第19話

「進路相談」

ホタルを見て何日か過ぎ、夏休みが近づいていた。あと半年もすれば卒業になる。
それまでに進路を決めなければいけない。あっさり決まった生徒がいればなかなか決まらない生徒もいる。
沙羅は就職を希望しているが、内定が決まらずにいる。喫茶店のバイトは今もやっているが、パソコン操作を少しでも上達したいということから在宅ワークはいつの間にか辞めていた。
未柚は母親が店長をしているグライストで跡継ぎとして働くことが決まっている。瞬と李香はそれぞれ短大と専門学校に進学。原田は趣味を活かして町内の写真館で働くことが決まった。
そして、孝太郎はまだどちらとも決まってなかった。大学で特に目指すものがないということから就職を考えているようだが、まだはっきりとしていない。そんなときにとんでもない(?)話が流れ込んだ。それは…。

とある日、城崎が担当する授業は進路に関する内容になった。
沙羅が就職試験を受けてもなかなか決まらないことを話した。学校から推薦があれば採用率はある程度上がるのだが、受け取るのは不採用の通知ばかりだった。
「ところで、海原。お前まだ決まらないのか?」
「一応、話は来てます。二つありまして…その一つが真月動物園の園長から、高校を卒業したら正社員として働かないかって言われてます」
クラス全体が騒ぐ。
「静かに。で、もう一つは何だ?」
城崎がクラスを静めて聞く。
「中学時代、俺に中国拳法を教えてくれた師匠にこの前会いまして、高校を卒業したら指導者の一人にならないか?って言われまして…」
「3段しかないのにできるのか?」
原田が聞いた。孝太郎は原田に向いて言った。
「当然、俺もそれを言った。師匠が少し意地悪だってことをすっかり忘れてたんだ。再会したときに俺の本当の実力は中国拳法13段だって聞かされたときはビックリしたぜ」
全体がさっき以上に騒ぐ。これなら真木野には侍にならなくても勝てたかもしれないが、中学を卒業してから真木野と決闘をするまでの間、特に何もしてなかったので少し衰えたみたいだ。
「でも、中国拳法の指導者になるのは断ろうと思います。自分には合わないような気がしますので」
「そうか。ま、お前の人生だ。自分の思うようにすればいい」
城崎は納得したように言った。

昼休み。天気もいい事から孝太郎はいつものように屋上に行った。だが、いつも座っているベンチは夏の強い日差しで火傷するかもしれないぐらい熱くなっていた。
そのため、孝太郎は日陰になっているところに座って弁当を開けた。
―――最近の沙羅、元気ないな…何度も不採用を食らってれば無理ないか。…あの話、してみるか…。
箸で掴んだ食べ物を口に運びながら考えているときだった。
「あれ?どこ行ったのかしら?屋上に行くところを見たって聞いたのに…孝太郎君?いるんでしょ?」
孝太郎を探して屋上に上がってきた沙羅。だが、いつものベンチに姿がなかったので少し大きめの声で呼んでみた。
「今日はベンチが熱いから日陰にいる」
かくれんぼをしてるわけでもなかったことからあっさりと自分がいることを教えた。
沙羅はすぐに孝太郎を見つけると同時に駆け寄って横に座る。
「こんな暑い日でもここにいるのね」
「みんなと輪になって食うのはがらじゃないからな」
それからいろいろ話しながら食べていた。
ふと孝太郎は考えていたことを沙羅に話した。
「俺、高校卒業したら、動物園で今までどおりの仕事をやろうかと思ってるんだ。もちろん、正社員としてな」
「いいなぁ。あっさり決まって…」
沙羅は俯き加減になりながら言った。そして孝太郎は“あの話”をした。
「今、動物園で猫の飼育をしてくれる人が足りないらしいんだ。猫といっても種類がいっぱいいてさ…もう100匹近くいて、飼育係になってくれる人を募集してるんだ。沙羅のことを園長に紹介してやろうかと思ってるんだけど、どうする?」
これを聞いて沙羅は驚く。孝太郎に振り向くと、少しづつ笑顔になっていった。
「うん♪…ありがとう」
―――やっぱり、私の判断に間違いはなかった。彼を好きになって本当によかった。
満面の笑顔だった。
「それじゃぁ、今日の放課後に早速行くか?」
孝太郎の質問に沙羅は笑顔のままで大きく首を縦に振る。

放課後、孝太郎と沙羅は真月動物園に足を運んでいた。真月動物園は猛獣はもちろんだが、どこにでもいるような動物もいる。
動物園に着き、飼育を担当している者たちが孝太郎の姿を見つけて声をかける。“不思議な飼育係”として園内ではかなりの評判だ。
そんな中を通り過ぎ、孝太郎は歩いていてその途中で園長を見つけた。
「あ!園長!」
孝太郎は大声で呼びながら大きく手を振る。
「おぉ、海原君じゃないか。どうしたんだね?」
園長は少し太めの重い体にムチを打つように孝太郎に駆け寄った。
「あの話と、彼女を猫の飼育係として紹介しようと思いまして」
「初めまして。矢神沙羅です」
沙羅は自己紹介をしてペコリとした。
「ほぉ、綺麗なお嬢さんじゃないか。立ち話もなんだから私の部屋で話そう」
園長は歩き出し、孝太郎は沙羅に行こうと一言言い、手を引いて歩き出した。
沙羅は頬を少し赤くした。
そして、3人は園長室につき、向かい合うようにソファーに座って用件を話した。
「まずは俺のことから話します。この間のバイトの帰りぎわに園長が持ちかけてきた正社員の話、OKしようと思いまして…」
「そうか。決心してくれたか…。鳥とかの飼育係になってくれる人はいっぱいいるが、猛獣は当然のこととは思うが、一人もいないんだよ。希望者がいない限り、海原君だけが頼りだ。よろしく頼む」
園長は言い終わると、座ったまま頭を下げた。
「ち、ちょっと、頭下げなくていいですよ。とにかく、沙羅を猫の飼育係として紹介したいのですが」
孝太郎は園長の行動に焦り、少し落ち着いてから沙羅を紹介した。
「海原君の紹介でも形式は守らせてもらうからな。いくつか私の質問に答えてくれるだけでいいから。準備はいいかね?」
「はい」
園長の表情がきりっとなり、沙羅もそれに答えるようにしっかりした返事をした。
孝太郎から見たらまさに面接だった。

しばらくして園長からの注意事項が終わり、沙羅は採用になった。
二人は動物園を後にし、家に向けて歩いていた。
「なんか、園長からの質問、猫に関係するものばかりだったんだけど…」
沙羅は自分があっさり採用されたのが不思議に感じるような口調で話した。
「実は、園長は無類の猫好きでな。捨てられたりしてる猫を見ると片っ端から拾って動物園に持ち帰ってるんだ。おかげで猫の飼育係は休む間がないんだ」
「へぇ〜。あの大きな招き猫はそういうことだったの。ふふ、やっと謎が解けたわ」
園長の部屋には巨大な招き猫が置いてあり、沙羅はそれがずっと気になっていたが、孝太郎の話を聞いて納得するとクスリと笑った。

家に着くと、夕飯の時間だったので沙羅は早速料理を始めた。
進路が決まったのが嬉しいのか、鼻歌を歌いながら料理をしていたことを付け加えておこう。
沙羅のバイト先である喫茶店では、正社員の募集を打ち切っていたために沙羅にその話が流れ込むことはなかった。
もう一つ、沙羅が転校してきてしばらくした頃にトラが迷い込んできた時に駆けつけた飼育係は、孝太郎が猫を可愛がるようにあやしている姿を見て呆れ果て、今は別の動物園で猛獣飼育係をやっている。

そんなこんなで孝太郎も沙羅も進路が決まり、あとは卒業を待つだけになったが、あまりにも早く決まったために退屈な学校生活を送る羽目になる。

それから何日か過ぎたある日、不覚にも孝太郎は風邪を引いた。こうなる少し前から孝太郎は体の不調を訴えていたため、別々に寝たことで沙羅に感染することはなかった。
沙羅は一人に怯えてなかなか眠れなかったことを付け加えておこう。
自分の部屋のベッドの上で横になって弱っている孝太郎の姿にいつもの気丈さは感じられなかった。
「大丈夫?」
起きた沙羅が孝太郎の部屋に入って心配気味に聞く。
「ただ体がだるいだけだからそれ以外は大丈夫だ。すまんな、心配かけちまって」
「気にしないで。今はゆっくり休んでおくのが良いわ」
「そうするよ。さ、俺のことは良いから早く学校に行きな」
孝太郎が言うと、沙羅ははにかみ、電話の子機を手にとってボタンを押した。
「もしもし、3-Aの矢神ですけど…あ、城崎先生…実は孝太郎君がついにダウンしてしまいまして…先生もわかってたのですか…はい、そういうことで孝太郎君は休みます。それと、私も看病しなければいけないので休みます…はい、よろしくお願いします」
そう言って沙羅は電話を切った。孝太郎は目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「どうしたのってなぁ…俺の看病する暇があるなら学校行けよ。勉強遅れるぞ」
「勉強なら後で未柚ちゃんたちに教えてもらうから良いわよ。それにこの状態じゃぁ、孝太郎君のことが気にかかって勉強どころじゃないし、盗難事件の時のお礼がしたいから」
「何のことだ?」
「私が犯人じゃないって最後まで信じてくれたお礼。あの時、すごく嬉しかった。みんなが疑う中でただ一人、私のことを信じてくれた…」
「大げさな…」
孝太郎は言い終わってため息をついた。
「それにね、どんなに一人に強い人でも、風邪で寝てるときは怖くなるそうよ?風邪で弱ってるときに強盗に入られたら何もできないからね」
「そうか…すまねぇ。本当に…zzz」
孝太郎は目を閉じて静かに寝息を立て、沙羅は孝太郎の髪を優しく撫でながら言った。
「せめてこんな時ぐらいは、素直に甘えてほしいな…」

昼近くになり、太陽が真上に来る頃。
「う…うん?…そうか、あのまま…」
孝太郎は目を覚まし、状況を把握し、横になったまま周りを見た。
「…なんかこの部屋だけ、時間が止まってる感じだな」
なんてことを呟いたとき、
コンコン、ガチャ
控えめにノックする音が静かな部屋に響き、扉が開いて沙羅が入ってきた。
「あら、起きてたの」
そう言いながら歩み寄る。
「さっき、目が覚めたんだ」
「調子はどう?」
ベッドまで行くと、しゃがんで手を伸ばし、孝太郎の髪をそっと撫でながら聞いた。
「どうとも言えない」
「ふふ。それより、お腹すかない?」
「そういえば、朝から何も食べてないんだっけ。こんな状態でも、食欲はあるみたいだ」
これを聞いて沙羅は立ち上がった。
「じゃぁ、お粥作ってくるね」
そう言って部屋から出て行く。孝太郎は横になったまま窓の外を見ていた。毎朝聞いているスズメの声がしない。

しばらくして沙羅が土鍋と小鉢を乗せたお盆を持って入ってきた。
孝太郎はそれを見て体を起こそうとしたが、頭がグラつき、沙羅はそれを見て孝太郎を起こすのに手を貸して孝太郎を壁にもたれさせると、鍋のふたを開け、レンゲにお粥を少し取り分けてフーフーとしたのを見て、孝太郎はまさかと思った。
「ほら、アーンして♪」
「(やると思った…)じ、自分で食うからいいよ」
孝太郎は少し顔を赤くして抵抗したが…
「ダーメ♪病人なんだから素直に看護されなさい♪」
「わ、わかったよ…暴れるわけにも行かないしな…」
そんなこんなで孝太郎は沙羅の思うがままに看護されることとなった。

「…全部食べちゃったね」
空になった鍋を見て、沙羅は唖然となった。
「食欲はあるって言ったろ?それに朝飯抜いてるからな」
食べ終わって少ししてから横になった孝太郎が応えた。
「…本当に病人?」
「う…それを言われると…でも頭は少しグラつくから…」
「まぁ、何も食べたくないって言われるよりはいいかもしれないわね」
沙羅の表情は呆れから笑顔に戻った。

孝太郎は薬を飲んでまた眠りについた。沙羅は孝太郎の髪を撫でながら子守唄を歌っていた。
そうしているうちに沙羅もいつの間にか眠っていき、そのまま夜が過ぎていった。

チュンチュン
「う、うん…もう朝か。風邪は…体が軽いということは、治ったのか?…沙羅…一晩中ここに…」
孝太郎はスズメの鳴き声を聞いて目を覚まし、体の調子を確かめると、額に何かが触れていることに気付き、見てみると沙羅がベッドにもたれて座った状態で寝ていた。
孝太郎は体を起こして立ち上がり、沙羅の体を抱えると自分のベッドに寝かせた。
「…ありがとう…おかげですっかり治ったぜ」
優しい気持ちになり、沙羅の髪を撫でながら言うと、沙羅が目を覚ました。
「う、うん…あ!」
沙羅は何かに気付き、驚いて体を起こすと周りを見た。
「慌てなくて良いぜ。今日は日曜日だ」
「孝太郎君…もう大丈夫なの?」
「おかげ様で。一晩中ありがとな」
これを聞いて沙羅は微笑んだ。孝太郎は「彼女なら、身を任せても大丈夫かもしれない」と思った。
この日もずっと二人っきりで過ごした。

数日後、つまり夏休みの1日前。つまり終業式の日。いつもの二人は愚痴をこぼしながら登校していた。
「なーんか、進路のことであたふたしてた頃の方が充実してたような気がする」
「そうねぇ…」
「中学の時もそうだったぜ。高校が推薦で決まってから卒業までの半年間、しょうがねぇなぁって気持ちを抱えながら通ってたなぁ」
「でも、学校での生活態度で推薦を取り消される場合もあるから何をしててもいいってわけでもないのよねぇ」
二人同時にため息をつく。
「夏休みも明日からだし、宿題は半分ほど片付けちまったしなぁ。家に帰ったらどうしようか考えるか」
「そうね」
沙羅は微笑んで頷き、孝太郎の腕に自分の腕を絡ませる。
宿題は先週のうちに全部もらい、その当日からやっていたために量に困ることもなくなった。
だが、その分暇になることは明らかだった。
「そうだ、夏休みになってしばらくしたら、二人で海に行かない?」
「海?」
沙羅の突然の発言に孝太郎はそのまま質問にして返した。
「うん。以前、私が住んでた町にある三日月海岸で夏休みになるとよく友達と一緒に泳ぎに行ったの。今度一緒に行かない?」
「海か…学校のプールで泳ぐことはあっても、海は一度もなかったなぁ。いい機会かもしれない」
孝太郎が答えると、沙羅はぱっと明るくなり、
「じゃ、そういうことで、学校にレッツゴー!」
と言いながら孝太郎の腕を引っ張って歩き出した。
―――学校と海って関係あるのか?
こんなことを思いながらも、どこか心地よさを感じる孝太郎だった。


<あとがき>
進路があっさり決まった二人。
そして待ちに待った(?)夏休み。
二人は海に行き、そして…。
高校を卒業して二人は…。
短文ですが、以上です。
余談ですが、風邪を引いても食欲があったのは実際に経験してます。
もう一つ。これを書いている作者も、中学時代に高校が1月頃に推薦で決まってから卒業するまでの2ヶ月間、仕方なく通っていた苦い思い出があります。

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