第26話

「父親を超えた才能」

ある日の休日。瞬と未柚、そして李香が沙羅の家に子供をつれてやってきた。
子供とは言っても、高校生で孝仁と同い年なのだが…。
瞬と未柚の娘、未菜子(みなこ)と原田と李香の息子、悟(さとる)が子猫を合計3匹抱えていた。
「その猫、どうしたんだ?」
孝仁が聞くと、瞬が悲しそうな表情で答えた。
「俺の弟が4歳のとき、クマに襲われてな。そこを孝太郎に助けられたときについてきた猫の子供だ」
「そういえば、そんなことがあったわねぇ。確か勇君だったよね?」
沙羅が聞くと、未柚が頷いた。
「あ…瞬おじさんの弟さんって、確か…」
悟が何かを思い出したように話し出し、全員が俯いた。
なぜなら、勇は18歳のとき、交通事故でこの世を去ったからだ。交差点で信号待ちをしていたとき、居眠り運転で信号無視をした車が勇に突っ込み、車は勇をはねた後、近くの電柱に突っ込んで運転手は即死。
勇は吹っ飛んだが、その先にいた人に抱えられて即死は免れたが、搬送された病院で瞬に猫を頼むと言い残して息を引き取った。
瞬は勇に言われたとおり、猫を一生懸命育て、猫は3匹の子猫を生んだが、それからしばらくして親猫は老衰死した。
「どうしてこうも身近にいる人ばかりいなくなってしまうの?孝(たか)ちゃんのお父さん、勇おじさん、それに悟君のお父さんも…」
未菜子が涙を流しながら言った。
「悟の親父さんはまだ死んだって決まったわけじゃないだろ?それに必ず帰ってくるって言ってたじゃないか」
原田は写真撮影のために東区へ行き、本当は1週間で帰るはずだったのだが、もう2年近くも帰ってきていない。しかし、みんなは必ず帰ってくると信じている。
「にしても、さっきから騒がしいわねぇ。どうしたのかしら?」
李香がさっきからニャーニャーとうるさい子猫たちを見て言った。
「ミルクがほしいんだってさ」
そういいながら孝仁は冷蔵庫から牛乳を取り出し、それを3つの器に分けると持ってきた。
それを見た子猫たちは大人しくミルクを飲んだ。
「よくわかったねぇ」
未柚の一言に孝仁が驚く。
―――そういえば、どうして!?さっき、猫たちがミルクがほしいって…それが、直接頭の中に…。
『そうか…動物を手なづける才能は俺を超えたか…』
すぐ傍でこの光景を見ていた孝太郎は感心した。
『おっと、こんなことしてる場合じゃない。原田を探さないと。李香、待ってろ。絶対見つけてやるからな』
孝太郎はそう言うと原田がいると思われる東区へ向かった。

『にしても、あいつ本当にここにいるのか?とにかく探してみるか』
『おじさん』
動こうとした孝太郎に声がかかった。振り向くと、そこにいたのは…。
『君は?』
一応聞いたが、どことなく顔には見覚えがあった。
『2回しか対面してないから覚えてないかもしれませんが、風上 勇です』
名前を聞いて孝太郎は驚く。
『まさか、瞬の…』
『はい、クマに襲われたときは本当にありがとうございました』
何気なく腕を見てみると、一匹の猫がいた。
『そうか、あの猫も…』

この後、二人は積もる話をし、手分けして原田を探すことにした。
『あ、もし見つけたらどうすればいいですか?』
『そうだなぁ…その後のことはともかく、1時間ほどしたらどっちにしてもここで待ち合わせしよう』
『はい』
こうして二手に分かれて捜索が始まった。もちろん、この世の人には見えてない。
『もう一つ気になることがあるけど、それは原田を見つけてからだ』

数日後のある日のこと。学校の帰り道を孝仁が何気なく歩いていたときだった。
「だ、誰か…」
小さな声だったが、孝仁にははっきりと聞こえた。そのため、近くを見回してみると、孝仁と同い年ぐらいの女の子が怯えており、しかもトラが女の子の目の前までせまっていた。
孝仁はそれを見て歩み寄り、トラの気を引いて女の子からトラを離した。
当然、今度は孝仁の目の前までトラが迫っていたが、孝仁は怯え一つ見せなかった。
『く、首輪を…』
しばらく目を合わせていると、孝仁の頭に直接声がかかった。
―――首輪?
トラの首には、犬につけるような首輪がまかれていた。
『苦しい…首輪を取ってくれ』
―――わかった、少しだけ苦しくなるけど、我慢してくれ。
孝仁は心の中で語りかけ、トラの首に手をのばして首輪を解いた。
『ありがとう』
トラはそう言ってその場から去っていった。
「もう大丈夫だ」
しばらくした後に孝仁は怯えて腰を抜かしている女の子に手を差し出してそう言った。
「あ、ありがとうございます…って、孝仁さん!」
女の子は孝仁の手を取り、改めて顔を見て驚いた。
「どうして俺のことを?…って、由香梨さん!?」
寿 由香梨(ことぶき ゆかり)。孝仁が東高にいた頃に友人を通じて知り合った一つ年下の女の子。
「お久しぶりです」
「あぁ、でも、どうしてこっちに?」
「父の都合で転校になったのです。明日から孝仁さんと同じ高校に通うことになりました」
「そうか…じゃ、これで。また明日な」
「はい。明日、お母さんに紹介したいと思いますので私の家に来てくれませんか?」
孝仁はその場を去ろうとしたが由香梨が引き止めて誘った。
「ま、考えてみるよ。じゃ」
そう言って孝仁はこの場を去った。

翌日の放課後、孝仁は由香梨に連れられて家に行った。
「ただいま」
「お邪魔します」
「おかえりなさい。あらお客さ…って孝太郎さん!?」
由香梨の母は孝仁を見て驚いた。
「え?」
「お母さん?何言ってるの?」
「あ、あぁ、その、人違いだったみたいね。兄の親友にすごく似てるからつい…」
「もしかしたら、父さんのことじゃないですか?今は矢神と名乗ってますけど、父さんは海原孝太郎です」
「へぇ、孝太郎さんによく似てるねぇ。私は孝太郎さんの親友の妹の由梨香。よろしくね」
「あ、はい。こちらこそ」

このあとは3人で色々話した。特に孝仁は孝太郎がどんな学生だったか興味津々で聞いていた。

この後孝仁は家に帰った。
「遅かったわね。何してたの?」
「父さんの親友の妹さんとその娘さんに会ってた」
「?…まさか、その人って、由梨香っていう名前じゃない?」
これを聞いて孝仁は頷く。
「娘さんのほうは由香梨さんっていうんだけど、昨日から一緒の学校に通ってるんだ」
「へぇ、とうとう孝仁にも青春がきたかな?」
沙羅がからかうように言うと、孝仁は顔を赤くして反論した。
「な、何言ってるんだよ!?」
「ふふ。照れちゃって可愛い♪」
そう言いながら孝仁の頭を撫でる。
―――ったく、人の恋沙汰になるとからかって遊ぶんだから…。父さんが元気だった頃は大人しかったのになぁ…。
孝仁は呆れ顔でため息をついた。沙羅がこうしてからかうのは今回が初めてではなかったのだ。
そんなこんなで二人で夕飯を食べ、この日は終わった。


<あとがき>
原田を探す孝太郎と瞬の弟、勇。
孝仁と由梨香の娘、由香梨との再会。
しばらくして、孝仁には新たな一歩が。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。

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