第1話
「相変わらずな学校生活!?その1」
4月も終わりに近づき、高校2年としての生活に少しなれた頃。
俺の身の周りでは月日や季節に関係なく慌しい毎日が始まる。
その原因はいつも俺に何かにつけて突っかかってくる従兄妹の今坂唯笑、そして喜怒
哀楽が激しい音羽かおるだ。
唯笑は毎朝駅で俺を待ち伏せしてはいろんな悪巧みをして陥れようとしてくる。当然
音羽さんもグルだ。
そんなことが去年の10月から続いているのだが、俺もよく身がもつなぁと思ってし
まう。
「おはよう智ちゃん」
「おはよう三上君」
「オッスお二人さん」
これが俺達の毎朝の挨拶。最初の頃はちょっと抵抗があったが、今はさも当然のよう
にこんな挨拶を交している。そして…。
「今日は智ちゃんをどうしようかな〜?」
「ふふ、それなら考えてあるよ」
と唯笑と音羽さんは笑みを浮かべながら悪巧みをしている。そして…。
プシューッ(電車の扉が閉まる音)…。
「…あれ?智ちゃんは?」
「そういえば、お〜い、三上君…さてはまた…」
二人は電車が動き出したことも知らずに俺を探していた。
音羽さんは何かに気付いたみたいだが…。
俺はというと、二人の目を盗んでさっさと電車に乗り込んだのだった。とは言っても
、単に二人に挨拶をした後にそのまま改札を通り抜けて到着した電車に乗るだけなの
だが、これもいつものこと。
違うとすれば、唯笑の悪巧みに音羽さんがネタを考えてたことぐらいだ。
いつもなら唯笑が音羽さんに協力を求めるのだが、今日は音羽さんがネタを考えてた
ことに少し焦った。
学校に一番近い駅の改札を出た俺は朝のHRが始まるまでにたっぷり時間があること
を知ってたのでゆっくり歩いていると、
「とーもちゃ〜ん!」と後ろから唯笑が俺を呼ぶ声が聞こえる。
どうせ説教だろうと思い、そのまま前を向いて歩いていると…バキ!
「ぐあ!」
唯笑のラリアットで首の後ろに強い衝撃を受け、石に躓いて地面にうつぶせに倒れて
しまった。
そこへ…ドサ!
「ぐえ!」
背中に漬物石が乗ったような重量感を感じた。その衝撃は腹に伝わる。
「やったー!」
「もう逃げられないよ、三上君」
「うぐぐぐぐぐ…」
俺は首の痛みと背中に感じる重みのせいでまともに声が出なかった。
抵抗する術を失った俺の耳に「何やってるの?」と男の声が聞こえる。
「あ、信君おはよう」と唯笑の稲穂信への挨拶の後に、
「何って、三上君の背中に乗ってるの」ときっぱりした声で音羽さんが言った。
(なるほど、背中の重みは音羽さんが乗ってるからか)
首の痛みが治まったので考える余裕が出てきた。
「うう、信〜助けてくれ〜」と俺は助けを求めるように手を伸ばしながら言うと、
「何言ってんだよ。そのくらい自分で何とかしろよ」
と言って俺から少し離れる。
「この薄情者〜。とか言う前に音羽さんどいてくれよぉ」
「だ〜め!今日は今までの分たっぷり返してやるんだからね」
(今までの分たっぷり?何かやったっけ?)
「そうそう。いつも智ちゃんには酷い目に遭わされてるんだから」
その一言にカチンときた。
「だ、誰が酷い目に遭わされてるってぇ!!!!?」
俺は怒りに任せてその勢いで立ち上がった。
「きゃっ!」ゴチン☆
後ろでなにやら音がしたが、そんなことは気にしない…。
俺の怒鳴り声を聞いて周りにいた生徒が何人か振り向く。
「…ヤッバ〜。とばっちり食らう前に逃げよ」
信はそそくさとその場を去っていった。
「だって、智ちゃんが悪いんじゃない!」
何でそうなる!?と言おうとした時、横から別の女性の手が俺と唯笑の肩に触れた。
「まあまあ二人とも」と俺たちの間に入って喧嘩を止める。
「桧月さん…」
「彩ちゃん…」
「ピヨピヨ…」
桧月彩花、彼女は今年の4月に転校してきたばかりだ。しかし、人気は伊吹みなもち
ゃんに続いて高い。
しかも制服が違うため、後姿だけでもすぐに彼女だとわかってしまう。
桧月さんが着ている制服は転校してくる前まで通っていた高校のものだ。家庭の事情
でこうなったと本人は言ってたが、それ以上のことは誰も追及しなかった。
むしろこれでよかったのかもしれない。
なぜなら一度だけ桧月さんが唯笑と制服を交
換してそれを皆に見せたことがあったが、前の制服の方が似合っていたからだ。(見
た皆がそう思った)
「三人ともおはよう。三上君の後ろで音羽さんがのびてるけど、何があったの?」
「あ、いや、その…」
俺は戸惑い、唯笑は
「あははははは…」と、乾いた笑いしかできなくなっていた。
「ったく、いつも同じ人と喧嘩してよく飽きないわねぇ」
「俺だってやりたくてやってるわけじゃないさ」
「従兄妹だからいいの」
「よくない!待ち伏せだけならまだしも、悪巧みまでするか!?」
「悪巧みじゃないもん!今度の休みの日に智ちゃんと一緒にどこに行こうか考えてた
だけだもん!」
「じゃあ今のは何だ!?お前のラリアットで倒れたところに音羽さんが漬物石みたい
に乗ってきて!これが悪巧みじゃなかったら何だ!?」
ゴキ!
「ってぇ!誰だ!?」
後頭部に殴られたような衝撃を受ける。後頭部を抑えながら振り向くと…。
「誰が漬物石よ!?…ったぁ…」
いつのまにか気がついた音羽さんが右手に握りこぶしを作り、左手で後頭部を抑えな
がらながら立っていた。
「まあまあ三人とも落ち着いて。続きは放課後にでもすればいいでしょ?」
「そうだな。このままじゃぁ遅刻になる」
「じゃぁ教室に行こうか」
唯笑が言い…。
「うん。そうだねぇ」
音羽さんが同意して仲直り(?)して四人で歩き出した。
・・・・・・。
教室を目指して廊下を歩いていると、
「ねぇ三上君」と桧月さんが話しかけてきた。
「ん?なに?」
「前にも言ったけど、私のことは“彩花”って呼び捨てでいいから…」
「だ、だけど…」
「いいからそうするの!これは今後絶対よ」
「で、でも…」
戸惑う俺に…。
「ラリアットの後に3人で背中に乗るよ?」と音羽さんが突っ込んだ。
「あ、彩花…っ!」
呼び捨てにした後、後悔の念に駆られ、慌てて口を塞ぐが遅かった。が…
「ふふ、やっぱりそう呼んでもらうのが友達らしくていいね」
「へ?友達?」
「そう。三上君は今から私の一番中のいい友達。いいでしょ?」
桧月さん…いや、彩花が顔を赤くしながら言った。
「桧…彩花の友達…ま、いいかな?」と浸っているところに…。
「じゃあ私のことも呼び捨てにしてよ」と音羽さんが笑顔で突っ込む。
「え!?」
「だって、去年から知ってるのにいつまでも名字で呼ばれるのって、三上君にとって
私って友達以下の存在って感じちゃうんだもん」
(不満を訴えるものの、笑顔で言うかねぇ…)
「今度は音羽さんか…ったく…」
「そういうこと。と、いうわけで、観念して呼び捨てにしちゃいまっしょう♪」
何が“と、いうわけで観念して”だ。ったく、屁理屈もくそもあったもんじゃない。
と、思ってることころに、バキボキという音が音羽さんの手からする。
顔は笑っているが、額の部分に血管が浮き出ていた。(怖)
「い!?…か、かおる!」
恐怖のあまりに慌てて呼んでしまったが、最初に彩花を呼び捨てにしていたおかげで
あまり抵抗感が無かった。
「うん、今度からそう呼んでね♪」と満面の笑顔で応える。
「わかったよ。彩花、かおる」と落ち着いた声で言った。
しかし、俺はさっきの反撃と言わんばかりに
「じゃあ彩花とかおるも俺のことを呼び捨てにしないといけないんじゃな〜い?」
とジト目で聞いた。
『えぇ〜!?』
彩花とかおるが驚いた表情ですっとんきょうな声をあげた。
それを聞いていたほかの生徒が何人か振り向く。
3人が周りをきょろきょろと慌てながら見る。
視線を気にしてないのは俺だけのようだ。
「俺もさ、どんなに仲がいい友達でも名字で呼ばれると、俺の存在ってその程度かっ
て思っちゃったりするんだよなぁ」
俺はここぞとばかりに話を続けた。
「うぅ…」
彩花は口を波状にして俯き加減で俺を見上げ、
「やられた…」
かおるは目の部分を手で覆い、
「智ちゃん…」
唯笑はなぜか悲しげな表情だった。
いつもは3人に主導権を握られているが、今回は俺がリードする立場に回り、ちょっ
とした優越感に浸っていた。二人は深呼吸をし、固く決心したかのように俺を真っ直
ぐに真剣な表情で見つめ、
『と、智也…』
と、二人同時に顔を赤くしながら少し小さめの声で言った。
「ま、今度っからそう呼んでくれよな」
俺は二人の肩をポンと片方づつの手で軽く叩いた。
「転校してきたばかりなのに…」
「ま、いいか」
と、彩花とかおるがため息をついたところに、
「さぁて、と、話がついたところで、5月の3日に4人で遊びに行かない?」
と唯笑が突っ込んできた。
唯笑の何気ない一言に俺は“彼女”のことを思い出し、一瞬気が動転した。
「いいねぇ。智也もどう?」とかおるが俺に問う。
(5月…3日…)
「その日はダメだ。バイトが入ってる」
「3日?その日は私もダメかな?」
「えぇ〜〜〜!?そんな〜〜〜」
唯笑は驚きながら駄々をこねた
「せっかくの休みに限ってこれだもんねぇ」
かおるの一言に俺も彩花も沈んだ表情になった。
(俺だけならともかく、彩花までどうして…?)
重い沈黙が漂う中に朝のHRの始まりを知らせるチャイムが鳴った。
「じゃ、また後で」と俺が言うと、唯笑とかおるはA組、俺と彩花はB組の教室に入っ
ていった。
「おう智也」と信が俺に笑顔で言う。そんな信に俺は、
「出〜た〜な〜薄情者〜」と今にも掴みかからんば
かりの表情を浮かべ、歩み寄りながら応えた。
「まぁまぁ、それより席に着け。先生が来るぞ」
信は焦りながら言った。さすがにゾッとするだろう。
(後で覚えてろ!)なんてことを思いながら席に着いた。
「おはようございます。三上さん」
「あぁ、村野さん、おはよう」
隣の席の村野明美が突然の挨拶をしてきたので焦った。彼女はクラスではあまり目立
たないタイプで生徒会長をしている。去年俺が転校してきたとき、隣になったのが彼
女だった。
まさか今年も同じクラスに、しかも隣同士になるとは俺はもちろん、彼女も思わなか
っただろう。
色々考えているうちに、いつの間にか始まっていたHRは終わりに近づく。
「…これで終わる。あ、三上」
「え?あ、はい!」
突然呼ばれたので驚いてしまった。しかし、担任は気にしないといった感じで話を続
ける。
「3年の双海がお前に用があるそうだ。放課後になったら武道館に来るようにと伝言
を預かってきた。行かなかったら、“GW明けから卒業す
るまで、お前一人で全区域掃除”だからな」
「ふ、双海さんが!?…はぁ〜、わかりました…」
このときの俺はがっくりと肩を落としていた。
「以上」
そう言って、担任は教室を出て行った。
双海詩音…高校に入ると同時に外国から帰ってきた、いわゆる帰国子女。
過去に日本で酷い目に遭ったらしく、入学して間もない頃は無表情で近寄りがたい雰
囲気を漂わせていたそうだ。
だが、同じ境遇の同級生との出会いにより、無表情の仮面を取り、笑顔を取り戻した
。
今では人一倍明るい笑顔を見せている。
空手部の主将でありながらも、学校内での人気は彩花、みなもちゃんに続いて3本の
指に入るぐらいだ。
彼女は去年の11月ごろから色々なやり方で俺を空手部に誘ってくる。そのやり方も
手段を選ばない。
時には色仕掛け。またある時は切れ味の鋭い日本刀で脅迫したり…。(怖)
そんな彼女に俺はというと、引っかかりたいのを我慢して鼻血を出しながらもなんと
か理性を保ったり、真剣白羽取りや薙刀で抵抗したり…(どうして学校にそんなもの
があるんだ?)。
(今回は脅迫にも磨きをかけたか…。最近逃げ回ってるからなぁ。とほほ…)
「三上さん、ちょっといいですか?」
考え事をしているところに横から声がした。
「ん?」
声がした方向を見ると、村野さんが真剣な表情で聞いてきた。
「3年の双海さんて誰ですか?」
「あれ?知らないかな?空手部の主将だよ。世界大会で何度も優勝している。この学
校では結構有名なんだけどなぁ(マジな顔で聞くことかなぁ?)」
「空手部の主将…あ!双海…双海詩音さんですか?」
「うん。そうだけど」
俺の返事で村野さんの表情は少し和らいだ。
「その双海さんが三上さんになんの用ですか?」
「う〜ん。きっとまた空手部への勧誘じゃないかな?」
「また?ということは以前にも…でもなぜですか?」
「去年の11月頃だったかなぁ?学校帰りに突然5・6人のチンピラに絡まれたことが
あったんだ。結果は俺の圧勝。それを双海さんが偶然目撃してさ。その翌日から
俺の姿を見ては空手部に勧誘されるようになったってわけ」
「喧嘩、強いのですか?」
「まぁね。俺は空手部の入部をずっと断ってたけど、今度もそのつもりだから」
「どうしてですか?入ればよろしいのに…」
「俺は大会とかで歓声を浴びながら空手をやるよりも、街中でチンピラと喧嘩してる
ほうが自分らしくしていられるからさ」
「ふふ、智也らしいね」
いつのまにか横にいた彩花が笑顔で応えた。
「彩花、いつからそこに?」
村野さんが代わりに聞く。彩花には普通に話すのに、俺には丁寧な口調で話す。
とは言っても、俺だけでなく他の生徒にも丁寧な口調で話しているのだが…。
二人は従姉妹で、彩花はこの学校に転校してくることを隠していたらしい。
理由は、村野さんの驚いた顔が見たかったからだと言ってた。実際にそうなったのだ
が…。
「明美が双海さんて誰ですか?って智也に聞いてるところからかな?」
「ち、ちょっと、いたなら言ってよ!」
村野さんが焦っているのをよそに彩花は平然と話し掛ける。
「だって真剣な顔して智也に聞いてるんだもん」
「えぇ!?私、そんなに真剣だった!?」
「あぁ、だから俺も正直に答えたんだ」
「あら、真剣じゃなかったら嘘ついてたの?」
彩花がジト目で聞いてきた。
「まさか、相手によるよ」
そんな話をしているうちに1限目の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
「お〜い。席に着け。授業始めるぞ」
古典の教師が言うと、みんなとっさに席について教室内は静かになる。
国語で特に古典は俺の得意分野だから助かる。
超がつくぐらい苦手な数学が1限目の日の朝は死ぬほど辛い。
色々考えながら、俺は黒板に書かれたことをそのままノートに書き写す。
とはいっても、ただそうしているだけで、教師の話は少しも耳に入ってこない。
書き写しが一段落すると、教師の声がいきなり耳に入ってくる。
「そうだなぁ、…村野!」
「は、はい!」
「この問題答えてみろ」
「え、え〜と…」
問題は、「とういん」とは何の意味か?というところだ。
出会ってしばらくした頃に本人から古典は一番苦手な科目だと聞いた。
そんな彼女に答えさせるなんて…。
俺はそう思いながら答えを紙に書き、黒板に目を凝らすように見ている教師に気付か
れないようにその紙を彼女の机にそっと乗せる。
答えを書いた紙に気付いた彼女はそれを見ながら、「語句の頭を同じ音にそろえて調
子を整える技法です」と答えた。
「よろしい。じゃぁその隣の三上、「べし」とは何の意味か全て答えてみろ」
「はい、推量、意思、可能、当然、命令、適当、予定です」
とあっさり答えた。
「さすが、古典の成績が上位だけのことはある」
「いえ、知ってたことですから…」
これは本当のことだ。
「ふ〜ん、まぁいいか」
そして、俺は黙々と黒板に書かれたことをそのままノートに書き写す。
俺の古典の成績上位の理由は、ノートに書いてあることがそのままテストに出るから
だ。
手抜きをしたこともあったが、それでも人並みだったので補習は免れた。
もし、こうじゃなかったら間違いなく、“補習大魔神”になっていた。
成績上位の理由としては他にもあるのだが、それは誰にも秘密だ。
もちろん、信、彩
花、唯笑、かおる、村野さん、そして双海さんやみなもちゃんにもだ。
書き写しながら考え事をしているうちに、授業が終わりを告げるチャイムが鳴った。
「もう終わりか、早いなぁ。今度は今日の続きだ、以上」
そう言って教師は出て行った。
ほっと一息。すると村野さんが正面に立って話し掛けてきた。
「あの、さっきはありがとうございました」
「いや、あの状況を見せられたらさすがに黙っていられなかったから…」
「ふふ、仲がいいのね。うらやましいなぁ」
いつの間にか、後ろにいた彩花が話し掛けてきた。
「あ、彩花!?何言い出すんだよ!俺はただ答えを教えてやっただけだ!」
「そうよ。私達は別に…そんな…」
俺と村野さんは焦りながら彩花の言葉を否定する。村野さんはそれに加えて顔が少し
赤くなっていた。
そこへ信がニヤニヤしながら冷やかしに来る。
「見たぞ見たぞ〜」
「何だよ!?ったく…(今度はこいつか…)」
「黙ってて欲しかったら、5月3日のデートに俺も混ぜろ」
「5月3日のデート?何のことだ?」
わざととぼけたのだが…
「とぼけるなよ。3日に唯笑ちゃん達と遊園地に行くだろ?男一人女3人でさ」
「な!さては、今朝の会話盗み聞きしてたな!?」
「聞こえただけだ。すっとんきょうな声が聞こえたから何かと思って行って見たら、
唯笑ちゃんが遊園地に行こうって言ってたのが聞こえたからさ。よかったら俺も連れ
てってもらおうと思ってな」
(何て勘の鋭い奴だ。まぁ、丁度いいか…)
「行きたけりゃぁ唯笑に頼んで来い」
「あれ?いつもなら俺の首根っこを鷲掴みにして、“来たらぶっ殺す”とか言って脅
かすのに。お前熱でもあるのか?」
そう言いながら俺の額に手を触れる。俺はその手をバシッと跳ね除ける。
「あのな…まぁ確かにいつもならそうしてた。3日は俺はバイトが入ってるから行け
ないんだ。丁度誰か代役になってくれる奴を探してたところだったからな」
「あらら…じゃぁ行っていいんだな?」
代役と聞いてがくっときたみたいだった。
「好きにしろ」
「イヤッホー!」
信は喜びながら教室を出て行った。おそらく唯笑に頼みにいくのだろう。
ちなみに俺のバイトは嘘だ。5月3日は俺にとって特別な日を意味している。
村野さんはいつの間にか席に戻り、彩花と話しているようだ。
「彩花も3日に行くの?」
「そのつもりだったけど、行かないことにしたの」
「どうして?せっかくの休みなのに」
「う、うん、ちょっとね」
「ふ〜ん。まぁこれ以上は気になるけど我慢するわ」
「ありがとう…」
彩花はそれだけを言って席に戻って行った。
開いていた窓から入ってきた風で彩花の長い髪がなびく。
(そういえば、彼女も色が違うし後ろで結んでたけど、同じ長い髪をしてたっけ…)
・・・・・・。
いつの間にか4限目が終わり、昼休みになった。
俺は購買へパンを買いに行き、いつものセットを受け取ると屋上へ駆け上った。
屋上にはいつもの4人に村野さん、みなもちゃんが床にビニールシートを敷いて輪に
なって座り、楽しそうに話し合っていた。
双海さんの姿が見えなかったのでホッとしてみんなのところに行こうとしたときだった。
「あ!智也さ〜ん、こっちよ〜♪」
俺の姿を見つけた双海さんが立ち上がりながら笑顔で手を振る。双海さんの姿は出入
り口の壁に隠れて見えなかった。
「(げ!双海さんいたのか!?)…出直します」
そう言って振り返り、教室に戻ろうとする、が…。
がし!
左腕を強い力で捕まれる。ゆっくり顔だけ振り向くと、双海さんの顔があった。
(距離は結構離れていたはずなのに、いつの間に…?)
「に・が・さ・な・い・わ・よ〜♪」
顔は笑っているが、口調はドスが入っていた。(怖〜)
「三上さ〜ん、ご一緒しましょうよ」
「そうそう。みんなで楽しく食べなきゃ美味しくないよ」
「そうだよぉ、智ちゃん、3日は遊べないならその代わりにお昼一緒に食べていいで
しょ?このきゅうちゃん美味しいよ♪」
「きゅうちゃん、きゅうちゃん…きゃははははは♪」
村野さん、彩花、唯笑、みなもちゃんが見事(?)なコンビネーションを作り出して
いた。
みなもちゃんのはしゃぎようにかおるは目を点にしていた。
みなもちゃんは唯笑が一緒にいるといつもこうなる。
「智也〜突っ立ってないで座れよ〜」
信が座りながら笑顔で言うと、
「そうそう。来ると思って特等席用意しておいたから♪」
そう言って双海さんは無理やりにといった感じで自分の隣に俺を座らせる。
(これじゃぁ逃げようが無いな…)
俺はため息をついてパンをかじる。
「お前何落ち込んでるんだよ?双海さんの隣なんて滅多に座れないんだぜ〜?今まで
いろんな男子生徒が同席を希望したけど、み〜んなダメだったんだからな」
信が憂鬱な気分になってる俺に話し掛けてくる。
「俺はこうしてみんなと輪になって食うのはがらじゃないんだよ」
「何格好つけてるんだよ?いつもなら俺に一緒に食おうぜ〜とか言って俺の弁当をさ
らっていくのに」
「う!げほ!」
それを聞いた女の子全員が笑い出す。しかし、笑いが収まると、俺に冷たい視線を投
げかけてきた。
「どうしてすぐわかるような嘘をつくのかな〜?
」
双海さんが立ち上がり、
「正直に言いなさい!」
彩花が立ち上がり、
「そうだよ〜!」
唯笑が立ち上がり、
「逃がしませんよ!」
村野さんが立ち上がり、
「いつもの智也らしくないよ!」
かおるが立ち上がり、
「そうです!この前お昼一緒にどう?なんて誘ってきたじ
ゃないですか!?」
みなもちゃんが立ち上がると、座っている俺にみんなで攻め寄って来た。
信はそんな光景を冷や汗をかきながら見ていた。
どんな抵抗も無駄と悟り、正直に話すことにした。が、その前に…。
「話すからそんなに寄るなよ。とにかく戻れ!」
立ち上がってみんなに言った。
元の場所に戻り、みんなが座ったのを確認して俺は座って話し始めた。
「本当の理由は…」と言うとみんながうんうんと頷き、
「双海さんに空手部への誘惑をさせられると思ったから…」
『それだけ?』
双海さん以外のみんなが口をそろえて聞く。
俺が頷くと双海さんが話し始めた。
「ま、まぁ、確かに私は智也さんの喧嘩の強さを見込んで今まで何度も色々なやり方
で空手部への入部を勧めたわ。でも、私が誘うのは放課後だけよ。こんな真っ昼間か
らあんなことやこんなことはさすがにできないわよ〜」
と俺の背中をバンと叩いて笑顔で答えた。
「げほ!」
(あんなことやこんなこと…)
考えただけでぞっとする。双海さんと俺以外のみんなは目を丸くしていた。
ぼそぼそと声がする。
俺はそんなことを気にせずに購買で買ったパンをかぶりついた。
「智也…」
「双海さんは…」
「今まで…」
「どんなやり方で…」
「誘ったのですか?」
「正直に頼むぜ」
彩花、村野さん、唯笑、かおる、みなもちゃん、信が俺に振り向きながら聞いてきた
。
「わかったよ。ただ、これを話した後、生きていられるか、保障が無いからなぁ…」
俺は双海さんを横目で見ながら言う。
「な、なによその目は!?いくら空手の世界大会で優勝する腕を持ってても、殺人は
やらないわよ!」
「何焦ってんだか…。ま、それを聞いて安心しましたよ。じゃ、話すぜ」
みんなの視線を浴びる。
「双海さんは…」
俺は今までの双海さんの誘い方を今までの反撃と言わんばかりに思いっきり細かく説
明した。
・・・・・・。
『えぇ〜!!!?』
みんなさすがに驚きを隠せなかったようだ。
俺も今日までよく生きてたなぁと、自分に感心してしまう。
双海さんはというと、顔をトマトみたいに真っ赤にしてうつむいて黙り込んでた。
その後はみんな笑いながら会話をしていた。
しばらくして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「じゃ、行くか」
俺が立ち上がりながら言うと、
「しょうがねぇな〜」
信が愚痴をこぼしながら立ち上がり、
「でも楽しかった」
「私も」
「じゃ、放課後にね」
「そうだね」
「じゃ、行きましょう」
彩花、村野さん、唯笑、かおる、みなもちゃんもそれにつられるように立ち上がった
。
「智也さ〜ん、放課後にまたね〜♪」
別れ際に双海さんが満面の笑顔で言う。
(う…(汗))
みんなそれぞれの教室に戻っていった。
普通に授業は始まり、俺はいつもどおりにしている。
昼飯を食べた後ということもあってか、眠かった。
そして、そのまま…グゥ…。
・・・・・・。
「…さ…ん…三上さん…」
誰かが俺を揺する。
「…う…ん…」
目をこすりながら身体を起こす。
「もう6間目は終わりましたよ」
村野さんが呆れた表情で俺を見ていた。
「あぁ…起こしてくれてありがと」
村野さんのいうことが信じられなかったというわけではないが、一応周りを見渡すと
教室内は騒がしかった。
「それじゃぁ、私はこれで…双海さんが武道館で待ってますよ」
そう言って教室から出て行く。
そういえば、双海さんと(一方的な)約束してたんだっけ。
はぁ…とため息をつき、仕方ないかという気持ちを抱えながら鞄を手に取り、教室を
出ようとする。
「ちょ〜っと待ってくれない?」
はて?確か今日は…。
そう思いながら振り向くと、彩花がほうきを持ちながら立っていた。
「今日は何の日か、知ってる?」
「双海さんと約束してる日」
きっぱり答えると彩花はかくっとなった。
「そ、そうだけど、他にもあるでしょ?」
「掃除当番…」
「そういうこと。じゃあ…」
「今日は俺、当番じゃないぜ」
「え!?だって稲穂君が…」
信の名前が彩花の口から出たとき、教室の出入り口を見ると、こっそり出て行こうと
する信の姿があった。
俺は足音を立てずにそっと信の後ろから背後霊のように近づい
た。
「し〜んく〜ん?どこへいくのかな〜?」
「うぐ…き、今日はい、いい天気…だな…?」
戸惑う信の頭には大量に汗が吹き出ていた。
「だから雨が降る前に帰るってか?…お前今日当番だろうが!サボるだけじゃなく俺
に掃除させて帰ろうとしたんじゃないだろうな!?」
「い、いや、その…ははははは…」
乾いた笑いになる。初めからそのつもりだったのが丸見えだ。
俺は信の制服の襟を鷲掴みにし、引きずるように彩花のところへ連れ戻した。
「智也ありがとう。じゃぁ稲穂君、騙した分がんばりましょうね♪」
彩花は笑顔でほうきを信にびしぃっと突き立てるように差し出す。
さすがにあんな渡され方をされたら受け取らないわけにはいかない。
「と〜も〜や〜覚えてろ〜!!!!」
「今朝の仕返しと思っとけ!彩花、遠慮なくこき使ってやってもいいぞ」
「わかったわ。私もちょっとうさを晴らしたいから」
彩花のうさ晴らし…。俺は半月ほど前に身をもって経験している。それを今度は信が
…。考えただけでぞっとする。
俺はそんなことを考えながらとぼとぼと武道館に足を進めていた。
体育館の入り口に何人かの男子生徒がわいわい騒いでた。その理由はおそらく…中を
見ると当たっていた。
髪型をツインテールからポニーテールに変えたみなもちゃんがレオタード姿で体操の
練習をしていた。ちょっと見た後に体育館の隣にある武道館に行くと、空手着姿の双
海さんが稽古をしていた。
「あ、智也さん!」
俺の姿を見つけた双海さんが駆け寄ってくる。ちなみに武道館には俺と双海さん以外
誰もいない。
「約束どおり来ましたよ。でも前もって言わせてもらいますが、空手部への入部はお
断りします。今後もそのつもりですから」
俺はきっぱりと言った。しかし、こうなることをわかっていたのか、がっかりとして
ないみたいだった。
「あちゃ〜やられた…。でも、今日呼んだ理由はそれだけじゃないのよね〜」
「え?(何か嫌な予感がする)」
「明後日、つまり5月1日。この日は日曜日で休みだし、智也さんの空いてない日は
3日でしょ?だったら私とデートなんてどうかなぁと思って♪」
「で、デートぉ!!!?…うぐ!」
驚いて大声を出してしまった俺の口を慌てて双海さんは手で塞ぐ。
「声が大きい!デートぐらいでそんなに驚くことないでしょ!?」
俺は双海さんの手を俺の口から引き剥がすように離す。
「だ、だって、恋人同士でもないのにデートなんて…」
「知らない仲じゃないんだし、いいじゃない」
背後に周り、俺の首の周りに両腕を絡ませながら言う。はらりと触れる長い髪からは
ミントの香りがした。
(何でそうなるかねぇ?)
予感は外れたものの、いきなりデートに、しかも双海さんに誘われたら誰だって大声
を出すぜ。
「明後日、二人きりで遊園地なんてどうかな〜って思ってたりもするんだけどぉ」
「何で…」
「え?」
「何で俺じゃなきゃいけないんですか?」
「だって智也さん、暇そうだし、こうして誘えば乗ってくれるかと思ってぇ。私、明
後日から凄く退屈なんだもん。友達はみんな1日はバイトやら3日からの旅行の準備やらで空いてないし…」
「俺もですよ」
「え?」
「俺も明後日、バイト入ってて無理です」
これも嘘だ、GWはぼ〜っとしていたい。それに双海さんから逃げたい…。
ちなみにバイトは5日しか入れてない。
「な〜んで〜すって〜!?」
そう言いながら俺の首を締めてきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!ぐ、ぐるじぃ」
「離して欲しかったら明後日、私とデートしなさい!」
「す、する〜するから離じでぇ〜」
「ありがと〜♪」
「ふぅ〜あぁ〜」
バタ!
俺は双海さんの手が離れるとそのまま床に倒れ、目の前が真っ暗になった。
「と、智也さん?ちょっと、どうしたの!?」
・・・・・・・・。
<あとがき>
どーも。h-yamaです。
長くなりますので続きは次回に書きます。
短文お許しください。