第28話
「脅威と驚異」
翌日の朝、孝仁は由香梨のベッドの上で目を覚ました。いつもの朝と感じるものが違うことに気付き、周りを見ると、昨夜のことを思い出して顔を赤くした。
やがて、横にいた由香梨が体を起こす。
「そう言えば、今日は平日で学校があるんだっけ…だけど、もう婿にいけない」
「ご心配なく。私がお迎えしますから」
そう言って孝仁の首の周りに腕を回した。
「あ!学校の用意がない!」
孝仁は由香梨の返事に苦笑したが、ふと思い出してベッドから立ち上がった。が、
「その点なら心配御無用。孝仁君のお母さんがさっき持ってきてくれたから」
いつの間にか、部屋にいた由梨香が穏やかな口調で言った。
そして、3人で朝飯を食べている最中にニュースが流れた。
『昨日、真月町西区で、指名手配中だった連続撲殺犯が逮捕されました。路上で気絶してる男がいると通報があり、現場に駆けつけた所、ブロック塀に激突した後があり、その傍には一人の男が気絶してました。また、近くに先がボコボコになった金属バットが転がっており、バットに付着していた血痕を調べたところ、殺された人たちのものだとわかり、この男を緊急逮捕しました。男には脇の下に殴られたような後があり、他にも激突した跡と見られる肋骨の複雑骨折が見られました。しかし、何が原因でこうなったのかがわからず、現在情報収集しています。次のニュースです…』
テレビに映っているキャスターは無表情でしゃべり続ける。
「俺がぶっ飛ばした奴が、指名手配犯だったとはな…俺がいなかったら、新たな犠牲者が出るところだった」
孝仁は由梨香が作った朝飯を口に運びながら言った。
「由香梨から聞いたわ。守ってくれてありがとう」
由梨香がお礼を言うと、孝仁は少し照れながら頭をかいていた。
やがて、学校へ行く時間になり、二人は由梨香に見送られながら家を出た。
その途中で由香梨が孝仁の手を取った。
「あ…」
「いいでしょ?もう友達じゃないんですから」
由香梨は顔を少し赤くしながら言うと、
「…そうだな…」と孝仁は微笑みながら言った。
初めて恋人同士らしい姿で歩く二人だった。
それから2年後。
孝仁と由香梨の交際はずっと続いていた。
孝仁は卒業し、かつての孝太郎と同じように真月動物園の正社員として働いている。
由香梨は3年になり、孝仁とは会う時間が減ったが、想い合う気持ちは変わらなかった。
しかし、奇妙なことが起こっていたのも事実だった。
沙羅が時々洗って大事に仏壇においていた、孝太郎の形見である青いバンダナが消えたのである。
ある日、バンダナを洗濯に出し、飛ばないように洗濯バサミでしっかりと押さえておいたはずなのだが、取り入れようとしたとき、そのバンダナが消えていたのである。
まるでバンダナそのものが最初からなかったかのように…。
沙羅はショックを受けるどころか、不思議でたまらなかったみたいだった。
それに加え、探そうという気持ちが沸かなかったと言う。孝仁はそんな沙羅を不思議に思っていた。
もう一つ、バンダナが消えて2日ほどした頃から、真月町のあちこちでチンピラが路上に倒れている話をよく聞くようになった。
他にも、黒に近い紫のローブで全身を包み、顔も同じ色の頭巾で隠している男か女かもわからない得体の知れない人物が歩いているのを見たという噂も立った。
その人物が通った翌日は必ずチンピラが倒れているという噂も同時に出ていた。
それまではたまにチンピラにからまれた話を聞いていたが、今ではその逆の話を聞くようになった。
物騒になったという人がいたり、チンピラに襲われることがなくなったと安心している人たちがいた。
そして、それからまた1年が過ぎた。
由香梨が高校を卒業し、その数日後、心が決まった孝仁は由香梨からのプロポーズの返事をした。
そして、少し離れたところにある教会で式を挙げることになり、会場には瞬たちがきていた。
祝い品である花がいっぱいあったが、その中に一つだけ差出人不明のものがあった。
それを見たものはみんな首を傾げたが、そのうちに気にしなくなっていった。
やがて、式が始まった。
二人は神父の前に立ち、指輪を交換して、あとは誓いの口付けをするだけになったが、その時だった。
教会の扉が勢いよく開かれ、何事かと全員が見ると、その先には無数のシルエットがあった。
「この式は今すぐ中止にしなさい。でないと怪我じゃ済まないわよ?」
「あの声は…まさか…」
孝仁は聞き覚えのある声に振り向いた。シルエットの一つが中に入ってきて、姿が明らかになる。
「久しぶりね。矢神孝仁君」
「やっぱり…高校時代、少林寺拳法部の黒い薔薇で有名だった真木野雪江か」
「真木野…ってまさか、あいつの…!?」
客の一人である瞬が驚いた。
「そうだ。よく覚えてたな」
男の声がすると、シルエットがもう一つ中に入ってきて正体が明らかになった。
「真木野…修司…」
李香が怯えるような口調で言った。
「久しぶりだな。今度こそ、矢神沙羅君を自分のものにさせてもらうぞ」
真木野の声に沙羅は怯えた。同時に後ろにいたシルエットが全員中に入り、木刀を構えた。
周りの客は別の出口から逃げ出し、残りは孝仁、由香梨、泰敏、由梨香、沙羅、瞬、未柚、未菜子、李香、悟、雪江、修司と木刀を構えた男たちだけになった。
「みんなかかれ!!!」
修司の合図を皮切りに木刀を持った男たちは襲いかかった。
だが、孝仁はいつのまにかタキシードの上着を脱ぎ、木刀を持った男たちを倒していった。
その間に沙羅たちは非常口から逃げた。途中でつかまりそうになったが、瞬たちが何とかして守り抜いた。
修司は出入り口から外に出て予備の部下たちを呼びに行こうとしたが、外にはその部下たちが倒れていた。
「な、これはどういうことだ!?」
「手ごたえのない野郎共だったぜ」
そう言って姿を現したのは、全身を黒に近い紫のローブに包んで片手に竹刀を持つ謎の人物。声色からして男だろう。
「誰だ!?」
「自分で確かめるんだな。結構式のようなめでたい日に殴り込みをかけるとは…無傷なうちに大人しく引き下がれ」
「黙れ!僕の邪魔をする奴は、誰一人として許さん!何としてでも、沙羅君をもらうぞ」
「そうはさせん。お前はここで俺が倒す」
ローブの男は構えを取った。修司は腰に添えていた木刀を構える。
「その頭巾を取って正体を暴いてやる」
修司は木刀を振り回したが、男は全て回避していた。そのうちに男の竹刀が当たり、修司は吹っ飛ばされた。
同時に教会の窓ガラスが割れ、そこから雪江が吹っ飛ばされてきた。
孝仁は外に出てきたが、修司とローブの男を見て驚いた。
「こっちは大丈夫だ。早く花嫁さんのところに行ってやりな」
ローブの男の表情は頭巾でわからなかったが、微笑んでいるみたいだった。
だが、いつの間にか修司が間近に来ており、木刀を男の頭めがけて振り回した。
男はまるでわかっていたかのように回避したが、頭巾が取れて空中に舞った。
頭巾の下にあった顔を見て、孝仁と修司は驚いた。
「な、なぜお前がここに!?」
修司は驚きながら後ずさる。
「どうして!?…」
孝仁は目の前にある事実が信じられなかった。
「21年前のことで懲りずにまたやるとはな…親と絶縁して五十嵐さんから逃げ、他の女と一緒になって子供を作り、去年奥さんが死んだのをいいことに、二度目の妻に沙羅さんを迎えようとしてこの場を襲撃するとは…」
男が苦虫を潰したような口調で言うと、修司が不敵な笑みになった。
「目的のためなら僕は手段を選ばない。絶対に連れて帰ってやる」
「それも終わりだ。お前はここであの時のように、あいつに代わって俺が敗北させてやる」
男はそういいながら羽織っていたローブを脱ぎ、近くに落ちていた木刀を手にとって二刀流になった。
「その姿はまるで…江戸時代初期の剣豪、宮本武蔵…」
孝仁が驚きながら呟いたとき、修司が襲い掛かったが、男は片方の木刀で受け止め、竹刀でこめかみの部分を強打し、修司は呆気なく気絶した。
「その技は、武蔵が二刀流で偶然編み出した二点一流…まるで侍じゃないか」
孝仁は驚くばかりだった。
「かつて剣道を習ってた腕を活かしてな。肩を壊したから無理と思ってたけど、そうでもなかったな」
男は木刀をその辺に投げ捨てると、孝仁の頭を撫でながら、続きを言った。
「それに侍は、守るべき者を守るために、完全に私心なく死ぬまで戦い続ける。海原はそう言ってた」
「それが真の侍…」
孝仁の呟きを聞いて男は頷く。
「孝仁。大丈夫だ、った…」
非常口から出ていた沙羅が孝仁の身を案じて声をかけたが、そばにいた男を見て驚いた。
「あーい…だいじょう…って、原田!?」
沙羅の後に出てきた瞬も男の顔を見て驚いた。
「こっちはもう大丈夫だ。ほら、式が途中だろ?早く続きをやりな」
原田は微笑んで促す。沙羅たちは唖然としたまま中に入り、掃除などをして式の続きを行った。
真木野たちは通報で駆けつけた警察に逮捕された。みんな気絶していたので連れて行くのは簡単だったそうだ。
「5年もすまんな。わけは後で説明する。それでいいだろ?」
「あ、あぁ…」
瞬は驚きながらも納得した。
いつの間にか、差出人不明の花には名前が差出人を書いた札があった。書いてあった名前は「原田智一」
そして、式は再開され、孝仁と由香梨は誓いの口づけをし、外に出た。
二人は無数のライスシャワーを浴びた。
その傍らで、原田一家の3人が対面していた。
「父さん…やっと帰ってきてくれたんだね」
「もう、バカ…今まで何してたのよぉ!」
悟と李香が智一の腕の中で泣きながら言った。
「本当にすまねぇ…何度も帰ろうとは思ったんだ。けど、今頃帰ってどうする?って思うと、足が止まって…」
「でも、よく帰ってきてくれたな」
瞬が歩み寄って言った。それからしばらくして、ガサッという音の後に茂みの中からローブを羽織った人物が姿を現した。
「え!?ローブの男って、お前じゃなかったのか!?」
瞬と智一は驚いていた。沙羅たちは怯えている。
「お前は誰だ!?」
智一は怒鳴りながら落ちていた竹刀と木刀で二刀流になった。
「おいおい、帰るきっかけを与えた俺の恩を仇で返す気か?」
声からして男だろう。ローブの男は平然と立ったまま言った。
「それには感謝してる。待機していた真木野の部下たちをみんな倒したこともな。だけど、俺が何度聞いてもお前はいずれわかるとしか言わなかった。本当に誰だ!?」
智一は構えたが、ローブの男は怯え一つ見せず構えもしなかった。
「やめとけ。壊れた肩で何ができる?」
ローブの男が聞くと、瞬は驚いた。
「なぜそれを!?このことは俺たちしか知らないはず…」
智一と瞬は硬直した。が、孝仁が前に立って構えた。
「本当に誰だ!?正体を明かせ!」
「12年も声を聞いてなかったら、忘れてしまうのも無理はないか…」
「12年?…その声、そんな…まさか…」
沙羅が驚きながら駆け寄った。そして、ローブを脱がし、頭巾を取ろうとしたが、その間、男は少しの抵抗もしなかった。
そして、沙羅が頭巾を取ったとき、顔を見た全員が驚いた。
「な…なぜ…」
「馬鹿な…お前は12年前、みんなの目の前で…」
「…父さん…」
「…孝太郎さん…」
未柚、瞬、孝仁、由梨香も驚き、あいた口が塞がらなくなっていた。
額の青いバンダナ。真っ黒な髪。こだわりのない服装。知ってるものたちから見れば間違いなく孝太郎だった。
「久しぶりだな、みんな…だけど、俺はずっと見てたぜ」
孝太郎は微笑んでいた。
「ずっと、会えるって信じてた…」
沙羅は嬉し涙を流し、孝太郎の肩に顔をうずめた。
「…父さん…何だかまた会えそうな気はしてたけど、本当に会えるなんて」
孝仁も歩み寄り孝太郎の腕の中ですすり泣いた。
「俺もだ。だけど、これからまた3人で暮らせるんだ…っと、由梨香の娘さんがいるから4人になるのか」
「でも、孝太郎。なぜ生き返れたんだ?」
「それだけど、俺の家で説明するよ。原田が帰ってこれた理由もな」
瞬の問いかけに孝太郎は何一つ隠さずに言った。
そして、みんなは孝太郎の家で真相を聞く事になったのだった。
<あとがき>
孝仁と由香梨の結婚式。
帰ってきた智一と生き返った孝太郎。
その経由を孝太郎の家で聞く事に。
それから数年後、また新たな出会いが…。
短文ですが、以上です。