心の修羅
作者:都波 心流
人生ってどれだけの苦しみや悲しみがあるだろうか?
不幸な状況は時として人生に絶望を与えてくれる。
とある集中治療室。
そこで一つの大切な存在が失われてしまった。
「どうして……どうして」
俺のせいで大切な人が……。
これを経験するのは二回目である。
ちょっと前まで、一緒にデートして楽しんだのに。
何故だ!? 何故なんだぁ!?
脳裏に浮かぶのは好きな人との楽しい思い出。
その映像が見え隠れしながら儚く消えていく。
大切な人を再び看取ることになるなんて。
「くそぉ……ちくしょう!!」
その場で崩れて涙するのも二回目だ。
チンピラのクソ虫な不良に絡まれて、
俺の恋人に手をかけようとしやがって。
完全にキレて本気で戦ったのに何て無力なんだ。
相手のナイフで本当に刺されるのは俺だったのに。
好きな人に庇われてしまって、このまま死んでしまうなんて。
忘れようとしても絶対に忘れられない。
ヤツらが逮捕されても彼女は二度と戻ってこない。
「どうして……どうして……俺の好きな人は……なぁ、教えてくれ。
俺が好きになった人は……どうして死んでしまうのか……教えてくれよぉ」
大切な人がいなくなる悲しみ。
これを二度も味わった俺は絶望したんだ。
俺の心の中で何かが壊れてしまった。
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・
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あれから数年が過ぎた。
俺こと鳥山 弘樹(とりやま ひろき)は高校退学してホームレス一直線。
孤児で育った俺は天涯孤独で今まで生きてきた。
失うものは何もない。
「はぁっ!!」
俺は不良と呼ばれる害虫を叩き潰している。
先に手を出してきたのは向こうからだ。
こういうクソ虫を潰していくのが今の俺がしてること。
ダサい男がどんな反応を示そうとも知った事ではない。
「死ね」
俺が凍りみたいな目線で冷たくそう言い放つ。
殴りつけて倒れた相手の頭部を思い切り踏みつけた。
相手の絶叫がしばらく響いたけどすぐに気絶して反応ゼロとなる。
敵が集団でも修羅場をくぐった俺にとっては役不足だ。
俺一人を満足に殺せない弱い連中。
ナイフやバットなどの武器も出してるくせにな。
こんな弱いヤツから、俺の大切な人を殺されたかと思うと虫唾が走るぜ。
「おりゃぁ!!」
相手の胸倉を掴んで何発も殴る。
原型がボコボコになるまで殴りまくる。
ヤツらが生きようと死のうと関係はない。
逃げても絶対に許させねぇ。
徹底的に追いかけて必ず仕返しをしてやる。
俺が唯一残っているポリシーは、
相手が攻撃してこない限りは絶対に何もしない事だけだ。
どうも昔っから俺は誰かにイジメられる体質らしい。
理由はよくわからんが、俺としては好都合だ。
それだけ相手を叩き壊せる機会が増えてくるのだからな。
高校を退学してからはホームレス一直線。
身内もいない孤児の俺には失うものがないから、
適当にテントを作って路頭に迷う日々を過ごす。
生きてるのは、腐った連中を叩き潰すためだ。
公園の外れにある死角となる場所がある。
ちょうどトンネルみたいになってて、一般人が通る事のない場所だ。
複数のテントが張ってあって、俺もその中の一人として混ざっている。
ホームレス同士では結構モノのやり取りとかもあったな。
中古ランプをつけて、ゴロンと寝転がる。
二枚の写真を取り出して呆然と眺めていく。
「……」
一枚目は、初めて好きになった恋人。
俺を庇って交通事故で死んでしまった。
二枚目は、その次に好きになった恋人。
あの時は好きになるのに時間が掛かったなぁ。
彼女はゆっくりとペース合わせてくれて、
俺の事情の全てを受け止めてくれた。
次こそは亡くなった恋人の分まで幸せになろう。
そう思ったのに……。
「ちっ!!」
ダメだったんだ。
俺のせいで、彼女達は死んでしまった。
彼女の両親に罵倒された事が唯一の救いとも言える。
いつでも俺をどん底に落としてくれるからな。
眠った時に夢を見ることがある。
亡くなった彼女達が俺に悔やみを洩らすのだ。
生きていれば別の生きがいを与えられたのにとな。
二人とも同じことを何度も言葉にしてくるんだ。
俺は決めた、死ぬまでこの生き方で行こうと。
どんな地獄だろうと落ちる所まで落ちるつもりだ。
「あ、あのぅ」
テントの入り口から声を掛けられた。
目線を見ると、セーラー服を着た女の子がいる。
二人目の恋人の妹、名前は恵(めぐみ)という。
苗字はもう忘れた、どうでもいいと思ってるからな。
「二度とここに来るな、消えろ」
「……」
何も言わず食料を置いて立ち去る少女。
頼んでもいないのに勝手に置いていきやがる。
変わり果てた俺を見て同情でもしてるのだろう。
目障りだけど、さすがに殴ろうとは思わない。
それにしても、どうやってこの場所を突き止めたのか?
そんな疑問も一時はあったけど今は興味もない。
ひたすらに修羅となる事を望んでいった。
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40人ほどの暴走族が俺に絡んできた。
そんなヤツらも結局は弱虫の集まりでしかない。
一人、二人と次々と叩き潰すだけでヤツらは怯えてしまう。
虚勢を張ったナイフの攻撃もトロ過ぎて瞬殺できる。
どうして俺がここまで強いのか?
失うものも、恐れるもの、それらが今の俺には何もないから。
「あとはお前だけだ。その場でもう死ねよ」
「ば、化け物!!」
ナイフを両手に俺の前に突き出している。
腰が引けてその時の無様な姿は目を腐らせるものだ。
ちょうどその時だった。
「やめて!!」
あのウザイ女、恵が割って入ってきた。
とんだ邪魔が入ってきたものだ。
くだらないドラマの展開を予想してみたら、
案の定、向こうは女を羽交い絞めにした。
「きゃっ!!」
怯えた男は形勢逆転というようなヘラヘラ顔をする。
何だよ、この顔は? 俺をなめてるのか?
それで勝ったつもりでいるつもりか?
「動くな!! 動けばこの女を殺すぞ!!」
「ひぃっ!!」
女はナイフを目の前に突きつけられて怯えている。
人質をとった男はくだらない三文芝居を見せてきた。
「もう死ねよ」
性根の腐ったコイツを潰すために堂々と接近する。
「おいっ!! 止まれ!! 本気で殺すぞ!!」
はぁ? 誰に命令してんの?
首筋にナイフ立てるクセに何ですぐに刺さないの?
もっと笑えよ、なに逃げようとしてんだよ。
さっきみたいに余裕そうな顔をしてみろよ。
今すぐに潰してやるからよ。逃げんな。
「潰れろ」
「ひぃーーーーーー!!」
男の醜い悲鳴、女は涙ポロポロ流して見苦しい。
逃げ腰だった男は女を突き飛ばして俺にぶつけてきた。
その一瞬の隙を狙って男が逃げ出していく。
「おいっ!!」
「だ、ダメぇ!!」
後を追いかけようとすると恵が抱きついてきた。
足止めされた俺は邪魔した恵に怒鳴り散らす。
「どけよ!! 死にてえのか!!」
「もうやめてよ!! こんなの、もうやめてぇ!!」
「お前には関係ない!!」
「きゃっ!!」
力任せに恵を突き飛ばしてヤツの後を追いかける。
修羅場をくぐった俺の脚なら十分に追跡が可能だ。
ヤツらのバイクは喧嘩前に潰しておいたからな。
もう連中が俺に牙を向けることはなかった。
・
・
・
ある日の夜。
恵が邪魔してくれたせいで、不覚をとってしまった。
わき腹を片手で押さえてるが、出血が思ったよりも酷い。
ナイフでグサリと刺されてしまったから。
恵には悟られないように追い払ったけど、
人目のない裏の路上をノロノロ歩くのが精一杯。
段々と目はかすんできやがった。
「く、くそぉ〜」
さらに雨まで降ってきて最悪極まりない。
全身がズブ濡れになり、裏の路上で倒れてしまう。
聴覚も狂い始めてしまって、何も聞こえなくなった。
俺は死ぬのか?
別に死ぬことに恐怖はない。
この世に未練なんて何一つないのだから。
地獄に行って孤独の道でも探そうか。
彼女達の元には行けないし、行く気もない。
薄れる意識の中でアバヨと口にした。
・
・
・
まどろむ意識の中。
彼女達がまた何かを言っている。
こっちに来るなという意思表示のようだ。
俺は腕を組んでわざと背中を向けた。
「妹の恵の傍にいてあげて」
「断る……もう俺は誰も好きにならない」
「お願い……」
「今の俺はキミ達に会わせる顔はないから」
孤独な暗闇の道を走り抜ける。
途中で光が射し込み、不規則に痛みが走った。
既に彼女達はいなくなっている。
痛みから今度は寒さに変わった。
耳元で何かが聞こえてくる。
「弘樹さん!! 弘樹さん!!」
俺の名前を連呼している。
脳みそに直接ぶつけられてる感じがして気分が悪い。
うるせえ……うるせえよ、黙れよ……。
「くっ!!」
うめき声と一緒に俺は目を覚ました。
瞬時に今までの意識は夢だと認識する。
寝た状態で横を見ると、涙をポロポロ流している恵。
さらに奥にはタバコを吸ってる変な女がいた。
研究所にあるような白衣姿。
ボサボサのロング髪をしたメガネ女。
どう見ても普通の女じゃないな。
「おっ、やっと気付いたようだね。恵、ちょっとお湯沸かしてきな」
「う、うん」
恵は台所に向かい、変わった女が近くにやって来た。
起き上がろうとするも、わき腹の痛みで顔を歪める。
「下手に起きても、痛いだけだ。大人しく寝とけ」
「アンタ、誰だ?」
「随分な口の聞き方ね。私は恵の遠い親戚で晴香(はるか)。
苗字はいらないわね。どうせ覚えそうもないし」
「ああ」
「見た目は普通そうだけど、弘樹は口が悪いと」
「なにメモしてやがる」
「その辺りは適当に流しておけ。ふぅ〜」
今まで見た女とは一味も二味も違う。
タバコの煙をプカプカ出し、窓の換気で煙を払っている。
何を考えてるのか、よくわからない女だ。
口調が男そのもので堅物そうなイメージを持った。
「とりあえず状況を話しておこうか」
晴香という女から俺は状況を知った。
恵が追いかけて必死に俺を探し、
裏路上で死にかけてる俺を発見したそうだ。
恵が遠い親戚である晴香に連絡をしてここまで運んだと。
「ここはアンタの家か?」
「まあね」
「手当てはアンタがしたのか?」
「病院では警察の面倒事があるだろ。
一応、医師免許は持っているから安心しな」
喋れば喋るほどに謎の多い女だ。
ま、この女が何者であろうと俺の知った事ではない。
「恵、コイツの看病をやっておきな」
「う、うん」
ちょうどその時、チクリと腕に痛みが走った。
女が何か注射をしたらしく、
段々と意識が薄れていくのを感じ取る。
「ただの麻酔だから安心して寝ておけ」
その言葉を最後に俺は意識が曖昧になっていく。
境目の意識で俺はあの女に対して無性にムカついた。
すぐにこの場を立ち去ろうと考えた俺を見抜きやがったんだ。
麻酔のせいで、俺の意識が完全に闇の中に沈んでいった。
・
・
・
あれから3日も過ぎた。
やられていた傷は無事に完治。
恩を受けたのでとりあえず礼だけはしておく。
「世話になったな」
「恵に別れの挨拶ぐらいしたら?」
「二度と顔を見せるなって、アイツに言っておけ」
「ふ〜ん」
「そのムカつく笑みをやめろ」
「これは生まれつきだ。文句なら私を生んだ親に言ってもらおう」
「くだらん」
「ま、無理もないわね。二度もダメージ受けてんだから」
全てを知ってるって顔がムカつく。
殴ってやろうかと思ったが、俺の本能が危険信号を発した。
コイツ……隙がない……できる。
「人って一人では生きていけないわよ」
「その不可能を俺が可能にしてやる」
そう言い残して立ち去ろうとした。
しかし、俺はそこで一つの不覚を取ったのだ。
あんなにペラペラと喋る女に足止めされてしまい、
玄関先に恵が姿を現したのである。
早めに去っていれば、こうならなかったのに。
「どこ行くの?」
「地獄」
「ダメだよ。絶対に通さないから」
両手を広げて通さない姿勢を見せる恵。
あの白衣の女は知らぬ顔でテレビなんて見てやがる。
ま、俺にはどうでもいいことだ。
「どけ」
「イヤ」
「邪魔だ」
「イヤったらイヤ!!」
「ちっ!!」
突き飛ばすために恵の肩に手を置いた。
その瞬間、恵がいきなり俺を押し倒してきやがった。
「くっ!!」
恵に覆い被さられギュッと強く抱きつかれる。
俺とした事が不意を突かれてしまったのだ。
「私がお姉ちゃんの代わりになるから!!
もうやめて!!こんなの絶対にダメだよ!!壊れちゃうよ!!」
「んぐっ!?」
恵が俺の唇をキスで塞いできた。
突き放そうとするも強く抱き締められて動けない。
体勢が悪いから抵抗する事も上手くいかない。
ずっとキスを続けられて頭がクラクラしてきた。
息が苦しい……頭が……ボーと……して……くる……。
ようやく唇が離れた時、お互いに呼吸が乱れてしまった。
思考がままならず、力も満足に入らない有様だ。
「好きなの。お姉ちゃんと付き合ってる前からずっと……」
「お、俺は、んんっ!!」
俺からの言葉はキスで塞がれて何も出ない。
言葉を聞くことを拒絶してるかのようだ
人のぬくもりが懐かしく感じた。
我を忘れてしまい、気付けば恵を抱き締めてしまう。
なし崩しに泊まることになってしまった。
・
・
・
早朝に目が覚めた。
恵を起こさないように気をつけながらあの女の部屋に向かう。
あの女は、能天気にコーヒーを飲みながらパソコン作業していた。
「おいっ」
「恵とのラブラブなひと時を満喫したか?」
「ふざけるな、もう二度と恋愛なんてしねぇよ」
「素直じゃない男って女々しいね」
「アンタ、喧嘩売ってるのか」
「あぁ〜、言い方が悪かったな。恵とどっか遠くに駆け落ちしたら?」
「はっ?」
彼女の唐突な言い分に俺は呆れてしまった。
なんてくだらないことを口にしやがるんだコイツは。
危害を加える雑魚よりも厄介な相手だ。
俺の態度に構わずこの女はペラペラと喋ってきた。
「不幸の元凶となっている場所から離れて再チャレンジ。
まっ、恵の両親が絶対にキミを認めないだろうけどな」
「永久に認めなくていいさ」
「恵の気持ちはお前も知ってるだろ?
このままだと恵もアンタもずっと壊れたままだ」
「断る。三人目の生贄を出すつもりはない」
「そうなったら私を殺しにきな。責任は取るぞ」
「くだらん」
その女の目を真っ向から受ける事は出来なかった。
今まで戦ってきた連中とは雲泥の差といえる本気の目。
絶対的な自信がなければ出来ない視線だ。
本気で好きになったことがあるのは今まで二人だけ。
そんな俺と関わって命を落とした彼女たち。
死神である俺は誰とも付き合うべきではない。
そんな当たり前のことを実行してるだけなのに。
「恵がいつも泣いている事は知ってるか?」
「知らん」
「あの子、お姉ちゃんのせいで、弘樹さんが変わってしまったって言っている。
もう毎日のように私に愚痴ってくるんだ」
「……」
「あの子の両親も責める相手を間違っている。でも、理屈だけでは通らない」
「アンタは何が言いたいんだ?」
「さっき言ったこと忘れたか?」
「誰が何と言おうとも、俺は二度と人を好きにならない」
俺は決めたんだ。
今後一切誰とも関わらない、恋愛なんてしないってな。
俺のせいで誰かが死ぬのを見るのは二度とごめんだ。
この女と喋ってると調子が狂ってくる。
いつも以上に話し込んでしまうから腹が立つ。
今まで言葉なんかより拳でたたき潰すことが多かったから。
この女が危害を加えるヤツじゃないから、
拳を振るような機会がなくて喋りが多くなる。
コイツの土俵で踊らされてるような気分だ。
「あの子のことだから一生探してくる。踏ん切りつけさせる意味でもやってあげれば?
そうすればアンタはアンタで孤独を得られるぞ」
「……」
俺がホームレスとなって敵と戦うようになった時。
しばらくしてから恵が俺を見つけやがったな。
長い時間をかけて俺を探し回っていたのだろう。
たとえ場所を変えたとしても探し回るに違いない。
なら、コイツの言う通りに諦めさせるべきか。
そうすることで恵が踏ん切りがつくのか?
女の気持ちなんて今ひとつわからん。
このまま去っても追いかけられては元の子もない。
「……はぁ〜」
ため息がついてしまう。
この女、本当に食えない女だ。
俺は立ち上がって恵の部屋に向かう事にした。
ドアをそっと開けてみると恵が既に待ち構えている。
すぐさま俺の抱きついてキスしてきやがった。
「んっ……んんっ……」
「んんむっ……んふっんんっ……」
俺と恵の吐息が洩れて互いの唇が一つに重なる。
意表は突かれたものの不思議と離れる気にはなれない。
きっと俺は望んでいたのだろう。
この瞬間だけは素直になってみたいと。
気まぐれだと思えばいい。
「はぁ〜、ふぅ〜」
「んっ……はぁ……」
顔が離れ、俺と恵が呼吸を乱し、俺はベットに倒れ込んでいた。
触れ合ってキスを続けて、恵から告白されて。
恵がもの凄く嬉しそうな顔をしている。
俺の笑顔を久しぶりに見たと喜んでいた。
別に笑顔を出したつもりなんてない。
自然と頬が緩んでいたのは何となく実感している。
これも気まぐれだろう。
ほんの少しだけ、このままでいたいと思った。
・
・
・
俺は寝てる二人を起こさないよう外へ出た。
眠っている恵を置いてこの場から消えるのだ。
「……」
恵の部屋から持ってきたものがある。
アクセサリーとなってる恵のリボンだ。
懐のポケットに納めて俺は宛もなく姿を消した。
それから一週間後。
行方をくらまして別の土地でホームレスとなる。
人目のつかない穴場を見つけ、
一部ではホームレス狩りをしてきてヤツもいたが、
その手の連中は全て俺の手で叩き潰した。
だが……。
「……おいっ、何でお前がいる?」
「晴香さんから、この辺りだって聞いたから」
「……」
あの女、マジで何者だ?
敵に回したら脅威となるのは間違いない。
まさか、ここまでついてくるとは……。
「失せろよ、死にたいのか、お前は」
「死にません。そんな寂しい思いなんてさせたくないから」
「誰が寂しいって? 寝言を言うな」
「私は嫌われてもいい。でも後悔だけはもうしたくない。
弘樹さんの傍にいたい。一緒に連れていって下さい」
「親はどうするんだよ?」
「弘樹さんの傍にいられるなら、失ってもいいです。
わかってもらえるなんて思ってませんから」
恵の表情はとても辛そうだ。
あの両親には罵倒されまくったからな。
コイツはコイツで俺を諦めてないから、
両親から色々と言われた可能性もあるだろう。
それでも、恵は両親ではなく、俺を選んでいる。
今みたいな強さがあれば、守れたのに。
油断なんてしなかったのに。
「お願いです、これ以上、自分を傷つけるのはやめて下さい」
「……」
「……好きです、弘樹さん」
ひたむきに俺を見ている目。
恵の姉、亡くなった恋人の面影がうつった。
首を振って無性に沸いてくる寂しさと悲しみを否定する。
だけど身体の反応だけは避けられなかった。
「ちっ」
舌打ちして流れてくる涙を乱暴に拭う。
そんな俺を恵が優しく抱き締めてきた。
振りほどこうとすれば出来るけど、
この温かさが不思議なぐらいに心地よくて為すがまま
恵の胸元に顔を埋めることで無様な姿を晒すに済む。
次々と流れてくる涙が止まらない。
恵を何も言わず、俺の頭を撫でてきた。
抵抗する気もなく、漠然と溢れる涙を流し続ける。
やがて、これでもかというぐらいに号泣していく。
もうその時から修羅の道を捨て、
普通の人間として生きようと思っていたのかもしれない。
・
・
・
あれから3年が過ぎた。
人生というのは何がどう転ぶかなんてわからない。
あの日から俺と恵は駆け落ちでお互いを結んだ。
恵は両親も友達も何もかも捨てて俺を選んだ。
俺も無茶な戦いから身を引いて真面目に働き始めた。
恵の話だと晴香さんが時折に様子を見にきてるらしい。
どうやら俺がいない間にちょくちょく出会ってるようだ。
安上がりのアパートでお互いに共働きしている。
苦労はするけど、それでも十分に俺たちは幸せだ。
「……」
「弘樹さん、朝食は何にします?」
「和食を頼む」
「はい♪」
朝起きてキッチンで食事の用意をする恵。
俺はテレビをつけ、適当に新聞を斜め読み。
なんてことない日常の光景。
俺がそんな日常を過ごせるなんて予想もしなかった。
当時の俺からでは全く想像もできない。
朝食が出来て二人のささやな食卓を共にする。
「今朝な、夢を見たんだ」
「私も見ました、お姉ちゃんの」
「俺も同じだ」
二人で全く同じ夢を見た。
俺からすれば亡くなった恋人、恵からすれば実の姉。
祝福の微笑みを浮かべて消えていった。
言葉にしなくてもちゃんと伝わったよ。
「それにしても」
「?」
「美味いな、玉子焼きと味噌汁」
「あ、ありがとう」
照れくさそうに俯く恵。
お構いなしに食事をマイペースに進める俺。
おかわりを要求すると喜んでご飯をよそってくれる。
恵の作る料理は本当に美味い。
ホームレス時代でもコイツの施しで世話になった。
味に関しては随分と長い経験を得てる気がする。
食事が終わって今日はお互いに休日だ。
どこへ出かけるわけでもなく同じ部屋でマッタリ過ごした。
俺は幸せと不安の入り混じった複雑な心境だ。
いずれこの幸せがどこかで壊れるのでは?
そんな恐さもあることを恵も理解している。
だから、不安を取り除く愛情を恵は示してくる。
お互いにちゃんと生きていくって約束も交わした。
「不思議だな」
「えっ? なにがですか?」
「ちゃんと生き残ってるから」
「当たり前です。約束したじゃないですか」
「まあね」
「不安が出たならキスしましょうか?」
「茶化すな」
「は〜い♪」
「ったく、楽しそうに笑いやがって」
「弘樹さんも楽しそうですよ。鏡みてみます?」
「いらん」
俺は超能力者じゃないから先の事なんてわからない。
あってはならない事だが、どうしてもある可能性だけ考える。
もし、三度目の犠牲として恵がいなくなったら?
並々ならぬ拒絶反応を心身ともに引き起こす。
だけど、在り得ないとは言い切れない。
恵が真っ先にそれに気付くから、
その先の答えを意識することはなく安心できる。
「弘樹さん、私はずっと貴方のお傍にいます」
「ああ」
「だから、もしもなんて考えないで下さい。必要のない事ですから」
「わかるのか?」
「好きな人の事ですから」
恵の笑顔を見ていると答えなんていらない。
先を見すぎて今を粗末にする方が間違いだ。
それを教えてくれたのは恵だから。
だから、このささやかな幸せを味わおう。
いつまでも、どこまでも、そう願いたい。
END
<あとがき>
こんにちは、都波 心流です。
もし好きな人が二度も死んでしまったら。
という設定で創作してみました。
極悪になりそうな雰囲気が漂ってしまうだろうか?
人はどんなに傷ついても再び人を好きになるらしい。
不思議なメカニズムだが、彼の場合はどうだろうね?
激しく拒絶するし、もう二度としたくないだろうし。
でも彼は恵のしつこいまでの積極性に賭けてみた。
おそらく他の二人には出来ない事だと思える。
三度目の不幸なく幸せになってほしいです。
では、また。(^^/