第22話
「同じ想いを…」
3日目の朝。昨夜、二人は満月を見ていたが、いつの間にか眠っていた。
しかも今回は孝太郎の腕の中で沙羅が穏やかな寝顔だった。
そんな中で孝太郎が先に目を覚まし、腕の中に沙羅がいることに少し驚いたが、昨夜のことを思い出して驚きは治まった。
やがて、沙羅も目を覚ます。
「キャッ!?」
孝太郎と同様に驚く。だが、昨夜何があったかを思い出して驚きは治まった。
昨夜、二人は満月を見る場所を窓枠から布団の上に変え、孝太郎は無意識に沙羅の肩に手を回し、沙羅は孝太郎に寄り添って二人を優しく照らす満月を見ていた。
そうしているうちに沙羅はいつの間にか眠っていき、それを見た孝太郎は腕の中に沙羅を抱いたまま横になって眠っていったのだった。
二人は杏子たちと朝食を取り、その後は優が気を利かせて二人きりにさせた。
沙羅は孝太郎を連れて色々なところを歩き回った。
生まれて両親が亡くなるまで住んでいた家、高校時代に下宿していた寮、三日月南高校、小学校時代に杏子たちとよく遊んだ公園などに行き、そこで色々なことを語る沙羅は活き活きしていた。
「そう言えば村島さん、最初の日に俺が倒したチンピラを見て怯えてたみたいだけど、何か関係あるのか?」
孝太郎はふと思い出して聞いた。
「うん。杏子、あの二人にストーカーみたいにつけ狙われてたの。でもあの日に孝太郎君が倒してくれたおかげで近づかなくなったみたい」
「ふ〜ん…」
その後は他の場所を見て回ったが、今度は沙羅が口を開いた。
「そう言えば、孝太郎君は気付いてたかな?」
「何を?」
沙羅が足を止めて聞いたために孝太郎も足を止める。
「未柚ちゃんも、孝太郎君のことが好きだったってこと」
これを聞いて孝太郎は驚く。聞くところによれば、未柚は幼稚園時代から孝太郎に想いを寄せていたらしいが、小学校に入ってしばらくしたころから孝太郎が冷酷になり、それが偽りだと見抜けなかった上に、沙羅が孝太郎の家に居候するようになったために自分が入る余地はないと諦めたそうだ。
「でも、私を孝太郎君の家に住まわせても、しばらくの間、孝太郎君のお昼を未柚ちゃんが作ってたのは、繋がりが消えてしまうのを恐れたのでしょうね」
「なるほど…でも、俺のために何もできなくなっても、繋がりは消えない。あいつが自分から断ち切らない限りは…」
しばらくして二人は歩き出す。
昼になり、旅館まで遠いということから、昼食は高校時代に沙羅がごひいきにしていた食堂にした。
「いらっしゃい。あら、沙羅ちゃん」
店主をしているおばちゃんが沙羅の姿を見て驚く。
「お久しぶりです」
「硬くならなくていいよ。おや?横にいる男の子は彼氏かい?」
「ふふ♪そうでーす♪」
沙羅は少し赤くなってお茶目っぽく言った。
「海原です。初めまして」
孝太郎はそういって軽くお辞儀をした。
「おや、もしかして孝俊(たかとし)君の息子さんかい?」
これを聞いて孝太郎は驚く。孝俊とは孝太郎の父親の名前だ。
「え?親父を知ってるんですか?」
「そりゃぁもう。小・中・高と一緒だったからねぇ。今の君の姿、高校時代の孝俊君にそっくりだよ」
―――親父…。
「で、孝俊君は元気にしてる?」
聞かれることがわかっていたのか、動揺しなかった。そして、重い口を開いた。
「今年の6月頃に、行き倒れで…」
これを聞いておばちゃんは沈んだ表情になる。
「そう。残念だったねぇ」
しばらくして、3人はさっきまでの暗い雰囲気はどこへいったのかと思わせるぐらい明るかった。
「で、何を食べるのかな?」
おばちゃんが聞いた。
「そうねぇ…じゃぁ天丼お願いね」
沙羅が笑顔で言う。
「あいよ。で、孝俊君の息子さんは?あ、下の名前聞いてなかったね」
「孝太郎です。そうですね、俺はカツ丼にします」
「あいよ。ちょっと待っててね」
おばちゃんは厨房に戻っていった。
この店は沙羅がこの町の高校に通っていた頃にバイトしていた店だそうだ。
杏子たちと何度か来るうちに気に入り、バイトをさせて欲しいと頼んだら即答でOKされた。
孝太郎はこの話を聞いて微笑ましく思った。
しばらく色々話しているうちに注文した食事が運ばれてきた。
「おまたせ。ゆっくりしてっておくれ」
食事をしている間は二人で色々話し、時々合間を計ってはおばちゃんも加わった。
沙羅がごひいきにしているだけあって味はなかなかの物だった。
しばらくして店を後にし、商店街などを回っているうちに夕方になり、二人は旅館に戻っていった。
みんなで夕飯を食べ、その後は二人きりで夜の浜辺にいた。
「ねぇ」
沙羅が何気なく話しかけて孝太郎は振り向いた。
「まだ、あの返事、聞いてないよね」
「あの返事?」
「孝太郎君が二十歳になったときのこと。そのことに何の返事も聞かされてないんだけど…」
孝太郎はこれを聞いてはっとする。確かにまだ何も返事をしてない。気持ちは打ち明けたが、その先のことはまだ何も言ってなかったのだ。
「だから、ここで聞かせて」
かつて未柚が言ってたことを思い出した。「顔には出さないけど、焦ってるよ」…顔に出ない分、口から出るのだろうか?
「回りくどくて悪いけど、まだ話してない事がいっぱいあるんだ。その後でもいいかな?」
孝太郎が照れ隠しに頭をかきながら背を向けて言うと、沙羅はクスリと笑って頷いた。
「小学校時代、冷酷な仮面を被ってて、そんな状態で沙羅と出会って…その時から沙羅には何か違うものを感じてたんだ。けど、その当時はそれが何なのかわからなかった」
孝太郎は自分の記憶を辿りながら語りだした。沙羅は黙って聞き続けた。
「だけど、それはすぐに忘れてしまって…そのまま東区の中学に入って、記憶喪失になってそのままだったんだ。でも、財布の盗難事件のとき、俺は…その時、初めて沙羅に会ったときに感じたものが想いだって気付いて…それが、俺の“記憶の中に埋もれた想い”を呼び戻してくれたんだろうな…」
これを聞いて沙羅の表情が少し変わる。だが、それは一瞬のことだった。
「…沙羅のことが好きだって気付いて、病院の屋上で本当の気持ちを打ち明けたんだ」
ここまで話して、孝太郎は頭をかく手を降ろし、沙羅を正面に身構えて言おうとしたことを言った。
「親父に言われたことだけど、二十歳まで待てそうもないんだ」
沙羅は孝太郎の眼を見たまま、両手を胸の前で何かに祈るように添えた。
「だからさ、沙羅…」
二人の喉が同時にゴクリとなる。
「…高校卒業したら…俺の花嫁になってほしい…」
沙羅の表情は少しづつ笑顔になり、瞳は潤んで少しづつ涙がたまっていった。
そして、胸の前で添えていた手をゆっくりと下ろすと、急に孝太郎に抱きついた。
孝太郎はこうなることがわかっていたらしく、急に抱きつかれても少しも動揺せず、落ち着いた状態で沙羅の腰に両腕をまわした。
「嬉しい…それに幸せ…孝太郎君に、こんなに愛されて…」
「いつからかな…沙羅が傍にいてくれれば、他に何もいらないって思うようになったのは…」
孝太郎はやんわりと体を離し、沙羅の瞳にたまっている涙を指でふき取ると、沙羅は両手で孝太郎の頬にそっと触れ、ゆっくりと目を閉じながら顔を近づけた。
孝太郎がそれを見て目を閉じた直後、二人の唇は重なった。
しばらくして唇が離れ、沙羅は孝太郎に寄り添い、孝太郎は沙羅の肩に手をかけて海を見ていた。しばらく無言だったが、孝太郎がふと喋りだした。
「俺は、高校卒業したら、沙羅を妻として迎え入れて、生涯愛することをここに誓う」
これを聞いて沙羅は孝太郎の横顔を見る。その表情は真剣そのものだった。
―――今の俺にはこんなことしかできない。ずっと傍にいるって決めたけど、でも…。
「私も、高校を卒業したら、孝太郎君の事を夫として迎え入れて、生涯愛することを誓うわ」
沙羅も真剣な表情で言った。
―――私も、本当は二十歳まで待てなかった。早く夫婦になれたらって何度思ったか…。だって…。
二人は考え事をしながら体制を変えずに海を見ていた。そんな二人を月の光が優しく照らしていた。
それからまたしばらくして二人は旅館に戻り、布団の中で抱き合いながら眠っていった。
<あとがき>
孝太郎のプロポーズ。そして永遠の愛を誓った二人。
書いていて羨ましく思ったのは言うまでもないだろう。
次回、夏休みが終わって小学校の同窓会の知らせが舞い込む。
そして、会場で5人は…。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。