第5話

「そして、智也はまた…」

小夜美の墓参りをした日から早いもので2ヶ月が過ぎた。
智也達3人はあの日に話したことを誰にも話さなかった。
5月3日のデートを信が数日間自慢しまくってたが、そんなことは智也にはどうでもよかった。
明日から夏休み。智也のスケジュールのほとんどはバイトで埋まっている。
休みの日に海へ行こうとか、今度こそみんなで遊園地に行こうなんてことを唯笑がしょっちゅう言ってたが、智也はどうしてもそんな気分になれなかった。
4月の終わりごろに輪になって昼飯を一緒に食べた連中がそのことに抗議を投げかけた。
いつもの智也ならそれなりの理由を言ってたが、最近はあやふやな返事をしている。いつもの智也らしくない行動にみんなは変に思わずにいられなかったみたいだ。
最近は誰に何を聞かれても、生返事程度のことしかしなくなり、自分から話し掛けることはなくなった。
小夜美のことはあの日に完全(?)に振り切れたのだが、智也にはもっと別のことが引っかかっていた。

・・・・・・。

体育館で終業式が始まって2時間ほどして放課後になる。智也にとってはあっという間だった。
担任の話が終わり、みんなが一気に騒ぎ出す頃、智也は鞄を手に取り、昇降口で靴をはいて校舎を出る。
そのまま門を出ようとすると、信が後ろから智也の肩を掴んで引き止めた。
「待てよ!お前最近何か変だぜ。何かあったのか?」
「…」
智也は何も言わずに肩に乗ってた信の手をそっと離して歩き出した。
「おい!智也!」
「稲穂君、どうしたの?」
騒ぎを聞いた詩音が信に駆け寄った。
「あ、双海さん。最近の智也、おかしいと思いませんか?」
「そうね。誰とも口を利かなくなったし…」
いつの間にか、近くにいた彩花が首をかしげ、腕を組みながら言った。
「う〜ん。どうしたのかなぁ?」
一緒にいた唯笑も彩花のまねをしながら言う。
「問い掛けてもさっきみたいに無視されちゃうし…」
いつの間にか、かおるもいた。
「智也さん、変ですよ〜。お昼も一人で体育館裏で食べてますし…」
かおると一緒に来たみなもはここ最近の智也の行動を監視していたために知っていた。
「小夜美さんのことはもう気にしてないようでしたけど…」
彩花と一緒に来た明美が言った。
「え?村野さん、こよみさんって誰?」
信が目を丸くして聞いた。
「もしかして、歌姫の霧島小夜美さんのこと?」
詩音も目を丸くして聞いた。
「そうです。私の姉であると同時に智也の恋人だった人です」
詩音に聞かれたことに彩花が応える。
えぇ!?
明美と彩花以外のみんなはさすがに驚かずにはいられなかったようだ。
その声を聞いた周りのみんなが注目の視線を投げかけたことを付け加えておこう。
「実は、三上さんは…」
明美が説明した。

・・・・・・。

みんなが色々話している中、智也はおかまいなしといった感じでそのまま歩いていた。
そして家に着き、昼飯も食べぬまま、ベッドに横になった。
いつも持ち歩いている携帯も、最近は机に置きっぱなしにしている。
何気なしに着信履歴を見ると、その全てが信からの着信で埋まっていた。
メールもほとんどが信からのメッセージで、内容は「今度家に来ないか?」とか、「今どこにいる?」などといったものばかりだった。
智也は横になったまま携帯を机に置くと、そのまま眠ってしまった。

・・・・・・・。

ピロピロピロ…。
何やら音が聞こえる。その音で智也は目を覚ました。
携帯の着信を知らせる音だった。
この着信音からして信ではない。
信や唯笑からかかってきた場合は別のメロディーが流れる設定になっている。
バイト先からかかってきた場合もだ。
携帯を手に取り、ディスプレイを見ると、知らない番号が出ていた。
智也の携帯の番号を知ってるのは、信と唯笑、あとはバイト先の店長以外いないことを知ってたので間違い電話かと思い、そのまま出なかった。
やがて鳴り止み、また鳴り出す。同じ番号だった。
―――仕方ない、出てみるか…
「はい、三上です…」
半分寝ぼけたような声を出しながら言う。
「やっぱり寝ていたか。ったく、昼飯も食ってないだろ?」
信の声だった。智也は番号を変えたのかと思った。
「切るんじゃないぞ。この携帯の番号は俺のじゃないからな。俺達、今、駅の近くの喫茶店で食事してるんだ。霧島小夜美さんのこととか、お前の過去の事とか、桧月さんと村野さんから全部聞いた」
「…」
「それなのになぜだ?どうしてお前は2ヶ月前よりも更に暗くなる!?」
信は怒りを込めたような口調になる。
「…」
智也は音声を携帯の背面についているスピーカーから聞こえるようにして何も言わなかった。
「黙ってたらわからないぜ!何とか言えよ!」
信の怒鳴り声が携帯から響く。
「…唯笑から、聞かなかったか?」
智也はやっと聞こえる程度の声で言った。
「なに?唯笑ちゃんが何を知ってるんだ!?」
「俺の過去の全て…」
「お前の過去の全てって…唯笑ちゃんに代わるぜ」
…。
「智ちゃん!唯笑が過去の全てを知ってるって、智ちゃんとは中学のときに知り合ったから唯笑には何もわからないよ!」
「…おっちゃんから何も聞かなかったのか?」
「聞いてないよ!お父さん、智ちゃんのこと何も話してくれないんだもん!」
「そうか…それだけ俺のことを嫌ってるんだろうな…」
智也と唯笑の父親とは仲が悪く、しょっちゅう対立していた。
「お父さんが智ちゃんを嫌ってるって、どういうこと?」
「知らないならいいんだ。それはそれで…」
「いいわけないわよ!私達を困らせて楽しい!?」
今度は彩花の怒鳴り声が響く。
「そんなわけないだろ。それになぜそんなに早く代われるんだ?」
「携帯の3者通話機能を使ってるの。さっきまでの会話はみんな聞き取っているわ」
「3者通話って、普通は3人までだろ?」
「代わって説明します。まず私が三上さんの携帯にかけます。そこへ稲穂さんが入り、私の携帯には彩花、みなもちゃん。稲穂さんの携帯にはかおるさん、双海さんが3者通話機能を使って話しているのです。唯笑さんは持っていないので稲穂さんと交換しています」
明美が丁寧に説明したが、智也にとってはあまり嬉しくなかった。
智也は自分なりに納得し、そのままみんなの一方的な話を聞いた。
何を言っても無駄だと悟った智也は何も言わずに途中で電話を切った。
「ふぅ〜…」
重いため息をつく。
いつの間にか夢の世界に入っていた。

・・・・・・。

夢の中で智也が見たのは、みんな突然智也の手の届かないどこか遠いところへ行ってしまい、自分だけその場に一人残された状況だった。
どれだけ速く走って追いかけても、みんなとの距離はどんどん離れていく。
ついには、誰もいなくなった。

・・・・・・。

そして、慌てて目を覚ます。
智也はこのとき、2年前にも同じような感覚に見舞われたことをはっきりと思い出した。
そう、最近の抜け殻状態の原因は2年前にあったのだ。
5月3日から、智也はその頃のことを少しずつ気にするようになった。
それでも何とか今まで持ちこたえてきたのだが、それも限界に近づいていた。
時計を見ると、もう午前8時だった。
昨日は朝飯しか食べなかったために、腹が部屋中に響くぐらいの凄い音をたてて空腹を訴える。さすがに智也も耐えられなかった。
着替えて顔を洗い、食パンを2枚トースターで焼き、バターを塗ってかじった。
―――やっぱり朝飯はこれに限る。
そんな気分に浸りながら朝飯を食べ終わり、バイトに出かける。
身体を動かせば忘れられる。そしていつもの自分に戻れる。そう思っていた。
確かに最初はそうだったが、8月1日、バイトが休みになっていたのが災いし、限界は頂点に達した。

・・・・・・。

午前10時ごろ、智也は周りの状況など全く気にせずに海が見える高い丘に一人で来ていた。
ある親子連れを見たとき、智也の心の中は空しさと悲しさでいっぱいになり、一粒の涙がこぼれた。
―――今回はあの時と違って、止めようとする人はいない…
下を向いたまま、海の方までゆっくりと歩き、腰までの高さしかない落下防止用の手すりに手を乗せ、周りに誰もいなくなったのを確認すると、手すりから外に乗り出した…。


<あとがき>
結構疲れます。
ちょっと飛ばしすぎかもしれませんが、それでも呼んでいただければ幸いです。
長くなりますので続きは次回に書きます。
短文ですが以上です。

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