第21話
「何気ない1日?」
2日目の朝、二人はいつものように目を覚ました。しかし、孝太郎にとってはそうでもなかった。
何やら暖かいものに包まれていることに気付き、目を開けると沙羅の腕の中にいたからだ。
―――なにもここですることはないだろ。ったく、場所をわきまえろ。
そう思いながら体を起こし、杏子たちと朝食を済ませた後、また部屋で二人きりになり、何をするか考えた。
「あまり天気がよくないな。今日は泳ぐのやめたほうがいいかも」
曇り空で少しくらい外を窓から見ながら孝太郎が言った。
「そういえば、この辺りは夏になると天候の変化が激しいのよね」
沙羅はかつてこの町に住んでおり、突然の雨で何度かずぶぬれになったことがあるのでよく知っていた。
「よく考えたら、海で泳ぐ意外にやることないなぁ」
「私にはもう一つ、両親の墓参りがあるわ」
「なるほど、ここは沙羅が高校時代にすごしただけでなく、生まれ故郷でもあったのか」
孝太郎の質問に沙羅は頷く。しばらくしてから二人は清美に一言言って墓参りに出かけた。
二人はずっと無言だった。途中で沙羅が花を買い、孝太郎はその様子を後ろで黙って見ていた。
しばらく歩いて墓地に着く。沙羅は両親の墓まで行き、買った花を花挿しに何本かづつに入れてお参りをした。孝太郎は後ろで何も言わずに沙羅を何かから守るように見ていた。
「私がついて来てって頼んだ理由、わかる?」
お参りを終えた沙羅が振り向いて聞いたが、孝太郎は何も言わすに首を横に振った。
「両親共に亡くして、同じ境遇になった孝太郎君なら、気持ちを理解してくれるような気がしたからなの」
―――なるほど…確かに今の俺なら…。
「でも、完全には理解できないと思う」
孝太郎は少し俯き加減で表情を変えずに言う。沙羅は首を傾げて「どうして?」と聞いた。
「沙羅の時みたいに突然ってわけじゃなかったし、俺は両親共に嫌ってたから。実際、母親が死んだときは特に何とも思わなかったし…むしろうるさいのが一人減って少しスッキリしてたから」
これを聞いて沙羅も俯く。
「そうね。私の時は両親共に、それも突然の出来事だったから…もっと色んなことを教えて欲しかったなぁ」
沙羅の両親は二人とも車に乗っており、反対側の道から車がその前を走っていた大型トラックを追い越そうとしてはみ出してきた時に二人が乗ってた車に正面衝突した。
二人は即死。その知らせはすぐに沙羅の所に届いた。
「ずっといても気が沈む一方だ。そろそろ戻ろうか?」
孝太郎がため息を一つついて言うと、沙羅は頷き、名残惜しそうにその場を後にした。
その途中で雨が降り、一本しか持ってなかった傘を広げて、来た時と同じように無言のまま歩いていた。
しかし、旅館まであと50mというところで孝太郎が突然膝からガクッと崩れ、雨で濡れた地面に手をついた。
「どうしたの!?」
「わからない…突然背中が重くなって…っく…」
沙羅はその細い腕で孝太郎の体を支えようとしたが、それもできないほど重かった。
「ちょっと、どうしたの!?…う、海原君…背中…」
二人の様子を見ていた清美が慌てて駆け寄り、同時に孝太郎の背中に黒い霧のようなものが乗っているのが清美にははっきりと見えた。
沙羅と清美は孝太郎の重い体を両側から支えてゆっくりと歩き出した。孝太郎も何とか自分の体を支えた。
「すまん。本当に…」
「気にしないで。何としてでも連れて行くから」
沙羅のしっかりした声を聞いて孝太郎は振り向く。その表情から強い意志が感じられた。
やがて、旅館に着き、玄関に入ろうとしたときに清美が盛り塩を踏まないように言うと、孝太郎の背中にのっていた黒い霧のようなものが悲鳴を上げてどこかに消えていき、同時に孝太郎の体は軽くなった。
「何なの?今のは」
「悪霊よ」
沙羅の質問に清美は顔色一つ変えずに言った。
「とにかく、部屋に戻りましょ。あれ?孝太郎君?ど…こ…!?」
沙羅は歩き出そうとしたが、横に孝太郎の姿がないことに気付き、周りを見て孝太郎の姿を見つけたが、その姿に驚いた。
「…ぅ…ぁ…ぁ…ぁ…」
地べたに座り込み、視線を彷徨わせてガタガタと体を震わせていた。
「恐怖のあまりにパニック状態になってる。これはさすがに私もどうにもできない」
清美も驚いていた。沙羅は落ち着きを取り戻すと、清美に二人きりにしてくれるように頼み、清美は部屋に戻った。玄関には孝太郎と沙羅しかいない。
沙羅は孝太郎の肩にそっと触れると、孝太郎はビクッとなって少し後ずさった。沙羅はくじけずにゆっくりと手を差し出す。孝太郎は視線を彷徨わせていたが、自分にゆっくりと近づいてくる沙羅の手を見て、自分の震える手を震えたまま差し出し、やがて沙羅の手に触れ、そのまま腕にのばして震えて力が入らない腕で沙羅の腕を握ってしばらくすると、沙羅に飛び込んだ。
沙羅は孝太郎の震える体にそっと触れて優しく、そしてしっかりと抱きしめた。
「もう大丈夫だから…」
沙羅はその一言以外何も言わず、震えて何も言わない孝太郎を抱き抱えたまま部屋に戻った。孝太郎の震えはしばらくして治まったが、沙羅はそのまま離さず、孝太郎も離れようとしなかった。
―――私はあなたを必要としている。それにあなたの支えになりたい。
沙羅の気持ちに応えるように孝太郎は両腕を沙羅の背中に回した。
―――沙羅…傍にいてくれるだけで十分すぎるほど俺の支えになってる。お前の存在がこれほどありがたいと思ったことはなかった。
二人はお互いの存在を確かめ合うかのようにしばらくはこのままだった。
「…ありがとう…何とか落ち着いた…う!」
孝太郎はそう言って体を離そうとしたが、沙羅が腕に力を入れて抱き寄せた。
「ダーメ。もう少しこうしていようよ」
―――しょうがない。もう少しこうしてるか…でも、暖かい…この暖かさにどれだけ救われたか…。
孝太郎はそう思いながら、沙羅の体から感じる暖かな安らぎに身を任せるように、静かに目を閉じた。
しばらくして昼食になり、二人きりだった時の雰囲気はどこへ行ったのかと思わせるぐらい賑やかになり、昼食後もその賑やかさは消えることはなかった。
しばらくして雨は止み、外は明るく雲ひとつない真っ青な空になった。
だが、雨が上がったばかりということもあってか、少し寒さを感じたので海で泳ぐのは控えた。
そのため、杏子たちと色々な雑談を交わしたが、孝太郎は途中からネタがなくなり、完全にのけ者状態だった。
―――女の子ってどうしてこうもお喋りなんだ?これだけ喋ってるのによくネタが尽きないなぁ…。
孝太郎は少し距離を離してポッカ〜ンとしながら見ていた。
「あ、海原君。言い忘れてたことなんだけど」
清美が突然声をかけたので、孝太郎は出されたお茶を口に含みながら振り向いた。
「ん?」
ちなみに湯飲みも口につけた状態である。
「男湯なんだけど、今朝点検したらお湯が出なくなってて今修理中なの。だから混浴風呂のほうを使ってね」
「ブーッ!!!…ゲホ、ゲホ」
孝太郎は吹き出し、そのお茶が湯飲みに跳ね返って顔にかかった。清美たちはそれを見てクスクスと笑っていた。
このあとは色々ともめたりもしたが、ある結論を出して治まり、夕飯になってみんなで喋りまくりながら食べていた。
そして夜…。
混浴風呂に洗面器に湯を汲んでそれを体にかける音がする。
ちなみに男湯・女湯・混浴風呂とみんな露天風呂だ。
おまけに女湯と混浴風呂はつながっていたりする。
―――どれだけ理性を保っていられるだろうか?
そんなことを考えながら一人の男が湯船に入る。
孝太郎だった。男は他にも何人かいたが、女性たちのことはまったく気にかけていないみたいだ。
もちろん、鼻の下を伸ばしているのもいた。
孝太郎はどうすれば理性を保てるかを目を閉じて考えていると、周りから何も聞こえなくなったことに気付き、見渡すといつの間にか誰もいなくなっていた。
この状況に疑問を抱きながらも湯船から出て頭を洗い始め、泡を流そうとして洗面器を取ろうとして手を伸ばしたが、その場所に洗面器がなかった。
孝太郎は泡が目に入るのを防ぐために目を閉じていたので見ることはできず、頭に?を浮かべていたとき、頭から緩やかな滝のように洗面器の湯がかかった。
「あ、どなたか存じませんがありがとうござい…沙羅!?」
孝太郎は礼を言いながらタオルで顔を拭き、誰かを確認するために振り向くと、髪を上げてタオルを体に巻いた沙羅がいたことに驚き、その声は響き渡った。
「さ、前を向いて。背中洗ってあげるわ」
沙羅はさも当然のように振る舞い、孝太郎はなすがままだった。ちなみに顔は真っ赤だ。
揉め事の後、孝太郎が先に入ってその後に沙羅たちが入るということで治まったが、この案を出したのが沙羅だという事をすっかり忘れていた。
―――なるほど、これが目的であの案を出したのか…。
これでは逃げようがなかった。
そんなこんなで孝太郎は前を洗い、胸から足の先まで泡だらけになったが、沙羅は孝太郎の背中をゆっくりとこすっていた。
「ふふ。大きな背中ね。お父さんに似てる」
「親父?」
「うん。孝太郎君の家に養子に入ってしばらくした頃、こうして背中を流してあげたことがあったの」
沙羅の口調はとても穏やかだった。孝太郎は俯き加減で前を向いたまま聞き続けた。
「いつかは孝太郎君の背中も流してあげたいって思ってたの。それが今、こうして叶って嬉しくて…」
そういい終えると、洗面器に湯を汲んで肩の部分に湯を流す。何度も湯を流して泡は少しも残っていない。
「ありがとう。サッパリしたよ…?」
孝太郎は言い終わって立ち上がろうとしたが、そうする少し前に沙羅がやんわりと後ろから両腕を孝太郎の首の周りにまわした。
「好きになった人に、何かしてやろうって言うのは、間違ってるのかな?」
沙羅は孝太郎の耳元でかすかな声で聞いた。孝太郎はそっと沙羅の手首に触れて言った。
「間違ってないと思う。それが悪いことじゃない限りは…」
しばらくはこの状態だったが、沙羅が腕をほどき、孝太郎も上がった。
「おまたせ…!」
しばらくして、沙羅が上がり、タオルで髪の毛を拭きながら部屋に入ると、孝太郎が幅の広い窓枠に月の光を浴びて座っており、その姿に沙羅は見とれていた。
「ん?どうした?」
孝太郎が聞くと、沙羅は呪縛が解けたようにはっとした。
「う、うん。つい見とれちゃって…」
孝太郎は再び視線を外に向ける。
「見てみろよ。きれいな満月だぜ」
沙羅はこれを聞いて歩み寄ると、孝太郎の肩にそっと触れた。
「本当ね。ずっと見ていたいぐらい…」
二人はしばらくの間、雲ひとつない夜空に周りの星たちと共に優しく光る満月を見ていた。
<あとがき>
墓参りの後、悪霊に襲われ、意外な一面を沙羅たちに見られた孝太郎。
このことは本人は少しも気にしていないようだが…。
混浴風呂で思い出を語った沙羅。これを聞いて孝太郎は…。
(読者の皆さんが想像することは何もありませんでしたが…)
次の日、二人きりで過ごし、その夜に孝太郎は沙羅に…。
短文ですが、以上です。