第23話

「同窓会。そして…」

4日目の朝になり、二人は昨日と同じように目を覚ました。違うとすれば、目を覚ましても驚かなかったところだ。
朝食は毎朝のごとく、杏子たちと一緒に食べ、荷物の整理などをして清算を済ませ、杏子たちは二人を見送った。
「あぁ〜楽しかったなぁ」
帰りの電車の中で孝太郎が伸びをしながら言った。
「ふふ♪そう言って貰えると、連れて行ったかいがあったってものよ」
そんなことを話しているうちに、孝太郎が乗客の一人に目を止めた。なぜなら、
「あれ?瞬?」
少し離れた所に座っていたのは間違いなく瞬だった。瞬は名前を呼ばれて振り向く。
「あれ?孝太郎と沙羅さんじゃないか。どこ行ってたんだ?」
瞬が立ち上がって孝太郎たちのそばに行く。
「沙羅の故郷。三日月町だ」
「そうか。4日ほど前から電話しても出ないから変だと思ってたんだ」
「電話?どうして?」
沙羅が代わりに聞いた。内容は、再来週頃に小学校の同窓会があると、別の学校に行ってる同級生から知らせがきたらしい。
「同窓会か…あの時のままだったら行かないだろうなぁ」
孝太郎は窓の外を見ながら言った。
「行こうぜ、孝太郎。お前の変わった姿を見せてみんなをビックリさせてやれ」
瞬が熱っぽく言うと、沙羅も乗り気になった。孝太郎も「まぁいいか」と思いながら行くことにした。

いつの間にか降りる駅に着き、その後も色々話して途中で瞬と別れ、二人で歩いて家に着いた。
それぞれ部屋に入り、荷物の整頓などをして、 ある程度終えて孝太郎が居間に行くと、そこにはすでに沙羅がいた。
「もう終わったのか?」
沙羅が笑顔で頷く。
「てっきり俺のほうが先だと思ってたんだけどなぁ」
孝太郎が頭をかきながら思い出してみると、二人とも荷物は着替え以外ほとんど持たずに出かけたから孝太郎もすぐに済んだのだった。
「昼飯にはまだ早いなぁ」
時計を見ると、時間はまだ10時半。確かに昼には早い。
孝太郎が一息ついてソファーに仰向けに寝転がった。そこへ…。
「スキあり〜♪」
「え?…うわ!
沙羅が笑顔で孝太郎めがけてダイブしたのを見て孝太郎は驚き、両手両足を広げた。
ばふ!
二人の体は重なった。二人とも服を着ているとは言っても、周りから見ればかなりヤバい状態である。
衝撃はソファーに吸収されて痛みはあまり感じなかったようだ。
「…昨夜のプロポーズ、嬉しかったよ。あの言葉だけで何もいらないぐらい…」
沙羅は潤んだ瞳で孝太郎の髪を右手でそっと撫で、左腕を首の後ろに回しながら言った。
孝太郎はさっきまでとは感じるものが違う沙羅を見て何も言えなくなった。
「…いつまでも…あなただけを…愛してるから…」
そう言い終ると、沙羅は自分の気持ちに任せて孝太郎の唇を塞いで目を閉じた。
「…」
孝太郎は沙羅の突然の行為に戸惑い、しばらくは固まって動くこともできなかったが、やがて落ち着き、沙羅の想いに応えるように目を閉じて右手と左手をそれぞれ沙羅の頭と背中に回した。
しばらくして唇が離れ、孝太郎は今まで言えなかった言葉を口にした。
「俺も、沙羅となら、ずっと一緒にいたい。唯一、本気で愛する人だから…」
―――やっと言えた…。
二人は再び唇を重ねた。もうこの二人の間に誰も入ることはできないだろう…。
それからあっという間に時間が過ぎ、昼はお互い一言も語ることなく食事をした。
お互いに気持ちを打ち明けた今の二人の間に言葉は要らないといった雰囲気だった。

この後、二人は何をしたか全く覚えていなかった。気が付いたら夜になっており、孝太郎の部屋のベッドに二人で寝ていた。

そして2週間後。この日は小学校の同窓会があり、場所は西区と東区が共通で使っている公民館に決まっていた。
孝太郎・瞬・未柚・沙羅・李香の5人で一度集合して会場である公民館に着くと、すでに何人か来ていた。
だが、付いた途端に孝太郎はある生徒に引っ張られ、いわゆるカツアゲを食らう羽目になった。しかも孝太郎一人に対して相手は4人。みんな孝太郎より背が高かった。
「久しぶりだな、孝太郎。俺たちに何も言わずにどこかへ行っておきながらよくここに来れたな」
正面に立つ男が言い、
「そうだぜ。どれだけはっ倒しても泣くどころか表情一つ変えずによぉ」
左に立つ男が言い、
「あれから5年ぐらい会ってないんだ。当時のことなんてもう忘れてるだろうな」
右に立つ男が言い、
「そうだな。こいつの泣き顔、いつか絶対に見てやろうって思ってたからな。今だ!」
後ろに立つ男が孝太郎の両脇の下から腕を通して孝太郎の両腕の自由をなくすと、正面に立っていた男が殴りかかった。
瞬たちはただ見ているしかできなかった。当時は喧嘩が強かった4人組で歯向かって勝った者はいなかったのだ。
―――孝太郎、お前のことだから大丈夫だよな?
瞬はそう思っていたが、孝太郎の強さを知らない生徒は申し訳ない気持ちでいた。
孝太郎は何度も顔以外を殴られ、少し俯いていた。
「はぁ、はぁ。これでどうだ?」
「…それで終わりか?」
孝太郎が重い口を開くと、4人組は驚いた。
「くっ…あの時の鉄仮面のままだったか…」
「今度は俺の番だ」
「なに?…ぐあ!
後ろで孝太郎を抑えていた男が孝太郎の後頭部の頭突きを受けて怯んだスキを突いて、孝太郎は両腕を解放し、体制を直そうとした後ろの男の額に右ストレートを食らわせて吹っ飛ばした。
これを見て瞬たち以外はみんな驚いた。
「馬鹿な!お前ら行け!」
「「で、でも…」」
孝太郎の正面にいた男が左右にいた男二人に命令する。
「でもじゃねぇ!2対1だ。こっちが有利に決まってるだろ!」
「…お前はかかってこないのか?それとも命令だけで何もできないのか?」
孝太郎が言うと、正面の男は睨んだ。
「調子に乗るな!」
正面の男は怒鳴りながら殴りかかったが、それよりも早く孝太郎がストレートを額に当てていた。
「くっ!」
「今だ!行くぞ」
「おぅ」
左右にいた二人が両側から一気に殴りかかったが、孝太郎がしゃがむと、二人のパンチはお互いの顔に激突した。
二人はそのまま硬直。そこへ少し後ろに下がった孝太郎が両腕で二人の胸部に裏拳を食らわせて吹っ飛ばした。
残りは正面の男一人。
「さすがだな、孝太郎。やっぱ中国拳法13段は伊達じゃないな」
瞬が言うと、驚きの声が上がる。
すると、最初に吹っ飛ばされた男が沙羅たちのところへ行き、人質を取ろうとした。
しかし、男は後ろから襟を掴まれてそのまま背負い投げを食らい、前身から床への衝撃を受けた。
「やるのか…この野郎」
背負い投げをされた男は痛みを感じながら起き上がり、背負い投げをした大柄な男を睨みつけたが、大柄な男は怯え一つ見せない。
「孝太郎君を見てたら負けていられなくなったんだ。孝太郎君より体が大きな僕が何もせずに黙って見てるのはもう嫌なんだ。それに、孝太郎君は僕にとって目標でもあったんだ!」
大柄な男はそう言うと、柔道技をかけて沙羅たちを人質に取ろうとした男を気絶させた。
「お前は確か、大泉 真太郎(おおいずみ しんたろう)だったな?」
孝太郎は真人を見ながら言うと、真人は頷いた。
「覚えててもらえて光栄だよ。さあ、こっちは僕に任せて。君はそいつを」
真太郎が言うと、孝太郎は力強く頷き、残りの男と対立した。
「この野郎、怪我したくなかったらそこをどけ!」
「俺がどくよりお前が降参した方がいいぞ」
孝太郎が言うと、男は怒りに我を忘れたかのように突っかかったが、孝太郎は顔色一つ変えずに男のこめかみにソバットを当てて気絶させた。
会場全体に拍手が響き渡る。4人の男は気絶したままだったが、みんなの案で動けないようにどこからか持ってきたロープで縛って柱に括り付けられた。
「強くなったね、孝太郎君。やっぱり僕が思ったとおりだった」
真太郎が孝太郎の前に立って言った。
「そういうお前こそ」
孝太郎が言うと、二人は握手をした。かつて二人はお互いのよき理解者だった。本当なら孝太郎の仮面は剥がれていてもよかったのだが、時すでに遅く、真太郎ですら剥がせないぐらい頑丈になってしまっていた。
ちなみに孝太郎が小学校の卒業式に出席せずに東区へ行ったのは、真太郎が勧めたからだった。
そして、いつかまた会おうと約束して、それが今日果たされたのだった。

この後は色々と話したりして盛り上がり、あっという間に夕方になって同窓会はお開きになった。
そして帰り際に真太郎が孝太郎に声をかけた。
「いつか、また会えるよね?」
真太郎は笑顔で聞いたが、孝太郎は俯き加減で答えた。
「今度ばかりはわからない。高校卒業したら、みんなバラバラになるだろうし…」
「そうだね。でも、いつか必ず会えるって僕は信じてるから」
―――真太郎…できれば俺だってそうしたい。でも俺は…。
真太郎の強い意志が宿った笑顔を見ても、孝太郎の表情は少し暗かった。
「会えるって信じようよ。“信じるものは救われる”って言うし。ね」
沙羅が笑顔で言うと、孝太郎は俯き加減で暗い表情でありながらも微笑んだ。
この後はみんなバラバラで帰っていった。当然ながら孝太郎たちは一緒にいる。

それからあっという間に時間は過ぎ、12月24日のクリスマスになった。
昼間は未柚の家でパーティーをやり、ドンチャン騒ぎをやり、夜になって孝太郎と沙羅は商店街へ出かけた。
少し冷えてることもあって二人ともコートを着ている。
孝太郎の腕に沙羅は自分の腕を通し、その状態でいろいろなものを見て歩いたが、そうしているうちにふとあるものが目に入って歩みを止めた。
「クリスマスツリーか…かなりでかいな」
「そうね。こんなに大きな木を見たのは初めて」
二人はしばらくの間、自分たちの何倍もある巨大なクリスマスツリーを見ていた。
「また、来年も、そのまた来年も見たいね」
「見れるさ。だけど、今度もこんなにでかいかわからないな」
―――今は今を大切にしたい。俺にはそれしかできないから。
またしばらく何も言わずに見ていたが、孝太郎がくしゃみをして沈黙を破った。
「何か、いやに寒くないか?」
「そう言えばそうね…あ」
孝太郎に言われて気付き、何気なく上を見たとき、無数の白く丸いものがふわふわと落ちてきた。
「これは、雪…なるほど、冷えるわけだ」
「…ホワイトクリスマス…か…」
しばらくの間、ツリーを見ており、その後はまた色々見て回った。
だが、ウィンドショッピングをするだけで何も買わなかった。
何故なら、二人には欲しい物がなかったからだ。
孝太郎は沙羅が、沙羅は孝太郎が傍にいてくれれば他に何もいらないと思っていたからだ。
家に帰り、別々に風呂に入った後、沙羅の部屋で二人はお互いの存在を確かめ合うように抱き合いながら眠っていった。

それからまた月日は流れ、孝太郎たちは高校を卒業した。
しかし、卒業式が終わると、校庭は一瞬にして孝太郎と沙羅の結婚式の会場に変わった。
孝太郎と沙羅はただ唖然と見ているしかできなかった。
風の噂によると、李香の父親と清美の父親が知り合いで二人は時々会っており、その時に情報が流れ込んだそうだ。
しかも、いつの間にか東高の生徒までもがいた。当然、由梨香や五十嵐もだ。
どこから持ってきたのか、沙羅はヴェールをかぶせられ、おまけにブーケまでも持っていた。

教師たちまでもが輪になって見ている中、その真ん中に二人は立たされ、担任の城崎が神父の役になって二人の前に立った。
「海原孝太郎。お前は恋人の矢神沙羅を妻として迎え入れ、生涯愛すると誓うか?」
城崎はマイクに向かって言ってるために声は校庭全体に響き渡っている。
「…は、はい。誓います」
孝太郎は「神父は普通こんなしゃべり方しないぞ」と思いながら自分の気持ちを口にした。
「矢神沙羅。お前は長年想い続けてきた海原孝太郎を夫として迎え入れ、生涯愛すると誓うか?」
「はい…誓います」
沙羅は思ったより落ち着いていた。
「ては、誓いの証となる口漬けを…」
城崎が言い終わり、孝太郎が沙羅のヴェールの顔に被っている部分をカーテンを開けるように取ると、間伐をいれずに沙羅が孝太郎の唇に自分の唇を強く押し当てて目を閉じた。
孝太郎は一瞬焦ったが、すぐに落ち着きを取り戻して、沙羅の想いに応える様に目を閉じた。
周りから拍手が響き渡る。そして二人の唇が離れ、沙羅が持っているブーケが空に向かって花びらを散らしながら放り投げられ、それを取らんとばかりに女子生徒たちがブーケが落ちてきそうな場所に群がった。
そして、ブーケを取ったのは…未柚だった。
「よかったな、海原。幸せになれよ」
孝太郎の肩に触れながら五十嵐が言った。
「お前もな。真木野を逃がすなよ」
孝太郎が言うと、五十嵐は「まかせときな」と胸を張って言った。
「おめでとうございます。孝太郎さん」
五十嵐の横にいた由梨香が言った。
「由梨香…あとで翔にも報告しないとな」
これを聞いて由梨香は微笑む。
沙羅は孝太郎にお姫様抱っこで抱えられ、みんなに祝福されながら学校を後にした。

このすぐ後に婚姻届を出したのだが、沙羅が孝太郎の姓を名乗りたいと言ったが、孝太郎は自分の姓にいい思い出がないということから、孝太郎が沙羅の姓を名乗ることになった。
つまり、孝太郎はこの日、矢神 孝太郎(やがみ こうたろう)になったのである。


<あとがき>
学校の校庭で行われた孝太郎と沙羅の結婚式。
ブーケを受け取った未柚。
しばらくして、孝太郎と沙羅の間には子供が生まれるが、その数年後…。
長くなりますので続きは次回に書きます。
短文ですが、以上です。

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