第20話
「夏休み」
終業式の後、二人は家に帰ると残っていた宿題をわからない部分を教え合いながらやり、全てやり終えてしまった。
特にやることもなくなり、1ヵ月半の間、暇だらけになることを覚悟していたが、宿題のことであたふたするよりはいいだろうとのことだった。
「暇になったら瞬たちを捕まえて引っ張り回せばいいか」なんてことを笑いながら語り合っていた。
二人が恋人同士だと言うことは学校全体にあっという間に広がり、孝太郎と沙羅の隠れファンは減るどころかますます増えていった。
そして夏休みに入り、8月の始め頃。孝太郎と沙羅はかつて沙羅が住んでいた三日月町に来ていた。
休み前に計画していたこと、つまり海に来ることを実行するためである。
宿泊先は沙羅の友人の親が経営している旅館に決まった。沙羅が三日月町に4日ほどいると言った時、友人はあっさりと決めてくれたらしい。沙羅が来ることを知ってよほど嬉しかったのだろう。
二人は旅館に荷物を置き、海に行って着替え、孝太郎は浜辺で一人準備体操をしていた。
胸の真ん中に縦に線のようなものがあるのを気にしたのは余談だ。
「なんか、肩凝りがひでぇなぁ。こんな状態で泳いだら余計に凝るんじゃねぇだろうなぁ?」
なんてことを一人でボヤいていると、
「おまたせ♪」
と陽気な声がした。振り向かなくても沙羅だと孝太郎にはわかったが、一応振り向いた。
沙羅の水着姿を見た瞬間、孝太郎は目を腕で覆った。
「眩しい」
「ふふふ♪それじゃぁ行きましょうか」
沙羅が笑顔で海に駆け出そうとしたときだった。
『沙羅ちゃ〜ん!!』
と沙羅を呼ぶ女性の声がする。しかも一人ではない。おまけにみんな水着姿だった。
「みんな、どうして?」
沙羅が振り向き、誰かを確認すると、驚き混じりの笑顔で聞いた。
「清美から沙羅ちゃんが帰ってくるって聞いて計画したの。…おかえりなさい」
友人の一人、村島 杏子(むらしま きょうこ)が懐かしさを感じながら言った。
「杏子…ただいま…とは言っても、3日経ったら帰るんだけどね」
「まぁいいじゃない。あれ?横に立ってる人って、もしかして彼氏?」
杏子の横に立っている麻田 清美(あさだ きよみ)が孝太郎を見ながら聞いた。
これを聞いて孝太郎は焦り、沙羅は少し赤くなった。
「う、うん。そして、ずっと探してた人…」
沙羅は俯き加減ですこしボソッとしたような口調だった。が、
「海原孝太郎です。初めまして」
孝太郎が響き渡るぐらいのはっきりした声で自己紹介すると、沙羅の友人たちは少したじろいだ。
「は、初めまして。私、沙羅ちゃんの友達の一人で杉野 優(すぎの ゆう)って言います」
優は少し焦るように自己紹介し、杏子と清美を孝太郎に紹介した。
「麻田さんのことは知ってます。旅館で会いましたから」
孝太郎が言うと、清美はしまったという表情になり、杏子と優は清美をジト目でニラんだ。
「ごめ〜ん。沙羅ちゃんが帰ってきたことが嬉しくて、彼氏が一緒だってこと知らなかった」
「もぅ、清美ったら」
沙羅も講義を突きつける。そこに孝太郎が間に入った。
「まぁまぁ、久しぶりに沙羅に会えたことが嬉しくて他に何も目に入らなかったんじゃないの?旅館についたときの麻田さん、沙羅のことを穴が開くほど見ながらボーっとしてたからな」
孝太郎が説明すると、清美は俯き加減で赤くなり、沙羅たちはクスリと笑った。
そんなこんなで一段落し、みんなで海に向けて駆け出そうとしたとき、二人のガラの悪そうな男(以下:チンピラ)が声をかけた。
「よぉ、今日も元気みてぇだなぁ村島」
この声を聞いて女子たち、特に杏子がたじろぐ。そしてチンピラから逃げようとしたが、二人は杏子の前後に立ち塞がり、杏子は逃げ場を失った。清美たちは怯えて少し離れたところから見ることしかできなかった。
杏子の前にいる男が杏子の肩を掴もうとしたが、そこに杏子の姿はなく、野球で言う空振りになった。
少し離れたところに孝太郎が杏子の腰に手を回して立っていた。孝太郎は杏子の腰から手を離して沙羅たちのところへ行くように背中を押しながら言った。
「ナンパなら他でやってくれ」
孝太郎がチンピラを見ながら言うと、チンピラ二人は孝太郎を睨んだ。
「このガキ、ふざけやがって」
チンピラの一人がドスの入った口調で言いながら歩み寄り、孝太郎の目の前まで行ってパンチを食らわそうとした瞬間、孝太郎はチンピラの顎の部分に蹴りを入れた。
蹴りを食らったチンピラは少し浮いた後、砂浜に仰向けに倒れてそのまま気絶。
沙羅たちは驚きのあまりに声が出なかった。残ったチンピラも同じだった。
「同じ目に遇うのが嫌ならこいつを連れて失せな」
孝太郎はもう一人のチンピラに忠告するような感じで言った。しかし、
「うるせぇ!調子に乗るな!」
と怒り丸出しになりながら攻撃態勢を取って孝太郎に駆け寄り、殴りかかろうとしたが、それよりも先に孝太郎のソバットがこめかみに命中していた。
食らったチンピラは吹っ飛び、脳震盪を起こして気絶した。
その後はチンピラの始末などで騒いでいたが、しばらくして静まり返り、みんなは気を取り直すかのように海の冷たい水に触れながらはしゃぎだした。
ついには水のかけ合いになったが、沙羅たち4人に対して孝太郎一人という孝太郎にとってはかなり不利な状態だった。
当然ながら孝太郎は抗議したが、「あの二人を一撃で倒すところを見せられたらねぇ」と反撃し、それに沙羅も加わったために孝太郎は一人で女子4人に対抗するハメになった。
いくら相手が自分より弱いといっても、何人も合わさればきついものがある。孝太郎は腕で防ぐだけで精一杯だった。
―――くっそぉ、どうすればいい?…ん?…これは…
沙羅たちの攻撃を防ぎながら考えていると、足に何かが触れ、孝太郎はそれを手にとって反撃を始めた。
水しぶきで見えないことからそんなことも知らずに沙羅たちは孝太郎に水をかけ続けた。
バシャバシャバシャバシャ
「ここままいけば勝てるね」
「そうね彼には悪いけど勝たせて…」
清美の声に杏子が納得し、続きを言おうとした時、
ザバァ!!!
「きゃぁ!」
巨大な水の塊が杏子めがけて飛んで行き、杏子の顔に当たってはじけた。
杏子は突然の出来事に何が起こったのかわからず、同時に水の勢いに押されて仰向けに倒れて水面に浮いた。
「な、なに!?」
杏子の横にいた清美が杏子の姿を見て驚く。沙羅と優は孝太郎に水をかけることに夢中になっており、横で何が起きたのかも知らずに孝太郎に水をかけ続けていた。
「俺の反撃だ。次は麻田さんの番だぜ!」
孝太郎は照準を設定するように言うと、清美の返事を待たずに水の塊を清美めがけて思いっきりかけた。
ザバァ!!!
「きゃぁ!」
清美も杏子と同じように水の勢いに押されて仰向けになって水面に浮いた。
沙羅と優は杏子と清美の姿を見て信じられないものを見たような表情になり、攻撃の手を止めた。
「杏子!清美!」
「一体何があったの!?」
沙羅と優が二人を抱えて何があったかを聞く。
―――ちょっとやりすぎたか…。
孝太郎は持っていたものを水中に隠して頭をかきながら思った。
「あ〜まだクラクラする〜」
「私も〜とっとっと」
杏子と清美は頭をふらつかせ、沙羅と優に支えられながら海の家に歩いていた。
孝太郎は後ろの方で反省気味になっていた。
「本当にすまねぇ。つい本気になっちまって…」
中に入り、席を決めて座ると、孝太郎が頭をかきながら言った。
「いいの。勝負だったんだから。約束どおり、ギブアップした私と清美のおごりよ」
杏子が言った。水のかけ合いでギブアップした者は昼をおごることになっていたのだ。
昼食後、しばらくしてから孝太郎は一人で海に入り、水かけ勝負の時に使ったバケツを水中から取り出し、その中に入っていた水を頭からかぶった。
ザバァ!!!
「ふぅ、こりゃぁ結構きついな。もう少しかける量を減らせばよかったかな?」
水を切るかのように頭を振ってから言う。
「せめて洗面器にしなさいよねぇ」
突然後ろから声をかけられ、驚きながら振り向くと、
「さ、沙羅!?」
孝太郎は驚いていたが、沙羅は少し呆れ気味に微笑みながら両手を腰に当てていた。
「でも、あの二人の、特に杏子にはいい教訓になったでしょうね。杏子ったら、勝つためなら手段を選ばないんだから」
孝太郎はそれを聞いて反省気分は少し薄れたが、バケツに水を汲みながら言った。
「ふ〜ん。でもバケツはきつかったんじゃないかな?こんな感じでさ」
ザバァ!!!
「わっぷ!」
孝太郎は汲んだ水を沙羅の頭の上から滝のようにかけると、沙羅は少しよろめいた。
「た、確かに。これはきついわね」
こんなやり取りの中、杏子たちは孝太郎がバケツを使ったことを知らずにいた。
しばらくしてみんなではしゃぎ、あっという間に夕方になり、5人で清美の旅館で夕飯を食べることになった。
清美たちは沙羅の歓迎会を始め、ドンチャン騒ぎになった。
夜、杏子たち3人と孝太郎と沙羅の部屋割りで寝ることに。しかも孝太郎たち二人は一つの布団に二人だった。
清美は「二人きりで熱い夜をお過ごしくださいませ〜♪」とからかい気味に言った。
二人はしばらく顔を真っ赤にしていたが、平静さを取り戻すと布団に入った。
沙羅は孝太郎が寝静まった頃に孝太郎を自分のもとにそっと引き寄せ、包み込むように優しく抱きしめてそのまま眠りについた。
<あとがき>
海ではしゃぐ二人と沙羅の友人たち。
これからどうなるのだろうか?
まだまだこれからですのでお楽しみください。
短文ですが、以上です。