第30話

「想いは時を越えて」

数日後、孝仁と由香梨は少し離れたところにあるマンションで暮らすことになった。
沙羅は戸惑ったが、孝太郎が「あいつらが決めたことなら見守ってやろうぜ」と言って落ち着かせた。

孝仁と由香梨が背を向けて去っていくのを孝太郎と沙羅は見守るように見ていた。
「ねぇ」
沙羅は孝太郎の腕に自分の両腕を絡ませた。
「ん?」
孝太郎は腕に暖かいものを感じながら沙羅を見た。
「いつか生まれ変わったら、その時も一緒になろうね?」
「そうだな。そのときは、絶対に離れないぜ」
「うん…」
『二人なら大丈夫だ。孝太郎、俺は今度もお前の親友として出会いたいものだ』
そう言って空に向かって飛んでいった男がいた。その姿が誰にも見えることはなかったはずだったが、孝太郎にはその男、翔が去っていく姿がはっきりと見えた。



それから、200年が過ぎたある日のこと。



文明が発達し、あちこちにハイテク技術が施され、そうなる前の面影はないように見えたが、公園などといった名残りを見せるものは文化遺産としてしっかりと残っていた。
真月町は70年ほど前に真月市になったが、東西両区はそのままだった。
ある日の昼間、一人の高校生ぐらいの男が、西区の公園のベンチに座って気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。
その男の傍では、一羽のスズメが一匹の子猫とじゃれあっていた。
そんな光景を微笑ましく見ている人たち。なかには写真に撮ったりする人がいた。
そこへガラの悪い男(以下:チンピラ)たちが10人ほどやってきた。みんなスタンガンの機能を持つトンファーなどの武器を持っている。
周りの人たちは恐怖におののいて逃げ出したが、日向ぼっこをしている男は少しも動こうとしなかった。
「いい度胸してるなぁ。俺たちが来ても逃げねぇなんてよぉ」
「ん?何だ、あんたらは?」
日向ぼっこをしていた男はチンピラたちを見ても怯え一つ見せなかった。男は伸びをしてその場から歩いて去ろうとしたが、チンピラの一人に肩を掴まれた。
「俺たちを見ても素通りかい?死にたくなきゃぁ金出しな」
「一銭も持ってねぇよ。お前らに貸す金なんてなぁ」
男はそういいながら睨むとチンピラの一人は少しうろたえた。
スズメと猫はいつの間にかベンチの後ろに隠れた。
「なめやがって、やっちまえー!!
一人が怒鳴ると、一斉に襲い掛かった。
だが、男はチンピラの攻撃を軽々と回避し、逆に自分の攻撃を目に見えない速さで当てて次々と倒していった。
残った一人は驚いたが、落ち着くと懐から小型の銃を取り出して構えた。
「こいつで殺してやる」
「やめとけ。他の連中みたいになりたくなかったらな」
「へっ。3メートルほど離れてるのに俺様を倒せるのかよ?」
「なら、試して見るか?」
男は銃口を向けられても怯え一つ見せずに構えを取った。
そして、鋭いストレートをチンピラに向けて放ったが、距離が離れすぎて当たることはなかった。
「なにバカやって…ぐあ!
チンピラが笑おうとしたとき、腹部に衝撃が走り、チンピラは吹っ飛んだ。
「これが俺の必殺技の一つ、『衝撃波(しょうげきは)』だ。少し威力を抑えたからその程度で済んだんだ。生きてるだけでもありがたく思うんだな」
男はそう言い残して公園を去っていった。

数日後のこと、真月西高校で何でもありの格闘大会が行われた。参加資格を持つのは格闘技の経験を持つ生徒ならOKということ。おまけとしては、剣道やフェンシングといった武器を使った格闘もOKということ。
しかも達人、素人は問わないということから参加者は70人を超した。
それぞれ素手、竹刀、棍をもった生徒たちが校庭に立つ。細身剣は目に入ると危ないということから使用は禁止された。
観客は教室の窓や屋上から見ていた。
「全員構えて」
この合図で参加者全員がそれぞれの構えを取る。
「始め!」
言い終わると、校庭で喧嘩も同然のような戦いが始まった。
素手、竹刀、棍がぶつかり合う音や威勢のいい声が飛び交う。

15分ほど過ぎ、力尽きて倒れる生徒が出てきた。
参加者たちは、相手を倒すと次の相手を探し、その相手を倒すとまた探す。
そんなことが繰り返されるうちに、残りは二人になった。
そのうちの一人は、先日、公園で10人ほどのチンピラを一人で倒した男である。
男の前に立つのは、棍を持つ少林寺拳法部の顧問教師(男)。かなりの美形だが、体罰教師として嫌われ、誰もが恐れている。
「なかなかいい腕をしてるな。あれだけの中で無傷とは…私は真木野 修司(まきの しゅうじ)」
男は名前を聞いたとき、片方の眉毛が少しピクッとしたが何も言わず、ズボンのポケットに入れていた青いバンダナを額に巻く。
「気を引き締めたのだろうが、素手のお前に私は倒せん!」
「そうやって気取っていられるのも今のうちだ。遺言状の書き方ぐらいは教えてもらえばよかったんじゃないのか?」
男が言うと、真木野は睨んだ。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる…いくぞ!」
真木野はそう言って棍を構え、男に襲い掛かったが、男は手のひらで真木野が振り回す棍を軽々と弾いた。
「や、やるな…お前、何者だ!?」
真木野は振り回して疲れたらしく、息を切らしながら聞いた。
「中国拳法部の主将、2年D組の海原 孝太郎(うなばら こうたろう)。実力は3段」
これを聞いて観客は驚く。孝太郎の声は口の近くに浮かんでいる小型マイクで丸聞こえだった。当然ながら、真木野の口元にも浮かんでいる。
「なるほど、先日転校し、中国拳法部に入部して異例の速さで頭角を現し、遂には主将になった男がいると聞いたが、お前のことだったのか」
真木野は不敵な笑みを浮かべて棍を構えた。
「一度、お前と手合わせをやってみたかった。だが、少林寺拳法7段の私に勝つのは不可能!」
そう言って孝太郎に襲い掛かったが、孝太郎は軽々と手で弾き、真木野はバテてしまった。
そこへ孝太郎が間合いに飛び込み、蹴り技を繰り出すが、それに気付いた真木野は棍を両手で盾のように構えた。
孝太郎はそれを見てもひるまずに攻撃を繰り出した。
うおぉりやぁぁぁぁ!!!
孝太郎は怒声を出し、蹴りを勢いよく棍に当てた。
バキィ!!!
孝太郎の一撃は鉄芯が入った棍を真っ二つに割ると、そのまま真木野の顔に勢いが衰えることなく向かい、真木野は驚く間も与えられずに顔に一撃を食らい、脳震盪を起こして気絶した。
その後に歓声が響き渡る。周りに倒れていた参加者たちは治療のために運ばれたが、真木野は反則などの理由でしばらく放置された。
中には傷一つなく気絶している生徒が何人かいたが、それらはみんな孝太郎が倒した生徒だった。
孝太郎は相手の攻撃を回避した後に首の根元に手刀で衝撃を当てて気絶させる以外何もしなかったのだ。

こうして大会は終わり、孝太郎は表彰された後に一人で屋上にいた。
そこへ一人の女子生徒がやってくる。
「中国拳法部の主将ってだけあって強いね」
「まぁね。でも、俺より強い人ならまだいると思う」
「ふふ。謙遜しちゃって…あ、名前言ってなかったね。私、矢神 沙羅(やがみ さら)。よろしくね」
そう言って沙羅は差し出すと、孝太郎は手を差し出して握手をしようとしたが、
「え?…ま、まさか…」
孝太郎は沙羅の手に触れた瞬間、何かが頭の中をよぎり、沙羅は微笑んだ。
「そのまさかだよ。久しぶりだな、孝太郎」
そう言いながら沙羅の後ろから一人の教師が出てきた。
「え?…瞬?」
孝太郎が聞くと、瞬は笑顔で頷いた。
「そうさ。俺は風上 瞬(かざかみ しゅん)。で、横にいるのが、未柚ちゃんだ」
瞬の隣には、いつの間にか調理実習担当の女性教師がいた。
「孝ちゃん、覚えてないかな?日永 未柚 (ひなが みゆ)だよ」
「今、思い出したよ。確か、原田は校長だったな?」
「そうよ。この間、ばったり会ってびっくりしちゃった」
沙羅は笑顔で言った。しかも李香はその妻になっている。
「俺が覚えてたのは、真木野と柔道部の顧問をやってる真太郎ぐらいだ。あいつらは全く覚えてなかったみたいだけど」
「俺も忘れたのか?孝太郎」
瞬の後ろから声がする。見ると、赤いバンダナを額に巻いていた。
「まさか…日向 翔(ひゅうが しょう)?」
孝太郎が聞くと、翔は笑顔で頷いた。
「そっか…それぞれ違った形でだけど、俺たち、200年ぶりに再会したんだな…」
孝太郎が遠くを見ながら言うと、みんなは頷いた。
そして、孝太郎は気付いていた。記憶の中に埋もれた、沙羅への想いも呼び覚まされたことも。
「だけど、由梨香は今回は俺の妹じゃなくなった。その代わりに彼女になってる」
翔は少し複雑な気分だったが、孝太郎の親友として再び会えた嬉しさのほうが大きいみたいだ。
孝太郎は再会の記念に、いつの間にか周りに止まっていたスズメたちを1羽づつみんなの肩に飛び乗らせた。

数日後、孝太郎と沙羅は付き合い始めた。それもいきなり恋人同士としてだ。
真木野は数々の体罰で訴えられて強制退職。

ある日の休日、孝太郎と沙羅は腕を組んで歩いていた。
「何となく、孝太郎君のお母さんになってみたかったって気持ちもあるんだけど…」
歩きながら沙羅は語りだした。
「やめとけよ、そうなったらなったで、違う形で再会したかったって言うんじゃないのか?」
「そうかもね」
そう言って二人は笑い合った。

そして、夜の公園で二人きりになった。
「今度は本当に、ずっと一緒にいようね?」
「心配するな。前とは違って、心臓に何の問題もない」
「で、でも…」
「口約束だけじゃぁ不安か?」
「う、うん…」
「そういうと思ったぜ。だから、約束を形にするよ」
「え?…
沙羅は疑問に思ったが、いつの間にか孝太郎が両腕を首の周りに回し、その直後に唇を塞いだ。
その行動に沙羅は戸惑ったが、やがて落ち着くと、孝太郎の想いに身を任せるように体の力を抜いて目を閉じた。
やがて、唇が離れたが、孝太郎の両手は沙羅の両肩にかかっていた。
「…これで、二度目だね…」
「何が?」
「…孝太郎君から、キスしてくれた回数…」
「そうだったな…前は病院の屋上だったっけ」
「うん…もう離れ離れは嫌だからね?」
「心配するな。俺は絶対に離さないから」
孝太郎はそう言って沙羅を引き寄せて抱きしめた。
沙羅は孝太郎から感じる暖かさの中で静かに目を閉じた。

想いは時を越えて再び出会い、また恋人同士になった二人。
この二人の間には、もう誰も入ることはできないだろう。

FIN


<あとがき>
200年が過ぎても、孝太郎の中国拳法と動物をてなづける才能は健在。
様々な形で再会した親友や仲間たち。
きっと、また何年か過ぎても同じことが起きるのだろうか?と思うときがある。
それとも、今度はまた違った形で出会うのだろうか?
そんなことを思わせながら、この物語は終わりを告げる。

読者の皆さん。ここまで読んでくれてありがとうございました。
短文ですが、以上です。

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