第7話

「新たな決意。そして…」

俺と彩花は話しながら墓地に向かって歩いていた。
彩花の声は震えていた。何か話していないと怖くて仕方がないのだろう。

・・・・・・。

そうこうしているうちに墓地に入った。
「あれ?ここは…」
「そう、小夜美さんの墓があるところ。そして、俺の家族の墓があるところでもあるんだ」
俺はさっきまでとは違って明るい声で話していた。
「そうだったの…」
やがて目的の場所に着く。墓石には「三上」と書かれていた。
俺は墓石に水をかけ、自分で言うのも何だがいつの間にか買っていた花束を置き、しゃがんで目を閉じ、手を添えながら言った。
「父さん、母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、そして小夜美さん。今まで色々困らせてしまってすまない。でも心配しないでくれ。俺はもう自殺なんかしないし、考えないから…」
言い終わって添えていた手を離し、閉じていた目を開けた。
「智也、それを言うためにここへ?」
「そうだ。それともう一つ、これは彩花にも聞いて欲しい」
と、立ち上がりながら言った。
「いいわ、続けて」
「…俺は、家族や小夜美さんの分も一生懸命生きるよ。この先何があっても、絶対に生きるから…」
「智也…」
「今度来るときは3人どころか、もっと大勢になるかもな…。さて、行こうか?」
彩花は5月3日に小夜美さんの墓参りをした日のように下を向いたまま黙り込んでしまった。
「どうした?行こうぜ」
「…嬉しいの。智也が死なないことを決意してくれたことが、姉さんや家族の分も生きること決意してくれたことが。その嬉しさで涙が溢れて、その顔を見られたくないだけ。ちょっと、背中借りるね」
彩花は俺の背中に抱きつき、声を抑えて泣いていた。
(また、泣かせてしまったな…)
この時の俺は罪悪感が少しも無く、それどころか優しい気持ちになっていることに自分でもわかっていた。
彩花はしばらくして泣き止み、彩花の家で二人きりで昼飯を食べた。
途中で帰ってきた彩花の母親に「彩花のことよろしくね」と言われて照れてしまったのは言うまでもないことだろう。

・・・・・・。

それからずっと彩花と話していたが、お互い何のわだかまりもなく、偽りのない笑顔で話し合っていた。
ついでに晩飯もご馳走になり、俺はこれからのことを改めて胸に秘めて帰っていった。

・・・・・・。

家に着くと、携帯が鳴っていることに気付き、着信音で信からだとすぐにわかった。
「もしもし?」
「やーっと出たか。お前今まで何やってたんだ?」
「何だっていいだろ?それより、今まで心配かけてすまんな」
「ん?どうした?やけに明るいし、謝るなんて…道端で変なもんでも食ったのか?」
(なんて言い方だ。もっと選べよな…)
「何とでも言え!俺は今日から前を向いて生きることにしたんだからな」
俺はやけくそになりながら反発した。
「ほぉ、それはそれは。でも、本当に心配したんだからな。このままじゃぁいつか死んでしまうんじゃないかってなぁ…」
「まぁ、いいだろ?俺はこうして生きてるわけだし。それより、何か用があったんじゃないのか?」
「おお、そうだそうだ。お前、明日空いてるか?」
「明日?…バイトは明後日からだけど」
「そうか。なら明日、みんなで遊園地に行かないか?」
「みんなで?」
「ああ、俺、お前、桧月さん、村野さん、唯笑ちゃん、音羽さん、みなもちゃん、双海さんでさ」
「う〜ん。結構みんなに心配かけたからなぁ。何言われるかと思うと会いづらいぜ」
「自業自得だ。行くのか?行かないのか?」
俺の不安をよそに信はあっさりと言ってのける。
「…行くよ。その時にみんなに今までのことを話して謝ろうと思う」
「そうか。よかった…。じゃ、明日駅前に10時な」
「わかった。みんなには言ってあるのか?」
「言い出しっぺは唯笑ちゃんだからな。あとは俺とお前だけだ。さすがにお前を誘うことはみんな反対したけどな。俺は一応誘ってみるってみんなに言ったんだ」
「そうか。じゃ明日な」
「おう、お休み」
信はそう言って電話を切った。俺は久しぶりに清々しい気分だった。
シャワーを浴び、着替えてベッドに横になった。

「智也…智也…」
濃い霧で周りが何も見えない中で俺を呼ぶ男の声が聞こえる。初めて聞くはずなのに懐かしい感じがした。
「…誰だ?」
俺はあちこち見渡しながら聞いた。後ろを見ると、30代ぐらいの男女が立っていた。霧の中なのに二人の姿ははっきりと見えた。
「お前の父親と母親じゃよ」
「その声は…お祖父ちゃん!」
右肩に何かが触れた。その方向を見ると祖父が笑顔で立っていた。
「強くなったのぉ」
今度は左肩に何かが触れた。振り向くと祖母だった。
「お祖母ちゃん…」
「ごめんね、何もしてあげられなくて」
母親が歩み寄ってきた。
「新婚旅行に行かなきゃな…」
父親も歩み寄ってきた。
「自分を責めちゃだめだよ。新婚旅行は父さんと母さんの夢だったんだろ?その夢を無駄にしちゃいけないよ。それにあれは事故だったんだから…」
「そうじゃよ。わしらだって笑顔で見送ったんだ。それを無駄にするつもりか?」
祖父は父の肩に触れながら言った。
「誰のせいでもないんじゃ。誰もが予想もしなかったことじゃよ」
祖母は腕が届かないのを理由に母の腕に触れながら言った。
「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもこう言ってるんだし、俺も気にしてないから…」
俺の話を聞きながら祖父と祖母は前に出た。
「そうだな…」
「智也…ごめんね」
「もういいよ。父さんと母さんと話してみたいって思ってたから、それが叶って嬉しいぐらいだ」
そういい終わると4人の後ろに大きな光が見えた。
「そうか…でも、もうそろそろ行かなきゃな」
「残念ね…もっと話したかったのに…」
「でもまぁ、これで最後じゃないしな」
「そうじゃな。じゃ、わしらはこれで…元気でな」
そう言って4人は背を向けて光の彼方へと歩いていった。
「…父さん!母さん!お祖父ちゃん!お祖母ちゃん!」
俺が叫ぶように呼ぶと、4人はゆっくりと振り向いた。
「俺、皆に会えて本当に良かった。これからも前を向いて生きるから。皆も分も一生懸命生きるから。だから、何も心配しないでくれ!」
4人は微笑みながら頷くと光に包まれるようにゆっくりと消えていった。
(見ててくれよ!)
俺は右手に握りこぶしを作り、胸に当てて強く思った。

8月2日

窓から差し込む日の光で俺は目を覚ました。時計を見ると8時半。ベッドから起きて着替えると外に出た。
(久しぶりに気持ちのいい朝だ。昨日までは過去のことを引きずっててこんなことを考える余裕がなかったからなぁ)
そんなことを考えながら待ち合わせの場所に着く。

まだ時間があるので、俺は双海さんとのデートのときみたいに駅の近くにある喫茶店で朝飯を食べていた。
カランカラン…。
「いらっしゃいませ〜♪」
店員の明るい声が店中に響く。
(ん?客か…)
そう思いながら最後にコーヒーを飲んでいると、さっき入ってきた客らしき人物が俺の席の向かい側に座った。誰だろうと思い、カップに口をつけたまま顔をあげると…。
ブッ!
俺はまたカップの中に吐き出してしまった。
俺のリアクションに向かい側に座っている人はくすくすと笑った。
「あ、彩花!?」
「やっほ〜♪」
と言いながら笑顔で手を小さく振っている。
「“やっほ〜♪”じゃない!何でここにいることがわかったんだ?」
「つい早く来ちゃって、どうしようか考えながら歩いてたら、智也の姿があったから」
「ふ〜ん。以前にも似たようなことがあったっけ」
「あら、そうなの?」
俺は5月1日の双海さんとデートしたことを話した。

・・・・・・。

「ふふふふふ。今日はその双海さんも一緒なんでしょ?大丈夫なの?」
「わからない。それだけにちょっと不安なんだけどね」
俺は朝飯を食べ終わり、会計を済ませて外に出ると、彩花が続きを話す。
「でもいいじゃない。今日は思いっきり楽しもう?」
「そうだな…せっかく過去のことを振り切ったんだ」
「そうよ。もし悩むようなことがあったら私に話して。姉さんに話したときみたいに」
彩花が顔を赤くしながら右手を差し出す。
「わかった。そのときはよろしくな」
俺も右手を差し出して握手をした。
「あ、そうだ、智也」
「ん?」
「携帯の番号教えて?」
「わかった」
俺はズボンのポケットに入れてあった携帯を取り出した。
彩花も自分の携帯を取り出し、俺の番号を記録すると発信して番号を教えてくれた。
「じゃ、いこうよ」
「そうだな。でも今までのことを考えると、みんなに会い辛いな…」
「それなら心配しないで」
彩花は自信たっぷりといった感じの笑顔で言った。
俺は頭に?を浮かべながら二人で駅へ向かった。

・・・・・・。

駅には信以外のみんながいた。
「あ、三上さん…」
村野さんが振り向き、
「もう来てたんだ…」
唯笑が振り向き、
「時間通りなのはいいですけど…」
近くにあったベンチに座っていたみなもちゃんが顔を上げ、
「稲穂くんがまだなんだ…」
かおるが呆れた表情になりながら言い、
「とにかく今は智也さんの話を聞こうよ」
双海さんが皆を宥めるように言った。
「え?俺の話?」
「昨日の電話で彩花ちゃんが言ってたよ。“智也がみんなに話したいことがある”って…」
かおるが俺が何も知らないことを知ったかのように目を丸くしながら理由を説明した。
「(なるほど、そういうことか…)彩花、計ったな…?」
彩花を横目で見ながら言う。彩花の表情はしまったといった感じだった。
「な、なんのことかなぁ?それはともかく、智也、聞かせてあげて」
(隠し事をするのが下手だなぁ…小夜美さんもそうだったっけ)
「な〜んか納得がいかないけど、ま、いいか。実は…」

・・・・・・。

俺は昨日、彩花に話したことをそのままみんなに聞かせた。
話していくうちにみんなの表情が少しづつ悲しみに変わっていくのを俺は見逃さなかった。
「もっと早くに話せばよかったな…。そう言えば信は?」
「ここだよ」
いつの間にか後ろにいた。
「うわ!」
俺は驚きながら信から見たら後ろに飛びのいた。
ぼす!
…え?…ぼす?…普通なら電柱にごちん☆なのに…それに硬いどころかふわっとした感触。おまけに周りの皆がジト目で俺を見てくる。
なにやら嫌な予感がする。落ち着いて周りを見ると、双海さんの姿がなかった。
まさか…そう思いながら首だけをゆっくりと後ろに向けると…。
「ふふふふふ〜♪」
ちょっと照れたかのように少しだけ頬を赤くして微笑んでいる双海さんがいた。殺気は欠片も感じない。だが、周りの目を考えると…。
そう思った瞬間に双海さんから身体を離そうとしたのだが失敗に終わった。なぜなら…。
がばっ!
双海さんの両腕は俺の首の周りに鎖のごとく絡みついたからだ。
「離さないわよ〜♪」
いつもと違い、口調は嬉しそうだった。
当然ながら周りの皆は殺気を漂わせ始めた。それに怖くなったのか、双海さんは絡めた腕を離した。
何気なしに双海さんの顔を見ると、その表情は名残惜しそうだったことを付け加えておこう。
「と、とにかく信、お前いつからそこに?」
俺はさっきまでの現状をはぐらかすように信に聞いた。
「昨日のことを話し始めたときからかな?」
あっさりと答える。こいつは…。
「でも、何一つ隠さずに話して欲しかった」
村野さんが表情を少しづつ戻しながら言い、
「そうだよぉ。ったく、肝心なこと黙ってるんだから」
かおるがちょっと怒ったたような表情で言い、
「私は今日まで何も知りませんでした」
みなもちゃんが普通の表情で言い、
「智ちゃんのことは中学のときから知ってたけど、そんな過去があったなんてちっとも知らなかった」
唯笑は俯いたまま言い、
「まあいいじゃないか。こうして過去のことを完全に振り切って前向きになったんだし」
信が俺の肩に手を触れながら言うと、
「そうよ。もし、また後ろ向きになったらみんなで支えてあげよう?」
彩花が皆を励ますように言った。
「そうね。誘惑する相手がいなくなったら寂しいし、デートにも誘えなくなるから」
双海さんが俺の横に立ち、笑顔で言った。
「い!?ゆ、誘惑…デート…」
俺は焦りを隠せなかった。
「もてる男は辛いね〜」
信の一言にみんな笑い出した。
「さてと、智也さんのこともこれですっきりしましたし、10時になったから行きましょうか?」
「うん!レッツゴー!!!」
みなもちゃんが言うと、唯笑がいつもどおりにはしゃぎだす。
俺はみんなの後ろをついていった。
途中で彩花が横に並び、手を繋いできた。
「よかったね。許してもらえて」
「うん、いろいろありがとう」
「だ、だってああでもしなきゃぁ智也、話すきっかけがつかめないと思ったから…」
焦りながら言う彩花の顔は真っ赤だった。
「正直言って、みんなに会うのが怖かった。でも、逃げたら小夜美さんに祟られると思ったから…」
「ふふ、でも本当によかった」
「あれぇ〜?いつの間にそんなに仲が良くなったの〜?」
いつの間にか双海さんが俺たちの目の前にいた。
「ふ、双海さん!?い、いや、これは、その…」
俺は焦り、手を離そうとしたが、彩花は握ったまま離そうとしなかった。
「いいじゃない。それに智也の手、すごく暖かいし、もう少しこのままでいさせて」
「はぁ〜。わかったよ…」
「ふふふ。どうぞごゆっくり〜」
双海さんはスキップをしながら前にいる連中のところに行った。

そして遊園地に着き、アトラクションに乗ってるとき以外、俺は彩花と手を繋いだままだった。
「あれ?三上さんと彩花、いつからそんなに仲が良くなったの?」
村野さんが彩花に話し掛ける。
「ふふふ、昨日、ちょっとね」
「昨日か…やられたわ。完全に私の負けね」
村野さんはガックリと肩を落としながら言った。
「こうして現場を見せられた以上はもう何を言っても変わらないけど、一応言うね」
そう言って村野さんは俺を真っ直ぐに見つめる。そして想いを打ち明け始めた。
「…私は、去年の9月に三上さんが転校してきて隣の席になったときからずっと好きでした…」
だが、夏休み前から俺のおかしな態度に不信感を持ってしまい、駅に来ると知ったとき、村野さんの心に芽生えたのは、会える嬉しさではなく、図々しさに対する不信感だった。
「その時に私は本当の意味で三上さんの事が好きではないんだと気付きました。だから、私は身を引きます。三上さん、彩花のこと、お願いします。…後は、二人の問題ですから…」
村野さんは最後には涙を流し、言い終わると走って去っていった。
「明美…」
「…村野さん…」
俺も彩花も複雑な気分だった。
(今度、彼女に会ったとき、どんな顔をすればいい?)
そう考えているところにさっきとは違って眼鏡をかけて明るい笑顔になった村野さんが走ってきた。
「ごめんね彩花。さっきの涙はコンタクトが乾いて目が痛かったからなの。それと、さっきの続きね」
最近になり、村野さんは他に好きな人ができ、その人にしようか、俺にしようか迷っていた。
「でも、三上さんの事が本当の意味で好きじゃないんだってことがわかったから、その人のところへ行くわ」
「もう、それを早く言ってよ!」
「そうだぜ。今度会ったときどんな顔をすればいいか考えてたんだから…」
俺は両手を腰に当てながら言った。
「三上さん」
「ん?」
「こんな私でよかったら友達でいさてください。会ったときは普通の顔でいいですから…」
「わかった。こんなこと言える立場じゃないけど、友達としていさせてほしい」
「はい!彩花もよろしくね♪」
村野さんが手を差し出す。
「うん♪こちらこそ」
先に彩花が村野さんと握手する。そこに俺は自分の手を重ねた。
本当の意味での友情が芽生えた瞬間だった。

他のみんなを見ると、まだ足りないといった感じではしゃぎまわってる。
そしてあの時の俺のように、今度は信がへとへとになっていた。
「と〜も〜や〜く〜ん…」
信はよろよろの状態で俺の両肩に手をかける。
「ど、どうした?」
まるで幽霊にでもなったかのような声に俺はちょっとびくっとした。
「どうもこうもないぜ〜何で女の子達はまだあんなに元気なんだ〜?」
かおる達を見ると、まだまだ元気いっぱいといった感じたった。
みなもちゃんはいつも以上に壊れている…。
さすがに俺も驚きを隠せなかった。
昼飯になり、やっと休憩を始めた。
俺は信の隣に座ろうとしたのだが、双海さんにその隣に強引に座らされ、空いてた隣には彩花が座った。
(どうして双海さんはいつも俺を隣にさせるのだろう?…それに駅で…まさかな…)
そして、唯笑の隣には信、空いている隣にはみなもちゃんが座っていた。
(信はいつも唯笑の隣にいるな…)
俺はそんなことを考えながら注文して運ばれてきた料理を食べる。
食事中、女の子達の笑い声が飛び交っていたのは言うまでもないだろう。
昼飯を食べ終わり、女の子達はまたはしゃぎ始めた。彩花と村野さんも混じっている。
俺と信は「そんな元気がどこにあるんだぁ?」といった感じでぽっか〜んと見ていた。

・・・・・・。

時間が経つのは早いもので、空を見ると暗くなっていた。
それぞれの口からは楽しかったとか、まだ遊び足りないという声が出る。
帰る時、信と唯笑と村野さん、かおるとみなもちゃんと双海さん、俺と彩花に別れた。
二人きりになると、彩花が腕を組んできた。
「なんか今日は手を繋いだり腕を組んだりしてくるな?」
「いいでしょ?誰も見てないし」
「みんなが見てる前でも堂々と手を繋いできたじゃないか?」
そう言うと彩花の顔は赤く染まった。
「ちょっと、寄らない?」
そう言って駅へ向かう道の途中にある公園に誘うように腕を引っ張る。
そして噴水の周りにあるベンチに二人で座った。


<あとがき>
終わりのようで、まだそうではありません。
終わりに近づいていることは確かです。
短文ですが以上です。

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