第25話
「父親の面影」
孝仁が教師ですら手が出せない6人組を倒して以来、孝仁はあっという間に人気者になった。
6人組は孝仁に倒されてからは、全校生徒から吊るし上げを食って大人しくなった。
それからしばらくしたある日のこと。孝仁が何気なく廊下を歩いていたとき、すれ違った一人の教師に呼ばれ、職員室に連れて行かれた。
「あの、話って何ですか?」
孝仁は教師と1対1で、丸いテーブルを挟んで座った。
孝太郎もここにいるが、当然ながら誰にも姿は見えない。
「実は、少し気になることがあってな。お前の両親のことだが…」
孝仁はこれを聞いてはっとなる。
「どことなくだが、21年ぐらい前に担当した生徒の面影が感じられてな…」
「実は、母さんがどんな生徒だったかは本人の口から聞いて知りましたが、父さんがどんな生徒だったか全然知らないので、この学校にきたら何かわかると思っていたのですが…」
孝仁は少しだけ俯いた。
「お前の両親って、確か…」
「はい、父は海原孝太郎。母は矢神沙羅です」
これを聞いて教師は微笑む。
「私は、お前の両親の担任だった城崎だ。海原には21年前に一つだけ世話になったことがあってな。そのお礼がしたいとずっと思ってたんだ」
『城崎先生…あれから21年過ぎた今もここの教師だったのか』
孝太郎は驚きを隠せずにいた。
孝仁は両親の担任だったことを聞いて「これでやっと父さんのことを知ることができる」と思った。
城崎は21年前の夏にホタルの件で世話になったことを話した。
「父さんに、そんな才能が…」
「あぁ、あいつは他にもトラやクマといった猛獣もおびえ一つ見せずにただ見ているだけで大人しくさせてしまう不思議な奴だった。決して気取ることなく、それどころか、その才能を使って猛獣に襲われてる生徒たちを助けてた」
孝仁は城崎の言葉の一つ一つを刻むように聞いていた。
「で、海原はどうしてる?9年ぐらい前から何も聞かなくなったからずっと気になっててな」
「…父さんは9年前、心臓の病でこの世を去りました」
「…そうか…」
そういい終わって城崎は俯く。
「あの…できれば、父さんが亡くなったことは…」
孝仁が渋々ながらに言うと、城崎は頷いて言った。
「わかった。内緒にしておこう。死んだはずなのに、何だかまた会えそうな気がするな…」
「母さんもそう言ってました。それに、いつかまた会えるって信じてるみたいで…」
これを聞いて、孝太郎は胸の痛みが増した。
『先生、できれば俺もすぐにでも会いたいです。でも、俺は死んだ身。だから…』
そういい終わると、休み時間が終わりを告げるチャイムが鳴った。
孝仁は教室に戻るために職員室の出入り口を開けようとすると、城崎が後ろから声をかけた。
「海原には世話になった。そのお礼の意味で、何か困ったことがあったら言ってくれ。できる限り協力しよう」
「ありがとうございます」
そう言って孝仁は職員室を出て教室に戻った。
―――これでやっとわかるような気がする。“侍”って何なのか…。
孝仁は晴れ晴れしていた。
しかし、それとは別に校内で新たな問題が起こり始めていた。
「矢神、知ってるか?」
放課後になって、孝仁が帰ろうとしたとき、同じクラスの大泉 真二(おおいずみ しんじ)が声をかけた。
「あぁ、大泉か…知ってるって、何を?」
『大泉?ひょっとして真太郎の…』
真二の顔立ちはどことなく真太郎に似ている。しかも真二も柔道をやっている。
「道場破りだよ。お前が倒した6人組のバックに少林寺拳法の黒い薔薇がついてたんだ。そいつがお前を探して道場破りを始めたんだ」
「黒い…薔薇…」
孝仁も黒い薔薇のうわさは聞いていた。髪が真っ黒で、その容姿は花に例えればまさに薔薇の如し。
その容姿に惑わされ、敗れ去った男の数は数知れずというほどの少林寺拳法の実力をもっているとか…。
孝仁はこれを無視するわけにいかず、急ぎ足で道場へ向かった。
ちなみに孝仁は転校して中国拳法部があることを知ってすぐに入部した。
入部して初日から頭角を現し、その腕前は主将を越すか越さないかというところである。
そして、出入り口からそっと中を見たとき、表情は驚きに変わった。
中国拳法部員全員が、あちこちに苦しみを訴えながら倒れていたのだった。
しかもその傍には拳法着姿で不敵な笑みを浮かべている女性が何人かいた。
「これは…」
孝仁はこれ以上言葉が出なかった。
「残りはあなた一人ね」
これを聞いて孝仁はこの言葉が自分に向けられていることに気付く。
声がした方へ振り向くと、そこには真っ黒な髪で花に例えれば薔薇のごとく容姿をした拳法着姿の女性(以下:黒い薔薇)がいた。
「なぜこんなことをする?」
孝仁が聞くと、黒い薔薇は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「あの可愛い6人を倒したあなたをおびき寄せるためよ。配下とはいえ、あの6人をたった一人で倒すなんて、相当な実力を持ってるわね?矢神孝仁君。私は少林寺拳法部の主将、真木野 雪江(まきの ゆきえ)」
『真木野…ってまさか…でもどうして!?顔が多少あいつに似てるのに五十嵐に似てない!』
孝太郎は驚いた。
「そのために、関係ない他の部員たちを…」
孝仁は周りを見渡しながら言った。
「ふふふ。これが私の実力よ。主将に勝てないあなたが私に勝てるかしら?」
孝仁は何気なく雪江の後ろを見た。そこには他の部員たちと同じように苦しみながら倒れている主将がいた。
「主将…」
「うぐ…は、早、く…逃げ、ろ…」
主将は孝仁に苦しみながら言った。
しかし、孝仁は一歩踏み込み、そうすると出入り口を閉められた。だが、孝仁は戸惑い一つ見せない。
「さぁて、あなたの実力がどの程度のものか、お手並み拝見といかせてもらおうかしら」
雪江が言うと、他の女性たちが立ちはだかり、構えの姿勢をとった。
「女だからって甘く見ないことね。さぁ、行きなさい!」
雪江が言い終わったのを皮切りに一人の女性が襲い掛かった。
だが、攻撃が孝仁に当たるその寸前に孝仁の裏拳が女性の脇の下の部分に当たり、女性は壁まで吹っ飛び、その衝撃で気絶して動かなくなった。
これを見て驚かなかった者はいない。孝仁はゆっくりと前に一歩づつ踏み出した。
今度は3人ほど一気に襲い掛かったが、孝仁はうろたえることなく、その3人も一瞬にして壁まで吹っ飛ばした。
『うわぁ…すげぇ力。かつての俺にはこんな腕力はなかったぞ。それに今の孝仁は侍どころか、中に眠っている龍が目を覚ましたみたいな…』
孝太郎も驚いていた。
「馬鹿な…」
雪江は驚きながら呟き、孝仁は次々と倒していき、ついには雪江一人になった。
「あんたで最後だ」
孝仁が言うと、雪江は不敵な笑みを浮かべた。
「ふ。私を甘く見ないことね。主将ですら勝てなかったのよ。その主将に勝てないあなたが私に勝てると思ってるの?」
「これが答えだ」
孝仁はそう言い終ると同時にあっという間に間合いに飛び込み、雪江の額に思いっきりストレートを当てた。
雪江は無防備だったためにそのまま吹っ飛び、畳の上に仰向けに倒れた。
「甘く見てたのはそっちのようだな」
「く…そのようね。でも今度はそうはいかないわ」
今度は雪江が孝仁に襲い掛かったが、孝仁は攻撃を回避し、今度は雪江の腹にボディーブローを食らわせ、雪江は腹を抑えて動かなくなった。
孝仁は何も言わずにこの場を去った。その後、倒れていた中国拳法部員は後から来た他の部活の部員たちに保健室に運ばれていった。
「や、矢神…大丈夫なのか?」
孝仁を心配して後をこっそりついてきた真二が聞いた。
「俺ならこの通りだ。むしろあいつらの心配をしたほうがいいと思うけどな」
そう言って孝仁は道場の中を指差す。さっきまでの中国拳法部員よりもズタボロになっている少林寺拳法部員の姿を見て、真二は声が出なかった。
「お前…本当は主将よりも強かったのか…」
「まぁな。主将の立場って物を考えると、本気を出すわけに行かなくてな」
このあとは二人でいろいろ話し、途中で分かれて孝仁は家に着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
孝仁が玄関の出入り口を開けると、沙羅が笑顔で駆け寄った。
「あ、そうだ。母さん、城崎先生って覚えてる?」
これを聞いて沙羅は驚く。
「まさか、21年前に私たちの担任だった…」
「城崎先生もそう言ってたよ。その先生に父さんのことをいろいろ教えてもらった」
「そう…今も教師をやってるんだ…」
沙羅は窓の外を見て呟くように言った。
この後はいろいろ話し、孝仁が寝た後、沙羅は孝太郎の写真を胸に抱いて心の中で語った。
―――孝太郎君…今でも愛してるよ。こんな私でよかったら、これからも見守っててね。
『沙羅…俺もだよ。ずっと見守ってるって約束したからな。こんな俺でよかったら、これからもよろしくな』
孝太郎は沙羅の心の中での語りかけに優しい気持ちになりながら応えた。
<あとがき>
21年過ぎた今も教師を続けている城崎。
そして、孝太郎に会えると信じるものが増え、それに胸を痛めた孝太郎。
次回、孝仁には新たな一歩が…。それだけでなく、新たな展開が…。
短文ですが、以上です。