第18話
「ホタルの光に包まれて」
夜7時ごろ、孝太郎と沙羅は学校に足を向けていた。恋人同士になった二人は当然ながら腕を組んでいた。
もちろん、防虫対策もしてある。蚊はこれで寄り付かなくなったからいいが、ホタルはどうだろうか?
二人はまるで気にしてないみたいに話しながら歩いていた。
「ホタル探しなんて何年ぶりだろ…」
孝太郎が何かを思い出すように夜空を見上げながら言った。
孝太郎は中学2年の夏休みに翔と由梨香に連れられてホタルを探しに行ったことを話した。
「その時はホタルがいっぱい飛んでた。俺たちを照らしながらな」
「綺麗だったでしょうね?」
孝太郎は何も言わずに頷く。ふと前を見ると、黄緑色の光が飛んでいた。
「何あれ!?」
沙羅は怯えて孝太郎にしがみつく。孝太郎は微笑みながら言った。
「あれがホタルだよ。沙羅は見たことなかったか?」
「う、うん。私が前にいたところではホタルの話なんて一度も聞かなかったから…それに中学を卒業するまでこの町にいたけど、そのときも…」
沙羅は少し恥ずかしそうに言った。孝太郎はホタルをじっと見ていた。
するとホタルはゆっくり飛んできて、やがて孝太郎の肩に乗り、じっとして光を放っていた。
「猛獣だけじゃなく、虫にも好かれるのね」
そう言い終わると沙羅はクスリと笑う。そこへ未柚が駆け寄ってきた。
「孝ちゃーん、沙羅ちゃーん…あ、ホタル。もう見つけたんだ」
孝太郎の肩に乗っているホタルを見つけて言う。さっき飛んでいたところを捕まえたことを話すと感心した。
そして3人で学校に向けて歩き出した。
やがて集合場所である学校に着く。
孝太郎の肩に止まっているホタルは光を放ってなかった。沙羅と未柚は孝太郎に黙ってて欲しいと言われたこともあり、他の生徒や担任はこのことを知らなかった。
城崎は注意事項をもう一度説明し、少し離れたところにある小川に向けて歩き出した。
孝太郎の肩に止まっているホタルは光を放っていない。死んでしまったのかと孝太郎は思ったが、自分の存在を確認させるかのように時々もぞもぞと動いているので生きていることは確かだ。
やがて小川に着き、生徒があちこちに散っていった。孝太郎の肩に止まっていたホタルは光を放つと川の方に飛んで行った。孝太郎はその様子をただ黙って見ていた。
「追いかけなくていいの?」
ずっと横にいた沙羅が聞く。
「あれでいいんだ。ホタルは水しか飲まないせいか、成虫になってわずか1週間ほどしか生きられないんだ。その短い命を縛るようなことはしたくない」
孝太郎は少年時代の自分を思い出したのだろうか、こんなことを口にした。
「そうね。それにホタルは私たちと違って親を知らないのよね」
沙羅はホタルが消えていった方を見て微笑みながら言った。
「海原、ホタルは見つかったか?」
城崎が後ろから声をかける。この行動で孝太郎の才能をあてにしていたことは一目瞭然だった。
「なかなか見つからないです。さっき見ましたけど、すぐに姿を消してしまいました」
孝太郎は一部本当のようでそうでないようなことを言った。
城崎は肩を落としてどこかへ歩いていった。
しかし…
沙羅は未柚と一緒にどこかへ行き、孝太郎は一人で何も言わずに立ったまま、しばらくホタルが消えていった方を見ていた。
すると、孝太郎の視線の先でいくつもの小さな光が飛び交い、その数は少しづつ増え、やがて孝太郎に群がるように飛んできた。
集まってきたホタルは孝太郎の両腕に止まって光を放っていた。
―――どうしてこんなことが!?1匹だけかと思ったら…。
孝太郎は予想外の出来事に少し驚いた。そこへ沙羅が駆け寄ってきた。
「凄い…」
沙羅は驚くしかできなかったようだ。
「俺もビビってるんだ」
孝太郎は微笑みながら言い、左手で沙羅の肩に触れると、何匹かが沙羅の右肩に止まった。
「先生たちをビックリさせてやりましょうよ」
沙羅が言うと、孝太郎は頷き、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「そのためにはこの光をどうにかしない…と…」
孝太郎が言い終わりかけたとき、ホタルは1匹も光らなくなった。孝太郎の言ったことを理解したかのように。
そんなことになってるとは知らず、城崎がみんなを呼び、今夜はもう引き上げようと言い出した。生徒たちの「えぇ〜」という声がハモる。
「やっと見つけたのにもうやめるんですか?」
「どうせ大した数じゃないだろ?」
孝太郎の質問に城崎は肩を落として聞いた。
「これを見てもそう言えますか?」
孝太郎が言いながら両手を前に差し出すと、孝太郎の両腕と沙羅の右肩に止まっていたホタルは一斉に光を放ったのを見て全員が驚く。
孝太郎が両腕をまっすぐ上に伸ばすと、ホタルは一斉に舞い上がるように飛んだ。沙羅の肩に止まっていたホタルもそれに続くように舞い上がった。
この光景の中、城崎は呟くように自分の過去を話した。
「先生はこの光をもう20年近くも見てないんだ。懐かしいなぁ…田舎の家で夏の夜に、ホタルを見ながらスイカを食べた日のこと…」
生徒たちは城崎の話を黙って聞いた。なぜホタルに拘るのか、その理由がわかったような気がしていた。
「この町に教師として就任してきた理由は、夏の夜にホタルを見ることができるって聞いてな。かつて住んでいた田舎は今はもうダムの底に沈んだ…自分の生まれ故郷がダムの底に沈む姿を見るのは辛かった」
「俺は中学の頃、記憶を失う1年前に東区で見ました。あの時もいっぱい飛んでました。先生が聞いたのはたぶん東区のことだったんじゃないですか?」
「そうかもな…みんなよく見ておけ。こんな光景は滅多に見られるものじゃない」
みんなしばらく黙って周りに飛んでいるホタルを見ていた。
―――海原、ありがとう。
城崎は心の中で孝太郎に感謝した。
―――翔…俺は元気してるぜ。由梨香も大丈夫みたいだ。…またいつか会おうぜ。
孝太郎は夜空とホタルを見上げながら心の中で翔に語りかけた。
それからしばらくして、ホタルの光は少しづつ減っていき、最後には1匹もいなくなった。
周りのみんなが孝太郎にどうしたんだと声をかける。孝太郎は自分の手のひらに乗って少しも動かないホタルを悲しげな表情で見ながら言った。
「みんな、死んでしまいました…」
「そうか…来年も見れるといいな」
城崎は夜空を見上げながら言った。
その後はみんなホタルの光を思い出しながら帰っていった。
孝太郎は自分の手のひらに乗っている死んだホタルを弔うように川に流した。
光を放ちながら飛んでいる間、ホタルは自由だったのだろうか?と孝太郎は考えていた。
<あとがき>
孝太郎の予想もしなかった出来事。
初めてホタルを見た沙羅。
城崎の昔の話。そして辛い思い出。
成虫になってわずか1週間ほどしか生きられないホタル。
みんなは何を感じただろうか?
次回、進路相談で孝太郎の口から出た一言にクラス全体が…。
同時に孝太郎が決闘で真木野に勝てた本当の理由が明らかに。
短文ですが、以上です。
余談として:小学校時代、昆虫に少し詳しかったのでその当時の知識を活かして書きました。