第6話

「そして、智也はまた…その2」

手すりの外側、つまり崖っぷちに立つ。
手すりからゆっくりと手を離し、前へ身体を傾けたときだった。
「あ!智也ー!!何してるの!?」
彩花の声が聞こえると同時に両腕が俺の腰に周り、後ろに引っ張られる。
そして、手すりの内側に無理やり引き戻されたのだった。
俺は引っ張られたときの勢いでそのまま仰向けに倒れた。
「もう、智也!重いよ!」
俺の下に彩花がいた。俺は横に転がるように身体をどかして何も言わずに身体を起こす。
「んもぅ!何やってるのよ!姉さんが呼んでるような気がして来て見れば…」
身体を起こしながら少し怒ったような口調で聞いてくる。
「…」
「何か一言でも言ったらどうなの!?黙ってちゃわからないよ!」
「…」
「最近、何かおかしいとは思ってたけど、まさか自殺しようとするなんて夢にも思わなかった!」
「もう、限界だ…とても、これ以上…」
「お姉さんのことならもういいじゃない!」
「そのことじゃない…」
「じゃぁ何なの!?話してみてよ!知らない仲じゃないでしょ!?智也は私の一番仲のいい友達。私はそう言った。智也もそれを受け入れてくれたじゃない!?」
彩花は涙声になりながら怒鳴った。
「…」
「その私にも隠し事するなんて、もう…馬鹿〜!!!
彩花の両腕が後ろから俺の首の周りに巻きつく。少し苦しかった。
彩花をまた泣かせてしまった罪悪感。
そして5月ごろから感じるようになった空しさととてつもない孤独感に耐えられなくなり、俺の目からは涙が流れた。
涙は頬を伝って彩花の腕にこぼれる。
「智也?泣いてるの?」
「ああ…もう少し、このままでいさせてくれ…」
「うん、それで智也が落ち着くのなら…」
二人は近くにある1本の木の根元に座った。
それからずっと、俺は彩花に後ろから抱かれていた。

・・・・・・。

背中に感じる彩花の暖かさと、髪から漂うきんもくせいの香りは、俺の心の中を少しづつ満たしていった。
そして俺は話し始めた。小夜美さんに出会うまで、どう過ごしてきたか…。
最初の頃はごく普通の生活をしていたこと。
「両親は八百屋を経営していて、忙しい合間に遊んでくれたこともあったんだ」
違うところがあるとすれば、小学校の入学式や授業参観のときに店が忙しくてとても来れる状態ではなかった。
しかし、小学校6年の終わりごろに二人の口から“お前は自分達の本当の子じゃない”ということ。
そして両親だと思っていた二人は、本当は祖父と祖母だということを聞かされた。
彩花は俺の体から手を離して横に座り、何も言わずに俺の話を聞き続けた。俺はそのまま話を続ける。
「俺は気が動転して家を飛び出し、気がついたら近くにある寺の片隅にうずくまって泣いていた」
やがて泣き止み、どこにいるのかを確かめるために周りを見渡すと、小さい頃によく遊んでくれた場所だったことを思い出し、家に帰り、ただ一言「ただいま」と言った。
「祖父母は俺の声を聞いて慌てて玄関に駆け寄ってきた。俺に申し訳ないと言ってる様な表情で、俺の様子をうかがっていた」
普通なら、今まで黙っていたことを責めるけど、俺は昔を思い出し、ゆっくりと二人を見上げて「心配かけてごめん」と謝った。
二人はしばらくして、俺の本当の両親のことを話してくれた。
両親は結婚して間もない頃は、経済的に余裕がなくて新婚旅行どころではなかった。
俺が生まれた頃に余裕ができ、二人の夢だったオーストラリアへ新婚旅行に行くことにした。
「両親は生まれて間もない頃の俺を祖父母に預けて、祖父母の笑顔に見守られながら出かけた」
それからしばらくして何気なしにつけていたラジオから聞こえたのは、オーストラリア行きの飛行機が墜落事故を起こしたという放送だった。
「祖父母は焦った。まさかと思いながら、夜のニュース番組で墜落した飛行機からは、全員の死亡が確認されたことや、その中に両親がいたことを知り、祖父母は一晩中泣き明かしたそうだ」
「とてつもない絶望感の中、二人は赤ん坊だった俺の笑い声を聞いて立ち直ったらしい。そして両親の分も一生懸命育てようと硬く決意したそうだ」
その話を聞いてからの俺は、学校から帰ってくると店を手伝った。
「二人は嬉しそうに微笑みながら商売をしていた」
「そして、今まで授業参観や運動会などにこれなかった理由も理解することが出来た。祖父母だということが世間に知れたら、いろいろな意味で不利になることがわかったから、小学校の卒業式や中学校の入学式にこれなかったけど、責めなかった」
そんな生活でもずっと続けばいいと俺は願いながら過ごしていた。
「でも、願いは叶わなかった。中学2年のときに祖父が突然死んでしまったんだ」
そして祖父の葬式のときに唯笑が従兄妹だということを初めて知った。
そして叔父、つまり唯笑の父親が俺を自分の家に預けないか?と祖母に申し出たが祖母は反対した。しかし、叔父はこのままでは俺の将来に支障が出ると言った。
「その一言に祖母は仕方なく俺を手放そうとしたんだ」
しかし、俺は将来のことよりも祖母と一緒にいることを選んだ。
叔父は俺も説得しようとしたが、俺は叔父の言うことを少しも聞かずに断った。
そして今まで何もしてくれなかった不満を怒りに変えてぶつけた。
「叔父はその場から逃げた。唯笑もその後を追った。俺は祖母に「二人だけでも頑張っていこう」と説得した。
祖母はまた俺に救われたことを感謝した。明くる日から二人だけの生活を始めた」
しかし、それも長続きせず、中学3年の7月の終わりごろに今度は祖母が亡くなった。
「そこへ叔父が今度こそと言わんばかりに養子に引き取ろうとしたが、俺は反対した。叔父は最終手段として、数日後に俺が住んでいた家を引き払った」
そんな状態になっても、俺は養子になることに反対する意思を変えなかった。しばらくして、俺は施設に預けられた。
「叔父は俺をどうしても引き取るために勝手に養子縁組の手続きをやっていた。それを知った俺は、“相手が相手なら俺も俺”と自分に言い聞かせ、養子としての関係を打ち切る手続きを黙ってすませた」
そして今からちょうど2年前の8月1日、俺はナイフをポケットに隠し持ち、子供の頃、祖父母がよく遊んでくれた寺へ向かった。
誰もいないことを確認した俺はポケットからナイフを取り出し、刃の部分を手首に当てたが、切ろうとした時に横から差し伸ばされた女性の手にナイフを取り上げられた。
「その女性は俺を何度も死んだらダメだと説得した。それが小夜美さんとの最初の出会いだったんだ」
「姉さんとは、中学のときに…」
「そう、俺は久しぶりに話し相手に出会った感じだった。さっき、彩花に抱かれていたときのように、小夜美さんの腕の中で全てを話した」
「恥ずかしいことを平気で言ってくれるわね…」
独り言のように言ったのだろうが、俺には丸聞こえだった。
「その明くる日から小夜美さんは俺の力になってくれた。本当に頼りになるお姉さんって感じで…」
勉強を教えてくれたり、時には学校をサボってまで保護者を装って授業参観に来てくれたり…。
しかし、学校行事のほとんどは参加しなかった。無断欠席だったために教師や生徒に責められたが、少しも後悔はしてなかった。
誰よりも小夜美さんと一緒にいたかったからだ。
進路を決めなければいけない時期にも色々と相談に乗ってくれた。おかげで高校は隣町の“流星学園(りゅうせいがくえん)”に推薦で決まった。
そして驚いたのは卒業式や高校の入学式にまで来てくれたこと。
「俺はこれでも村野さんと同じように古典が大の苦手だったんだ。それも小夜美さんのおかげで今は得意分野になったよ」
俺は二人でいるときは笑顔だったが、学校では荒れていた。
教師の態度が気に食わず、俺のことを孤児呼ばわりしたり、別の生徒の家庭事情を掲示板の新聞で公開したり…。
「ついには自殺未遂をした生徒までも出て問題になったけど、その教師は色々言いくるめて罪を逃れたんだ」
明くる日から俺とその教師との対立はエスカレートした。そんな時、俺たちの味方だった保健の先生に奴の様々なことを教えてもらった。
その明くる日から立場は一気に逆転。
その教師は過去に犯罪暦を持つ違法教師だということも知った俺は今までの恨みも込めて教師の全てを掲示板上に公開した。
当然ながらその教師は唖然とした状態だった。
「弱みを握られた教師はみんなにつるし上げ食って退職処分を食らったんだ」
色々あったけど、充実して幸せな毎日だった。小夜美さんが事故で亡くなる去年の8月1日までは…。
「…そんな過去を…でも、もっと早くに話して欲しかったな…人間の人として一番悪いくせよ。話せば解決策が見つかるかもしれないのに、自分の胸の内にしまいこんで…。私も姉さんが死んでしまったときはすごく悲しかった。でも、“姉さんのためにも私がしっかり生きなくちゃ”て思うようになってからは前向きに考えるようになったの」
「そうだったな…小夜美さんに色々話したように、みんなにも話せばよかったかもしれない」

俺は俯いて目を閉じ、しばらく黙って色々考えた。

…そして、答えは出た。
「(小夜美さんのためにも、か…)さてと…」
そう言って立ち上がろうとしたとき、いきなり右腕をがし!と引っ張られ、その引力で後ろに倒れた。
「うわ!」
ドサ!
「きゃ!…いった〜い」
彩花はまた俺の下敷きになってしまった。
「いきなり腕を引っ張るなよ」
身体を起こしながら彩花に愚痴る。
「だって、また自殺するんじゃないかって思ったんだもん」
「はは、もう大丈夫だ。自殺なんて考えないから」
「え!?」
俺の明るい声に彩花は驚いたようだった。
「もう一度、前を向いて生きてみるよ。小夜美さんと付き合ってた頃のように」
俺は立ち上がって海を眺めながら言った。
「そうね、そのほうが智也らしいよ」
彩花も立ち上がりながら言う。
(俺らしい、か…)
「もう行こう?お昼も近いし…」
「そうだな。でも、その前に行くところがあるから」
「行くってどこに?」
「彩花も一緒に来てくれよ。墓地だけどね」
「う…わ、わかったわ」
さすがに墓地と聞くと怖くなるのだろう。
だが彩花は意を決したようについてきた。


<あとがき>
けっこう暗い内容になってしまってすいません。
色々と細かい説明に、しかも思いっきり長くなりました。
でも、次からは明るくなると思いますので…。
短文ですが、以上です。

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