬・原田・五十嵐が孝太郎を呼びながら駆け寄る。
「…息はしてるぜ」
孝太郎の口元に耳を近づけた原田が言った。いつの間にかカメラを止めていたことを付け加えておこう。
「心臓も普通に動いてるわ」
同じように孝太郎の胸に耳を当てた未柚が言った。
観客をどけて入ってきた救急救命士が、今度は周りのみんなと協力して孝太郎を担架に乗せ、救急車に運んでいった。
真木野の時とは違い、孝太郎には未柚たちが付き添った。
孝太郎の頭からの出血は止まってないが、頭からの出血は止めてはいけないとの事で頭の下にガーゼを置いている状態である。
ガーゼは見る見るうちに真っ赤になり、その度に交換していた。
「あの時と同じだな」
五十嵐が呟くとみんなが顔を上げる。
「去年の春ごろ、海原は殴りこみに来た数人のチンピラと決闘を始めたんだ。だが、仲間が日向の妹を人質に取ったのが原因で海原は怒り、今回と同じように侍になってチンピラ全員を一人で倒してこいつも倒れたんだ。そして丸1日病院で寝て明くる日に目を覚ました」
これを聞いて安心する。五十嵐は中学に入った時から翔と由梨香のことを知っていた。
「心配することはありません。消耗した体力を取り戻すためにクマで言う冬眠状態に入ったのです。おそらくその当時も同じ状態になったのでしょう」
これを聞いてほっとする。だが、
「出血多量のため、もしかしたら輸血をしなければならないかもしれません」
救命士の一言でみんな驚きの表情になる。それ以上に困惑していた。
「孝太郎君の血液型、知らない…」
沙羅の呟き声を聞いて未柚たちも同じことに気付く。
沙羅はA型、未柚はAB型、瞬と原田はB型、五十嵐はO型。
血液型は全種類揃っているが、孝太郎の血液型がわからなければ意味がない。だが…。
「彼はA型です」
冷静な声で言った救命士にみんな注目する。
「彼は昨日、うちの病院に血液型を知るために検査を受けに来ました。その結果が今朝出たのです」
「用意周到だな」
瞬が微笑みながら言った。
「矢神さんって言ったかな?幸せ者だな、あんたは」
五十嵐が何気なく言いうと、沙羅が振り向く。
「こんな怪我を負ってまで海原に守ってもらえるなんて、正直羨ましい」
「五十嵐さん…」
「私もな、初恋の相手はこいつだったんだ。でも今は違うから心配はいらない。それに私は真木野をがっちり押さえておくからそっちのほうも心配するな」
「ふふ、わかったわ」
五十嵐が微笑むと、沙羅も微笑んだ。
やがて、病院に着き、孝太郎は手術室に運ばれていき、その外からは5人が無事を祈っていた。
命に別状はないことを知りながらも不安はあったようだ。
そして、救命士が言ってたことが当たった。
中から一人の看護婦が出てきて、頭からの出血は止まったものの、血が足りないことを言った。
「私、彼と同じ血液型です」
沙羅がしっかりとした声で言った。
それを聞いて看護婦は沙羅を案内した。
―――孝太郎君、今度は私があなたを守る番。ずっと、一緒だからね。
やがて、緊急手術は無事に終わり、あとは孝太郎が目を覚ますのを待つだけとなった。
病室に運ばれて行く途中、頭と両肩と腕に包帯が巻かれ、呼吸をする以外少しの動作も見せない孝太郎の姿は誰から見ても痛々しいものだった。
ちなみに入院室は真木野とは別々だ。
瞬たちは帰ったが、沙羅はつきそい、孝太郎の傍で目を覚ますのを待つことにした。
そして、孝太郎のベッドの横に座り、孝太郎の右手を両手で握っていた。
<あとがき>
決闘の決着がつき、病院に運ばれた二人。
この後、真木野には様々な仕打ちが待っているのであった。
一方、孝太郎には気持ちに変化が。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。