交換ノート

作者:都波 心流


 屋上にいる彼の名前は青下 川斗(あおした かわと)。
 中学2年生で理知的な眼鏡をつけている。
 伸びた前髪で目元を覆い隠しているのも彼の特徴といえよう。
 そんな彼が、机の中にあった手紙で屋上に呼び出された。
 そこで待っていたのは……。

「あの……、わたし、先輩のことが好きです!!こ、これ!! う、受け取って下さい!!」

 川斗は見知らない女子生徒に告白を受けた。
 さらにプレゼントまで差し出されてしまう。
 やや強引な流れで川斗はプレゼントを受け取る。

「そ、それじゃ、し、失礼します!!」
「あ、ちょっと!?」

 引き止めるのを聞かず、女子生徒が走り去った。
 その場には冷たい風が漂って川斗だけが残されてしまう。
 彼が唖然としてしまうのも当然といえよう。

「えっと……と、とりあえず」

 プレゼントの包みを取り外して中身を確認する。
 中身には一冊のノートが入っていた。
 川斗は首をかしげながらもノートを広げてみる。
 女子生徒の日記のような文面が3ページほど記載されていた。

 1ページ目は、女子生徒に関する事。
 中学1年生の女子生徒で、名前は神谷 水鳥(かみや みどり)。
 好きな食べものや好きな音楽などの自己紹介に関する内容だ。

 2ページ目は、川斗に対する想いについて。
 それによると片想いのきっかけは川斗が中学2年の時。
 彼女が道に迷ってた時、川斗に道を尋ねて、親切にその場所まで案内してもらったことが嬉しかった。
 そんな喜びの文面に川斗は苦笑をしてしまう。
 
(たったそれだけで好かれるものなのか?)

 疑問に思いながら3ページ目に視線を通す。
 3ページ目は、交換ノートしてくれませんか?というお誘い。
 切実なお願いを文面に綴っていた。
 パタンとノートを閉じて川斗は思う。

(交換日記ならぬ、交換ノートってか?まぁ、文章を書くのは嫌いじゃないけどね)

 交換する指定の場所は机の中とされている。
 川斗はひとまずノートを持ち帰って、新しいページに自分のことを書くのであった。



 次の日。
 川斗は早めに登校し、誰もいないことを確認する。
 早起きするのが辛かったようだが、誰にも見られないようにするにはこれしか方法がない。
 カバンからノートを取り出して水鳥の机の中に入れる。

(これで良しと)

 川斗は安堵の息を洩らし、自分の教室に移動した。
 時間が経過してお昼休みとなる。
 食堂で何を食べるかで、川斗が考えていると……。

「あ、あの……先輩……」
「あ、神谷さん、こんにちは」

 遠慮気味に声を掛けてきた水鳥。
 川斗は思考を遮断して挨拶を返した。
 緊張しながらも水鳥は会話を続けていく。

「み、水鳥でいいです……」
「わかった、水鳥ちゃんでいい?」
「チャン付けはやめて下さい」
「じゃあ、水鳥さんで妥協して」
「呼び捨てはダメですか?」
「ハズいからパス」
「わ、わかりました……それで、いいです」
「そっか……」
「そ、それじゃ、失礼します」

 水鳥はペコリとお辞儀をしてその場を去った。
 短いやり取りだったが、水鳥にとっては長い時間。
 あれ以上の継続した会話は無理だったのだろう。
 てっきり食堂で昼食するのかと思ってた川斗。
 首をかしげるも、川斗は自分の昼食に向かうのであった。



 次の日の登校。
 川斗は自分の机の中にノートを発見する。
 水鳥との交換ノートであるのは間違いない。

(えっと、誰もいないな?)

 川斗は誰もいない事を確認してノートを開く。
 最近起こった出来事を中心に記載されていた。
 日常的な内容に川斗は微笑ましさを感じてしまう。

(えっと……)

 一通り目を通した川斗が考えを整理して、休み時間の合間に書き込みを始める。
 翌朝には書き込みしたノートを彼女の机の中に提出する。

 お互いにノート交換のやり取りが繰り返された。
 1ヶ月ほど過ぎた時。
 水鳥は緊張しながらも川斗とお話できるようになっていた。
 川斗は気軽な気持ちで休日に二人で遊びに行かないかと誘う。
 それはノート越しに伝えたお誘いである。
 川斗の書き込みに水鳥は喜んで受け入れる。
 ノートを通じて、いつ、どこで、何をするかについて決めていった。
 来週の土曜日に二人はお出かけすることなった。



 集合の場所は駅前の入り口。
 私服姿の水鳥は緊張した面持ちで周りを見渡している。
 早く彼に会いたいといわんばかりに。

(先輩……と……デート……はうっ……)

 両頬に手を添えて恥かしそうにする水鳥。
 約束の時間の10時より早く、彼女は9時に来ていた。
 9時40分頃に川斗がやって来る。

「はやいね、待った?」
「い、いいえ」
「そっか……それじゃ行こうか」
「はい」

 電車を使ってとある自然公園に足を運ぶ二人。
 水鳥は静かで落ち着くような環境が好みだ。
 それは川斗も同じであり、水鳥と一緒に自然公園を散歩する。

(あっ……)

 水鳥は戸惑ってしまう。
 隣で歩いている川斗の手の甲が軽く水鳥の手に当たったのだ。
 ピクッと反応する水鳥だが嫌がる様子はない。
 水鳥は微かに震えながらも、
 川斗の手の甲に自分の手の甲を触れさせた。
 それを合図とばかりに川斗が水鳥の手を繋いでいく。

「せ、先輩……」
「あっ、イヤなら離すけど?」

 首をブンブン振っていく水鳥。
 赤面した水鳥に伝染するように川斗も照れくさそうだ。
 お互いに手を繋ぎ合いながら静かに公園を散歩していった。
 公園を出る時、川斗が水鳥に話しかける。

「水鳥ちゃんに好かれてる俺は幸せ者だろうな」
「せ、先輩、と、とととっ突然なにを!?」
「いや、そのノート書いてる内にさ……。ドンドン俺が水鳥ちゃんに夢中になっていく気がして。変な言い方かもしれないけど、好きになっちゃいそうなんだ」
「せ、先輩……」
「水鳥ちゃんの気持ちがすごく伝わるから。今度は俺が……自分の気持ちが明確になったら……言うから」
「は、はい……嬉しいです……先輩」
「と、とにかく今日は楽しもう」
「は、はい」

 水鳥は微笑みながら返事をした。
 川斗も満足そうにデートを楽しんでいく。
 昼食では水鳥の弁当を頂く事になった。

「水鳥ちゃん、美味しいよ」
「そ、そうですか、う、嬉しい……」
(顔を赤くしちゃって本当に可愛いな。よし、ちょっとからかってやるか?)

 好きな人には悪戯をしたくなる。
 そんな子どもじみた考えが川斗の中で駆け巡った。
 早速とばかりに実行する。

「えっ!?」
「水鳥ちゃん、はい、あ〜ん♪」

 ウインナーを箸で掴んで水鳥の口元に寄せる。
 水鳥はビックリしてポッと顔を赤らめた。

「一度やってみたかったんだよ、これ」
「そ、そんな、か、からかわないで下さい!!」

 真っ赤になってこの上なく恥ずかしがる水鳥。
 川斗はニヤニヤして楽しそうだ。
 人目も配慮して程ほどで川斗が引き下がる。

「そっか、残念残念」
「……ううっ……先輩って……」
「俺が……なに?」
「意地悪です……」
「水鳥ちゃんが可愛いから」
「ううっ……」

 そんなこんなで川斗にからかわれる水鳥。
 楽しいデートの時間はアッという間に過ぎていく。
 お互いに駅で別れてノートは川斗の手に渡った。

「また学校でこれ渡すから」
「はい、楽しみにしています」

 充実した時間をお互いに満喫したのは間違いない。
 お互いの楽しむ笑顔が何よりの証拠である。
 少しずつでも積み重ねる二人の思い出がそこにあった。



 ある日。
 川斗は自宅で考え事をしていた。

(来週は水鳥ちゃんの誕生日だ。何か贈れるものないかな?)

 以前に高い買い物をしたためこずかいが少ない。
 お金を見た川斗は思わずため息をつく。

(えっと、何かないかな?)

 ゴソゴソと部屋中を探しまくる川斗。
 プレゼントになりそうなのはキーホルダーぐらいだ。
(犬型のキーホルダーか、これが妥当かな)
 小さな包み紙の中に犬のキーホルダーを入れる。
(おっと、ノートの方の書き込みもしておかないと)
 ノートの書き込みを終えて、川斗はゆっくりとくつろいでいった。

 そんなこんなで、水鳥の誕生日を迎える。
 その日は木曜日であり、川斗は学校の机の中にプレゼントとノートを入れた。
 昼休みのとき、食堂で水鳥が川斗にお礼を口にする。

「ずっと大切にします」
「ああっ、喜んでもらえて何よりだ」

 犬のキーホルダーは水鳥の家の鍵につくようになる。
 しばらく雑談してから川斗と水鳥はそれぞれの教室へ戻った。
 その後の授業、川斗は真剣な表情で考え事をしていた。

(水鳥ちゃんの笑顔が頭から離れない。それだけ本気になってきてるのかな?)

 授業に集中しようとしても中々上手くいかない。
 水鳥のことばかりを意識してしまう。
 傍にいないだけで漠然とした不安と心配をしてしまう。
 今までの川斗からは違う心境の変化。
 戸惑いながらも水鳥との文通してるノートを考えた。

(今度、ノートがきたら正直に打ち明けてみよう)

 言葉では上手く言えなくても文章ならば。
 川斗はそう考えてノートを待ち望んだ。



 数日後。
 ノートで打ち明けた後に届いた水鳥の返事。
 川斗の同じ気持ちを味わっている事を知る。
 好きな人と同じ考え方を持てた事を水鳥は喜んでいた。
 その日の放課後。
 校門前で水鳥が川斗を待っていた。

「せ、先輩……」
「あれっ? 水鳥ちゃん? どうしたの?」
「そ、その……い、一緒に、か、帰りませんか?」
「う、うん。いいよ」

 言葉を詰まらせながらも二人は途中まで一緒に帰る。
 お互いに意識してチラチラ視線で顔色を伺っていた。

「あ、あのさ……水鳥ちゃんと俺って同じ気持ちらしいね」
「は、はい」
「俺、こういう気持ち初めてでさ。ホント、病気かなって内心ビックリしたぐらいに。ま、今も何か胸が高ぶってる気がするけど……」
「わ、私もドキドキしてます、先輩のこと……いつも考えてますから」
「そっか……何か照れくさいな、でも悪くないよ、この気持ち」
「先輩……私……先輩を好きになって幸せです」
「……ま、色々と大変かもしれないけど……よ、よろしく」
「あ、あの先輩、一つお願いしてもいいですか?」
「なに?」

 水鳥からのお願いは珍しい。
 川斗はどんな願いをされるのだろうと待ち構える。
 性格上から無理難題をつけられる事はないだろう。

「私のこと……好きって言って下さい」
「や、やっぱり言葉にした方がいい?」
「はい、先輩の口から聞きたいです」
「わかってる、わかってるけど何かすっごく言い辛くて」
「私は言えますよ。先輩のこと、大好きです」

 相手に言われてしまっては後戻りできない。
 川斗は勇気を振り絞って言葉に出した。

「……俺も……水鳥ちゃんが、す、す……だ」
「先輩……声が小さいです」

 ちょっと拗ねた様子を見せる水鳥。
 好きだからこそ欲張りにもなるものだ。
 川斗は再び勇気を出して水鳥に伝えた。

「す、好きだ」
「……グスッ……」
「ちょ、ちょっと泣かないで!!」
「ご、ごめんなさい、勝手に出ちゃうんです」
「あ、ほら、ハンカチ」
「す、すみません」

 川斗からハンカチを受け取って目元を拭い取る水鳥。
 二人は手を繋ぎながら途中の帰り道を歩いていく。
 ノートという絆を胸に秘めて。


END


<あとがき>

こんにちは、都波 心流です。

気軽に書いてみた感じですが思った以上に執筆進まなかったな(汗
ネタの調子が良いときはバリバリやるんだけどね。
ま、今回は交換ノートことノート交換ということでテーマ絞ってやってみた。
平凡かもしれないけどこういうのもありかな^^

では、また。(^^/



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