第27話
「突然の求婚」
しばらくして、孝仁は由香梨と友達として付き合うようになった。
時々、由香梨が沙羅に会ったり、孝仁が由香梨の両親に会ったり、時には親同士で会ったりしている。
二人の仲を裂こうとする者は誰もいなかった。
やがて、孝仁は真月動物園でバイトを始めた。当然、猛獣飼育係だ。
その姿は孝太郎とうりふたつで、孝太郎のことを知ってるものは、孝太郎が帰ってきたと喜んでいた。
『俺より早くに青春がくるとはな』
孝太郎も孝仁が由香梨と付き合いだしたことに微笑ましく思っていた。
『由梨香の娘か…よく似てるな』
翔も同じように見ていた。
『そうだな…だけど、一つお前に謝らないといけないな』
『何が?』
『由梨香のことさ。あの日、お前は死に際に俺に由梨香を頼むって言ったけど、俺はその約束を守らなかった』
『しょうがねぇさ。お前は俺が死んだショックでみーんな忘れちまったんだ。それに、そうならなかったとしても、たぶん歴史は変わらなかったと思うぜ?』
孝太郎は目を丸くして翔を見る。
『お前の記憶の片隅に埋もれた、沙羅さんへの想い。それが呼び戻されたら、きっとこうなってたんじゃないかな?』
孝太郎はこれを聞いて納得する。
『そう言えば、この間、誰か探してたみたいだったけど、見つかったのか?』
『原田か…ちょっと苦労したけど見つかったぜ。でも、それをどう伝えるか…(それに、気になってたこともわかったしな)』
孝太郎は考えていたが、翔は笑っていた。
『本当に友達思いのいい奴だぜお前は。だからこそ、奇跡はお前が受け取るべきなんだろうな』
『何言ってるんだ?』
『いいから来な』
翔は孝太郎の肩に触れると、二人はその場から消えた。
ある日の午後。孝仁と由香梨は二人で町中を歩いていた。そのとき、先がボコボコに曲がった金属バットを持った一人の男が通り過ぎ、男は後ろからバットを由香梨目掛けて振り下ろした。
ブン!
しかし、もう少しで由香梨の頭に当たるというところで、孝仁が手のひらに受け止めた。
「バットは人を殴るために使う道具じゃないだろ?」
由香梨は何があったのかを知ろうとして後ろを見た瞬間、腰を抜かした。
「この野郎!」
男は怒ってバットを振り回すが、孝仁は全て手で払うように回避していた。
そして、孝仁は男がバットを振り上げた隙をついて男の懐に飛び込み、脇の下に裏拳を当ててふっ飛ばし、その先にあったブロック塀に激突した男は気絶した。
しかもブロック塀にはひびが入っている。それだけ強い衝撃だったのだろう。
「妙な殺気みたいなものを感じたからまさかとは思ったが…」
孝仁は独り言を呟き、ちょっとして腰を抜かしている由香梨に歩み寄って手を伸ばした。
「大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございました」
由香梨は礼を言いながら孝仁の手につかまって立ち上がった。
気を取り直して二人は歩き始めた。が、しばらくして由香梨が口を開いた。
「孝仁さん」
「ん?」
名前を呼ばれて孝仁は振り向く。由香梨の表情は微笑んでおり、少し赤かった。
「私が高校を卒業したら、結婚してください」
「なっ!?」
由香梨の大胆な発言に孝仁は驚いて顔を赤くする。
「私、ずっと考えてましたが、さっきのことで心が決まりました。孝仁さんなら私を守ってくれる。そう判断して思い切りました」
「そんな…いきなり言われても…」
「もちろん、すぐに返事しろとは言いません。じっくり時間をかけてください。私は気長に待ちます」
「…わかった。返事は必ずする」
しばらくして、二人は気を取り直して歩き出し、夕方になったので孝仁は由香梨を家に送って帰っていった。
「ただいま…」
「おかえりなさい…どうしたの?顔が少し赤いけど、熱でも出た?」
孝仁が俯き加減で顔を少し赤くしていたので、沙羅は孝仁の額に手を当てた。
「いや…熱とかじゃないんだ」
「じゃぁどうしたの?」
「実は…」
孝仁は由香梨が襲われて助けたことを話した。
「へぇ…でも、それと顔が赤いことと何の関係があるの?」
「その後だ…由香梨さんが、高校を卒業したら…結婚してくれって…」
言い終わって孝仁はため息をついた。
「へぇ…いいじゃない。しちゃいなさいよ」
孝仁は沙羅の意外な反応に焦った。
「ち、ちょっと…そんなあっさり返事しないでくれ!結婚となると、俺だけの問題じゃないんだから」
慌てながら反論する孝仁、しかし、沙羅は笑顔だった。
「わかってるわよ。由香梨ちゃんの両親とも話し合ってみるね」
「その前に、俺が由香梨さんに返事をしなければいけないだけどね…」
これを聞いて沙羅は呆れた。
「もう、好きならその場でOKしてもよかったのに…」
沙羅は呆れたままだったが、どことなく孝太郎に似ていると思った。
翌日、沙羅は孝仁を連れて由梨香の家に行った。
ピンポーン…ガチャ
「あら、沙羅さん…それに孝仁君も」
チャイムを押して出てきたのは由梨香だった。
「あ、孝仁さん」
由梨香の後ろから由香梨が姿を現した。
「よぉ」
孝仁は軽く手を上げて応える。
「ご主人はいますか?」
「はい、リビングのほうにいますのでどうぞ」
由梨香は沙羅をリビングに案内した。
「孝仁はしばらく由香梨ちゃんと一緒にいなさい」
「じゃぁ、しばらくお預かりします」
沙羅が言うと、由香梨が孝仁の手を引っ張って部屋に連れて行った。
「あ、初めまして。由梨香の夫の泰敏(やすとし)です」
泰敏は沙羅の姿を見て座っていたソファーから立ち、丁寧に挨拶した。
「こちらこそ、初めまして。矢神沙羅です」
沙羅も泰敏に習って丁寧に挨拶した。
「あ、あれ?孝太郎さんは?一緒じゃないのですか?」
由梨香は疑問を持った。孝仁は孝太郎のことを由梨香に何も知らせてなかったのである。
「…私の夫、海原孝太郎は…9年前にこの世を去りました」
沙羅は俯き加減で、今まで一度も自分の口から喋ったことがないことを言った。これを聞いて、当然ながら泰敏と由梨香は驚く。
その頃、由香梨の部屋では…。
二人は由香梨のベッドの上に座っていた、由香梨が意識的に孝仁の肩にくっついて座り、孝仁は焦って離れたが、その下には何もなく、当然ながら孝仁は背中を床に打った。
由香梨は爆笑しながら孝仁のすぐそばに立ち、やりきれない気持ちになっていた孝仁の手を引っ張って横に座らせた。
「…そうなのですか…孝仁さんのお父さんはもう…」
「今までの9年間、ずっと母さんと二人でやってきたんだ。苦労はしたけど、父さんが色々残してくれたおかげで助かった部分もいっぱいあったんだ」
孝仁はまるで遠くを見るような感じだった。
由香梨は何気なく、孝仁の手をとった。孝仁は少し驚いて由香梨を見る。由香梨は優しく微笑んでいた。
「お父さん思いですね」
「まぁね。俺は今でも父さんの背中を追いかけてるから…由香梨さんは…」
「待ってください!」
孝仁が続きを言おうとしたとき、由香梨が眉を少し尖らせて遮った。
「な、どうしたんだよ急に?」
「私のこと、さん付けで呼ぶのやめてください」
由香梨の瞳には、強い意志が宿っていた。
「急にそんなこと言われても…」
「しないということは、私のことが嫌いなのですね?」
「由香梨!俺はそんなこと…あ」
孝仁は否定しようとしてついきつく言ったが、呼び捨てにしたことに気付いてはっとなった。
「ふふ。やっと呼び捨てにしてくれました」
由香梨は笑顔になる。
「由香梨の立場はせこいぜ。でもまぁ、由香梨が呼び捨てにするのって、なんか合わない感じがする…うわ!」
孝仁は頭をかきながら言うと、由香梨が孝仁を押し倒した。
「な、どうしたんだよ急に…!」
孝仁は由香梨の強い意志が宿った瞳を見て何も言えなくなった。
「…私は…寿由香梨は…矢神孝仁さん、あなたのことが好きです。これからは友達としてではなく、孝仁さんの彼女として付き合いたいです」
「…由香梨…」
「…結婚を申し込んだときのように、すぐにとは言いません。じっくりと…」
由香梨が先を言おうとしたが、孝仁が手で由香梨の口を塞いで止めた。
「その先は言わなくていい。前から考えてたんだ。友人同士としては何か物足りないことにも気付いてて…だから俺も、由香梨とは、彼氏として付き合いたい」
しばらくはこのままの状態で沈黙が支配した。と、そこへ…
ガチャ
扉が開く音がし、二人は慌てて体を起こした。
「あら、お邪魔だった?」
入ってきたのは由梨香だった。
「お母さん!もう、ノックぐらいしてよ!」
由香梨は怒っていたが、その反面、がっくりしていた。
「ふふ。二人の結婚だけど、私たちはOKよ。後は孝仁君次第ね」
由梨香はからかうように言った。孝仁は少し顔を赤くしながら言った。
「そのことですけど、由香梨さんとは、今までは友達同士として付き合ってましたけど、今後は彼氏彼女として付き合うことにしました」
「了解♪孝仁君みたいな子だったら、娘をあげてもいいなぁってずっと思ってたの♪」
二人は耳まで真っ赤にする。
このあと、みんなで由梨香と沙羅が作った夕飯を食た。
夜。由香梨は孝仁を泊めたいと言い、孝仁は顔を真っ赤にしたが、由梨香と沙羅は許可した。
孝仁は終始顔を真っ赤にしており、気がついたら由香梨のベッドで二人で寝ていた。
<あとがき>
最初は友達同士だったが、後に彼氏彼女として付き合うことにした孝仁と由香梨。
そして、由香梨の家に泊まった孝仁。
翔に連れられて孝太郎はどこに行ったのだろうか?
数年後、二人は…。
そして、孝太郎が取った行動と沙羅の想いが奇跡を呼ぶ。
同時に孝太郎が気にしていたことも明るみになるのだった。
今回はここまでです。
短文ですが、以上です。