第3話

「双海さんとデート」

5月1日(日曜日)。今日は双海さんとデートの約束をしていた日。正確にはさせられた日というべきか…。
ベッドで横になったまま窓を見ると、外は薄暗かった。
時計を見ると、午前7時。約束の時間まであと3時間。
もう少し寝ようかと思ったが、過去に同じことをやってとんでもない目に遭ったのだ。

あれは4月の中旬頃だった。
彩花と村野さんが俺も含めて3人で今度の休みにどこかに出かけようと誘ってきて、その日の1日前も昨日みたいな感じで早く寝て、次の日は今日みたいに早起きしたのだ(この頃は彩花のことをまだ桧月さんと呼んでいた)。
そしてまだ余裕があると思い、二度寝をして、気がついたら昼の1時を過ぎていたのだ。
頭に大量の汗をかきながら慌てて準備をし、急いで待ち合わせの場所に行くと、彩花と村野さんに30分もの説教を食らわされた挙句、昼飯を余分に2人分も払わされた。
そして次の日の学校では、村野さんはもういいといった感じだったが、彩花はまだ根に持っていた。
その日の放課後、彩花は掃除当番でなぜか俺まで手伝わされるハメに…。とはいっても、俺がほとんどやったのだが、そのときの彩花の人使いの荒さには参った…。

そんなことをベッドの上で冷や汗をかきながら思い出し、俺は着替えてシャワーを浴びた後、まだ8時だというのに家を出た。
待ち合わせ場所である駅に近いところにある喫茶店で朝飯を食べるためである。

・・・・・・。

日当たりのいい窓際の席に座り、モーニングセットを注文し、運ばれてきた料理を食べ、コーヒーを飲んでいると、窓をコンコンと叩く音が聞こえたのでカップに口を付けたまま外を見た。
「ん?…ブッ!!!
口に含んでいたコーヒーをカップに吹き出してしまった。
窓をノックした人は俺のリアクションを見てくすくすと笑っていた。
(ふ、双海さん…どうして!!?)
そう考えていると、双海さんは中に入り、俺の座っている席の向かい側に腰を下ろした。
「おっはよ〜♪」
彼女は昨日よりも明るかった。
俺は戸惑いながら飯を食べる。
「何でこんな早い時間にここにいるの?」
「朝飯っすよ。それにここなら待ち合わせ場所に近いから…」
このときにはやっと落ち着いていた。
「そうね。でもここなら9時30分でも間に合うわよ?」
双海さんは肘をつき、穏やかな表情だった。
「目がさめてしまったんですよ。二度寝したら昼過ぎまで寝てますから(それに双海さんにこんなことをしたら、明日学校で殺されるし…)」
「ふふ。智也さんならやりそうね」
いたずらっぽく笑いながら言った。
「実際にやりました…それで酷い目に遭いましたから(ある意味、あれはいい経験だったのかも…)」
「あら、笑っていいのかしら?」
お互いにくすくすと笑いながら話して時間を過ごした。

午前9時50分頃。

二人で店を出て、遊園地へ向かって歩いている途中…。
「はぁ〜ぁ、電車の中では酷い目に遭ったわぁ」
双海さんがため息をつきながら話し始めた。
「何かあったんですか?」
「男の人がお尻を触ってきたの」
「まさか、その男を…」
「もちろん、やっつけたわよ♪」
両手を腰に当て、胸を張って笑顔で誇らしげに言う。
俺は以前、双海さんが電車の中で怪しい男を空手で撃退したところを偶然目撃したことがあった。
「そうそう、このことは学校では秘密よ」
「秘密にしても、空手部の主将をやってる双海さんが痴漢を撃退したことは、澄空学園の生徒なら誰もが容易に想像してしまいますよ」
「う、そうかもしれないわね…」
双海さんの顔には焦りの色が見えていた。
「とにかく行きましょう」
そう言って俺は歩き出す。
「そ、そうね。…あ、一つ、聞いてもいい?」
「ん? 何ですか?」
立ち止まって振り向きながら聞いた。
「…痴漢って、何?」
ぐわし!!!
双海さんの間抜けな質問に俺はついひっくりかえった。
「あ、あら?どうしたの?」
「な、何で知らないんですか?帰国子女と言っても、2年も前のことでしょ?」
俺は身体を起こしながら聞いた。
「友達も知らなかったのよ。それに聞き辛かったし、智也さんなら教えてくれると思ったから」
(しっかしまぁ、よく今まで何の問題も起こることなく過ごせたなぁ…)
そんなことを冷や汗をかきながら考え、双海さんに痴漢とは何かを細かく説明した。
「…なぁるほどぉ。ああいう行為を強制わいせつ罪というのね?」
(な、何でそんな難しい事は知ってるんだ…?)
そんなことを考えているうちに遊園地に着いた。

そこで俺は色々なアトラクションにずるずると引きずり込まれるように乗らされた。
「ひぃ〜疲れた〜…おっと」
よろけて倒れそうになったところを双海さんに支えられる。
「んもぅ、だらしがないわねぇ」
「さすがにジェットコースターやフリーフォールみたいな絶叫ものばっかりじゃぁ身がもちませんよ」
体勢を整えて立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、そのままの状態だった。
「ふふ。さすがに私も疲れちゃった」
そういう割に笑ってる…。
「少し休みましょうよ」
俺は喉から搾り出すかのような声だった。
「そうね…」
休憩のためにそのへんにあったベンチに俺は双海さんに手助けしてもらいながら腰掛ける。
双海さんは来るときに持っていた、コインロッカーに預けたリュックを取りに行き、戻ってくるとリュックから包みを二つ取り出した。
「ふふ。今日は愛情いっぱいのお弁当を作ってきたわよ♪」
「あ、ありがとうございます。(愛情って…言う相手を間違えてるように思うのは気のせいか?)」
「何考えてるの?」
「い、いえ、何も…(危ねぇ〜)」
俺は双海さんにこれ以上考え事をしているのを悟られないようにと思いながら包みを開け、弁当箱のふたを開けると色取り取りのおかずがあった。
俺はその中のサンドイッチを手にとって食べる。
「どう?味は?」
俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「昨日の晩飯はうまかったですけど、これもすごくうまいっすよ」
「よかった。実はサンドイッチの中に、智也さんの好きなものを入れておいたの」
「俺の好きなもの?」
…はて?…
「カレーが入ってた形跡はありませんでしたよ?」
「ふふ。いくら私でも、サンドイッチにカレーは挟まないわよ」
「そうですか。ははは…」
「…本当に、わからないの?」
ジト目で俺を見ながら聞いてきた。
「い、いや…冗談っすよ。でも普通、唐揚げは挟まないでしょ?」
「うん♪」
「うん♪ってねぇ…」
そんなこんなで周りの恨めしげな視線を浴びながら昼飯を食べ終えた。中には双海さんのファンもいて、サインを頼んでくる人もちらほらといた。(サインは出来ないということで握手だけで我慢してもらったが)

「次はお化け屋敷行かない?」
そう言って俺の腕を引っ張る。
「嫌と言っても連れてく気でしょ?」
「大当たり〜♪」
(どうせどんなお化けを見ても「可愛い」ぐらいしか言わないんだろうな)
と思ったら…。
きゃぁ!!!
ガバッ!
ぐあ!
そう、予想は大外れだった。色んなところから何かが出てくるたびに双海さんは悲鳴をあげて俺の右腕に両腕で思いっきりしがみついてくる。
普通は嬉しい誤算なのだろうが、双海さんの場合は骨が折れると言わんばかりに思いっきり力を入れてくるのだ。
そのため、ここから早く出たいと言う気持ちが強く出ている。
「と、智也さぁ〜ん、もうちょっとゆっくり歩いてよぉ」
双海さんは震えた声で俺の腕を引っ張る。俺は無意識に早歩きをしていたようだ。
「わかったからしがみつくならもう少し力を抜いてくださいよ。これじゃぁ骨が何本あっても足りませんよ…いってぇ…」
「わ、わかったわ…」
だが、何かが出てくるたびに思いっきりしがみつかれるのは変わらなかった。
でも双海さんの意外な部分を知ることが出来たし、楽しかったからいいか…。

気がつくと、夕焼け空が見えていた。
「もうこんな時間か、楽しいときはあっという間にすぎますね」
「そうね。私もすごく楽しかった。こんな気分になるのは久しぶりかな?」
今まで見た中で一番明るい笑顔だった。

遊園地を離れ、いろいろ話しながら歩いていると駅に着く。
「それじゃぁ、ごきげんよう」
夕日で照らされた双海さんの顔は笑顔でありながらも、名残惜しそうに見えた。
「ごきげんよう。また明日」
俺は名残惜しそうな表情に戸惑いながらも普通の口調を何とか保った。
(あの表情を見るのはいつ以来だろ?)

駅で双海さんと別れ、一人になってから俺は考えていた。
(彼女は今の俺を見てどう思ってるだろうか?)
その考えが家についてからもずっと繰り返されていた。

5月2日

GWの合間にある平日。この日も休みにならないかと思う。
当然、休もうとする生徒も出てくるだろう。
しかし、4月の終わりに帰りのHRで担任が言ってたことを恐れたのだろう。
「“2日に無断で休んだら、そいつらだけで卒業するまで全区域掃除。当然、仮病もだ”」
双海さんから聞いた話によれば、卒業生の中に実際にやった人がいるらしい。
俺はもちろん、みんなもどっと疲れたような感じだった。
しかし、俺はこんな状態でありながらも、明日のことを考えていた。
(会って何を話せばいい?今までのこと?それともこれからのこと?)
昨日のように同じ考えを繰り返す。しかし、何度考えても答えは出なかった。
「よぉ。智也」
何かいいことでもあったかのような明るい口調で信が話し掛けてきた。
「なんだ信か…」
俺は自分の席で肘をつき、正面を向いたまま疲れぎみな声で言った。
「なんだはないだろう?お前全然元気が無いぜ?昨日何かあったのか?」
「別に何も…」
昨日、双海さんとデートしたことは、こいつには特に言いたくなかった。
「ふ〜ん。ま、いいか。明日は俺、唯笑ちゃんと音羽さんの3人で遊園地に行くから」
「そうか…」
「あれ?いつものお前なら何ぃ〜っとか言って驚くのに。お前何か変なものでも食ったのか?」
「疲れてそんな気力もないだけ」
「そうか。ま、バイト頑張れよ」
そう言って信は席に戻っていった。
(そう言うお前だっていつもと違うぞ。ああ言った後についてくるんじゃねぇぞなんて言うのに…)

・・・・・・。

明日のことをいろいろ考えているうちに、あっという間に放課後に…。(早すぎ…)
校舎を出ようとすると、かおる達が一緒に帰ろうと誘ってきたが、俺は一人になりたかったので断った。
いつもと違う俺に、みんなは動揺したみたいだった。
(いよいよ明日。どうなることか…)
ベッドに横になってもまだその考えが頭から離れなかった。
そしていつの間にか眠っていた…。


<あとがき>
ちょっと短く終わってしまいました。
でも、まだまだこれからですのでお楽しみください。
短文ですが以上です。

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